本音の吐露
気付けば私はどこかの部屋に居た。
ベッドはふわふわ、枕もなんだか良い香りがして落ち着く。
外は暗いのだろうか……カーテンが閉められているので外の暗さは分からない。
時計はここから見える場所には無かった。
そう言えば私はどうしてここに……と、視線を奥に巡らせると綺麗な金の髪が見える。
ランプに照らされてキラキラと輝くその髪と、その顔立ちの良さは……目を閉じていても損なわれることが無い。
ベッドから少し離れたカウチに腰掛けて、腕を組み眠っていたセスさんの肩を揺すって声を掛けると小さく唸った後ゆっくりと目を開いた。
「……フィリアさん、具合は?」
「あ……はい、大丈夫です。
ご迷惑をお掛けしました」
そう言えば私はご飯の最中に意識を失ってしまったのだと思い出して、慌てて頭を下げた。
あの場にはディアンナも居たのに、格好悪い事をしてしまった。
それになによりセスさんに迷惑をかけてしまって、恥ずかしい。
私の心中を知る由もなく、サスさんはホッとした様に私の頬に手を置いた。
「顔色も……先程よりはかなり良くなっているね。
気分は?悪かったりしない?」
「えっと、はい……すみません」
慌てて目を閉じると、セスさんはにこりと笑みを浮かべて私の頬を両手で包み込んだ。
驚きで固まる私には目もくれずに、むにむにと頬を揉みながら「さっきは驚いたよ」と笑顔が苦笑に変わった。
「話していたらいきなりかっくりと落ちたものだから、もしかして食事に何かあったのかと思って……だけどディアンナさんが元々体調が良く無かったって言っていたのを聞いて、お医者様に見てもらったら疲労だろうって言われたよ。
ディアンナさんも言っていたけれど、フィリアさんはお休みにはきちんと休んで貰わないとね」
「うぇ、は、はい……」
気付けば背中に腕を回されて抱き締められている。
頭の処理が追い付かない!
どんどんと熱くなって来た身体に「あれ?熱上がった?」と不思議そうな顔をするセスさんが憎い。
人に密着する事に慣れているのだろうか?
それともやはり女としての魅力が無いから近付いても平気と言う事だろうか。
そうだとしたらかなりショックなのだけど。
しかしそうだとして、この人に羞恥心とかあるのだろうか?
一応妙齢の女性をその胸に抱いているわけで、きょとんと目を丸くしているこの反応。
むしろ本来恥ずかしがるべきは私だけじゃなくてこの体制に二人揃って顔を赤らめるべきなのだろう、本来は!
それに無反応って……ちょっと悔しさが勝る。
「……フィリアさん、大丈夫?」
私の心の葛藤を知らずに、耳元で聞こえるその声に苛立った。
「……セスさんのばか」
「えっ?」
慌てた様な声に、私は涙声が混じる。
しかし、その感情はじわじわと私の心を黒く染めた。
「セスさんは平気なんですか、この距離で……私恥ずかしくて死んでしまいそうなのに、手慣れている感じがして……少し、いやです」
「え?距離……あっ、えっと!」
慌てた様に離されて、私は頬に空気を溜め込んだ。
こんなの、子供みたいな……拗ねているだけだと自分でも分かったけれど、この人はきっと言わないと分からないのだろうと言う確信もあり、私はあわあわと混乱した様子のセスさんに視線を合わせる。
「私は今までろくに恋なんてした事ありません。
忙しい日常がとても楽しかったし、大好きだったから後悔もしていません。
だから、そこまで男性に耐性があるわけでも無くて……いきなり現れて好きだとかずっと恋をしているとか。
私からすればよく分からない感情をぶつけられて、少しずつ理解出来たらなと思ったけれど……」
少なからず、嫌いでは無かったのだと分かり始めていたかも知れないけれど。
「こんなに自分の思いと差があるのは、辛いです」
視線を下げてそう言うと、息を飲んだセスさんは押し黙った。
もし、私がここで許してしまったり妥協してしまったら私はきっと後悔する。
思いに差のある恋愛なんてした事ないし、経験不足は目に見えている。
だからこそきっと、私は何かを我慢したり犠牲にして彼に尽くしたりなんてしなくなり、やがてその思いを持て余して辛くなって彼の元を離れる事になるだろう。
一言で言うと、怖いのだ。
誰かを好きになって誰かの為に使った時間が消えて無くなってしまうのではと、恐れを抱く。
一度落ちた先がもし沼だとしたら……?
