怒りの矛先は
昨晩、悩みに悩んだ結果熱を出してしまった。
頭も痛いし身体も重い。
こう言う時は旅の中じゃなくて良かった、屋根のある家に居るって素晴らしいと素直に感謝するのだが……先程店に電話したところ、何故かディナーを担当しているはずのザクラさんが電話に出て「大変なんだよフィリア!!」と何故か怒られた。
どうも、向かいの交差点から走って来た馬車が暴走して夜中の内に店に突っ込んでしまったらしく、今日は営業出来ないとの事。
朝一番にみんなに連絡を回してくれていたらしく、最後になった私には今繋がったらしい。
現状をお伝えして、熱が下がったら店に顔を出すと伝えて私はそのままベッドに入ったのだが……変な事は続くのだなあと呑気にご飯を食べていると、家の固定電話が鳴って出ると「フィリアさん!」とリンの声だ。
「ど、どうしたの?」
悲鳴とも言えるその声に私は慌てて身支度を整える。
「助けて下さい!今ザクラさんが対応してるんですけど、昨日事故を起こされた方が来てなんだか話しがよく分からない方向にぃ!!」
「えーと、取り敢えずどうなってるの?」
私の声にわんわん泣いているリンから受話器をひったくったのか、ディアンナが「姉さん?」と困った様な声で答える。
「ごめんね、具合悪いところに。
出て来なくて良いよ。なんだか変な客と言うか……」
ディアンナの言葉に被せるように聞こえた声は怒鳴り声で、これは店の女の子達は怯えるだろう。
今日私達だけだったら、衛兵を呼んでいるところだ。
来なくて良いと言ったディアンナに「今から行くわ」とだけ言って受話器を戻す。
まだ頭は痛いし身体は怠いけど、なにも知らないよりは良い。
何よりどんな理由であの子達に怒鳴っているのか問い質さねばならない。
昨日買ったお洋服を出していたので合わせて羽織って、少しだけお化粧をして家を出た。
家から店へは徒歩5分圏内なので、騒ぎはアパートを出るとすぐに聞こえて来た。
女の子達の悲鳴と、誰かが怒鳴る声と、それに対応するザクラさんの声。
人が集まっていたのでかき分けながら中に入ると、リンとラーシェが私を見るや抱き付いて来た。
「フィリアさああんっ」
「うわあああんっ」
「大丈夫?みんな」
声を掛けると、ホールスタッフがほとんどその場に揃っている。
何事かと顔を上げると、バツの悪そうな顔をしたザクラさんが居てその後ろにはオールバックの男が目付きの悪さを隠そうとする事なくこちらへと歩いて来ていた。
「……まるで俺が悪い立ち位置みたいじゃねえか?」
「……どちら様でしょうか、この店のお客様……と言う感じではありませんが」
店は依然ガラスが周囲に飛び散ったままだ。
夜中に突っ込んで来たとの話しだったが、この男は一体何なのだろう。
「人の話しを聞かねえ奴だなお前」
「すみませんがお前呼ばわりされる理由はありませんよ。
今は特に対個人ですし余計な事も必要無いですかね?何の用ですか?」
私の口調にピクリと肩を揺らした男は、大袈裟に首を振って息を吐き出した。
自分自身を落ち着けるための仕草に、案外余裕が無いのかなと冷静に見詰めた。
「俺はグリードルのカゼハと言う、昨日は俺のせがれが事故を起こしてな、こうして謝罪に来た訳だ。
お前がここのリーダーだと聞いたが?」
「謝罪?ご本人はどこに?」
「せがれは今詰め所だよ、裁判なんて可哀想だと思わねえか?
