導かれた先に…(前編)
「そっか…。まあ、君の好きにすればいいんじゃないかな。」
エマは、いつもと変わらない口調で言った。
そこは、天界の中央広場。
広場という割には、訪れる天界人は少ない静かな場所である。
「私の好きに、か…。」
エマと向かい合う位置に居たのは、アルフだった。
呟いた言葉には何の感情も込められておらず、瞳も相変わらず涼しげだ。
「いつかはそんなこと言い出すんじゃないかって…自分は思ってたしね。ただ…イリアとカナルはどうだかわからないけれど。」
「………だからこそ、エマにだけ打ち明けたのだよ。シークは、余計な気をきかせて、二人に話してしまう恐れがあるからな…。」
「その可能性は否定できないね。シークはああ見えてお人好しだからね。」
エマは右手を口元に当て、ふふっと笑った。
「…で、こっちに帰って来るのはいつになるのさ?まさか、二度と帰って来ないつもりではないよね?」
「………わからない。必要に迫られれば戻るかもしれない。あるいは戻ることはないかもしれない。」
アルフはどちらともつかない答え方をした。
恐らく彼自身にも自分の行く末がわからないのだろう。
「…まあ、いっか。気をつけて行っておいでよ。行き先はどこか知らないけど。」
「ああ。…あんたとも長い付き合いになったな。世話になった…感謝する。」
「そうだね…。さ、行きなよ。のんびりしてたら、イリア達に気づかれるよ。」
「…ではな。」
そう返すと、急かすように言うエマに一礼して、アルフは大きな黒い翼を使い飛び去っていった。
アルフの背中が見えなくなると、エマはふうとため息をついた。
「止めなくて良かったのか?」
不意に背後から低い声がした。
しかし、エマは驚くことも振り向くこともなく、声に答える。
「………さあね。止めたって、聞かなそうな状況だったし。」
「そいつぁ、一理あるな。」
「それはいいとして…盗み聞きするなんていい趣味持ってるね、シーク。」
エマはそこでようやく振り返った。
彼女の澄んだ瞳に、シークの姿が鮮やかに映る。
「たまたま、通りかかっただけだぜ?盗み聞きとは、人聞きが悪ぃな。」
「同じことじゃない。聞いてしまったなら仕方ないけど…わかってるよね?」
「…ああ。別に誰かにばらそうなんざ、思ってねえぜ。」
苦笑していたシークも、真剣な表情になった。
「死神っつうのは、他人言に干渉しねえことが原則だからな。しっかし…俺はずいぶん信用ねえんだな。」
「シークは見かけによらずおしゃべりだからね。万が一ってことを考えて、彼はシークには話さなかったんじゃないかな。」
「おいおい…見かけによらずはねえだろうが。それによ、俺は無口な方だぜ?」
どうだか、とエマは疑い深げにシークの瞳を見つめる。
「冗談はこれくらいにして…くどいようだが、もう一度訊く。アルフを止めなくて本当に良かったのか?…好きだったんだろ、あいつのこと。」
「くどいね。いいんだよ、シーク。………好きだったのは、昔のことだし。今は何とも思ってないのさ。」
そう言うと、エマは颯爽と広場を後にした。
クールな表情に隠された悲しげな瞳を、シークは見逃さなかった………。
突然の夕立だった。
カナルは、天気予報では十パーセントだったのにとかぼやきながら、近くのコンビニに避難する。
(傘を持ってきてない時に限って、雨が降るんだよなあ…。)
店内には、雑誌の立ち読みをする男性が二〜三人と、デザートコーナーで何を買おうか迷っている女性が一人。
それから…
「んっ?」
何気無く窓の外に視線を移したカナルの瞳に移ったのは、一人の男性だった。
それもカナルがよく知っている男性…。
この雨の中、傘も差さずに窓に後ろ向きにもたれかかっている。
背中には黒い翼。
(兄さん…?何してんだろ、あんなとこで。)
不思議に思ったカナルは、すぐさまコンビニを出た。
レジで買い物客の精算をしていた店員が、訝し気にカナルを見ていた。
しかし、カナルは前しか向いてなかったので、全く気にしていない。
「カナル…待っていた。」
カナルが兄さんと呼びかける前に、アルフの方から話し掛けてきた。
降りしきる雨に髪が濡れ、毛先からぽたぽたと雫が落ちている。
フードコートであるのに、フードは被っていなかった。
「待っていた…?」
「大事な用がある。…しかし、ここではあれだな。雨に濡れて、おまえがかぜをひくかもしれない。」
「僕は大丈夫!風邪なんかめったにひかないし…ハッ…クシュン!」
否定しようとしたところでのくしゃみで、カナルは恥ずかしそうにうつむく。
「…カナル。おまえの家に移動してもよいか?」