セスさんに好きだと言われて嫌だと感じた事は無いけれど、その分私が返せる様な自信はまるでない。
そんな事で付き合っているなんて言えないだろう。
それになにより私が返せないのが自分で許せないのだ。
「フィリアさん」
震えた声に、セスさんを見上げると。
翡翠色の瞳から透明な滴がぽろぽろと溢れていた。
男の人の涙でこんなに綺麗だと思った事は無い。
だから思わず惚けてしまっていた。
「……ごめん、そんなに思い悩ませてしまっていたんだね」
「……」
なんとも言えず黙っていると「ごめんね」とまた謝られた。
「急ぎ過ぎた事は謝るよ、だけど僕が君を好きな事は疑わないで欲しい。
それに、フィリアさんに触れたいと思うのは僕が貴女をとても大好きだから……。
手慣れているわけじゃなくて、貴女だからなんだ。
思いの差と言っていたけれど、僕は貴女から何かを貰おうなんて思っていないよ。
押し付けがましいのかも知れないし、その思いが窮屈かもしれないけれど……僕は今もフィリアさんが大好きだし、触れたいと思ってしまうんだ」
そのまっすぐな言葉と視線は、嘘を付いていないんだなと安心させてくれる。
しかしそれと同時に、不安にもなった。
「私はまだセスさんの事をどう思っているかなんて分からないです」
「そりゃそうだよ、フィリアさんにとってはいきなり降って沸いた話しだろうし……むしろ初めから頷いてくれるなんて思ってないよ」
「え?」
驚きで視線を上げると、先程よりも近い距離に心臓がドキッと音を立てた。
それに気付いたのか「隣にどうぞ」と優しく笑って空間を空けるセスさんに、私も黙って頷いてその場に座り込んだ。
「前にも言ったけど、僕の国には僕の価値を決めて話しかけてくる人が多かったんだ。
生まれが大きく関係していたんだけれど、それにはもう飽き飽きしていてね。
側近のロイとレイくらいだよ、僕を一人の男として扱って接してくれるのは。
そんな中で、貴女と会って……飾り気の無い友達に向けるような言葉を貰って、とても……心地良かったんだ。
だから正直僕もフィリアさんに夢を見ているところが色々とあってね、すごく恥ずかしい話しなんだけど……フィリアさんには初めからきっと告白は断られるだろうなって思ってたんだ」
「そ、それはどうして……」
頬を赤く染めたセスさんの様子がなんだか照れ臭くて、思わず聞いてしまったが視線は自分の手元に落としたままだ。
「フィリアさんはきっと現実的に考えたりする人だろうから、初めから上手い話しに乗る事は無いだろうなって。
疑り深い面がありそう?って、思ってたから」
「それって……悪口ですか?」
「とんでもない!褒め言葉だよ!?
僕の中でフィリアさんは完璧な人だと思ってるもの!」
「そんな完璧な人間居ませんよ」
思わず笑ってしまって、セスさんも苦笑する。
「けれど、実際にフィリアさんに会って。
そしたらもう可愛くて、可愛くて……反応一つ取っても優しいしきれいだし、すごく舞い上がっちゃってて。
やっぱり、好きだなあって、思ったよ」
いつの間にか取られていた手に、またも心臓が音を鳴らす。
その鼓動はどんどんと早くなっていき、取られているその手からも伝わってしまうんじゃ無いかと思うと顔に熱が集まって来た。
「ごめんねフィリアさん、思い悩ませてしまって。
だけどどうか忘れないで。
僕はフィリアさんが好きだよ。
貴女から見返りを求めているわけじゃない、僕の隣に居て欲しい、ただそれだけなんだ。
恋も愛も僕が教えてあげるなんて格好良い事は言えないけれど、一緒に考えて行こう?
