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翡翠色のその先



それは、私が目を覚ました朝の事だった。

目が覚めると意識を失う前の部屋にいて、また眠ってしまったのかと思わず枕を叩いた。

どうして私はこう、なんと言うか!

恥ずかしい真似をこうも晒すのか!!



コンコンとノックされて勢いのまま「はい!」と答えると、びっくりした様子のレイさんが「起きているか」と部屋に入って来た。

思わず枕を抱え直して「おはようございます」と取り繕うと「おはよう」とうっすらと笑ってくれた。



「元気が良いのは良い事だ。

昨日は良く眠れたか?」



ベッドの隣にあるテーブルに紅茶とスコーンを置いてくれると、椅子に座って聞く体制になった。

私もそれに習って紅茶を頂きながら頷く。



「はい、とても……あの、私何か変な事口走ってませんでしたか?

確か……セスさんとお話ししてた気がするのですが」


「ああ、確かにアイツと話していたが……内容等は聞いていない。

……何か気になる事があるのか?」


「それは……」



紅茶を手にしながら、私は昨日話していた内容を思い出す。

拗ねるように吐き出した弱音と本音を、セスさんは優しく聞いてくれた。

そしてゆっくりで良いと、私の言葉を聞いた上でそう言ってくれた。


聞きたい事、もしくは気になる事があるとしたら……直接セスさんに聞いた方が良いのだろう。

それが分かっているからなのか、レイさんも苦笑しただけでそれ以上は聞かなかった。



「レイさん、あの……今日セスさんのご予定は?」


「予定?……そうだな、昨日片付けた書類が終わったら今のところはティコのツノの修繕について担当者が来て話し合うくらいか」


「やっぱりお忙しいですよね……それでしたら、紅茶を頂いてお暇します」


「ん、待て……そう急くな、担当が近くの街に来るのに1週間は掛かるんだ。

アンタがアイツに用があるなら、是非声を掛けてやって欲しい」



慌てたように言うレイさんに思わず笑ってしまって、私はスコーンを頂いた後レイさんに連れられてセスさんの私室へ向かった。



コンコンと扉をノックすると「入って」と声がした。

それに互いに苦笑すると「せめて誰何の返事を待てよ」と笑った。



「あれ、フィリアさん!どう?具合良くなった?」



子供みたいに翡翠色の瞳をキラキラと輝かせて、セスさんは私の手を取った。

それに苦笑していると「主、待て」とレイさんが苦笑する。



「あっそうだ……ごめんフィリアさん!

病み上がりなのに!」


「そこじゃないだろ、このバカ」


「あでっ」



見事にデコピンを食らって不服そうな顔をしたが「セスさん」と声を掛けるとぴょこんと私の方へ視線を上げてくれた。



「あの、もしこの後ご予定が無ければ……お出掛けしませんか?」


「……ええっ!?」



びっくりしたように顔を赤くしたセスさんに、お昼過ぎに落ち合う事を伝えて家に戻った。

レイさんが家まで送って下さったので昨日ディアンナを送ってくれた事に礼を言うと、当然の事だと笑ってくれた。


セスさんとの約束までにはあまり余裕が無いので、シャワーを浴びて、お洋服を選んで、お化粧をして慌てて待ち合わせ場所へと向かった。


華奢なアンクルストラップのパンプスと、紺のフレアスカート。

白いブラウスの上に薄いブルーのカーディガンを合わせた。

髪は白のリボンで纏めて、家を出る前に深呼吸。


初めて自分から男の人をお出掛けに誘ってしまった事に今更ながら恥ずかしさがこみ上げて来た。


変じゃないだろうか……うーん、出掛ける前にディアンナに見てもらいたい!変なところがないかどうか!!



自分から決めた指定時間に歯噛みしながら、私は家を出て待ち合わせである店の前へと向かった。

華奢な作りの時計を腕に巻いたのを確認しながら歩いていると、通りの先に金の髪と翡翠色の瞳を持つセスさんを見付けた。

まだこちらには気付いていないようなのでそーっと歩み寄ると、数歩手前でくるりと振り向いて「こんにちは」と笑顔で私の手を取られる。



「わあ!すごく可愛いよフィリアさん!

時計も……付けてくれてるなんて嬉しい!」


「セスさん声!声大きいです!」



周りの人が振り返るくらいの声量に慌てて返すと「ごめん」と苦笑した。


あまり時間の余裕が無かったはずなのに、セスさんはジャケットスタイルでグレーのまあるい石の付いたループタイでとても格好良く決まっている。

それが少しだけ悔しくてセスさんを見上げると「フィリアさん?」と不思議そうに目を瞬かせた。


ふと笑うと「可愛い顔をしてる」と言って、私の頬に手を伸ばした。


驚きで肩を揺らすと、そっと手を取って「今日はどこに行こうか」と笑みを浮かべてくれた。



セスさんはまだあまりこの辺りを回った事が無かったと聞いていたので、今日は噴水広場を抜けた先にある図書館と、外の街から流れて来ている物がたくさん売られている7番通りへと向かう。