たった一度の小さいミス如きでこの先何年も牢屋だぜ、酷な話しだ」
「起こした事故は故意であれ他意であれ裁かれるもの。
それをとやかく言う事はしませんよ」
私の返しに舌打ちをすると「まあ、なんだ」と悪びれもなく手を振る。
謝罪に来たのに謝ってもいない上態度の大きいこの男……恐らく近くに住む男爵位か、どこかに権力を振りかざして生きている類の人間だろうかと行き着いた。
ちらりとディアンナを見ると、手首をもう片方の手でギュッと握っている。
周りもただ黙って私と男の成り行きを見ていた。
「俺も大事にするつもりは無い、慰謝料が欲しいならいくらでも積もう……だが」
斜め前に居たディアンナの手を掴もうとしたので、私は一歩前に踏み出してその手を払った。
「触らないで」
「てめぇ!な、なにしやがる!?」
まさか払われると思っていなかったのだろう、動体視力と反射神経だけは高いので恐らくこの場の誰よりも機敏に動ける自信がある。
こう言う器の小さな男は腕力で女を服従させる事を良しとするクズが多い印象だ。
驚いたように後ずさった男に「そちらこそ、何するんですか」とぴしゃりと言い放った。
「女の子をなんだと思ってるんですか、貴方の道具じゃないんですよ」
「うるさい!大事にしない代わりにその女を寄越せ!!
そしたらチャラにしてやる!!」
「はあ!?頭沸いてんのバカなの!?
意味が通じてないわよこっちにクソ程の損害被せてんのアンタじゃない!!」
ブチッと切れた音がした後、私はもう一歩詰め寄って男の眉間に指を突き付ける。
「大体何が謝罪に来たよ、そんな横柄な態度で謝罪ですって?
謝罪ってのは誠心誠意心を込めたごめんなさいって相場が決まってるのよ!
謝る気が無い上に今何しようとした?
この子の手を掴もうなんて何様なわけ、女の子の価値を貴方如きが決めて良いと思っているのなら恥を知りなさい!」
その声に男は顔を真っ赤に染めた。
挑発に乗った形だが、その時笛を吹く音と共に4、5人の衛兵が駆け付けた。
「こらお前たち!何を騒いでいるんだ!!」
「うるせえ!!黙ってろ!!
この女タダじゃおかねえ、俺は男爵位を持つグリードル家カゼハ様だぞ!!」
私に殴り掛かるつもりだったのか握り拳を振りかぶった男は衛兵に拘束される。
事前に誰かが呼んでいたからなのか、衛兵達は私には事情を聞くのみだったので、私はディアンナとザクラさんと共に調書に応じて詰め所へ向かった。
聞くに相手の男のせがれはディアンナに付きまとっていたストーカーだとの事。
エスカレートした結果、あの店を潰すと言う思考になったと供述しているらしく、それを聞いたディアンナは苦しげに表情を歪めていた。
店の修繕が終わるまで店では働けない上、男爵家だと言っていたあの男からの言い草だけ聞けばディアンナが自分を責めてしまう気持ちも少しは分かるけれど、今はまず気を落とさないようにと肩に手をやる。
少しだけ笑みを浮かべてくれたディアンナは、今回の事で私が恨みを買われてしまったのではと心配そうにしていたが、それなら返り討ちにしてやると伝えると今度こそ笑ってくれた。
「……はぁー、今回の件で上に連絡しねえとなあ。
流石に個々で対処は出来ねえし」
「それならオーナーに……あ、そう言えばどこに居るとか聞いてなかったわ」
セスさんはいつも店に来て居たし、今どこに居るのかすら私には見当も付かなかった。
店の様子を見に来てくれるのを待つしか無いのだろうか。
「……それなら私が知ってるわ、姉さん」
「えっ、本当?」
どうして?と聞きそうになって、そう言えばディアンナは物知りだったなと理解する。
お客様のお話しから、噂話や風の噂すらも収集していると自分で前に言っていたのを思い出したので、そう言う事なのかと推測した。
「キンヴィリー地区のナナツと言う宿屋にいるらしいわ」
「それなら私が今回の事も一緒に話してくるから、ザクラさんとみんなは店の片付けをお願い出来る?
