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新たなる命




「キャハハハ。それでさ、…がね、…なんだって。」



「えー!それ、本当?」



キーの高い二つの笑い声が響く。



天界の中で最も熱く不気味な場所、地獄。



そこで話をしながら散歩をしていたのは、黒い翼が生えた少女二人。


見た目には死神か悪魔か区別をつけにくいが、鎌ではなく鉾を携えていることから、悪魔ではないかと思われる。




「でさ…これからどうする、ミトゥ。暇だったら何か面白いことしようよ。」



無造作にはねた赤茶色の髪、面長形の大人びた顔立ちの少女悪魔が聞いた。


右耳にドクロをモチーフにしたピアスを付けている。




「どうしよっか、シス。」



“ミトゥ”と呼ばれた少女悪魔が聞き返す。


淡いクリーム色の髪、たまご型の幼な顔が特徴的だ。


こちらは左耳に星をモチーフにしたピアスを付けている。




「うーん…そうだ!ねえ、ちょっと耳貸して!」



「えっ…何?」



“シス”というらしい少女悪魔は、ミトゥの耳に何かを囁いた。



提案を聞いたミトゥは、




「楽しそう!」



パンと手を打って、微笑んだ。




「確か…入り口はあっちだったはずだよ!行こっ!」



「うん!」



二人の悪魔は、鼻歌を歌いながら至極楽しそうに、地獄の北側へと飛び去っていった…。



















「ここだよ、ミトゥ!」



シスが指差して、




「わあ…!初めて来たけど、面白そうなところだね!」



ミトゥは、興味津々でその指差された先を見た。



灰色の空間に、ブラックホールのような黒い渦があった。


渦は時計周りに回転していて、触ったら吸い込まれてしまいそうな強い風を発していた。




「さてと!」



シスは、自分と渦を交互に見返すミトゥにウィンクして、渦に近づく。



それから、銀色の皿にろうそくを立てたキャンドルのような物を渦の前に置いて、




「見ててね。これからが面白いんだから!」



フッと息をかけて、ろうそくに灯されていた炎を消した。



すると、




「きゃっ!?じ、地震!?」



その地帯の雲がゴゴゴッと凄まじい音を立てながら揺れた。


いや、雲が揺れているわけではなく、黒い渦が雲を吸い込んでいたのだ。



雲の上に置かれたキャンドルは、固定も何もされていないため、たちまち渦に吸い込まれた。




その様子を見届けてから、シスは吸引力を全く恐れる素振りも見せず、渦の前に正座する。




「無の世界より…来たれ、死人しびとよ。その火をキャンドルに宿して!」



呪文のようにゆっくりと唱え、三拝すると…黒い渦が光を放ち始めた。



青く淡い光だった。




「きれい…。」



ミトゥは目を細め、頬を少し染めうっとりと魅入っていた。




数秒間光は放たれ続け、その光は徐々に人の形となっていった。




シスは、腕を頭の後ろに組んでニヤリと笑っていた。


無邪気な少女の笑顔に似合わず、上の歯は二本だけ吸血鬼のように鋭くとがっていた。




やがて光はその輝きを消していき、代わりに一人の青年が現れた。



背中に黒く大きな翼を持ち、肩には刃先がぎらりと光る大鎌がかけられている。

髪は青みかがった緑色。


顔はフードコートで隠れよく見えない。



年は十代半ばから二十代といったところか。



青年はゆっくりと面を上げると、やったあと万歳しているシスにオレンジ色の瞳を向けた。


なかなかハンサムな顔立ちだった。




「わあ…かっこいいのね。死神じゃなくて悪魔だったら、デートしてたのに。」


青年の視線が、今度はミトゥに注がれた。


睨んでいるのではないかと思われるほど眼光は鋭いが、表情は少し悲しげに見えた。




「あんた達が…私を蘇えらせたのか?」



彼の第一声はそれだった。




「そうだとしたらどうする、死神のハンサム君。」



シスが言って、




「助けたんだから、お礼をしてほしいよねー。」



ミトゥも調子を合わせた。




「…死神のハンサム君は止めてくれ。私にはアルフという名前があるからな。」



“アルフ”と名乗る青年は、眉を潜め言葉を返した。




ミトゥがシスのアイコンタクトを受け、すぐ隣に移動してくる。




「へえ…アルフ…。ま、それはどうでもいいけど、アルフは死神なんでしょ?だったらさー、ちゃんと死神の仕事しようよー。」



「仕事?」



「忘れちゃったんだね。私達が教えよっか?」



ニヤリと不敵な笑みを浮かべるミトゥ。



「………。」



アルフは視線を斜め下に移した。


どうするか考えているようだ。




「もしかして…私とミトゥが死神じゃなくて悪魔だから、仕事を適当に教えるとでも思ってんの?」



シスがアルフの心を読んだかのように言って、アルフが顔を向ける。



ミトゥもまた追い討ちをかけるように、



