暗闇からの忠告
釘を差しに来た。
その言葉に私は、どこか現実に戻された気がした。
セスさんの言葉が嘘だとは思っていないけれどそれでも、身分の差があるのだと突き付けられた事がガツンと来た。
「さすがに理解が早いなあ、もしかして自覚してた?」
「ええ、まあ……さすがに身分の違いはあるだろうなとは思ってましたけど」
「え?あぁ、まあ出来る事出来ない事があるからね〜」
ため息を吐き出して、私は顔を上げた。
まさかわざわざ誰かに言われると思っていなかったので、少しショックだったし。
なにより……やっと何かが変わりそうだったのに。
「話しはそれだけですか?それならもう家に入りたいんですけれど」
今日の出来事もそうだけど、この人達も伝える事が目的ならさっさと帰った方が良いだろうと伝えるときょとんと目を丸くした男が「あれ?」と困惑したような声でもう一人を振り返る。
「なあレイ、なんか噛み合ってない気がするんだけど、どう?」
「……もしかしたらそうかもな」
「は?」
言われた意味が分からない。
「え、セスさんに近付くなって意味でしょう?」
「え!あいつ本名名乗ってんの!?
ってそっちじゃなくてー!……ごめん誤解させちゃったかー。
えっとそうじゃなくてね……」
なにやら頭を抱え始めた二人に、私は思わず提案した。
「一応もうすぐ日も暮れますし……話しが長くなるようならうちに来ますか?」
「え!いーの!?お姉さん優しいー!」
「結構だ」
「いーじゃんかレイ〜、確かに話しが長くなるかもしれないじゃん!
今後の話しとか色々聞いときたいじゃん!!」
「結構だ」
ガクガクともう一人の肩を掴んで揺らすのを、私は少し心配しながら見守る。
何度かのやり取りの後に「お邪魔しまーす」とロイさんが片手を上げる。
その後に不機嫌な顔でレイさんが続く。
私は「狭い部屋ですが」と前置きして部屋に招き入れた。
一人暮らしなので、そう部屋は広くなく必要な物しか置いていないのであまりじろじろと見られたくは無いのだけれど、何故かご機嫌なロイさんが「へえ、可愛いのあんまり置いてないんだ」ときょろきょろと部屋を見渡す。
それをレイさんがやんわりと嗜めていた。
「まあ……お仕事から帰って眠るだけですから。
それにあまり物に頓着が無くて」
「じゃあお休みの日とか何してるの?
毎日出勤してたわけじゃ無いんでしょ?」
「……寝たり、図書館に行ったりですかね?」
言われて考えてみるとあまり生産性のある日々を送ってなかったなと思い立つ。
「マジで仕事人間なんだね、お姉さん。
……あ。そうださっきの話しなんだけどね?
お姉さんもしかしてさっきの話しさあ、マクベス……分かるよね?アイツとの仲の事を言われてると思ってない?」
急に変わった話しに私はこくんと頷く。
「あちゃ〜、やっぱり……ごめんね主語無かったもんね。
俺いつもやっちゃうんだよなあ……」
頭を抱え出したロイさんは「違うんだよ!」と勢い良く頭を上げた。
「紛らわしい言い方をした事は自覚してるから先に謝る、ごめんね。
釘を差しに来たって言うのは勝手に危ない事をしないようにって意味だよ」
「別に身分差がどうのは俺達が口を出す事じゃ無い。
勘違いしないでくれ」
気遣うような声色に、私は首を傾げた。
私の中では第二王子の側近兼護衛の彼等が「私がつけ上がらない様に」と釘を差しに来たと思ったがそうでは無いと?