「クシュン!…あ、うん、勿論いいよ。」
「ならば…もう少し近くに寄れ。」
「近くに寄れって…なんで?」
「…いいから、来い。」
急かされるように言われ、カナルはゆっくりアルフの側に寄る。
通り過ぎていく人達は、早く帰ろうと考えているようで、二人に見向きもしない。
雨足が激しくなってきた。
「では、行くか。」
アルフは言うと同時に、目を瞑り呪いのようなものを唱えた。
すると…
「わっ!?…嘘でしょ?」
一瞬にして、二人はカナルの部屋に移動した。
「すごいや…兄さん。今の、どうやったの!?」
「何の事はない。真の死神ならば、できて当然のことだ。…かなりの神力を要するので、一日に一度しかできないがな。」
はしゃぎ立てるカナルとは違い、アルフは誇示する様子は無い。
雨に濡れたはずであるのに、彼の髪はもう乾いていた。
これも真の死神だからなのかなと考えながら、とりあえず自分の髪をタオルで拭くカナル。
「あ、兄さん。それで…大事な用って何?」
「………鎌を交換したい。」
「えっ?」
「正確には、私の鎌を私の手に、おまえの鎌をおまえの手に戻したい。」
「そういえば…僕、兄さんの鎌を持ったままだったっけな。」
思い返しながら、カナルは軽く念じ死神形態をとる。
「はい、兄さん。」
「…返すぞ、カナル。」
二本の大鎌は、無事持ち主の手に戻った。
アルフの鎌は彼の神力に反応してか、ギラリと刃先が光った。
「………ではな。風邪などひかず、様々なことに尽力するのだよ。」
「もう帰っちゃうの?一週間ぶりなんだから、もっと話そうよ!」
「悪いが、忙しいのでな。」
カナルは食い下がるが、アルフは窓を開け、ベランダに出た。
冷たい風が、ヒュウと流れてきた。
「待ってよ、兄さん!」
「…何だ?」
「えっと…母さんと少し話していったら?この前のこととかあって、母さんは心配してたみたいだから…。それに、兄さんだって母さんと話したいんでしょ?」
「そのようなことで引き止めるな。」
強い口調でたしなめられ、カナルは悲しそうに眉を下げ黙った。
憮然とした表情でカナルを見据えると、アルフは黒い翼を大きく広げた。
そして彼が飛び立とうと、上昇し始めた時。
「待った、待ったあ!!」
どこからか大声がした。
それはカナルの声でもなければ、アルフの声でもあるはずもない。
カナルは驚いて目を見開き、アルフは面倒くさいと言わんばかりな顔で声のする方に視線を移す。
声の主は南の空からこちらへ向かってきた。
「あ、待ってくれてるんだ!よかったあ。」
声変わりする前の少年のような高い声の持ち主は、ベランダにスタッと降り立った。
短い青い髪に灰色の瞳、そして頭に白いはちまきを巻いた者であった。
幼い顔立ちで、身長も10歳になるかならない子供と同じぐらいの低さである。
「久しぶりだね、アルちゃん!」
アルフを引き止めたその人物は、にっこり笑って言った。
「あ、あの…」
「んっ?アルちゃん、その子は誰?」
視線がカナルに移る。
「彼はカナル。私の…弟。」
アルフは簡単に説明した。
去ろうと思えば、無視して去ることもできる。
だが、何か由縁でもあるのか、アルフは去ろうとはせず成り行きを見守っている。
「へえ…アルちゃんの弟なんだ?」
「は、はい。兄さんが紹介した通り、僕はカナル。弟です。それより…あなたは誰なんですか?」
なぜか敬語になってしまった。
何となく、目の前の人物を常人ではないと感じていたからかもしれない。
「カナルだね。覚えたよ!僕はね…メントノフ・ドリュイヤ。長いから、メンちゃんって呼んでくれたらいいよ!」
メントノフは微笑みを絶やすことなく、楽しそうに言った。
「…メンちゃん?それで…兄さんとはどういう関係なんですか?」
「敬語じゃなくていいからね!んとね…僕は…」
「…今日はまた何の用で下界に来たんですか、師匠?」
二人の会話にアルフが口を挟んだ。
「師匠!?」
カナルは驚くあまり、倒れそうなほどのけぞった。
こんな小さい子が兄さんの師匠…と、信じられない気分だった。
「もー!僕が言う前に言わないでよ、アルちゃん!」
メントノフは、頬を膨らまして怒っていて、アルフは平然としていた。
窓から入ってくる風の影響で、カーテンがゆらゆら揺れる。
アルフは、はあ…と小さくため息をついた。
「…用件は何ですか、師匠。」
「冷たいなあ、アルちゃん。僕はアルちゃんがこっちに戻ってくるっていうから、待ちきれなくて会いに来たのに!」
「では…大事な用というわけではない、と?」
「大事な用だよー!アルちゃんは僕に会いたくなかったの…?」
「えと…取り込み中悪いんだけど。」