「仕事をしなかったら、また無の世界に逆戻りさせられちゃうよ?閻魔様はけっこう厳しいから。」



クスクス笑いながら言った。




アルフは二人の言葉を受け、決意したかのように顔を真っ直ぐ上げる。




「…それがあんた達への恩返しになるなら。」



切れ長の睫がゆっくりと上下する。




「私は仕事をしようと思う。…永遠に無の世界をさ迷う刑…“死”の前のことは何も覚えていない。しかし、仕事をしていればあるいは私のやるべきことが見つかるかもしれないからな。」



「よっし、決ーまり!じゃあ早速教えたげるから着いて来て。」



シスが手招きしながら言って、




「ほら、こっちこっち!」



ミトゥも同じようにアルフを呼んだ。



二人の悪魔に誘われ、アルフは無の世界への入り口を後にした…。






















夏の日差しを受け、伸び伸びと育つひまわり畑の前に、二人の人間が佇んでいた。




「頼みがあるんだけれど、聞いてくれるかな、カナル?」



赤みがかった茶色い髪と赤い瞳を持つ整った顔立ちの青年が訊ねた。



彼は、車イスに乗っており、体があまり丈夫でないようだ。




「…いいよ、フィル兄。」



答えた少年は、まだ十代半ばといった幼な顔である。


こちらは、栗色のクセだらけの髪と黒い瞳を持つ。



直立し、ひまわりをじっと見つめている。




「ありがとう…。カナルが信じるかはわからないけれど…」



まずそう前置きしてから、言葉を続ける。




「私には、普通の人には見えない者が見えるんだ…。」



「それって…幽霊とかお化け?」



カナルが聞いて、フィルはそれとは違うと首を振った。




「死神や悪魔、天使といった類の者達だよ。」



「そう…なんだ。」



「うん…。」



飛行機がブオオオと音を立てて、西へと飛んで行った。




「それで…頼みたいことって?」



フィルの顔をしっかりと見据えながら、カナルが尋ねた。



「…驚かないんだね、カナル。」



「そりゃそうだよ。フィル兄が嘘を言うように思えないし…霊感みたいな力だと思えば驚くことでもないから。」



「…うん、ありがとう。実は頼みっていうのはね…私の力を受け取って、雲の上の世界を見守ってほしいということだよ。」



「えっ…」



力のことには驚かなかったカナルも、この頼みには面食らったような戸惑いの表情を見せた。




「突拍子もないし、ムチャクチャな頼みだってわかっている。だけど、私がずっと見ているわけにはいかないんだ。なぜなら…もう長くないんだからね。」



フィルはまるで他人事のように、淡々と言った。




「………。」



一際背の高いひまわりが風にさわさわと揺れた。




「私はね、この力はアイーニ叔父様から受け継いだと考えているんだ。なぜなら、アイーニ叔父様が亡くなった夜から見えるようになったから。この力を私は、“天視”と呼んでいる。」



「アイーニ叔父様から…受け継いだ…?天視…?そして今度は、僕が…フィル兄から…?」



「うん。まだ私が所有しているけれど、もうすぐカナルの力になる。」



「…フィル兄。長くないって…自分で寿命がわかるの?」



フィルは特に何の感情も示さず、コクリとうなずいた。




「カナルにもわかるよ…。なぜ、私がここにカナルと来たかを考えれば。」



「まさか…」



カナルの顔が青ざめる。




「母様には知られたくなかったからね…。そう…私はもう…」



「嫌だよ…そんな…フィル兄!長くないって言って、まさかそれが今日だなんて!!」



今にも泣き出しそうな顔で抗議するカナル見て、フィルは反対に笑った。


悲しげな、それでいて満足げな不思議な笑顔だった。




「カナル…違うよ。今日じゃなくて…今がその時なんだよ…。」



「フィル兄ぃ…。」



「大丈夫、カナル。私は死ぬわけじゃないから…。私は…死神だからね。」



「えっ…!?フィル兄…今…何って…」



「さよなら、カナル。」



次の瞬間、カナルの体は凄まじい力でひまわり畑へ突き飛ばされた。




「うわっ…!?」



ドッという音と共に、彼の体は地面に倒れる。




「うっ…フィル兄…」



カナルの瞳に映ったのは、かつてのフィルでは無かった。



雄々しい黒い翼と鈍く光る大鎌を持った…死神。




「力を渡したよ…帰ったら、鏡で自分の姿を見てごらん。」



死神と化したフィルは、いつもと同じ優しげな眼差しを向けてカナルに言った。




「どういうこと…?」



「説明している時間は無いんだよ、カナル…。それじゃ…」



「待って!…フィル兄ー!!」




バサッ…バサッ…




カナルの叫びは突風にかき消され、フィルが振り返ることは無かった。




彼はフィルが飛び去っていった空を見上げながら、ただ呆然としていた。




(フィル兄…なんだよこれ…。死神…?天視…?)



