凪いだ心
次の日。
セスさんとご飯に行った後に家まで送っていただいて、確認をしたところ私が明日お休みなのだとは知らなかったとのこと。
少しホッとしながらも「また誘っても良いかな?」と言われ、小さく頷いた。
その日の夜はあまり眠れなくて、ディアンナとの待ち合わせに遅れる事になった。
昼過ぎに待ち合わせ場所へ向かうと、ばっちりお化粧をして綺麗なお洋服を着たディアンナが立っていた。
遠目に見てもディアンナはとても綺麗で、私と言えば本当よく見なくてもすごく……ダサいのでは?
着古した服は体型を気にしなくて済むようにダボダボで、すっぽりお尻を覆い隠している。
昨日の出で立ちとの違いに恥ずかしくなって来た。
私が立ち止まった事に気付いたディアンナが側に来て、不思議そうに首を傾げる。
「……姉さん、おはよう」
「おはようディアンナ……ごめんね」
「え?……どうしたのいきなり」
眉を寄せてよくわからないと言った表情でディアンナは私の手を取ると「今日は付き合ってくれるんでしょ?」と笑顔を見せる。
そう言えば休みが合うのはいつぶりだろうかと頷いて、私はディアンナの手を取った。
向かったのは2番通りと呼ばれるショッピング通りだ、お洋服や小物などが売られているお店が軒を連ねるその場所は、アナベルカエと呼ばれている商店街。
20〜30のお店がひとつづきになっていて、2番通り全てのお店が通りからも中からも見られるようになっている。
最近は4号館の辺りで買い物をしているのだが、今日は7号館の方へ行こうとディアンナに手を引かれるままに付いて来た。
今日は少しだけちゃんとしたお洋服を揃えるつもりだったので、向かう先のおしゃれなお洋服を見て私はあわあわと視線を彷徨わせた。
「……今日は、姉さんに似合う服を見るよ」
「え?」
7号館に入るや否や、ディアンナはそう言って私をフィッティングルームの前に立たせた。
「店員さんにはもう周知済みだから、今から持ってくる服を取り敢えず着て、着て、着まくって。
自分の体型に合う服とか色とかを調べてから、候補絞って行くからね」
「……ディアンナ」
やっぱりこの子はとても頼れる素敵な子だわ。
私はうんうん頷いて、店員さんに盛大に褒め散らかされながらもディアンナの持って来る服を着まくった。
ディルマールは温暖な気候が一年を締めているものの、山にも近い事から冬場はとても寒くなる。
家と店の行き来のみなので今まで同じような物ばかり揃えていたけれど、最近の服は薄くても暖かいものが多いようで、特にディアンナの勧めてくれる服の可愛い事。
私こんなに服を1日で脱ぎ着する事は無いんじゃ無いかなぁ?と思う程にほとんど全ての形状を着た気がする。
仕事ではお仕着せしか着ていないので、余計に「新しい」感じがした。
そして、その中でディアンナのオススメをいくつか。
袖を通しながらも自分に似合っているかもとくるくるとその場で回ってみた。
「……うん、似合ってる」
「本当?」
シンプルなブラウンのラインが入ったブラウスとフレアスカート、ジャケットは白。
そしてブラウンのワンピースに白いニットカーディガンを合わせたり、普段しないおしゃれをしているようで気分が高揚した。
「後は……姉さんには深い緑色の石が似合うよね、あと明るい黄色とか。
こう言うアクセサリーとかいくつかあったら良いかもね」
今日は多めに持って来て良かった。
オススメの服やアクセサリーをカゴに入れながら、私はふと目に付いたイヤリングを手に取った。
翡翠色の宝石がシズク型に加工されていて、光を反射してきらきらと輝いている。
なんだかセスさんの瞳みたいだなと思った事を自覚して、急に暑くなって来た。
私は首をぶんぶんと振って、持っていた服とアクセサリーの会計を済ませてディアンナとお茶をしに通りへと戻るのだった。
「……あれでバレてないと思ってるから、可愛いのよね」
ディスプレイされていた翡翠色のイヤリングを手に取って、会計とは別にラッピングをお願いする。