それなら何を……と黙っていると「注意したかったのは」とため息を吐き出しながら「お姉さんの行動ね」と笑みを浮かべた。
「……行動?」
「そ!今日街で殺傷事件起きてたの見てたよね、連れの女の子を早く家に帰そうとした事に関してはまあ分かるよ。
でもねお姉さん、お姉さんも女の子なんだからもっと気を付けておかないといけないよ」
人差し指を立ててそう言うロイさんに、私はなんとも言えなくてまた黙り込む。
……私は野性育ちなので、それに師匠にあれこれ叩き込まれて来たので普通よりは動けると思ってた。
私以外の、私よりも弱い立場の女の子が多い事もこの街に来て知った。
護る為に、守る為に行動したはずだ。
「……お節介かとは思ったんだけど、ちゃんと伝えた方が良いかと思って……って、お姉さん!?」
「おい!」
指摘されて初めて泣いていると気付いた。
むしろ自分でもぎょっとして、慌てて涙を拭う。
「あ!お客様にお茶も出さないで私ってば!」
「えっ!?いやお構いなく!?」
戸棚を開けてお菓子をお皿に盛って、お湯を沸かして振り返る。
「紅茶と珈琲どちらもありますがどちらにしますか?」
「いや、本当に……」
「むしろ飲んで行って下さいな。
……人の泣き顔見たんだからそれでチャラにして下さい」
小さくため息を吐き出すと、レイさんとロイさんはお互いに顔を見合わせて頷いた。
結局二人とも珈琲を所望だったので秘蔵の豆を挽くと「良い匂いだねえ」とロイさんが呟いた。
ミルクポットとお砂糖をテーブルに用意すると、私は紅茶を自分の前に置いて座り込んだ。
「ええと、取り敢えず整理させてもらうと。
もしかしなくてもあとをつけて居たのはお二人ですか?」
「うそ、気付いてたの?」
「俺達の前に居た奴じゃないか?」
「あ、そちらは知っています」
「……結構危険な奴だけど放っておいて良いの?
と言うか俺達の事に気付いてたって事は、お姉さん常日頃から周辺の注意とか欠かさない人?」
「だってお店の女の子がストーカーされるのなんて日常だし、何かあってからじゃ遅いのは昔から身に染みてるもの。
だから何かいつもと違う場所があれば注意する事にはしているわ」
「ふぅん、やっぱりちょっと普通とは違うんだねー」
地味に失礼な事を言われたが、まあ自衛出来て居るのだから問題無いだろう。
紅茶をひと口飲みながらそう納得したものの、では先程の追いかけっこはなんだったのか?と問い掛けると、ケラケラ笑って「あれは逃げられたからおいかけたくなっただけー」と言われてため息を吐き出した。
「まあ真剣な話し、俺達はアイツの護衛なもんだからディルマールの街へ来た日からお姉さんの事は見てたんだよね。
昔からお姉さんに執着して来たのは知ってたけど本当に来るとは思ってなかった。
……まあ、出来る事は手伝って行くつもりだし、今後はお姉さんの前に出る事もあるだろうから挨拶をと思って」
「まあ、挨拶と言う様な穏やかなものではなかったが……俺達はアイツの意思を尊重するつもりだ。
何かと世間知らずで一般常識からズレている事も多くあるだろう。
例えばいきなり距離を詰めて来たり言葉がストレート過ぎたり感情を隠そうとしなかったりな」
「お、思い当たる節があり過ぎて……」
今まで言われた言葉を反芻すると羞恥のあまり額でもちが焼けそうだった。
「やっぱりなー。
まあでも本当に悪い奴じゃないんだ、少しストレートなだけでね」
「それは……そうなんだろうなって、思います」
向けられる視線も、言葉も。
決して不快な訳じゃない。
だからこそ……あれ、そう言えばレイさんとロイさんに追い詰められた時私なんて言ったかしら。
少し前の事。
セスさんとの身分差を勝手に勘違いして、そして、人にその事を指摘されてショックだった……?
何かが変わると期待していた……?誰と!?
「……お姉さん、顔変だよ、歪んでる」
「……聞こえてない様だな」
お客様二人を放ったらかして、私は脳内で色々と考えが暴走する。
……まだ会って2日かそこらなのに結構いきなり距離を詰められたり、ストレートなあの言葉に絆されたと言う事なのかしら……いや!だとしても単純過ぎないか私!
確かにセスさんは不思議な人だし、とんでもない事を口走った私の言葉に救われたとか、ずっと恋をしているとか……言われたけれど、私はほとんど初めましてな訳でむしろ昨日思い出した訳で。
……だめだ考えがまとまらない。
「……もしもーし、俺達忘れられてなーい?」
「ハッ!……あっ、ごめんなさいごめんなさい!