「なんだよ、これーーー!!」



周り中に響き渡るほどの大声を上げながら、カナルは昔を思い出していた。






そういえば、フィルは昔から変わった少年だった。



まだ6歳にも満たない年で、一人称は“私”だった。



病弱かと思えば、調子のいい時はバスケやサッカーでファインプレーを見せたり…。



母を“母様”と呼ぶような妙に大人びた口の聞き方をしたり…。



“死”について語る時、自分には無関係とばかりに落ち着き払っていたり…。



鎌やナイフなどの刃物を異様に好んでいたり…。




もちろんそれだけでは、人間でないなどわかるはずもないが。







「同胞だったのか…。」



「だ…誰っ!?」



突然聞こえてきた声に反応し、バッと振り向き身構えるカナル。




「んっ…?あの死神の家族か。」



声の主は、若い男性だった。


肩まで伸びた緑に近い青色の髪…オレンジ色の瞳…。



黒いフードコートをかぶり、刃先の鋭い大鎌を肩にかけている。




「フィル兄だ!死神なんて…まとめたような言い方するなよ!」



「死神であることは事実だ。名前があろうと無かろうと、な。」



「確かに死神だけど…フィル兄は人間だったんだ!それなら、おまえは何なんだよ…死神!」



アルフだ、と死神は訂正するように返した。




「そういうあんたも…死神だ。」



「なっ…僕は人間だよ!それに、おまえと同じようにカナルっていう名前がある!」



「…これを見ても、まだ人間と言いはるのか?」



そう問いかけて、アルフはカナルの前の地面に鎌を刺した。



カナルは驚いて、後ろに飛び退く。



「見えたか?」



彼の大鎌の刃先に映っていたのは、カナルであってカナルでない人物だった。



体つきや顔は変わっていないのだが、背中には灰色の大きな翼が生え、黒い羽根が一本だけ付いた大鎌が肩にかけられている。




「嘘…。なんで…」



目をパチクリさせながら鎌を凝視するカナルを、アルフは怪訝そうに見つめた。




「何を今更驚く?おまえは、元からその姿ではないのか?それとも…生きていた時の記憶をまだ持ち続けて錯乱しているのか?」



「生きていたって…僕はまだ死んでなあよっ!」



「なっ…」



今度はアルフが目を見開き驚いていた。




「死んでないのに…死神になっているのか…?」



「あ、もしかしたら…フィル兄が言っていた力って…このことなのかな?だから、フィル兄も死神に…」



「………。」



考え込むカナル。




ひまわりがザワザワと揺れた。



自称死神のアルフは、信じられないと言いたげに首を横に振ったが、すぐに大事な目的を思い出し、カナルに向き直る。




「…まあ、あんたの死神化現象について後で考えるとしよう。フィル青年が消えた今、私もここに長居する必要はなくなったからな。」



「あ、待て!逃げるのかっ?」



バサッと翼が開かれて、アルフの体は宙に浮く。




「逃げる理由も必要もない。私も暇ではないということだよ、カナル少年。」



カナルも翼を開き飛ぼうとしたが、アルフのようには上手くいかなかった。


ジャンプしても、背中に力を込めても全く浮き上がらない。




そうこうしている内に、アルフの姿は空の向こうに見えなくなっていた。




「何だったんだ…さっきの死神。」



カナルはポツリと呟いて、とりあえず帰路を急いだ。



その際、一生懸命意識を集中させて、翼を消してみた。













「ただいま、母さん。」



「お帰り、カナル。今年もひまわりは綺麗だったでしょ?」



「そだね…。」



カナルはそう返すと、自分の部屋に籠もってひまわり畑でのできごとを思い返した。




(フィル兄は死神で…力を僕がもらって…アルフっていう死神が来て…)



とても現実のこととは思えなかったが、望めば出し入れできる黒い翼が現実であることを物語っていた。
















運命の糸は引きよせ合い…




やがて絡まり始める…




これから先には、一体どんな物語がカナルを待っているのか…




-To be continued…


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