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繰り返される旋律























「そ、それなら、500万円でどうかしら!?銀行にある夫の貯金の全額よ!」



周りをシャッターで遮られた暗い車庫の中。


アルフは、蔑むような瞳で女性を見下ろしていた。



ふっくらとした体つきの四十代ぐらいの女性で、服装やアクセサリーの装飾の派手さから、セレブな印象を受ける。


ファンデーションを真っ白く塗りたくった顔には、恐怖を抱いている様子がありありと出ている。




「言ったはずだ…私は死神だと。そんなもの…必要であるはずがない。」



「そ、それなら!あなたの欲しい物は何でもあげるわ!そ、そうよ!私の代わりに夫の命を…」



「残念ながら…その取引には応じることができない。あんたを迎えることが私の仕事だからな。」



アルフは冷たく言い放つと、大鎌を持つ左手にぐっと力を込めた。




「い、いや…来ないでー!!」



背を向け逃げ出そうとした女性の体は、鎌は容赦なく斬りつけられる。


ザシュと鋭い音がした。



傷口から大量の血を流し、あ…あ…と小さくうめきながら女性は倒れ絶命した。




「おー疲れ様!見てて爽快だね、アルフの殺し方。」



「…殺しているわけではなく、迎えているのだろう?」



空間から突然現れ、愉快そうに笑っているシスにアルフが言った。




「どっちでもいいんじゃない?人間達には、死神は人を殺すって思われてるんだし。」



「…もう一人の者は?」



ミトゥのことを言っているらしい。


いい加減あたし達の名前覚えてよねと、シスがぼやいた。




「他の友達と遊びに行ったよ。ミトゥは、あんまり残酷なシーンは好きじゃないからね〜。」



「私としても、好きでこのようなことをやっているわけではない。」



「そうかな?それじゃ、その鎌は何のためにあるんだろーね。」



「………。」



目を伏せ、口をつぐむアルフ。




「あれー?落ち込んじゃった?ま、細かいこと気にしても、どうにもならないしー。さっさと次、行こーよ。」



シスは誘いかけるように言って、フッと姿を消した。




「罪も何も無くまだ生きることのできる人間を迎えることは…私のやっていることは本当に“正しい”のだろうか?」



うなだれ自分自身に問いかけるアルフ。



錆びた鉄のような臭いが立ち込め始めてきた…。










「…連続殺人事件?」



カナルはきょとんとした表情で、声の主を見た。



もっともそれは、テレビ画面のニュースキャスターだったのだが。




『どの遺体にも背中または腹部以外の斬り傷は無く、抵抗した様子は全くありません。目撃者は無く、付近の住民も怪しげな音や声は聴いていないとのこと。また殺された人々は、年齢も性別も参加している活動もばらばらであり、関連性が無いことから、警察では無差別連続殺人事件として犯人の行方を追っています。』



「怖いわね…カナルも気をつけなさいね。」



リモコンでテレビの電源を消し、母親のメルディが言った。




「…でも無差別なんじゃ、気を付けててもどうにもならないかも。」



「それはそうてじょうけれど…とにかく下校は一人でしちゃダメよ?必ず友達と帰ってきなさい。」



「うん…わかった。」



頷いて、カナルは階段を駆け上がり、自分の部屋へと戻った。




彼の部屋にはテレビはない。


勉強に集中できなくなると困る、と語学教師である父親が置くことを許さなかったのだ。



だから、見たくなったら一階の居間に行かなければならなかった。




(それにしても…)



カナルはベッドに腰を下ろし考えた。




(…なんか前にもこんな事件があったような気がするのはなんでだろう?)



記憶を手繰り寄せてみるが、どうにも思い出せない。




(わかんないや…フィル兄のことも…誰も覚えてないし。一体僕の身に何が起きてるんだろう…?)