今後の事も含めて少しお話しを聞いてくるわ」
「……私も一緒に行っても良い?」
ディアンナの言葉に頷くと、ザクラさんがみんなを連れて店に向かってくれた。
詰め所で対応してくれた衛兵さんにお礼を言って、私達はキンヴィリー地区へと向かう。
グリードル家の男は一応拘束されるらしく、せがれ共々詰め所でお世話になるのだと聞いて笑ってしまった。
一応未遂ながらも恐喝の疑いがある事と、店の人達への迷惑行為をしたと言うところで少しの間拘束するらしいが、恐らくすぐに出て来るだろうから警戒を続けて下さいと言われたので、私達は頷いた。
衛兵は見回りを強化して店の片付けにも何人か人手を出すと言ってくれたので安心して店を任せる事が出来た。
詰め所から歩いてキンヴィリー地区へ向かっていると、黙り込んでいたディアンナが「ごめんなさい」と小さく呟いたのが聞こえて、私は「え?」とディアンナを見る。
「今回の事、私がもっと警戒して居たら店はあんな事にはならなかったし……」
「それは考えすぎよディアンナ、あの人はああ言うことを今まで平気でして来た人間だと思うわ。
だからディアンナは自衛を徹底して居ただけで何も悪い事はしていないのよ?」
「でも……」
手首をギュッと握るその様子に、今回の事は相当キツかったのだなと心が痛くなる。
先程の男からの扱いも、そしてその息子から受けていたストーカーの件も。
ディアンナは自分の身を守れる事はして来たはずだ。
この子は自分の事を蔑ろにしているわけじゃ無いから……きっと、私が心配している事も含めてすごく反省しているに違いない。
しばらく無言が続いていると、ナナツと書かれた看板が見えて私達は足を止めた。
「オーナーはここの4階に居るみたい、受付で店の名前を出したら会ってくれるかしら」
「まずは聞いてみようか」
扉を開けると、街にある宿屋とは少し……いや、全然違うんだなと苦笑してしまった。
入ってすぐのロビーには花が飾られており、天井は高く外観から見てとれる以上の面積の様だ。
私達に気付いたのか、受付に居たお姉さんが「いらっしゃいませ」と笑顔を見せる。
「ご宿泊でしょうか?」
「いえ、ここにお泊まりになっている方にお会いしたくて。
私達ティコのツノの従業員なのですが、マクベスさんはいらっしゃいますでしょうか」
「マクベス……マクベス……ああ!なるほど、かしこまりました。
確認して来ますのでお名前お伺いしてもよろしいかしら?」
「フィリアとディアンナと言います」
受付の女性はにこりと笑みを浮かべると、ロビーのソファで待つように言って階段を上がって行った。
数分するとその女性と一緒に降りて来たのは、昨日会ったあの二人だった。
「こんにちは、フィリアさんにディアンナさん。
俺達はマクベスの護衛に付いている者です」
「主に部屋に通す様に言われている、こちらへ」
ロイさんは笑みを浮かべて、レイさんは無表情で。
その容姿の似通った姿に安心して、私は頷くとディアンナと一緒に階段を上がった。
廊下にも一定間隔に花が飾られており、宿屋の階級も違えば広さも綺麗さも見せ方すらも違うんだなと勉強になる。
「……昨日ぶりだね、何かあったの?」
ロイさんが少し歩くペースを落として聞いて来たので「はい」と苦笑して返す。
「店の事で少し……困った事になってしまって」
「ああ、だから会いに来てくれたんだ。
そっちの人は従業員さん?」
「初めまして、ディアンナと申します」
ディアンナはうっすらと笑みを浮かべると私の方へと視線を向ける。
「昨日って……私が帰った後に会ってたって事?」
訝しげなその表情に「ええと……」となんと説明するべきなのかと考えて止まってしまう。
ロイさんとレイさんにはセスさんに会った事は秘密だと言われているし、そうなるとディアンナに話すのは良いのだけどそうなってしまうと私がセスさんに会ったその日の事から相談しているのでどこまで話せば良いのか分からない。
まさか赤裸々に語るわけにもいかないし、だからと言ってどこまで話して良いのかが分からないから……と色々な板挟みに唸っていると、意外にも助け舟は向こうからやって来てくれた。
「後から話そう、今は部屋へ移動するのが賢明だ」
それに納得した様に頷いたディアンナに私も頷いて、私達は4階の端の部屋に向かったのだった。




