羞恥に染まる
その後は結局、頭の整理も付いていないままに明日も仕事がある事を理由にその場を離れた。
本当は食事を一緒にしたかったと言う彼は明日の仕事終わりにと予定を差し込んだ。
もちろんオーナーと言えど私のシフトを管理しているわけじゃないのにどうして休みだと分かるのだと疑問に思ったが、その時はそれに言葉を返す気力も無くてただ頷くばかりだった。
そして次の日の昼から夜に向けて、ディナーに切り替わる時にまた現れた男に、店の女の子達が華やぐ。
「誰か待ってるのかしら?」
「彼女と待ち合わせてこの後ディナーとか?」
「昨日話しに聞いた人でしょう?気になる〜」
まさか私ですと割って入るような人間じゃないので黙っていたが、ディアンナがすすっと私の近くに寄って来て爆弾を落とす。
「……フィリアさんのオトコなんだ」
「んぐっ」
飲んでいた水を吹き出しかけてどうにか堪える。
周りにいたリンとラーシェが慌てたように私の背中をさすり、ディアンナは表情を変える事なくじっと私を見ている。
「えっ、そうなんですか!?」
「やだフィリアさんっ!どこで出会ったんですか!?」
そして殺到する女の子達の声に否定して良いもんか悪いもんかと考え始めて、ディアンナが「ふーん」と私の顔を見て読む。
「みんな〜、フィリアさんの純愛奪っちゃダメよ〜」
「はあ〜い」
純愛とか、物語の中でしか聞いた事無いぞとツッコミたかったのに。
それなのに女の子達は夢に夢を見る年頃だからなのか、聞く耳を持つことは無い。
しかも滅多に自分から話しを振らないディアンナの言葉だ、効果テキメンだった。
さっきまで瞳がキラキラと光って「聞きたい聞きたい」とうるさいくらいだったのが、その一言でピタリと止んだのだから。
戸棚の影からちらりと外を見たディアンナが「ねえ、姉さん……大丈夫だよね?」と心配そうに振り返った。
それに首を傾げると、持っていたグラスを磨きながら「男運無さそうだし」とうっすら笑う。
「私は姉さんが幸せならそれで良いよ。
拾ってもらったここの子達もきっとそう。
私はあの人の事少ししか知らないけど……ちゃんと考えて決めたんだよね」
「……ディアンナ、相談……しても良いかしら」
相談と言う単語に、ディアンナは私の近くへと椅子を寄せた。
もう閉店間際で客も少ない。
今日のところは後片付けをあの子達に任せてしまって、少しの時間ディアンナに私の気持ちを聞いてもらう事にした。
時間にして20分くらい、私は自分の感じ方が変なのか?それともそう言う付き合い方や出会い方があるものなのか、夢のようで実は詐欺じゃ無いだろうか?と、思っている事全てを吐き出した。
ただじっと聞いていたディアンナだったが、全部書き終わった後に「胡散臭い」と表情を歪めた。
「え、10年前の君に一目惚れ?それまでの10年で1回も会って無いのに?こわっ」
「うっ」
「それに理由が薄い……姉さんも、聞いてないってどう言う事よ?
大丈夫なの?」
「それを言われると不安になって来た……」
バクバクとうるさいくらいに鳴る心臓に手を当てながら「その出会いが、本物だったとしても……10年も会ってない人間といきなり親密になるならもっと何かないと長続きなんて絶対しないわよ」と呆れられてしまった。
「相手にはいくらでも代えが浮いて出てくるけど、姉さんにとっては初めてと言って良いくらいの相手なんでしょう?」
「う……ん、まあ」
「それなら付き合って3ヶ月は絶対に隙を見せちゃダメよ、これくらい我慢出来ないで女を大切に出来るわけ無いわ。
せいぜいキスまで、それ以上しようものなら私がスパッと切ってあげるわ」
なにをと言わずとも、フルーツナイフを手に取ったディアンナを慌てて止めて、私はもう一度頷いた。
経験豊富なディアンナに相談出来て良かった。
少し冷静に見つめ直せた気がした。
そうだ、再会の理由も薄い……昨日引っかかっていた事もそこだった。
結局は私がまずマクベスさん……で、良いのだろうか?を、信じられていないわけなのだから。
信じられる人になれたら、そこから次のステップへ行けば良い。
……もし、信じられなかったら?