そんなことを考えている内に、いつしか彼は眠りの世界へと導かれていた…。













………。




「ここは…天界だよね?」



誰に言うともなく呟くカナル。




周りはただひたすらに真っ白だった。


地面はフワフワした雲でできている。




しかし、彼が今居る場所は前に訪れた広場では無かった。




目の前に五階建ての建物があったのだ。


天界と同じ白い色で、ガラスの自動ドアで出入りを管理されていた。



ドアには何か張り紙がされているが、アリぐらいの大きさの字で書かれていて読めない。




「何の建物だろう…?」



「そいつぁ、天界相談所さ。張り紙の字…小さくて読めないんだろ?」



「へっ…?」



不意に聞こえた声に驚き、声が裏返った。



恥ずかしくなって、カナルは慌てて両手で口を抑える。



「気にするな。俺は聞こえなかったことにするぜ。」



ハッハハと豪快に笑いながら、一人の男がカナルに歩み寄ってきた。




短い赤髪に黄色い瞳。


話し方は熟年しているが、カジュアルな若者の服装で二十代後半と思える。



黒い翼に、柄が長い長い大鎌…死神だろう。




「えと…今日は。」



「おう。あんたが“狭間の死神”のカナルだろ?」



「なんで僕の名前を…?」



不思議そうに首を傾げるカナルに、男は答える。




「とある人にあんたを呼ぶように頼まれてな。自己紹介遅れたが…俺はシーク・ルスタリィ。シークと呼んでくれ。」



「う、うん。シーク…さん。」



「“さん”はいらねえよ。柄じゃねえからな。」



頭をなでながら、シークは照れたように目を横に向けた。




「じゃあ…シーク。…ふふっ。」



「笑うなよ…。」



「あっ…ごめんなさい。なんか、エマと似てるなって思って。エマも“さん”付けを嫌がってたから。」



「…エマか。あいつと一緒にするなよ。」



苦笑していたが、別にシークは怒ってはいなかった。




「雑談はこんくらいにして…、本題に入るぜ?その、とある人っつうのが地獄を取り仕切る閻魔…様だ。」



「閻魔様!?」



「もう会ったか?」



「うん、一度だけ…。フィル兄のことかな…」



フィル兄?と、シークが聞き返す。




「僕に力をくれた兄さん。今は…行方不明だけどね。」



「…そうか。あんたが“狭間の死神”っつうことは、そのフィルって奴は死神だよな?」



「そう…なんだよね。僕の知っているフィル兄は人間なんだけど…」



カナルは悲しげに眉を下げた。




「フィル兄にはもう会えないのかな…」



「いや…会えるかもしれないぜ?なぜなら、死神が住んでる場所はこの天界だからな。もし会うことがあったら、仕事仲間のよしみで言っておいてやるぜ。」



「ありがとう!」



それから、フィルの特徴についてシークは尋ね、カナルが答える。




「なるほどな…。エマや嬢ちゃん、リアゼや爺さんにも呼びかけてみるぜ。」



「エマは知ってるけど…他の三人は?」



「…ま、地獄に着くまでに話してやるよ。そろそろ行かないと、閻魔…様が待ちくたびれるだろうからな。」



カナルの髪を撫でながら言って、シークは先導して飛んで行く。


カナルも横に並ぶようにして彼に着いて行った。


















いつもはマグマの底にいる閻魔だが、珍しく上がってきていた。




「ルスタリィ…ご苦労じゃったな。休憩してよいぞ。」



「…っつうわけだ。カナル、また後でな。」



「うん、また後で話聞かせてよ。」



シークはカナルの返事を聞くと、もと来た方向へバサバサと飛び去っていった。




「さて…この間は途中で話を切ってしまって悪かった。フィル・ティディオの話じゃったな?」



「はい!続き…話してくれるんですか?」



「いや…今日はまた違う用でそなたを呼んだ。」



「そう…ですか。」



フィルの行方の手がかりを聞けるかもと考えていたので、カナルは少し残念そうに返した。




「まずは…“狭間の死神”の仕事についてじゃ。…普通の死神の仕事は知っておるか?」



閻魔はふさふさの髭をなでながら問いかけた。




カナルはうーんと少し悩んでから、




「死神っていうくらいだから…人の命を天界に運ぶこと、だと思いますけど。」



意見を述べた。




