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孤独な死神(前編)




















高い高い塔のバルコニーには、二人の悪魔と死神が居た。




悪魔の内一人は、死神の言動を激しく非難しているところだった。




「恩を忘れて裏切るって言うの!?」



「…裏切るわけではない。死神の仕事をするとは言ったが、あんた達の味方だとは言っていないからな。私は…誰の味方でもない。」



死神は、淡々と述べた。


オレンジ色の瞳が、じっと二人の悪魔を見つめている。




「屁理屈言うなっつの!!手を貸すって言ったのは、アルフの方でしょうが!途中で止めたいなんて…勝手にも程がある!」



「シスぅ…仕方ないよー。やめたいって言うのに止めても、ちゃんと仕事しなさそうだしさー。」



緊張感の無い声で諫めているのは、もう一人の悪魔だ。


左耳に十字架をモチーフにしたピアスをつけている。




「ミトゥ、あんたもいっつもそうやって、アルフをかばうし!」



「かばってるわけじゃないけど…」



ミトゥは表情こそ変わらないが、口ごもった。




「ともかく、だ。私は今後一切、無意味な迎えもあんた達の手伝いもしない。」



シスはまだ何か文句を言っていたが、アルフは背を向け言った。




「…世話になった。ではな。」



「どこ行く気!?あたし達と手を切ったら、あんたの居場所は無いんだよ?」



「…居場所など、元からどこにも無いさ。」



彼が歩き出した時、




「ううん…アルフの居場所はあるよー。…無の世界にね。」



ミトゥが口を開いた。




「………?それはどういう…」



「さーよなら、アルフ!」




ザシュ!!