思考が暗黒に飲み込まれそうになった時、近くで氷が割れる音がして短く叫ぶ。
「まだ見てもない結末を予想するのは残念な女がする事よ姉さん、姉さんは今から幸せになるんだって思いながら男を品定めしてあげれば良いのよ」
「ディアンナ」
頬を膨らませると、ふと優しく笑ってくれた。
この後ご飯に行くんだと言うと、びっくりしながら叫び声を上げたディアンナに化粧をされて、ついでにとロッカーに持って来ていた服を着せられた。
何故こんな事に!?と慌てる私に「デートにお仕着せで行く馬鹿がどこに居るのよ!」と怒られてしまって、そうかこれはデートだったのかと再確認して顔に熱が集まった。
服は後日洗って返す事を約束して、明日の休日は昼からディアンナに捧げる事もついでに約束した。
女の子達は私達の会話を聞いていたらしく、後片付けも計算も完璧な状況にまで持って行ってから私に声を掛けに来たようだ。
やっぱり可愛い良い子達だ、それなのに自分の事ばかりで申し訳ないと言うと「そう言うのは姉さんが幸せになってくれたら充分お釣りが来るから気にしないで」とディアンナはにべもない。
そうして私は就業時間きっかりに店を出て、既に人に飲まれているマクベスさんの近くへと走ったのだった。
「あ、フィリアさん」
「お待たせしました」
今日の取り巻きは私を見るとさっと身を翻す潔さを見せた。
何か用事でもあったのか、それとも構ってくれなくなったから次の人を探しに行ったとか?と理由を探していると、私の手を取って「どうしたの?」と慌てた様に道の端に追い詰められた。
「あ、ええと……お店の子が貸してくれたんです。
やっぱり似合ってませんかね」
髪をハーフアップにしてリボンで結んで、きなりのブラウスにロングスカートの出で立ちは確かにディアンナの様な女性に似合う服だと思う。
ロングスカートの下はさすがに間に合わなかったのでローファーだから、もしかしたら変なのかもしれないし、そもそもオシャレに気を使ったことも無いからかなにを合わせれば良いのかすら分からない。
自分には似合わないかと落胆していると、マクベスさんはぶんぶんと首を横に振って「似合ってる」と笑っていた。
「店の事もあって着替えてくるなんて思ってなくて、ちょっと……いやかなり驚いたけど、嬉しい。
すごく綺麗だよ、フィリアさん」
真正面からこの綺麗な顔でそんな事を言われて、恥ずかしくて頬が熱い。
顔が上げられないでいると「フィリアさん?」と不思議そうにマクベスさんが繋いでいた手をふりふりと揺らした。
「あ……ありがとうございます、綺麗なんて言われたこと無かったのでちょっと恥ずかしいですけど」
「え?フィリアさんは昔からすごく綺麗だよ。
それに僕初めて会った時にフィリアさんに思わず綺麗だって口走っちゃったもん、覚えてない?」
「それがあんまり……昨日貴方に会ってやっと顔がはっきり思い出せたくらいなので、会話すらも曖昧で」
その言葉に驚いた表情をする彼は「あ、そうだ予約してたんだった!」と時計を覗き見て慌てた様に手を引いた。
「駆け足になってごめんね、先の角を曲がった場所にある酒場でも良いかな?」
「もちろんです」
そしてその手を引かれるままに、顔馴染みでもあるその酒場へと向かった。
暖簾をくぐふと「おう、いらっしゃったぞ」と店内が賑やかになった。
「なんだ!どんな美人かと思えばフィリアかよ!」
「ちょっと!?入っていきなりどんな挨拶よ!」
ほぼ毎日朝ご飯を食べに来ているオヤジさんに挨拶を返すと、きょとんとしたマクベスさんが居て「俺のお得意さんだよ」とオヤジさんが笑った。
「奥の座敷空けてるよ」
「お邪魔します」
「ゆっくりしていきなー」
心地良いヤジに笑いながら、名前を呼ばれて手を振った。
ここに腰を据えてから増えた知り合いの数たるや、旅をしていた何年間をも飛び越えるかもしれないと心の中で笑いながら先に着く。
通しはきゅうりのお漬物で、冷たい冷酒が用意されていた。
「お酒に好き嫌いはあるかな?」
「うーん、ある程度なんでも飲めますよ」
メニューを見ながらあれこれと注文を通して、いくつか運ばれて来た辺りで冷酒を酌み交わす。
「お仕事お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でしたー」
チンッと軽く鳴った音に笑顔になって、私はそう言えばと首を傾げた。
「私なんとお呼びすれば良いですか?