「当たらずとも遠からずじゃな。死神は、寿命尽きた人を迎えることが仕事だ。そのために、大鎌を持っている。」



「僕の仕事も、それと同じですか?」



「否…そなたの仕事は、ティディオと同じようなことじゃ。特に人間界に変ありし時に、早急に対応することじゃな。」



「フィル兄もそんなこと言ってました。それで…急に呼ばれたのは、今がその時だからですか?」



「なかなか勘がいい少年じゃな。…テレビや新聞で内容は知っておると思うが…連続殺人事件の犯人が誰かは知らぬじゃろ?」



カナルは人間界で観たテレビの映像を、ぼんやり頭に描いた。




「犯人は…捕まってないし、手がかりが全く無いとか…。まさか…閻魔様は犯人を知っているんですか!?」



「その、まさかじゃ。犯人は…人間ではなく死神。傷の斬り口を見れば、わしにはバレバレだ。」



「死神…!?それって…」



フィル兄じゃないですよね…?と、カナルは恐る恐る聞いた。




「フィルは関係無い。」



「よ、良かった…。フィル兄がそんなことするわけないもんなあ…。」



「しかし、そなたも会ったことのある者には違いない。」



「えっ…だ、誰ですか!?」



犯人の名前を明かす閻魔の口が、まるでスローモーションのようにカナルには見えた。






















夕暮れの公園。




五歳か六歳ぐらいの小さな子供が、立ち尽くしていた。




子供の瞳に移っている者は、オレンジ色に輝く夕日と…それを遮るようにして佇むフードコートの人物。



…アルフだった。




「…まだ若いあんたを迎えるのは少々ためらわれるが…致し方ない。」



一方的に言うと、アルフは胸の前に大鎌を構えた。



子供は、サッカーボールを手に持ったみま、きょとんとしていて逃げようともしない。




「来世では、長生きできるよう祈る。」



鎌がヒュンと風を斬りながら、子供に振り下ろされた…。




しかし、次の瞬間アルフの鎌はガッと音を立てて、後方に弾かれた。




「………!?」



「止めろ…!」



鎌を弾いた者は、カナルだった。



怒りの表情を顔に宿し、子供を守るようにして立っている。




彼の鎌の刃先は、アルフの額の数ミリ上にあった。




「………」



アルフは抵抗はしなかったが、鋭い眼光をカナルに向けた。




「今のうちに逃げて!」



子供は、何が何だかわからないといった顔でカナルを見ていたが、やがてママーと叫びながらどこかへ駆けて行った。




「カナルか…私をどうする気だ?」



「連続殺人事件の犯人…アルフレッド・フィアラ。…もうこんなことしないと約束するなら、僕は見逃すよ。でも、約束しないなら…消滅させる!」



「…そうか。」



「約束するの?しないの?答えろ…!」



カナルは声を張り上げた。



実体化を中止させた二人の声は人間には聞こえていない。




「…答えられない。」



「わっ!?」



アルフの周りを風が取り巻き、カナルはバッと飛び退く。




「…その質問には答えられない。」



アルフはもう一度そう繰り返し、右手を前に出した。



弾かれたはずの鎌が吸い付けられるように、彼の手に収まった。




「今日は一旦退いておく。次に会う時には、カナル。あんたを消滅させる。」



「また…逃げる気なのか?」



「好きなようにとるがいいさ…」



アルフは言葉を返すと、フッと姿を消した。



カナルは鎌を振り下ろしたが、アルフに傷を負わせることはできなかった。



「殺人犯なのに…どうして、あんな悲しそうな瞳をしているんだろう…?」



一人公園に残されたカナルは、ぽつりと呟いた。




「あーあ、あんたのせいでつまらないことになったじゃん。」



「僕のせい…?」



声のした方に顔を向けると、そこには黒い翼をつけ鉾を手にした少女悪魔が居た。



…シスだ。




「そーだよ、あんたのせい!アルフがせっかく乗り気になってたのにー、邪魔したから!」



「乗り気って…殺人に乗り気じゃ止めないわけにはいかないよ!」



「なーんで?いーじゃん!それが死神の仕事なんだから!…あたしはあんたみたいな正義ぶった奴は、大っ嫌い!」



シスは、そこまで言うとあっかんべーをして、夕日に向かい飛び去っていった。




(もしかして…アルフは操られてるのかな…?)