会話の途切れ目を見つけられないカナルは、半ば強引に横入りする。
「んっ?なあに?」
「…何だ?」
二人の顔が同時にカナルの方を向く。
「“こっち”とか、“師匠”とか、“戻ってくる”とか…何の話?」
「アルちゃんから聞いてなかった?アルちゃんは、もうすぐ…」
「師匠。私はもう天界に戻ります。話があるなら、天界で話しましょう。」
アルフの抑揚の無い声が、不意に二人の会話を遮った。
「えー!もう少し下界に居よーよ!カナルともまだ話し足りないし!」
「…ならば、師匠は下界に居て下さい。私は戻りますから。」
メントノフは、ぶーたれていたが、“アルフだけ戻る”と聞いて、置いてかないでと慌てる。
カナルは、またしてもタイミングを見つけきれず、会話に入りきれない様子。
「アールーちゃーん!ごめんなさいするから、置いてっちゃやだー!!」
「あれっ?さっきの…」
会話をしていた三人とはまた違う高い声がした。
メントノフの潤んだ瞳と、カナルの不思議そうな瞳と、アルフのクールな瞳が、一斉に声の方向を見つめる。
「アルフー、会いたかったよっ。カナル、久しぶりっ!あなたは…アルフに親しくしすぎっ!」
イリアは一人一人個別に挨拶して、トッとベランダに降り立つ。
アルフは帰ろうと考えていたところでの邪魔者の登場で、うんざりしたように再びため息をつく。
「あっ!ピンク娘ちゃん…だっけ?」
「それは、リアゼが勝手に呼んでる名前っ!あたしには、イリアって名前があるのっ!」
メントノフの確認の質問に、イリアは強い口調で答えた。
「ふえっ…ごめん…。」
メントノフはその剣幕に怯えて、再び瞳を潤ませた。
「え…ち、ちょっと、泣かないでよっ。イリア、子供に泣かれるの苦手なんだから…ねっ?」
「つか…お前も子供じゃんかよ。」
なだめるイリアに突っ込みを入れたのは、少年の特徴的な声。
「あ、リアゼ。久しぶり。」
カナルが声の方向へ向かって話し掛ける。
「よっ、カナル。一週間ぶりだよな。」
リアゼは翼を大きくはためかせながら、東の空から飛んで来た。
「リアゼまで来たか…。」
アルフは誰にも聞こえないような小さな声で呟く。
「んっ…?兄貴と居るそいつって…」
「揚げ足とらないでよねっ、リアゼ!あーんただって、子供でしょ!他人のこと言えないじゃん!」
「んー?」
イリアが中に入ったが、メントノフは自分が“そいつ”と呼ばれたと気付いたようだ。
きょとんとした表情で、リアゼを見つめている。
「君は…誰だっけ?」
「…さっき天界で会っただろ。そこのピンク娘と一緒に居た…のわっ!?」
イリアに人の話を無視するなっと蹴飛ばされ、リアゼの説明は途中で途切れた。
しかし、メントノフはそれで思い出したのか、あーと手を打ち鳴らす。
「そーいえば、会ったね!…でも、名前知らないや。」
「えと…リアゼだよ、兄さんのお師匠さん。」
伸びてしまったリアゼに代わり、カナルが答えた。
イリアは、まいったかとリアゼの背中に右足をのせ、腕を組んで見下ろしている。
「ほうほう…リアゼにイリちゃんだねー。覚えとくよ!」
「…師匠。賑やかになってきたので、もう寂しくはないでしょう?私は今度こそ、本当に戻りますから、自由にやっていて下さい。」
メントノフがリアゼとイリアに気をとられている間に、アルフはサッと天界へ飛び立っていった。
「あ、アルちゃん!」
「兄さん!」
メントノフとカナルが同じタイミングで呼んだが、アルフの姿は一瞬の内に遠く見えなくなった。
「うー…賑やかでもアルちゃんいないとつまんないのにー。置いてくなんて…アルちゃんの意地悪ー。」
アルフが去った後、メントノフが小声で言った。
「兄さん…どうしたのかな…。何か…変だった気がするんだけど。」
カナルは首を傾げ、思案している。
そんなシリアスムードの二人の後方で、
「いってえ…何すんだよ、ピンク娘!」
「無視するあんたが悪いのっ!」
リアゼとイリアは、相変わらずの口ゲンカをしていた。
「あっ…そういえば…兄さんのお師匠さん。」
少し経って、カナルが呼びかける。
“メンちゃん”でいいのに…とメントノフが返す。
「兄さんのお師匠さんを“ちゃん付け”なんてできないよ。」
「そう?それなら、“師匠”でもいいよ!」
「うん。あの…さっき、何を言いかけたの?」
「んとね…それはね………」
メントノフは、一旦話し止めてうーんとうなった。
話そうか、どうしようか悩んでいるようである。
「………アルちゃんが嫌がってたみたいだから言わない!」
「えっ…」
「僕はアルちゃんを傷つけたくないから…“彼”の分までアルちゃんは守るんだから…。」