私にとってあの場所は、私を救ってくれた場所。
そして救い上げてくれた姉さんには感謝している。
必然的にあの場所を作ってくれた彼にも感謝しないといけないけれど……。
昨日見た彼の顔を思い出すと、流れていた不穏な噂に眉を潜める。
マクベス国第二王子である彼の素顔。
そして昨日の店で見せたふとした表情。
姉さんの話しからでは想像も付かないくらいの策士なのでは無いかとの疑念が浮かんでは消える。
私が出来るのは、姉さんを傷付けないように防ぐ事くらいだから……この秘密を告げる事は無いだろう。
手に届く範囲の幸せを少しずつ大切にして来た姉さんには、本当の意味で幸せになって欲しい。
それは私だけじゃなくてきっとあの店で働いている子達の願いだと思う。
「……やっぱり調べよう」
いくら考えても答えが出ない時は行動する。
私なりのルールに準じて、私は先を行く姉さんの笑顔に笑みを返した。
午後のティータイムをしていると、後ろから視線が刺さる。
またかなと知らぬふりをしていると、姉さんがぴくりと頬を引きつらせた。
「……まだ、続いてるの?」
「そうね」
軽く返すと「やっぱり衛兵の詰め所に行こうよ」と心配そうに言われて、私は「行かない」と首を振る。
お客様からお友達になって、それ以上にいかないと決めている私なので当然相手も期待して沢山の貢ぎ物をされる。
それを断る事もなく頂くので「悪女」だと影で言われている事も知っているのだが、それが最悪なパターンになるとストーカー化してしまうのだ。
自分も相手も悪い結果で、今のところ実害は無いので行っても聴取されて終わりになる。
だから「行かない」と答えるが、姉さんはやはり優し過ぎる。
「ディアンナに何かあってからじゃ嫌なのよ」
「知ってるよ、でも私は行かない」
優し過ぎて、他人の痛みも引き受けてしまう人。
そんなところに救われたんだなとまた心が暖かくなる。
「こちらから挑発しなければ何もして来ないわ、今日はせっかく姉さんとデートなんだから気にしないで」
「……でも」
それでも伏せ目がちに呟いた言葉を飲み込ませるように、頼んでいたチーズケーキを姉さんの口の中に潜り込ませる。
「姉さんのガトーショコラもちょうだい」
「……仕方ないわねえ」
ぷくりと頬を膨らませて、優しく笑う姉さんに私も笑顔で返した。
こうして流されてくれるところも、そして本当は心配してくれるのもすごく嬉しい。
きっと伝わってしまっているであろう事も全て言葉に出来たら良いのになと少しだけ心にトゲを残し、私達のティータイムは過ぎて行った。
今日の晩ご飯をどうしようかと言いながら通りを歩いていると、なんだかガヤガヤと騒がしい。
なんだろうかと近付くと、中心に居る数人の手が赤い事に気付いた。
「通り魔だッ!!誰かに斬り付けられた!!」
「衛兵を呼べ!!まだ近くに居るはずだ!!」
「貴方!!貴方ぁああっ!!」
中心に近付くにつれ聞こえて来るその声に、姉さんを振り返ると視線が合った。
そして腕を掴まれる。
「デートは中断して、帰りましょう。
きっとここにもすぐ衛兵が来るわ」
「じゃあ姉さんを送り届けてから……」
「ダメよディアンナ、貴女が家に入るのを見届けてからじゃないと」
瞳が強い、言葉としては少しおかしいのかもしれないが、目は口程にものをいうと言う言葉と同じくらいに姉さんの目が物語っていた。
この人は自分の事を放ったらかしにしてでも周りの女の子達の身の安全を優先する。
姉さん曰く「私は野性育ちだから」と言うけれど、姉さんは盲目的に私達を大切に思ってくれているので文句も言えない。
特に夕方の出来事と言う事もあって姉さんは警戒態勢に入っている。
恐らく私を送り届けた後店に行って注意喚起や衛兵の詰め所に行って情報収集を始めるのだろう。
「……どうしても?」
「どうしても」
こうなってはテコでも動かない事はよーく知っている。
「分かった、それなら友達に迎えを頼むわ。