カナルは、シスの言動やアルフの表情を思い出して、何となくそう思った。



















ミトゥは、困ったねーと軽い調子で返した。




地獄の最北端にある黒い塔の中。


そこがミトゥとシスの住処だ。




「ミトゥはのーんきすぎ…。このままじゃ、下界を乗っ取るっていうあたし達の計画が台無しじゃんか!」



「それはそうだけど…難しく考えるほどじゃないんじゃない?その灰色の翼の死神…アルフが消す前に私達が消しちゃえばいい話だから。」



「………そっか!そんな簡単な話なんだ。」



「そうだよ?悪魔が死神を消しちゃいけないって法は無いんだから。…あっても、下界を乗っ取ろうって思ってるぐらいだから、守らないけどね。」



ミトゥはクスッと笑った。



瞳は笑っておらず、尖った歯を見せた残忍な笑みだった。




と、その時。




「…カナルには、手を出さないでほしい。」



「あっ、アルフも聞いてたの?」



いつから聞いていたのだろうか。



突然、柱の陰からアルフが姿を現した。




「はあ?アルフにだって、邪魔な存在なんでしょ?手を出すなって、どーいう意味?」



シスは不機嫌そうに顔をしかめた。




「カナルのことは…私が責任を持って、消滅させたいからだ。私の中の…迷いと決別するためにも、それだけは譲れない。」



「そういうことなら…仕方ないよね。」



ミトゥはうんうんと頷きながら、同意する。



「ミトゥ、裏切んの!?」



「違うよ、シス。私はそういうつもりじゃ…」



「じゃ、どーいうつもりなの!?…もういい!あたし一人でやるから!」



「あ…シス!」



ミトゥの弁解に聴く耳を持たず、シスはずかずかと奥の部屋へ消えていった。




「私のせいで仲違いを…すまない。」



アルフは、うなだれているミトゥに向かって詫びた。




「………」



ミトゥは、何とも答えず、ただシスの去っていた方向を見つめ続けていた…。



























二日後…天界南西部。




「ここがそうなのかな…?」



カナルは、一軒の和風の家の門に立っていた。



“神力庵”という表札がかかっている。




「あのー、すみませーん!セン・フィアラさんは居ますかー!」



彼は大声で言った。




………。




「すみませーん!!」



「…今、門を開けるから待ちなさい、客人よ。」



声が返ってきた。


年老いた男性の声だった。




やがて、門が自動で開く。



カナルは入っていいのかなあと不安に思いながらも、庵の奥へ足を進めた。




何か魚が住んでいる池や満開の桜の木を通り、住居の前に着く。



そして、戸をコンコンとノックして了承の返事を得てから、住居の中に入った。




中には、一人の年老いた男性がいた。


白髪まじりの黒髪とおっとりした感じの顔が特徴的だ。



いろりの前で正座しており、間には大鎌が置かれている。


鎌には、白く透き通った珠が装飾されていた。




「初めて見る顔じゃな…。客人…そなたは何者か?」



「…こ、今日は!僕はカナルです。セン・フィアラさんですか?」



カナルがどきまぎしながら尋ねると、男性からはそうじゃが何かと返事が返ってきた。




「あの…センさんは天界のことが何でも書かれている本を持っていると聞いて…見せてほしいなっと。」



「…構わんが、何を知りたいのじゃ?」



「…アルフレッド・フィアラのことと、人間界での連続殺人事件のことです。」



「………!?」



セン・フィアラの顔色が変わった。



何か心当たりがあって、それも知られたくないことということが、表情から読み取れた。




「やっぱり何か知ってるんですね?」



「…やっぱり、とは?」



「センさんもフィアラだったから…何か関わりあるんじゃないかと。」



カナルの言葉に観念したかのように、セン・フィアラはため息をついた。




「押し入れを開けてみなさい。中に様々な書を置いてあるから…必要な物を持っていくがよい。」



「ありがとうございます!」



「それから…わしのことは、“千爺”と呼びなさい。フルネームでは呼ばれたくないのじゃ。」



千爺の頼みにカナルは、うんと頷いて、押し入れを開けてみた。



和風の戸を右にスライドさせると…中には古い書物がずらりと並んでいた。




「すごい…!千爺さん、本当にどれでも借りていっていいんですか?」



「…何の因果なんじゃろうか?」



「千爺さん?」



「…おお、すまんのう。構わんよ…カナル。」



書物のタイトルを指でたどっていくと、『天界の歴史』と『天界住人録』が目についた。



カナルはその二冊を引き出して、両手でしっかりと持ち、庵を出た。




「ありがとう、千爺ーさん!」



「カナルよ…気を付けなさい。歴史というものは、全く思いもよらない形で繰り返されるのじゃから…。」



ありがとうと手を振りながら出て行くカナルの背中に向かい、千爺は小さく言ったのだった。
























「なーんだ、案外簡単そーじゃん!一人ででも余裕でやれそー。」



月明かりが差し込む部屋の中。



シスは、斜め下を向いて呟いた。



彼女の視線の先には…ベッドに横たわる一人の少年が居た。



茶色い髪…薄く人間には見えない灰色の翼…



カナルだった。



シスの鉾が自分に向けられていることに全く気付かず、すぅすぅと寝息を立てている。




(…気に喰わないんだよねえ、正義ぶっててあたしの邪魔する奴!)



「死んじゃえ…!」




ヒュッ…




鉾がカナルの心臓に突きささる…!