このディルマールで見れる物はとても珍しいと言う物がなく、外から流れて来て売られている品物の多さの方がみものだろう。

案の定セスさんは楽しそうにあっちもこっちもと色んな屋台を冷やかした。


見た事が無いと言う藁焼きの魚や、薫製の類と石を削って出来た包丁など。

あまり下町に出て来なかったわけじゃ無いだろうけれど、市政に近しい物を見ながら「こんな物があるんだねえ」と楽しそうに見て回っていた。



「……あっ、ごめんね僕ばかり楽しくなってしまって」


「いいえ、この間この辺りをきちんと案内出来なかったので……そんなに喜んで頂けるのなら嬉しいですよ」


「すごく楽しいよ!……ここはいろんな物が集まっているんだなあ」



7番通りを冷やがしていると、セスさんが「そうだ」と手を叩く。

なんだろうと思っているとニコニコと笑みを浮かべるセスさんが立ち止まった。



「何かフィリアさんに贈りたいんだけれど、何が良い?」


「え? 結構です」


「ええっ!」



普通に首を振ると、驚いたようなセスさんが居て私は首をさらに振った。



「セスさん、私人に何か贈るのは好きですが贈られるのは苦手です」


「そうなの!?」


「それにセスさんにはこの素敵な時計を頂きました。

順番から言えば次は私の番なはずですし、何より私物で釣られるのは嫌いです」



はっきりと言うと、何か思うところがあったのか唸るセスさん。

これくらいはっきり言わないと、やっぱりセスさんには分かってもらえないかと私は理解して、これからはピシリと伝えようと心に決めた。



「私、セスさんとは対等で居たいです。

昨日言った事もそうですが、私は何も知らないに近いですし恋愛経験なんてほぼありません。

だから等身大でセスさんとぶつかりたいんです。

特別扱いじゃなくて、友達みたいになりたいって、思ってます」



自分から出た前向きな声に、少しだけ恥ずかしくなって俯いた。

恥ずかしさなんて今要らないのに出て来てしまうのは、ただ言い慣れていない事を言ったからなんだろうと勝手に決め付けて、セスさんの言葉を待つ。



「……えーと、僕も本当に恋愛初心者で、今みたいにフィリアさんに言ってもらわないと気付かない事もたくさんあると思う。

今までロイとレイが僕の友達だったけれど……そうか、フィリアさんとも友達になれるなんて嬉しいなあ」


「付き合う云々も忘れた訳じゃないんですけど、まだちょっとハードルが高いです。

セスさんには酷いかも知れませんが……まずはお友達から始めちゃだめですか?」



ゆっくりと道の端に移動しながら、私達は壁に背中を預けて隣り合う。

セスさんが頷くのを見て、私はホッと胸を撫で下ろした。


自分達のペースで進めば良いよねと言ってくれたセスさんにも、そしてまだはっきりと恋を自覚していない私にとっても、きっとこれは初めの一歩になると思う。



「まずはお友達として、手を繋いで欲しいなと思うんだけど……これは友達以上になっちゃう?」


「……セスさんが迷子にならないようにと言う理由付けで、ここは一つ挑戦してみましょう」



お友達でも手は繋ぐだろう。

余裕そうなセスさんに乗せられて、私はセスさんの差し出すその綺麗な手に自分の手を重ねた。



「お友達の距離は少し恥ずかしいね」


「そ、そうですね……でも、嫌じゃないですよ」


「……うーん、フィリアさんの方からお友達を崩して来ちゃうのはセーフなのかなあ」


「え?なんですか?」


何か小さな声で呟いたセスさんが「ううん、大丈夫だよ」と何が大丈夫なのかよく分からない返事をする。



まだ夕焼けには早く、私達のお出掛けは始まったばかり。

次はどこを見ようかと繋いだ手をそのままに歩き始めて少しすると「あ」と短い声と共にセスさんが立ち止まる。

そして急な方向転換に慌てながらも歩みを止めないので私もただただその後を付いて行くのだった。



「……っ、セスさん! どうしたんですか!?

一体何があ……ぶっ」



足がもつれながらも必死に付いて走っていると、ハッとした様に止まったセスさんにぶつかった。



「ああっ! ごめんフィリアさん!!

顔ぶつけたよね、痛い? 大丈夫!?」



心配そうに私の額に手を当てたり頬を撫でたその手に頷いて、私達は通りにあるベンチに腰掛けた。

私の心配は大丈夫だと伝えて、それより何があったのかと問い掛けると「昔の知り合いが居たから慌ててしまった」との事。

どうも良くない関係だったと言うその人がこの場所に居たことに動転していたらしいことが分かり、私は納得して頷く。



「セスさんがそれほど慌てるのならそれ相応の事が起きたんでしょうね」


「ごめんよ……ぶつけたところは大丈夫?」


「平気です! ちょっとぶつかっただけですから!

それより向こうに行くのは避けるとして……次はどこに行きましょうか」


「あ、それなら……」



と言いかけて、次はしょんぼりして「どうしよう」と肩を落とす。



「フィリアさん、やっぱりわがままかもしれないけれど何か送らせて貰えない?」


「え?」



きらりと光る翡翠色の瞳に飲み込まれる様に、私はゆっくりと頷くのだった。

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