「“彼”…?守る…?」
「………あはっ。余計なこと言いすぎちゃった!今の…忘れてね?お願い!」
「でも…」
「なーに、二人でこそこそ話してるのっ?」
カナルが更に追及しようとした時、イリアががばっとカナルの背中に覆い被さった。
「わっ…!?」
「俺達だけ、のけものってのは、納得いかねえっすけど。」
リアゼもカナルの右隣に来て、不服そうに言った。
「のけものにしたわけじゃ…」
「………あー!僕もそろそろ天界に帰るね!大事な用事を思い出しちゃったから!」
「あ…ちょっと…師匠さん!」
「ごめんね、カナルー!話はまた今度ねー!」
メントノフは早口に返すと、そそくさと天界へと飛び去った。
彼の背中には翼はなく、天女のようなヒラヒラとした布がその役割を果たしていた。
「まだいろいろ訊きたかったのに…」
カナルが残念そうに呟く。
「………で?あたし達に内緒で、メンちゃんと何を話してたのっ?」
「白状しちまった方が身のためだぜ、カナル?」
二人に問い詰められ、カナルは少したじろぐ。
「えっと…ただの世間話だよ、うん。」
「本当に〜っ?」
「う、うん…本当だよ。」
「だったら、なんであいつは逃げるように去って…うわっ!?」
リアゼは言いかけて、急に驚いたような声を上げた。
「何驚いてんのっ…きゃっ!?」
「わっ!?じ、地震…?」
続いて、イリアとカナルも声を上げた。
…地震か何かわからないが、床がぐらぐらと揺れ始めたのである。
震度にすれば、四か五はあるであろう。
三人は立っていられず、わあわあ騒ぎながら床にへたり込んだ。
カナルの机に飾ってあった写真立てが、床に落ちてゴトリと鈍い音を立てた。
「あ…写真立てが!」
「カナル!地震の時は、動くなっつの!」
リアゼの警告を無視して、カナルは床を歩複前進しながら机に近づいていく。
「危ないよっ!」
イリアも忠告するが、カナルはきかない。
揺れは先ほどより収まってきたが、まだ震度三ほどはある。
「あと…もう少し。………よっと。」
カナルの右人差し指が写真立てに届いた。
と、同時に。
揺れがピタリと収まった。
「あれ…収まったのっ?」
「カナル!!」
きょとんとしたイリアと反対に、リアゼは切迫した声を上げてダッとカナルに駆け寄った。
「リアゼ…?どうしたの…うわっ!?」
ドッ!!
…何か、ぶつかったような音がした。
カナルは、一瞬何が起きたのかわからなかった。
だが…
「リアゼ!?だ、大丈夫…!?」
自分のすぐ目の前にうつぶせで倒れているリアゼと、彼の背中に落ちているテニスラケットを見て状況を理解した。
「リアゼ!リアゼったら!大丈夫…!?」
カナルが体を揺さぶって声をかけるが、返事がない。
「リーアーゼっ!カナルが心配してるじゃないのっ!いい加減寝たフリは止めさいってば!」
イリアもゆっくり歩み寄ってきて話し掛けるが、リアゼは答えない。
「まさか…打ち所が悪くて死んじゃったんじゃ…?」
「そーんなわけないでしょ!普通の人間でもラケットぐらいじゃ死なないし…死神は論外だよっ。」
うっすら涙を浮かべ弱音を吐くカナルを、イリアが叱咤した。
「だけど…リアゼ、全然動かないし…」
「気絶…してるだけだよっ、きっと。」
「そうかな…?」
「うん…たぶん、だけどっ。」
身動きをしないリアゼの髪を、風だけがさらさら揺らしていた。
同時刻、天界の南西神力庵。
「千爺…?」
お茶をすする仕草のまま、ピタリと固まってしまった千爺の様子を、アルフは怪訝そうに見ていた。
「大丈夫…なのか?」
その状態のまま、三分間という時間が経過していた。
さすがにアルフも気にかかり、千爺の肩をポンと叩いてみる。
すると…
「………!?」
トサッという音を立て、千爺の体は畳に倒れた。
瞳に光は無く、翼もパサパサに乾いてしまっている。
「なっ…これは…?」
「主様のために、魂を捧げてもらっただけだよ。」
戸惑うアルフに答えるかのように、どこからか声が聞こえた。
アルフは反射的に鎌を胸の前に構える。
「………誰だ?」
「ふふっ。知っているはずだけどね、君も。」
声の主はからかうように言うと、スッとアルフの前に現れた。
赤みがかった茶色い髪と赤い瞳を持つ青年だった。
背中には黒い翼、右手には大鎌を携えている。
一目で死神とわかる出で立ちだ。
「私も知っているはず、だと…?」
「まあ、ほんの一瞬しか顔合わせしてないことだし、覚えていないのも道理。けれど、こう言えば思い出すよね?…カナルの兄、と。」
「…フィル・ティディオか。」
アルフは警戒は解かないまま、端的に返した。
フィル・ティディオは、その答えに満足げな笑みを浮かべた。