…かと思われたが。



パシッと彼女の手を掴んだ者がいた。




「…アルフ!?」



「止めてくれ、シス。」



アルフは抑揚のない低い声で言った。




「あたしの獲物を横取りする気!?あんたを助けたのは、あたし達だってこと…忘れてないでしょーね!?」



シスは声をひそめることも忘れ、早口にまくしたてた。




「…忘れた訳ではない。」



「だったら…邪魔しないでよ!」



「シス…それくらいにしときなよー。」



突然、二人の会話に違う声が乱入した。




「裏切り者が何の用!?」



ミトゥだった。



律儀に窓から入って来て、たしなめるように手を前に出した。



シスの鉾は、カナルからミトゥに向け変えられた。




「えっと…シスが後悔しないように、止めに来たの。」



「後悔?するわけないじゃん。」



「だって…その子はまだ生きてるから、殺人になっちゃうから。殺人の罪なんて…シスに負わせたくないの!」



アルフは口を出さず、ただ二人を見ている。




「ミトゥ…」



「だからね?きょーは帰ろーよ。アルフに任せておけば…上手くやってくれそーだし。私達が手を汚すことないでしょ?」



「…黒っ!ぷっ…あははは!でも、ミトゥらしいね!」



「なんで、笑うのよー?」



そう言いつつも、ミトゥは怒らず苦笑顔。




「あははは…なーんか、やる気失せたかも。後はよっろしくー、アルフ!」



「…了解だ。」



ミトゥは涙を指でぬぐいながら、窓からバサバサと飛んでいった。



置いて行かれたミトゥも、




「良かったあ…じゃ、私も戻るね。後は煮るなら焼くなり、好きにしちゃってー。」



「…ああ。」



待ってよーと言いながら、シスの後を追った。




部屋には、アルフと人間形態のカナルが残された。




「…寝たフリは止めろ。起きているのはわかっている。」



アルフはカナルを真上から見下ろし、低い声で言った。




「………」



カナルからの返事はない。




「あくまでも、フリを通し続けるつもりか?それとも、私に勝つ自信が無いのか?」



「………」



カナルからの返事はない。




「あくまでも、フリを通し続けるつもりか?それとも、私に勝つ自信が無いのか?」



「………」



「…まあいい。今から30分後、ひまわり畑に来い。」



物言わぬカナルに一方的に告げると、アルフは夜の闇に姿を消した。




部屋にはカナル以外誰も居なくなり、時を刻む時計の針の音だけが聞こえていた…。



















ひまわり達が下を向いた静かなひまわり畑。




アルフは月をじっと見つめながら、カナルを待っていた。



風の渦が、彼を守るように周りを覆ってヒュウヒュウと音を出している。



まもなく約束の30分後になる。


今のところ、カナルの姿はなく、気配もうかがえない。




「遅い…」



アルフが呟いた時、




「今、やっと30分だよ?」



カナルが到着した。


灰色の翼を大きく開き、死神化している。




彼の顔は、決意と若干のためらいに満ちていた。




「来たか。では、決着をつけよう。」



ザッと鎌を持ち替え戦闘体制をとるアルフ。



サーッと風が流れ、ひまわりが揺れる。




「その前に…一つだけ尋ねたいことがあるんだ…。」



「なんだ?」



「アルフレッド・フィアラ…死神になる前のこと、覚えてる?」



「………?覚えていないが。それが何か関係があるのか?」



「うん…。それともう一つ。どうしても…戦わなければならないの?」