…気づくのが一瞬遅かった。




「くっ………な……ぜ……」



振り返ったアルフの瞳に映ったのは、残忍な笑みを浮かべたミトゥ。


そして…切り裂かれ血に濡れた自らの腹部と赤く染まった鉾。



痛みと出血で目がかすんでくるが、シスの表情は見えた。


…予想外の事態に対応しきれず、青ざめていた。




「なぜ?あなたがあたし達の望む死神じゃなくなったからよー。つまりー…もう必要ないってことー。むしろー、下界を乗っ取るのに邪魔だからだよー。」



「そう………か………」



もう誰の声もよく聞こえなくなっていた。



彼の体は鮮血を帯びながら、雲を抜け下界へと落ちていった………。



「シス…やっぱり、そうだったんだよー。」



ミトゥは微笑を浮かべ、シスに言った。




「えっ…?」



「アルフはね…」



肌色は戻ったものの、まだ恐怖で固まったままのシスにミトゥは、ある事実を告げたのだ。


















青く澄み渡った空には、太陽を遮る白い雲。



ひまわり畑のひまわり達は、雲の合間から漏れる太陽の光を受けようと高く高く伸びていた。




「今日もいいお天気だわ。今頃カナルはトライトラマね。修学旅行…うらやましいかぎりだわ。」



そう言いながら歩いて来たのは、一人の女性。


鍔の広い帽子を被り、右腕で陽の光から顔を守っている。




「………あら?」



ひまわりに関連した歌を口ずみ始めた女性の瞳に、何か気になるものが映った。



それは緑に近い青い髪を持つ青年だった。



ひまわり畑の前の道にうつぶせで倒れている。




「ちょっと、あなた、大丈夫!?」



すぐに女性は駆け寄った。


声をかけながら体を揺さぶるが、青年の反応は無い。



地面に付着はしていないが、腹部には血の染みがある。




「血…?すごいケガだわ。」



早く病院に連れて行って手当てを…と思ったが、この辺りでは一時間以上車で走らないと病院は無い。




「とりあえず…」



女性はハンカチを青年の腹部に押し当て、彼に自らの肩を貸す。



そしてゆっくり立ち上がり、自分の家がある方向へ歩き出した…。





















「そんなに買うの!?」



カナルは呆れたような顔で少年を見ていた。



トライトラマにあるお土産屋の、キーホルダーコーナーの前。



少年は、そんなにってほどでもないっしょとしれっと言ってのけた。




「だってさー、せっかくこんな遠い所まで来たんだぜ?買わなきゃ損だろ。」



「でも、キーホルダーをそんなに買っても意味無いんじゃ…?リーって、キーホルダー集めの趣味でもあるの?」



「そんな趣味は全く無い。けど、修学旅行だし、別にいいんじゃね?」



リーと呼ばれた少年は、またキーホルダーへと視線を戻した。


藍色の瞳に板チョコをモチーフにしたキーホルダーが映る。




「いい…のかな?」



「いいんだよ、気にすんな。」



手近にあったキーホルダーを取り、これも買おうかなと思案するリー。




「それも…?リーの好きなようでいいけど、早くしないと集合時刻に間に合わな…えっ?」



言葉を止め、唖然とするカナル。




「どうしたの、カナル君?」



唖然としているカナルを不審に思い、近くにいたクラスメートが訊いた。




「おーい、カナルー。どうしたんだ?」



リーもカナルに目を向け、彼の顔の前でヒラヒラ手を振る。



それでもカナルは呆然と立ち尽くしたままだ。




「今…」



「今?」



(フィル兄が居たような…?)



そう思った時には、彼は猛ダッシュで走り始めていた。




「お、おい、カナル?どこ行くんだよ!」



リーや他のクラスメートが呼び止めるが、カナルの耳には入っていないようだった。




彼はひたすら南に向かって走った。




(人違いかもしれない…けれど、本当にフィル兄だったら…!)



会いたい、その気持ちしかなかった。




特産品コーナーを通り過ぎ、会計場所を右に曲がった自販機のある休憩所。




そこにフィルの後ろ姿があった。




黒い翼も生えていないし、鎌も持っていない。


カナルのよく知っている、人間だった頃のフィルだった。




「はあはあ…フィル…兄…?」



たまたまなのか、必然なのか。


休憩所には、フィル以外に誰も居なかった。




「………。」



カナルの問いかけに気づかないのか、フィルは振り向かなかった。




「フィル兄、僕だよ!カナルだよ!」



カナルはフィルに近づき、尚も話しかける。




そして、肩に手を触れそうな距離になった時………。




ドスッ!!