「ご名答。現世でのカナルの兄だったフィル・ティディオさ。」
「…私に何の用だ?」
「まあまあ、そうせっつかないで。立ち話もなんだから座ってゆっくりと…」
「ふざけるな。」
誘いかけたフィルに、アルフは冷たく返した。
「つれないね…同じカナルの兄だというのにさ。」
フィルはあからさまに落胆した演技を見せた。
しかし、口元はほころんでいる。
「ま、それはいいとして、本題に入ろうか。」
「…始めからそうしてもらいたいのだが。」
「ふふっ。ごめん、ごめん。前口上ってのを大事にするタチなものだからさ。」
「………。」
アルフが無言になったので、ようやく冗談ぶった態度を止めた。
「実はね…君と取引をしたいという方がいてね。受ける受けないかは君の自由として、話だけでもどうかなと私が仲介に来たというわけだよ。」
「取引…?一体誰が、何の目的で私と行いたいと?」
アルフは腕組みをし、首を傾げた。
周りに怪しい人影も気配も無いことを察知し、警戒が幾分解けていた。
フィルはアルフが不意打ちするなど全く警戒してないようで、自分だけ畳に座り込んでいた。
「誰が?…もちろん主様だよ。目的?…君を呪縛から解き放つためさ。」
「………私のため?そのような都合の良い話はあるわけはない。悪いが、私は向かうべき場所がある故、失礼させてもらう。」
アルフは淡々とした口調で返すと、鎌を掲げ身の回りに風を起こした。
…これ以上の問答は無用、行く手を阻むならば戦うという意志表示である。
「意外にも短気な性格なんだね、アルフレッド・フィアラ君は。」
「何とでも言うがよい。私は…急いでいるのだ。のんびりと話し合いをしている余裕はない。」
「………心配しなくても、浄土は逃げないというのにさ。」
「なっ…?なぜ、そのことを知っているのだ?」
アルフは面食らったかのように、一瞬たじろいだ。
そんな彼の様子を面白がるように、フィルはなぜだろねと訊き返す。
「主様は何でもご存知さ。君がこれから浄土に行こうとしていることも、全ての者の運命も。」
「くっ…ならば、主という者を倒し、運命を断ち切るのみだ!」
アルフは豪語すると、瞬間的に移動しフィルに大鎌を斬りつけた。
「無謀だと思うけどね、私は。」
フィルは全くたじろぎもせず、自分の大鎌で攻撃を受けた。
ガキッと擦れたような音が響く。
「ふざけてはいないよ。『青梅、酒ヲ煮テ、英雄ヲ論ズ』という言葉もあるぐらいだからね。重要なことこそ、そのくらい気楽なつもりで話した方がいいのさ。」
「気楽に…か。」
アルフはフィルから離れ、鎌を下ろした。
軽々と攻撃を受け止められた以上、不用意な抗戦は危険と悟ったからであった。
「もう一度言う。…この取引は、君を呪縛から解き放つためのものだよ。弟や愛しい人を間接的にでも傷つけてしまった罪…。それを償うための十分な罰ともいえる。」
「………もったいぶらずに、内容を話してほしいのだが。」
アルフが話に引き込まれたと確信したフィルは、心の内でニヤリとした。
もちろん、顔には出さないが。
「本当は主様が全て話す手筈だったんだけどね…。まあ、手間が省けていいか。その取引とはこうだよ。“全ての命と君の命の交換”だ。」
「…解さない内容だが?」
アルフの表情が、眉をひそめた怪訝そうなものになる。
「つい先ほど、地震のような揺れが起こったことは知ってるかな?」
フィルに問われ、数分前を思い返す。
………確かに、雲がかすかにだが揺れていたような気がした。
千爺が『せっかくのお茶がこぼれてしまうのう。』と嘆いていた記憶もあった。
アルフにとっては、もうかなり前のことのように感じた。
「無論だ。」
熟考したのち、彼は答えた。
フィルはそれなら話が早いねと嬉しそうに笑ってみせた。
「あれと同じ現象が下界でも起きているんだよ。それも、あっちでは小物が落ちるほどの大きな揺れだ。」
「…それが取引内容とどう関係がある?」
最もな質問である。
「あの揺れは、地震ではない。天変地異とも違う。あれは…主様の鼓動だよ。」
「鼓動…?」
「そう。…主様は、何百年という長い間、眠り続けていたが数ヶ月前に目覚められたのだ。だが、その体は不完全なものでかつての力を振るえなかった。そこで、だよ。主様は今、魂を集めそれを糧とし復活の準備を進めているわけだ。」
「まさか…千爺があのようになったのも、“主”が魂を奪ったがために…?」
千爺を横目で見つめ、アルフが尋ねる。
フィルは頷く。
「彼だけじゃないよ。第一回目の生贄が、主様の元に届いたはずさ。」
「第一回目…?」