カナルは顔を下に向け、鎌を持つ手をスッと前に突き出した。




「…あんたが存在していると、心が鈍ってしまうのだよ。私のやってきたことが、間違っているように感じもする。私はあんたを消し、曇りを払拭したい。」



「自分の正しさを証明するための戦いってことになるのか…。それなら、戦うしかないかな…兄弟だとしても。」



カナルは顔を上げ、キッとアルフを見据えた。




「兄弟…だと?私と…おまえがか?」



「先手必勝!」



地面の砂がパッと舞い上がった。




先に動いたのはカナル。



面喰らって風の力を緩めたアルフのすぐ前に移動し、容赦なく鎌を振り下ろす。




「くっ…早いな。」




ガキッ!




アルフは鎌の刃で弾き返す。




「まだまだ!」



一旦離れ、カナルはまた鎌を振る。




「やみくもに攻撃しては、勝てないぞ?」



「わっ!?」



アルフの周りを取り巻く風が、寸手のところでカナルの鎌を舞い上げた。




「返して!」



「鎌とはこう使うのだよ。」




ヒュッ…!




アルフは鎌を振った。



すると、鎌から真空の刃が現れ、カナルに向かって進んでいく。




「か、かまいたち!?…わわっ!」



鎌に執着していたカナルも、これでは構わず避けるしかなかった。




「避けたか…なかなかやるな。だが、次は外さない。」



シュウウと風が鎌に集まっていく。




「喰らえ…断末魔の豪風。」



言葉と同時に鎌がヒュッと振られ、巨大な渦を巻いた風がカナルを直撃した。




「うあっ!?」



ドッと地面に叩きつけられるカナル。




「うっ…つっ…」



「弱い…先ほどまでの威勢はどうしたのだ?」



アルフは見下すような体制をとり、鎌の刃先をカナルの胸へ突きつけた。



少しでも動けば、その刃は心臓の機能を停止させるであろう。




「鎌を奪うなんて…卑怯だよ…。」



「私を動揺させて先手を打ったあんたも卑怯ではないのか?」



カナルは苦しげな表情のまま考える素振りを見せた。




「それも…そっか。」



「余裕ぶっている状況ではないはずだが?」



自分の鎌がアルフの左手にあるのを、カナルは理解していた。




(なんとかして鎌を奪い返さないと…)



「消滅させる前にはっきりさせておこう。」



「なんだよ…」



「…私とあんたが兄弟だったというのは、本当か?」



アルフの表情がわずかに悲しげに曇った。




「本当だよ…僕も信じたくなかったけどね…。」



「………そうか。」



「だからといって…関係ないけどね。今は…敵同士だから。」



カナルは死を覚悟して目をつぶった。




「早く…殺したら?」



「…言われなくても、わかっているさ。」



ビュンと鎌が振り下ろされる音がカナルの耳に入った。






カランカラン…。



次に入ってきた音は、何かが地面に落ちた音だった。




「………?」



不思議に思って、カナルが目を開け見回すと、自分の左側に鎌が置いてあった。


黒い羽のついた、彼の鎌だった。




「なんで…」



「これで借りは返した。」



カナルを見下ろしたまま言うと、アルフは背を向けて歩き出した。




「借り…?」



鎌を左手に持ち、起き上がるカナル。




「…もしかして、公園でのこと?」



「次に戦うまでには、自分の鎌の能力を理解しておくがいいさ。」



バサッ…バサッ…と翼をはためかせながら、アルフは飛び去っていった。




(あの書の通り…アルフにはまだ…感情が…?人を助ける死神だったのは、本当なのかな?)