違うんですなんだかもうよく分からないんですー!!」
ぶわっと顔に熱が集まって真っ赤になっているであろう頬に手をやって、私はわーわーと騒ぎ出す。
何も違わないしどう言う事だときょとんとしていたレイさんとロイさんは同時に吹き出した。
「取り敢えずお姉さんが俺達にとっても無害なのがよーく分かったよ!」
「その暴走具合もな」
「なるほどねえ、それなら心配する事無かったのかな」
「そうだな」
勝手に会話して理解し合っている二人は、私の側に座り込んで笑みを浮かべた。
「お姉さん、アイツは結構変わった奴で一緒に居るとそのペースに飲まれて大変かもしれないけど、もし良ければ一緒に居てやって」
「そしてアンタが何を思っているかは知らないが、アレは中々骨のある男だと思っている。
最初に言っていた身分差を無くす為にこの10年死ぬ程の努力をして来たからな」
「王家にありがちなゴタゴタで迷惑を掛けるかもしれないけど、そこは俺達がお姉さんをちゃんと見守ってるから安心してね」
「……」
ただぽかんと間抜けな顔をしているであろう私を置き去りで「珈琲ご馳走さま!戸締りちゃんとして、今日会った事はアイツには秘密でよろしくね〜!」と颯爽と去って行く。
ご丁寧にお菓子をいくつか食べて行ってくれたので、片付けつつ私はしばらく放心状態のまま頭の整理をする為に時間を割いた。
お風呂に入りながらようやく飲み込めた頃。
最後にレイさんの言った「身分差を無くす為に」云々に首を傾げる。
「身分差を無くすと言う事は、セスさんは王家を出ると言う事?
どうして……?」
しばらくうーんと考えて考えて考えたが答えは出なかった。
何しろ私は野性育ちの元旅人なのだ。
普通に国で生まれて育って来た訳じゃないから、その土地で育つと言う感覚がイマイチわからない。
セスさんは私に恋をしていると言ってくれたけれど……私はどうなんだろう?
まだはっきりと自覚した訳じゃないこの気持ちは、本当に恋なのか……それとも、やっぱり都合の良い勘違いなのだろうか。
世の女の子達はこんなに苦しい思いをしているのかしら、それとも私の感覚がおかしいの!?
思わず叫びそうになって、お風呂場だと言う事を思い出して小さく唸った。
このもやもやは、セスさんのせいだ!
いきなり現れていきなりあんな事を言って!
いきなり……っ!!
「勤続10年、おめでとう」
綺麗な顔で、笑ったから。
その顔が頭から離れなくて、何をするにもチラついた。
送られたのは華奢な作りの時計で、メッセージカードには「愛しい貴女へ」と書かれていた。
そんな贈り物を貰った事が無い私が、家に帰ってその包みを開けた時に心臓が飛び出そうな程に驚いた事をセスさんは知らないだろう。
きっと言っても喜ばれるだけな気もする。
……私は、果たして本当に彼に恋をしているのだろうか。
それは見た目の綺麗な男性から頂いた自分の働きを褒めて貰った感謝の気持ちとかき混ぜた感情な気もする。
それに私はあまり綺麗な顔に耐性が無いのだ……そう言うところを如実に突かれた詐欺?
いや、でもあの笑顔は信じたい……もし詐欺だとしたら巧妙すぎる……でも。
もし、違ったら?
悪い方に考えそうになった思考を頭を振る事で止め、私はお風呂から出る事にした。
情けない……だが、やはり想像で判断するのはダメだ。
今度会った時には、私からもセスさんに色々と聞いてみよう。
そしてちゃんと会話をして、素敵な時計をくれたセスさんを知って行こう。
貰った好意をきちんと返そう。
うんと頷いて、今日ディアンナと共に買って来たお洋服を並べて今度来た時には私から外出に誘ってみる事に決めた。
もし本当に私にとって何か違うものなのなら……。
小さな期待を込めて、私は時計を枕元に飾るのだった。