「そう。主様は三回に分けて鼓動するのさ。なぜ、一回で全ての命を奪わないのか…気にならないかい?」
「………。」
「そう。…主様は、何百年という長い間、眠り続けていたが数ヶ月前に目覚められたのだ。だが、その体は不完全なものでかつての力を振るえなかった。そこで、だよ。主様は今、魂を集めそれを糧とし復活の準備を進めているわけだ。」
「まさか…千爺があのようになったのも、“主”が魂を奪ったがために…?」
千爺を横目で見つめ、アルフが尋ねる。
フィルは頷く。
「彼だけじゃないよ。第一回目の生贄が、主様の元に届いたはずさ。」
「第一回目…?」
「そう。主様は二回に分けて鼓動するのさ。なぜ、一回で全ての命を奪わないのか…気にならないかい?」
「………。」
アルフは答えなかったが、思案するように両腕を胸の前で組んだ。
フィルは返事を待たずに自ら答えを明かす。
「それは君に考える時間を与えようという、主様の慈悲なのさ。これほどまでに主様は君の訪れを心待ちにしておられる。…さあ、アルフレッド・フィアラ君、行こうか?我らが塔にご招待するよ。」
フィルは誘いかけながら、一足早く目的地へと飛び始める。
「…ああ。」
アルフは一言だけ答えると、フィルの後を追い飛び始める。
そんな二人の様子を目撃していた者が居た。
「アル…ちゃん?それと………誰だろう?」
アルフの師匠、メントノフ・ドルイヤである。
つい数秒前に天界に戻ってきたばかりだった。
(塔…って、どこにあるんだろう?そんなの、天界じゃ見かけないけど…。)
遠かったので、会話の内容はあまり聞きとれなかった。
だが、唯一聞きとれた“塔”という言葉が気にかかった。
(イリちゃんやリアゼ、カナルなら知ってるのかな…?)
そう思ったメントノフは、アルフ達を追わずにすぐ下界へと引き返すのだった。
羽衣に似た背中の布が、さながら天女を思わずようにヒラヒラ舞っていた…。
「あら、おさまったみたいね…。」
食卓の下に身を隠していたメルディアン・ティディオは、ほっと息をつき、そこから這い出た。
それから、何か壊れたものなど無いかと辺りを散策する。
…棚に飾ってあったぬいぐるみが幾つか落ちただけで、特に大きな被害は無いようだった。
(何も壊れてないわね…良かった。ついさっき、片付けたばかりなんですもの。二度手間は嫌いだわ。)
そう思いながら、メルディは猫のぬいぐるみを拾い上げようと屈む。
だが、細く小さな手が彼女より先にぬいぐるみを拾い上げた。
「あっ…。」
「はい、これ。」
「ありがとう…?」
メルディはぬいぐるみを手渡してきた者を、やや呆気にとられながら見つめた。
…少女だった。
無造作にはねた赤茶色の髪、面長系の大人びた顔。
普段はピアスをしているようで、左耳に小さなピアス穴が空いていた。
「あたしはシス。…カナルは居る?」
シスは不躾に訊いた。
不機嫌なのか、眉をしかめている。
「カナルなら…まだ学校から帰ってきてないけれど。カナルのお友達?」
シスはその質問には答えずに、疑い深げに部屋中を見回す。
「ちっ…帰ってきてないのか。じゃ、あんたでもいいや。…カナルの母親なら、主様も失敗とは言わないだろうし。」
「………?」
「とにかく…無理矢理にでも来てもらうから。」
そう言って、シスはメルディの手をぐいと引っ張り歩き出す。
「あっ…ちょっと…どこに行くの?」
「…この世じゃない場所。」
「えっ…?でも…待って!夕飯の支度がまだ終わってないわ。それに、お風呂だって…」
メルディはシスに相反して、足を止めた。
反動で、シスが逆に後ろに引っ張られ、わっと声を上げる。
「ちょっと!あんた、人質のくせに脳天気すぎだっつの!今の立場、わかってんの!?」
「あ…ごめんなさいね。主婦のくせでやることはやっとかないと落ち着かなくて。」
「…てか、そういう諸事情は知らないっつの!いいから、来てよ!」
ミトゥはのんびり口調で言うメルディアンをぐいぐい引っ張り、次元の硲に入っていった。
メルディは不思議そうな表情はしていたが、抵抗はすることなくシスと足取りを合わせるのだった…。
「カナル!イリちゃん!リアゼ!訊きたいことがあるんだけど。」
天界に戻ったはずのメントノフが舞い戻ってきたのを見て、イリアとカナルは何事かと顔を見合わせた。
「メンちゃん!訊きたいことって…何っ?」
「あのね、“塔”はどこに…って、リアゼは?」
メントノフは辺りを見回す。
「リアゼは…僕をかばって…」
カナルは悲しげに目を伏せ、タンスの前を指差した。
そこには、目を固く瞑り人形のように身動きしないリアゼの体があった。
「………!リアゼ…!何があったの!?」