「……っ!?」



フィルが振り返り、カナルの鳩尾に手刀を入れたのだった。




「どう……して……?」



体が床へドッと崩れ落ちる。




次第に薄れてゆく意識の中、カナルはフィルの顔を見た。


その顔には悪意に満ちた、不気味な笑顔があった……。













「………い!おーい!」



誰かが呼んでいる。




「おーい!大丈夫かよ?」



声がだんだん明確に聞こえてくる。




割と高い声の、恐らくは…カナルと同じくらいの歳の青年の声。




「聞こえてたら、返事くらいしろっつの!」



「うっ……ここって………?」



「目覚めたみてえだな。ここは天界だぜ?」



カナルの目がゆっくりと開いた。




周りは白く地面はフワフワしていた。




目の前には、カナルを見下ろす青年の姿があった。


黄色い髪と赤い瞳を持つ青年で、背中には死神特有の黒く大きな翼が生えている。




「天界…?なんで、ここに居るんだろ?」



「なんでって…死神だからじゃねえか?」



黄色髪の青年が答える。




カナルは上半身を起こし、それはそうだけどと呟いた。




「そういえば…えっと…」



「リアゼク・ギルドだぜ。周りの奴らからは、リアゼって呼ばれてっけどな。」



カナルが尋ねる前にリアゼが言った。




「リアゼって…、イリアの天敵の人?」



「げっ…おまえ、ピンク娘のことを知ってんのかよ…。」



「やっぱりそうなんだ…。天界って狭いや。」



うんうんと頷きながら、カナルは立ち上がった。


足が雲にズボッと入り込んで、気持ちいいんだか悪いんだかよくわからない感触がする。




リアゼは、嫌なことを思い出させてくれたなと苦い顔をしていた。




「つか…俺を知っていてピンク娘も知っているおまえは、一体何者なんだよ?」



「えっ…僕はカナル・ティディオだけど。」



「カナル…?何か聞いたことあるような…ねえような…?」



「居た居た!!カナルーっ!!」



突然、カナルの背後から呼び声が聞こえた。




「あっ、イリア。」



カナルは振り返り、声の主に向かって手を振った。



イリアは、手を振り返しながら二人の元に駆けてきた。




「うっ…ピンク娘。噂をすれば影…再びかよ…。」



「んっ?リアゼも居たのっ?」



うんざり顔のリアゼに気づき、イリアは気が付かなかったという風に返した。




「居たとも…悪いかよ?」



「べーっつに。居たかったら、ご自由にっ!」



「あー、そうかよ。勝手に居させてもらうぜ!」



(犬猿の仲って…本当だったんだな。)



ケンカ腰な二人を見ながら、カナルは思った。




「ま、こーんな奴は放っといて…」



こんな奴って何だよとリアゼの怒鳴り声が聞こえてきた。




「カナルっ!アルフって死神のこと…あたし、思い出したのっ!」



「えっ!?本当?」




「本当っ!あたしの知っているアルフはね…優しくてクールで強くてかっこいい死神なのっ!」



イリアは興奮しているのか、息をはあはあさせるほど一気に話した。




「つか…おまえら、何の話をしてんだよ?」



イリアの視線がリアゼに移った。




「リアゼっ!あんたも知ってるはずっ!もし忘れてるっていうなら、思い出しなさいっ!今すぐにっ。」



「思い出せって…だから、何のこと…」



「アルフのことっ!!」



イリアの声は天界中に響き渡るのではと思うほど、大きく必死な訴えだった。




「リアゼクさんも、アルフを知ってるの?」



「リアゼでいいっつの。アルフ…アルフ………さっぱり思い出せねえや。」



リアゼは首を傾げて、前半はカナル、後半はイリアに対して答えた。




「嬢ちゃん…俺も思い出したぜ。」



三人の視線が前方に注がれた。




「シークっ!」



「よお…久しぶりだな、カナルとリアゼは。」



声の主はシークだった。



彼は微笑みつつ、三人の輪の中に入ってきた。




「久しぶりっす。」



「久しぶり、シーク。修学旅行中だったんだけど…わけありで。」



名前を呼ばれた二人が言葉を返す。




「シークも思い出したんだねっ!…それなのに、リアゼはっ!」



「にらむなっつの!思い出せねえのは、仕方ねえだろ…。」



「記憶力悪すぎるんじゃないのっ?」



「人のこと言えねえだろ!」



カナルはやや呆れて、いつもこうなのとシークに小声で訊いてみる。




「何っつうか…日常茶飯事ってやつだからな。」



「止めなくていいの?」



イリアとリアゼは、口ゲンカを止めようとする気配はない。




「その内、収まると思うがな。それより…」



シークは眉間にしわを寄せた難しい顔をした。




「まさか、あいつのことを忘れちまってたとはな…。」



「あいつって、アルフレッド・フィアラのことだよね?」



「ああ…そうだ。あいつは、ある意味では俺にとって恩人だからな。」



「恩人…?シークの知っているアルフって…どんな死神なの?」



思い出に耽るシークに、カナルは問いかけた。



…イリアとリアゼのケンカは、もはやBGMと化している。




「…アルフは、死神でありながら人を助ける奴だった。冷めたような瞳をしているけどよ…本当は誰よりも優しくて、犠牲心の強え奴なんだぜ。」



「そう…なんだ。」



それだけ返すと、カナルは少し黙った。




「もーう!あーんたみたいな奴は、絶交だもんねーだっ!」



「あー?俺だって、ピンク娘の顔見たくねーっつの!!」



イリアとリアゼは、まだいがみ合っているようだ。




「シリアスな空気だというのに…仕方ねえ奴らだぜ。」



気をきかせたシークは、二人を宥めに向かった。




カナルは、一人考え込んだ。




(アルフは…僕の兄さんだった人は…優しい死神?じゃあ…どうしてあの悪魔達と一緒に酷いことをしているんだろう…。もしかして…)