大鎌を見つめながら、カナルは考えていた。



















「どーいうつもりなの、アルフ!?あんた…わざとあの死神を助けたでしょ!?」



指を突き立てられたアルフは、ゆっくりと顔を上げた。




「兄弟とか言われたから、情に流されちゃったんじゃないよね!?」



「そういうわけではない。私はただ単に借りを返しただけで…」



「言い訳は聞きたくないっつの!!次の機会に消さなかったら、あたしがあいつを消すからね!?ついでに…アルフ。あんたもだから!!」



言い放つと、シスは苛立たしげに翼を激しくはためかせ、地獄の方へと飛び去っていった。




アルフはやれやれと言わんばかりに、深いため息をつく。




(次は無い、か…。)



















シークは、えっというような表情でカナルを見返した。




「アルフレッド・フィアラだって…?」



「うん…覚えてる?」



「わかんない…聞いたことある気はするんだけど。」



イリアは、うーんと首を傾げた。




「どこで聞いたんだろう…懐かしくて…なんか悲しい。」



「自分も知っているような気がする。けど…やっぱりイリアと同じでわからないや。」



エマは力になれなくてごめんと詫びた。




「アルフレッド・フィアラ…アルフ…?遠い昔…どこかで…あいつは違うしな…」



「シークは心当たりある?」



ぶつぶつ独り言を呟いていたシークに、カナルが投げかける。




「んっ…ああっ? 心当たりっつうか…数年前のことが頭によぎってな。」



「数年前のこと?」



「…ああ。いつだったか…俺とリアゼの二人で爺さんに聞きに言ったことが同じだったんだ。」



「それって…何…」



「ふーん。で、何って聞きに言ったのっ?」



カナルが訊く前に、イリアが訊いた。




「自分も気になるな。勿体ぶらずに教えなよ、シーク。彼も知りたそうな目してるし。」



エマに指差された“彼”とは、もちろんカナルのこと。



便乗するかのように、是非聞きたいと付け足した。




「勿体ぶったりはしてないぜ。ただな…どうでもいいことだから、聞いても参考にはならな…」



「いーから!話してよ、シークっ!」



「…わかった、わかった。落ち着きな、嬢ちゃん。こう訊いたんだ…“俺達は何か大事なことを忘れているんじゃないか”ってな。」



「大事なこと?…もし、それがアルフレッド・フィアラという彼のことだったら…知らないんじゃなくて忘れてしまっているだけだ、と?」



エマが淡々と要約した。




「そういうことになっちまうな。…リアゼといやあ、あるいはあいつが何か覚えてるかもしれねえ。聞いてみるといいぜ?」



「リアゼって…誰?名前はよく聞くんだけど…僕はまだ会ったことないよ。」



ずっと気になっていたらしく、カナルはここぞとばかりに質問した。




「リアゼはな…」



「とーっても、ムカつく奴だよっ!関わらない方がいーからねっ!」



イリアが横入りして言った。


人差し指を立てて前に出して、眉は不機嫌そうにしかめられている。




「そうなの?」



「…あれでもいいところあるんだぜ、リアゼは。そう言うなや、嬢ちゃん。」



シークは苦笑しながらリアゼのフォローして、




「イリアは、リアゼと犬猿の中だから仕方ないかもしれないけどね。」



エマはカナルの方を向き、誤解しないようにと弁護した。



イリアはエマの方を向き、さすがは親友と少し機嫌を直した。




「とーもーかくっ!」



イリアはカナルに顔を近づけて言った。




「あーんな奴のことは、知らないなら知らないままの方がいーってこと!わかった、カナル?」



「う、うん…わかったよ。」



カナルはイリアの迫力にたじたじだった。



そんな二人を見ながら、エマとシークは顔を見合わせてふっと笑っていた。




穏やかで和やかな一時が過ぎていく…。




大切なことは忘れられたままで………
















知る者と忘れた者…




交わりそうで二者は完全には交わらない…




周りに忘れられた者には…




どんな運命のいたずらが待ち受けているのだろうか………
















-To be continued-

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