フィリアさんだけが苦しい思いなんてしないように僕も気を付けるから……だから、一人で寂しい思いをしないで」
「セスさん……」
なだめるように手に手を重ねられて、私は止めていた涙が決壊した。
不安で、怖くて、初めての事だから分からないことばかりで。
セスさんに依存したいわけじゃなくて、私は私の中でセスさんに向き合わないといけないと強く思った。
「フィリアさんがとっても責任感が強いのは知ってるよ、だからその半分を僕にちょうだい?
言葉にしてくれたらきっと僕がフィリアさんを助けるから」
いつの間にか抱き締められていて、私もセスさんの背中に腕を回した。
「これから好きになってもらえたらなって思ってる。
だから、慌てなくて良いんだよ、フィリアさんのペースで大丈夫だからね」
優しく響くその声に、私は嗚咽を我慢して顎を引いた。
それは大きくて暖かい手のひらで撫でられる事によってだんだんと落ち着いて来て、私はまた意識を手放すのだった。
コンコンとノックが響いて、僕はホッとして顔を上げた。
「よっ、あーるじ」
「眠ったか?」
扉を開けて入って来たロイとレイに「うん」と静かにフィリアさんを横たえる。
涙の跡を指で拭って、ロイから受け取ったブランケットをかけた。
「このお姉さん、良いねー。
主が気に入るわけだ」
「……取らないでよ?」
「取れるもんかよ」
呆れたように笑ったロイは、視線をフィリアさんに向けてため息を吐き出した。
「さっきディアンナ嬢から忠告されちった」
「忠告?」
「姉さんを幸せにしなけりゃ相手が誰だろうが私が潰すってさ」
「ははっ、フィリアさん愛されてるなあ」
「愛……?」
「本当お前もズレてるよなー!」
クスクス笑うロイと呆れた表情のレイに笑い掛けると「本当に、たくさん溜め込んじゃってたんだね」とさらさらの髪を撫でた。
「ここに来るまで、たくさんの事をまとめなきゃ行けなかった。
だけどやっと僕は僕の地位を確立出来た……二人とも、本当にありがとう」
「ん、いーよ別に! 俺もレイも正直合って無かったし」
「窮屈な場所で飼われるよりマシだ」
「そうだね」
これからの事、ちゃんとフィリアさんに伝えたかったけれど。
起きた時に改めて話そうかと僕も笑ってフィリアさんを抱き上げる。
「襲うなよ、あるじ」
「なっ! そんな事するわけ無いだろ!」
「起きるぞ」
ロイの軽口に思わず言い返すと、フィリアさんが身動いだ。
それに3人揃って黙り込んでまた落ち着いた寝息を聞いてホッとする。
部屋から出て、自室に戻ってから2人にもさっきの話しをすると「ああー……」と苦い笑いをこぼした。
「お姉さんも女の子だからなあ、当然の疑問と言えばそうかもねー」
「……全然、平気なんかじゃ無いんだけどなあ」
今も残る、フィリアさんの柔らかさと花の香り。
それは必死に理性を働かせてようやく止められるのだ。
むしろ女の子に触れていて平気な顔をしている奴は相当慣れているかポーカーフェイスが得意な奴だろう。
ちなみに僕はもちろんポーカーフェイスを保っているだけで手慣れているわけではないのだ。
「情けない話しだけど、そう言うところも含めてもっと積極的に行きたいんだけど……」
「待て待て、フィリアさんが倒れるぞ」
「ただでさえ慣れてないんだしお前のそのストレートな物言いに押されてんだから!」
「態度にも言葉にも出したいのは分かるが、もう少しペースを考えてやれ」
ため息を吐き出した2人に言われるがまま、僕はフィリアさんとの距離を思い出してみる。
客観的に置き換えると、これは中々恥ずかしい事を言っているのではないかと不安になり、2人に助けを求めるもの「修行だ」とわけのわからない事を言われてしまった。
僕はただフィリアさんと一緒に居たいだけなのに。
その日はそれがどれだけ幸せで大変な事なのかと言う事を考える夜になった。