「あれっ………?」



なぜだかカナルの周りの景色が歪んできた。


三人の姿が霞んで、誰が誰だか見えなくなってくる。




「何…これ…?」



足がもつれた感じがして、真っ直ぐ立っていられなくなってきた。




声が…出ない。




(誰か…シーク…リアゼ…イリア………)



彼は手を前に向けて必死に伸ばすが、誰も気付かない。




(誰か………)



意識が途切れた。






















再び目を開けると、天界の景色はもうそこには無かった。



ただ、上や下から押しつぶされるような妙な感覚を覚える白い空間の中に居た。




その中で、カナルはイスと思われる物に座っていた。


左隣には、同じように座って寝息を立てているリーの姿が。




(ここって…)



空間全体がゴゴゴッと音を立てながら揺れている。



右隣には窓があり、そこから無数に広がる雲と青い空が見えた。




(もしかしなくても、飛行機の中?)



雲の切れ目から、建物や車などが小さく見えた。
























「…母さん?」



「なあに、カナル。」



「なんで…アルフが僕の家でご飯食べてるの?」



「あら、知り合いだったの?ちょっとわけありでね…食事は人数が多い方が楽しいでしょ?」



呆気にとられているカナルに、母親のメルディは穏やかな笑みで返した。




「そういうことだ。しばらく住ませてもらう。」



「いや、そういうことも何も説明になってないしさ…。ってか、普通にご飯食べてないでよ!」



「せっかく彼女が作ってくれたのだ。…粗末にするわけにもいかないだろ?」



アルフは答えながら、山盛りにされたサラダからプチトマトを自分の皿にいくつか入れる。




「そういう問題じゃ…」



「安心しろ。…ケガが治れば、すぐにでも出て行く。」



「えっ?ケガって…」



「………いや、何でもない。それより…あのひまわり畑は素晴らしいものだな。」



カナルから顔を背け、アルフはすぐに違う話題をメルディに振った。




「ええ、そうでしょ?私もカナルもあのひまわり畑はお気に入りなの。なんだか懐かしい気分になれるから…。あ、ご飯冷めちゃうわ。カナル、早く食べちゃいなさい。」



「…う、うん。」



狐につままれたような感じだった。




かつての恋人同士…兄弟が三人で食卓を囲む…。




けれど、暖かくて少し切なく悪くないなとカナルは感じた。





















細い細い三日月の夜だった。




アルフはメルディに勧められ、カナルの部屋に泊まっていた。




「…どういうつもり?」



ベッドで窓側を向いて寝ていたカナルが訊いた。


言葉に棘があり、警戒しているようだ。




「どういうつもり…とは?」



「僕の家に泊まって…僕を殺すつもり?それとも…母さんを人質に脅そうって魂胆?」



「………まさか。」



カナルと反対方向を向き、馬鹿馬鹿しいとアルフは吐き捨てた。




「メルディやあんたに危害を加えるつもりはない。それに…だ。今の私には、そのような力は無い。」



「ふうん?…って、ちょっと待ってよ!今、母さんのこと、メルディって言った…?」



「………お休み。」



アルフはもう一言も話さなかった。




寝息は聞こえないが微動だにせず、反対方向を向いたまま眠っているようだった。




(僕…母さんの名前、言ったっけ…?それに“そのような力は無い”って…死神の力を無くしたってこと!?)