ずっとマクベスさんで行きます?」
「ええっ!出来たら名前で呼んで欲しいな……マクベスは通り名だもの」
「じゃあ……アガバリ様?」
「あ、待って!僕の本名もしかして知らない?」
言われた意味が分からずに首を傾げると「本名と言うか……そうか、家名なんだよね」とメモ帳を取り出して綺麗な字で書き込んで行く。
家名
アガバリ・トゥラス・バリス
本名
セス
「……セスさん」
「そうそう、王家に生まれたものだから名前まで背負って生まれて来たんだけど、王太子が成人すると二つの道を選べる様に自分で名前を付けるんだ。
だから今の僕はセス、まだ誰にも明かした事のない名前なんだよ。
ずっと君に言うんだって決めてたからね」
そう言ってとびきり甘い顔をしたマクベスさんもといセスさんに、私は思っていた疑問を投げ掛けた。
「……あの、セスさん。
お聞きしたいことがあるのですが」
「僕に答えられることならなんでも!」
「セスさんは、私に最後に会ったのは10年も前ですよね?
それなのに、その……本当に、ずっと好きでいてくれたのかなあって」
自分のした質問の恥ずかしさに気付いて、私は俯いてしまう。
しかしセスさんの声はどこか安堵を孕んだものだった事に少し驚いた。
「ずっと好きだったよ。
君は初めて会った時僕を助けてくれたんだ。
家名を背負い、必要以上の責任を持って生まれた運命を呪って生きていた僕に、君は「自由になれば良いよ」と言ってくれたんだ。
その時君は確か……そう、ディルマールに来て2日目の日だったと思う。
大型の商団と一緒にディルマールにやって来ていて、僕もその商団と一緒にディルマール入りしたんだ。
行き先は決まってなかったって言ってたから旅の人なんだなって思って、僕の身分もバレてなかったから普通に何度か来た事のある旅人を装ってたんだよ。
でも僕変装って苦手で、目敏いフィリアさんにはすぐバレちゃった。
王子のきまぐれって事にしてくれて、人生相談にまで乗ってもらっちゃったんだよね、情けない事に」
そう言って力無く笑うセスさんの言葉に、どんどん記憶が蘇って行く。
そうだ、その時に王子として生きて行くのか、それとも別の道を探して行くのか悩んでいると打ち明けられたのだった。
私はその時まだ14歳の子供だったし、世間の事なんて師匠に教えてもらわず生きて来たはねっかえり。
私なんかが王子になんて事言ったんだと今更ながら頭抱えたくなる記憶だ。
「あの時僕にそんなこと言ってくれる人なんて周りに居なかったからね。
頭の中でがんじがらめになっていた考えや常識なんてものがパーン!ってもののみごとに弾けたんだよ。
迷走しながらもカフェを立ち上げ、食堂と一緒にして、夜の開店は人をそっくりそのまま入れ替えてまた趣の違う雰囲気で楽しんでもらえる様にとかね。
柔軟な考えが浮かんだのもぜーんぶフィリアさんのおかげなんだ」
思わぬ恥ずかしい事をプラスに取ってくれていたセスさんに、私はぶんぶんと首を振る。
「いえ、これはセスさんの才能ですよ。
私達従業員としてこんなに働きやすい職場は無いです、人間関係もそうだけれど現場判断で動いて良い部分悪い部分諸々の意見を毎日の様にフィードバックするなんて、中々出来る事じゃないですし。
ご飯のメニューだって、飽きが来ないローテーションで残すメニューとか全部セスさんがシェフ達と会議で決めるんでしょう?
私達がまとめたお客様の声とかを使ってくださったり……私はとても尊敬してますよ!!」
握り拳を二つ作ると、私は泣きそうになっているセスさんを見てハッとする。
今ので泣ける要素あったかなとオロオロしていると、翡翠色の瞳から透明な滴がぽろりと溢れた。
「君を好きになって本当に良かった……そして、あれからずっと、君を目標にして来て正解だったよ」
「わ、私をですか?」
びっくりして肩を揺らすと「自由になれば良い」と小さく呟く。
「君にとっては何気ない言葉でも、僕にとっては救いの言葉になった。
そんな君に恋をした、今も、ずっとしてる」
熱を帯びた翡翠色は、私にとって目に毒だ。
そしてばっちりしっかり記憶の方も思い出してしまった。
あの時の会話も情けない事に全て。
「僕は自由になりたかったんだ……そしてようやくその自由を掴めそうなんだ。
……フィリアさん、僕に時間を頂戴?
きっと君を幸せにするよ、その為に僕に、僕達が幸せになるための時間が欲しい」
いつの間にかテーブルに乗せていた指を絡め取られて、私は思わず黙り込んだ。
ここで返事をして良いものだろか。
知って行くための時間が欲しいのは私だけじゃなかった事には安堵した。
しかし……その…………っ、指!
私はあわあわと視線を彷徨わせながら「……一旦考えさせて……っ!」と絞り出したのだった。