「…あたし達にもよくわかんないっ。地震があって…それで…」
「地震…。」
イリアの説明に、メントノフの表情が珍しく神妙な顔つきになった。
「何か心当たりあるんですか、師匠さん?」
「もし、鼓動だったら…」
「メンちゃん?」
考え込むメントノフの顔をイリアは心配そうに覗き込む。
メントノフは、それにハッとしたのか、
「二人とも!天界に急ぐよ!アルちゃんが…ピンチかもしれない!」
毅然とした表情で呼びかけた。
「ええっ!?アルフがピンチって…どういうことなのっ!?」
「まだわかんないけど…胸騒ぎがするんだ!手遅れにならないうちに、アルちゃんを見つけなきゃ!」
「兄さんと一緒じゃなかったんですか、師匠さん。」
「うん…。とにかく、その話はまた後で!今は戻るのが先だよ!」
早口に言うと、メントノフはもう羽衣を空中に漂わせていた。
イリアは、わかったとメントノフの後を追い始める。
カナルはリアゼを置いていっていいものかとためらっていた。
だが、
「カナルも早く!」
というメントノフの言葉を聞いて、ベッドに臥し天界へ意識を飛ばすのだった。
「ここが、“塔”だよ。」
フィル・ティディオは、目の前の建物を指差して言った。
円形で白く高い建物…確かにこれは“城”や“家”ではなく塔といえよう。
「………。」
アルフは無言で、塔の頂上を見つめる。
「君が見つめている先に、主様はいらっしゃる。さあ…中へ。」
「………。」
フィルはアルフに誘いかけるように言うと、先に立って塔の入り口から中へはいる。
後ろをチラと振り向けば、アルフは視線をフィルに戻しちゃんとついてきていた。
塔の内部はビルの中のような造りになっていた。
壁は灰色で、青い光を放つランプが五メートルおきぐらいにある。
「この階段を上っていけば、頂上に着くよ。」
廊下の突き当たりには、螺旋階段があった。
先にフィルが階段を五段上がる。
それを見て、階段には目立った仕掛けがないことを確信し、ようやくアルフも上り始める。
カンカンカンと三段目まで上ると…。
「……っ!?」
階段はまるでエスカレーターのように勝手に上に運んでくれたのだ。
「驚いたかい?まあ、このくらいの設備なら、下界にもあるけどね。」
「だが…天界でもこのような設備を作れたとは…。」
「主様の力さ。」
フィルはアルフの疑問に、簡潔に答えた。
やがて、自動階段がピタリと動きを止めた。
「着いたよ。」
フィルが言って、二人は床に足を下ろす。
「ここが…“塔”の最上階、か。」
そこには廊下は無く、目の前には何枚も重ねられたような厚い扉があるだけだった。
真っ赤な扉で、装飾はランプが付いているぐらいのシンプルなものだった。
「開けるよ?」
フィルは扉に近づき、ゆっくりと押す。
ギィーと軋むような鈍い音がして、扉が開いていく…。
部屋の中は見た目からは想像できないほどの広い空間になっていた。
白い壁は青い光のランプだらけで、全体的に薄暗い雰囲気を醸し出している。
「ミトゥ…それにシス、か…?」
アルフは自問自答するように呟いた。
奥の玉座には黒い光の塊があり、その両側にはミトゥとシスが座っていたのだ。
「………。」
「………。」
二人の少女悪魔はその問いに答えなかった。
まるで感情が無いかのように、じっと前を向いて座っているだけだ。
「知り合いなんだね。彼女達とは、後でたっぷり話す時間を作るから、まずは主様と話をしないとね。さあ、玉座の前へ。」
フィルに促され、アルフは玉座に近づいた。
黒い光の玉が反応するかのように、パッと輝く。
「主様、彼が例の死神です。」
フィルはかしずき、黒い光の玉に向かって言った。
アルフは光の玉が、自分の方を向いたように感じた。
「おまえが、アルフレッド・フィアラ…か。」
黒い光の玉は、低いしわがれた声でアルフに言った。
アルフは主が人型をとっていないことを特に気にすることもなく、そうだがと答えた。
「なるほど…。ここまで抵抗もせず付いてきたということは、少なからず取引に応じる心構えはできてるのだな?」
「…無論だ。」
「ならば…早速取引を始める。ミトゥ、あれを…。」
はいと返事をし、ミトゥは何も無い空間に手をかざす。
すると…、その場所に一人の女性が現れた。
「なっ…。なぜ、ここに…?」
「あっ…アルフ君。久しぶりね。」
面食らった顔をしているアルフと反対に、人間の女性は落ち着いた声で話していた。
「人質。カナルが居なかったからこの女を連れてきたってわけ。」
シスはそっけなく答えた。
そして、逃げ出さないようにとメルディの胸に鉾を突きつけた。
「きゃっ!?」