カナルの頭は混乱していたが、彼もやがて眠りに落ちてしまった…。













夜が明けた。




朝日はサンサンと大地を照らし、カーテンの隙間から部屋に漏れてくる。



チチチチッと、鳥の声も賑やかなBGMとなり聞こえてきた。




「う…うーん…朝………?」



眩しかったのか、顔を右手で覆いながら、カナルは目覚めた。




…隣のベッドには、アルフの姿はもう無かった。




(もう…降りたのかな?)



んーと背伸びをし、カナルも階段を駆け下りていった。




「おはよう、カナル。」



「………早いな。」



一階の食卓テーブルでは、メルディとアルフが対峙するように座って食事をとっていた。


今日の朝のメニューは、スクランブルエッグにサラダ、コーンスープとバターロールだ。




「お、おはよう。」



カナルはアルフに警戒の視線を送りつつ、自分の定位置に着席した。




「どうしたの、カナル?」



「えっ?何が?」



「そんなにアルフ君を睨んで。」



「べ、別に睨んでなんかないよ。」



メルディに指摘され、慌てて視線を逸らすカナル。




「そう?アルフ君は、あなたのお兄さんぐらいの歳なんだから、仲良くしてよ?」



「わ、わかってるよ。」



「………カナル。話がある。食事が終わったら、ひまわり畑に来てほしい。」



二人の会話に割り込むかのように、アルフが言った。




「ひまわり畑に…?」



「そうだ。」



アルフの瞳がどこか悲しげに自分を見ていたことを、カナルは理解した。



それから、アルフはご馳走さまと端的に言って、玄関から出て行った。




「急にどうしたのかしら…アルフ君。」



メルディは不思議そうに首を傾げているばかりだった。















風そよぐひまわり畑。



太陽は雲に覆われ、その光は暗く頼りない。


そのためか、少し肌寒い感じがする朝である。




「話って…何?」



アルフから遅れること二十分。




カナルがひまわり畑に顔を見せた。




「………カナル。おまえの疑問全てに答えようと思ってな。」



アルフはカナルの方を振り向かず言った。


…彼はじっとひまわりを見ていた。




源となる陽の光を浴びれず、ひまわりは元気なくうつむいている。




「僕の疑問…?」



「例えば…、なぜ私がメルディとおまえの家の前に現れたのか。そもそも、なぜ母親をメルディと呼ぶのか。力が無くなったとは、どういう意味か。」



「…そういうことを答えてくれるの?」



アルフはコクリと頷き、ようやくカナルの方を向いた。


愁いと悲しみ、そして小さな決心に満ちたような、そんな表情だった。




「じゃあ、今言ったこと全部答えてよ。」



「…わかった。」



まずは、と前置きしてからアルフは語り始めた…。




「最初に言っておくが、おまえとメルディの前に現れたのは、ただの偶然だ。手を出そうとは考えてないことを理解してほしい。」



「…わかったよ。」



そう返事はしたが、カナルはアルフに対する警戒を解こうとはしなかった。


鋭い視線や、いつでも動けるよう足幅を広げていることからよくわかる。




「力が無くなったことについては、私自身でさえも明確な理由がわからない。だが恐らく…」



アルフは一度言葉を止め、空を仰いだ。




「恐らく…何さ?」



「…断言はできないが、私が一時的にとはいえ、死神で無くなったからだと考えられる。」



「へっ…?そんなこと起こるの?それに死神じゃなかったら今のアルフって…何になるの?」



「人間、だな。」