その後姉さんはどうするの?」
「店に行って警戒するようにディナーのシフトの人達にも知らせに行って来る。
すぐに犯人が捕まれば良いけれど……事件が起きてそう時間が経っているわけじゃ無いでしょうし、目撃者も居るみたいだし」
ちらりと人混みを盗み見た姉さんに、私は小さくため息を吐き出した。
「それなら店の前に待ち合わせにするから、少しお茶にしましょ。
そんなに飲んでないからまだ入るわよね?」
「そうね」
ぱっと表情を明るくさせた姉さんに、やっぱり可愛いと私は内心で呟いた。
店に行けば固定の電話もあるので事務所へ入って行って私はお友達に連絡を入れた。
姉さんはみんなに情報の共有をするようにと申し付けて、ディナーの人が来るまではここに居るとの事。
「私も友達が来るまで一緒に居るわ」
「ディアンナさん、お酒飲みます?」
「飲もうかしら」
「もう〜、冗談ですよお!」
リンの声に舌打ちをすると、姉さんはくすくすと笑った。
さてと、私はどうしようかなとこの少しの時間を楽しむ事にした。
一時間程で友達が来たのか、ディアンナは手を振って店を出て行った。
そのすぐ後にディナーの人もやって来て話しを聞くとかなり手酷くやられているらしい。
この辺りでは事件と言う事件もほとんど無かったのですぐに噂は広まっていた。
ディナーのホール担当で私が来る前から居るザクラさんは「こんな事件久し振りだな」とため息を吐き出した。
「この街は平和だからなあ……平和ボケと言わないまでもだな、殺傷事件が起こるとは思ってもいなかった」
「えっ、殺されてしまったんですか?」
「どうも運ばれた先で亡くなったらしいよ」
その声に絶句して、私はなお安全に気を付けようと心に誓った。
店を出てすぐに衛兵の詰め所へ向かおうとしたが、既に記者達の声やフラッシュ音が聞こえて来たのでやめた。
私自身もまだ街灯が明るいうちに家に帰らなくてはと足を進めていると、なんとなく後ろに誰かが付いて来ているような気配がした。
「……?」
ここは大通りなので人が多く歩いている。
その誰もが今日は帰路を急ぐ様に早足だった。
「…………」
気配が弱まった気がする。
私はその隙に走ってアパートへと向かった。
誰なのか分からないし、もし何か金品が目的なら別の場所に行って欲しい。
今日買ったお洋服やアクセサリーのおかげですっからかんなのだから。
どこまでも走れるぺったんこな靴を鳴らしながら私は走った。
これでも鍛えているからか、息が切れる事も無い。
動きやすい格好で良かった!
アパートが見えて来て、私はようやく安堵する。
しかし私は立ち止まって後ろを振り向いた時に先程と同じ気配がして固まってしまった。
黒い髪と赤い瞳が見えた。
それは影から現れ、二つに分かれる。
同じ姿形の影の一人が私の元へと足音も立てずに進んで来る……ので、迎撃の為に拳を握り込んでいた。
相手は恐らく油断しているはずだ……大丈夫、今でも一人くらいなら……と覚悟を決めていると「あれえ?」とどこかその場にそぐわない緊張感の無い声が聞こえて来た。
進んで来た男は隠していた口元のマスクをずらすと「やっぱり普通の子に見えるけどなあ」と呑気な声で首を傾げる。
あまりの意味不明さに、私はその場にただ立ち尽くした。
「……誰?」
「あ、そうだよな〜!ごめんごめん怖がらせて!」
慌てた様に両手を振ると、マスクを取って素顔を晒す。
奥で立っていた男も同じ様に姿を見せた。
「俺はロイ、こっちはレイ。
一応マクベス国第二王子の側近兼護衛みたいなもんだよ」
その紹介に改めて「あぁ、そう言えば」と冷静になれた。
買って来たお洋服とアクセサリーの入った袋を握り締めていたが、その手から力が抜ける。
「その様子だとなんとなく察してるみたいだね〜。
そうそう、用件はそれ」
にこりと目は笑みの形になるが、笑っていない事は明らかだ。
「釘を差しに来た」
もう一人の男に言われた途端に、私の感情はどこか落ち着いたものだった。