「メルディ…!」
「動くと、すぐ殺しちゃうよ?」
「くっ…。」
シスにそう言われ、アルフは抵抗は無意味と悟った。
駆け出そうとした足を止める。
「…ミトゥは、例の物を。」
「は〜い。」
主に呼びかけられたミトゥは、懐から青い瓶を取り出した。
「ここにあります。ど〜ぞ、主様。」
コトリと音を立てて、瓶は主の隣に置かれた。
中には、水のような透明な液体が入っている。
「これで必要な物は全て揃った…。アルフ…答えを聞かせよ。全ての命…そこにおる女をも犠牲にし、自分だけ助かるか。それとも…自分の命を犠牲にし、全ての命を助けるか。どちらだ…?」
「………。」
「答えられぬか?それは、肯定的な答えだと受け止めることにするぞ。」
主の周りを、妖しげな紫色の煙が取り巻き始めた。
どうやら、最後の鼓動を始めるようだ。
「何が起きるの…?」
メルディは首をわずかに動かし、シスに尋ねる。
「人質のあんたは知らなくていいっつの!それに…見てればわかる。」
シスはメルディを軽くあしらい、鉾を持つ手に力を入れた。
フィルが何か質問は無いのかいと、アルフに訊く。
「最後だからね。主様も今は何でも答えてくれるよ?」
「…ならば、二つほど訊きたいことがある。」
アルフは真っ直ぐな瞳を主に向けた。
「何を訊きたい?」
「…なぜ、私の命をそれほど欲しがる?あんたは…一体何者なんだ?」
主の周りから紫色の煙が消える。
「そうか…おまえは、自分の命の重さを知らないのか。」
「どういう意味だ?」
「…不滅の命。」
主ではなく、フィルが答えた。
「不滅の命…?」
「そう。君は心が消えない限り、決して消えない存在なんだ。どうしてそういう存在なのかはよくわからないけどね。」
フィルの答えに、アルフはなるほどとうなずいた。
「そして…君の心は今、ここにある。つまり、どういうことかはわかるよね?」
フィルは青い瓶を手に掲げた。
中の液体がドロリと波打つ。
「………受け取れということか。」
「感謝してほしいぐらいさ、君には。閻魔の倉庫から持ち出すのは、意外と大変なことなんだからね。」
「…もう一つの質問の答えは?」
アルフはフィルの話を流すかのように、不躾に訊いた。
「我が何者か…知りたいのか?」
「…それがわからなければ、取引などできるわけがない。」
それもそうだと主は快く答える。
「我は、おまえ達がよく知る人物の弟だ。名を懺魔という。」
「懺魔…?似たような名前をどこかで聞いたことのあるような…。」
「地獄を取り仕切っておる閻魔の弟だ、我は。…故に、天界人も下界の人間、いや、全ての者を憎んでおるのだ。」
主もとい懺魔は、意外にも落ち着いた口調で淡々と語る。
「…なるほど。これは復讐というわけか。」
「そう、復讐だ。…質問には答えたぞ、アルフ。早く心を持ったおまえの身を我に差し出せ。」
「………。」
懺魔に急かされ、アルフはフィルから瓶を受け取り、ギザギザした蓋を開けた。
中の液体がアルフに反応するかのように、瓶の上部に集まる。
そして…
「きゃっ!?なに…?」
メルディが思わず目を閉じてしまうほどの、眩い光が瓶から放たれた。
「これで…完璧だね〜。」
ミトゥの間延びした、それでいて嬉しそうな声が彼女の耳に伝わってきた。
光は、数秒で収まった。
「ぐあっ!?」
「えっ…何…?誰の悲鳴…?」
鈍い悲鳴が聞こえ、メルディはゆっくりと目を開けた。
正面に見えたのは、アルフと光の玉の形態のままの懺魔の姿。
アルフは大鎌を右手にしっかりと携え、横に真っ二つにされた懺魔を見下ろしていた。
鈍い悲鳴は、懺魔のものだったのだ。
「主様〜!」
ミトゥが血相を変えて、懺魔に駆け寄る。
「主様〜!大丈夫ですか〜!?」
「そんな…主様が…。」
放心状態になったシスの手から、鉾がカランと地面にこぼれ落ちる。
メルディはその隙に、さっとアルフの元へ逃げて来た。
「メルディ…、ケガは無いか?」
「ええ…私なら大丈夫よ。だけど…一体何がどうなってるの、アルフ君。ここはどこなの?」
「…今は話している時間はない。とにかく、安全な場所に逃げろ。」
アルフはメルディにそう返すと、主とミトゥに向き直った。
懺魔は真っ二つになったまま、うっ…と苦しそうに呻いている。
「くうっ…我をたばかったな…。」
「…あんた達こそ、下手な芝居は止めろ。本物の懺魔は…ここにいるのだろ?」
懺魔の椅子の後ろのカーテンを、アルフは大鎌でビリッと引き裂いた。
すると…。
「よくぞ見破ったな、アルフレッド・フィアラ。」
中からは閻魔にそっくりな者が姿を見せたのだった。
-To be continued…-