アルフは他人事のように、さらっと答えた。




「人間、って…」



「まあ、それは後から説明する。先に…だ。なぜ、私がおまえの母親の名前を知っているかを答えよう。」



深く突っ込むなというように、カナルの困惑はサッと流された。




「それは、簡単なことだ。…私と彼女が恋人同士だったからだ。」



「………はい?恋人同士?」



カナルは眉を潜め、きょとんとした表情で聞き返した。




「そうだ。…とは言っても、死神になる以前の話。今はもう…赤の他人だがな。」



そう語るアルフの瞳は、わずかに伏せられていた。




「そうだったんだ…。」



かける言葉がわからず、カナルは口を閉じアルフを見つめるだけだった。




「………カナル。次は私が質問する。」



「何…?」



警戒姿勢は解かれていた。



雲密度の上昇のためか、湿気が高くなり、彼の頬をかすかに汗が伝う。




「メルディは…おまえの母親は幸せそうか?」



カナルは数秒考えてから、微笑んで答える。




「…うん、幸せそうだよ。父さんは単身赴任だから寂しい時もあるだろうけど…それでも母さんは僕が居ればいいって笑ってくれてるから。」



「…おまえはどうだ、カナル。幸せか?」



「もちろん、幸せだよ。父さんは帰ってきた時は、お土産話をしたり食事に連れってくれる。母さんは優しくて笑顔で料理上手。二人とも僕を愛してくれるし…学校生活も充実してるからね。」



楽しそうに答えるカナルを見て、アルフはそれなら良いとだけ言った。




「…全く皮肉なものだな、世の中というものは。」



フッと自嘲気味に笑うアルフを見て、何がとカナルが問う。




「私は蘇り全てを思い出したというのに…誰一人、私を必要としてはいなかった。カナル、おまえだけでなく、メルディも…かつての仲間達も私を忘れていた。正しいと思い行動していたことは間違いで、また罪を背負ってしまっただけだった。」



「アルフ…」



「全く…皮肉で愚かなものだ。」



それで会話を止めると、アルフはカナルに背を向けた。



それで会話を止めると、アルフはカナルに背を向けた。




「…カナル。一時的に人間になったという理由を教えておこう。全て思い出した…。私は、おまえと同じ…狭間の死神だからだ。」



「どういうこと…?」



「…そういうことだ。ではな、シーク達によろしく伝えておいてくれ。」



「待ってよ!」



去っていこうとするアルフの前に、カナルはサッと立ちはだかった。




進路を遮られたアルフは怪訝そうな表情で、カナルを見つめた。




「…なんだ?話すべきことは、全て話したはずだ。」



「まだ訊きたいことはたくさんあるのに、勝手に行かないでよ!」



「わからぬ奴だな、カナル。言っただろう?私は誰からも必要とされていない、と。…私は存在していてはいけない存在なのだよ。」



すり抜けようと左右にフェイントをかけるが、カナルは執拗に行く手を阻む。




「アルフが存在しちゃいけないなんて、誰が決めたのさ?必要無いなんて誰が言ったのさ?」



「私が決めたことで、私が考えたことだが?」



「それは、アルフの思い違いだよ!…少なくともイリアやシーク、エマやリアゼ、母さん…それから僕もアルフを必要としているんだよ?」



カナルの肩は震えていた。



泣いているのかもしれない。




「存在しなくていい者なんて居ない…。罪だって償えばいいんだ。アルフは………兄さんは僕達にとって、大事な存在なんだ…。」



「カナル…。」



「そのとーりっ!!」



カナルの意見に賛同する声が頭上から響いてきた。




「えっ…わっ!?」



ドサドサッ!




突然、背中に耐え難い重みを感じて、カナルは地面にうっ臥した。




「イリア…?」



「あ、アルフー!イリアのこと、覚えててくれたんだねっ!イリア、超感激だよっ!!」



アルフに名前を呼ばれた人物…イリア・ザルメスはカナルの背中の上から、笑顔で返した。




「重いよ……イリア。」



「レディに向かって、“重い”は無いでしょっ!」



「だって…本当に………重っ………」



「そんくらいで止めといてやれよな、ピンク娘。」



呆れたような諫め声が別の場所から聞こえた。


イリアのすぐ真後ろからだ。




「リアゼか…?」



「あ…どうもっす。アルフさんっすよね?」



リアゼク・ギルドは確認するかのように訊いた。




完全にバテてしまったカナルに気づき、イリアはようやく彼の背中から体をどけた。




「…ああ、そうだ。」



アルフは悲しげに目を伏せて答える。




「なんかまずいこと言ったっすか…?俺、アルフさんと知り合いみたいなんっすけど、記憶力悪いのか覚えてなくて。」



だけど、とリアゼは続けた。




「なんか…アルフさんを見てると、“兄貴”って呼びたくなるんすよね。そう呼んでいいっすか?もしかしたら、思い出せるかもしれないっすから…。」



「…構わないが。」



返答はそっけないが、僅かにアルフの表情が和らぐ。



イリアは何か言いたそうに眉を潜めていたが、敢えて黙っていた。


無理矢理よりも自然に思い出した方が、二人のためには良いと考えたからである。




「じゃあ…兄貴!改めてよろしくっす!」



「ああ、よろしく。」



「ねえ…イリア。なんで、リアゼは“兄貴”って呼んでるの?」



嘆息しながら身を起こし、カナルが訊いた。




「ん?なんでだったかなっ…あたしも忘れちゃった。」



「確か…リアゼの奴にアルフが神力で勝ったからだぜ。」



いつの間にかイリアの真後ろにいたシークが口添えした。




「シークか…久しいな。」



アルフの視線がシークに移る。




「おうよ。久しぶりすぎて、顔忘れちまうとこだったぜ。ま、本当いやぁ…顔どころかあんたに関わること全て忘れてたんだがな。」



「………。」



「お、おい…冗談だぜ?軽ーく流しときゃいいんだ。」



アルフが神妙な顔つきになったので、シークは慌てて訂正した。




「老化が進んでるんじゃない、シーク?」



「エマか…。」



からかい口調でシークに声をかけたのはエマ。




アルフに気づくと、久しぶりだねと微笑んだ。




「老化って…俺ぁ、まだ二十代だぜ、エマ…。」



「ええっ!?そうなの?」



「…いやいや、そこで驚くなよ、カナル。本気でへこんじまうからよ…。」



シークはかなりショックを受けたらしく、しばらく傾いでいた。




そんな彼はスルーして…




「…と言っても、自分も君に関わること全てを思い出したわけじゃないんだけどね。」



「…そうか。」



エマとアルフは会話を続行。




「こう言ったら気を悪くするかもしれないけど…思い出したとか忘れたとか関係ないんじゃないかなって、自分は思うよ。」



「どーいう意味、エマっ?」



イリアが尋ねる。




「…忘れていることは相手に失礼だし、悲しいことだと思う。だからといって無理矢理思い出そうとしても、ダメじゃないかな。あ、誤解しないでよ?自分が言いたいことは、忘れたなら潔くそれを認めて、一から始めようってことだよ。」



「エマ…。」



「なんてね。言い訳にしか聞こえないだろうけどさ。アルフ…君さえ良かったら、また仲良くしてくれると嬉しいよ。」



エマはそう言って、握手を求めるように右手を前に出した。




「勿論、構わな…」



「美しき仲間との絆ってやつ〜?反吐が出ちゃうな〜。」



「………!?」



和やかなムードが一変し、緊張に変わった。




アルフは近くに居たエマと背中合わせに構え、イリアとリアゼはカナルを守るようにして構える。



シークは大鎌を右手に持ち、少し離れた場所で前後左右に目を光らせた。




「クスクス…。」



無邪気だが不気味でもある笑い声が近づいてくる。




「誰っすか!?」



「誰でもいいじゃん?悔しかったら見つけてみなよ!!」



リアゼの問いに、先ほどとは違う声が答えた。




「…悔しくも何ともねえが、見つけたぜ?」



「ど、どこっ!?」



「あっ…みんな、あっちだよ!」



皆、シークの視線の先…そして、カナルが指差す方向に視線を移す。




「ふふ…見つかっちゃったか〜。隠れてるわけでもないけどね〜。」



電柱の上で笑いながらカナル達を見下ろしているのは、二人の少女悪魔だった。




「ミトゥ…それに、シスか。」



アルフがポツリと呟いた。






















-後編へ続く-

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