そして死は巡り出す
江藤春香は藤沢奈津子が死に際に見せたあの表情が頭から離れなかった。
あの時の奈津子はどう見ても助かる見込みはなかった。
春香はそう自分に言い聞かせた。
次の日は学校が休校になった。春香は暗い部屋で一人、自分の犯した罪と向き合っていた。
あの時、助けを呼べば、奈津子は助かったのかも……
春香は奈津子のラブレターを見つめた。
自分が捨てれば、このラブレターの存在はこの世から無くなる。
藤沢奈津子の最後の思いも届かなくなる。
春香にとってそれは耐えられない十字架だった。
やるしかない。和也にこれを届けなくては。
春香の中で何かが変わった。罪と向き合う覚悟を決めたのだ。
しかし、次の日の学校に和也は姿を見せなかった。
無理もない、ずっと思っていた奈津子が死んだのだ。
ラブレターの内容から和也は奈津子の事を思い続けていた事は容易に推測できた。
その時、鈴木夏帆が友達数人と談笑しながら廊下を歩いていた。
長い黒髪を手で軽く上げながら。
羨ましく思っていたその髪は、今の春香にとって軽蔑の対象そのものだった。
この女は自分の犯した罪を自覚しているのか。
春香はそう思い夏帆を睨んだが、自らも奈津子を見捨てたあの時の事を思い出し、考えるのを止めた。
しかし、この女には分からせたかった。あんたのせいで夏帆は飛び降りたのだと。
放課後、夏帆は教師達に呼ばれ中々学校から出てこなかった。
六時を回り、夏帆はようやく出てきたかと思うと男と一緒に歩き始めた。
この女は全く堪えてない。春香はそう理解した。
春香は身を隠しながら夏帆の後をつけた。
男と夏帆の話す内容はくだらなく、口を開けば誰かの陰口しか出てこなかった。
この女は今までもこうやって他人を蹴落としてきたのだろう。
男が別れるような内容の会話を始めた時、夏帆の表情には焦りの色が浮かんでいた。奈津子の死んだ時には全く見せなかった表情だ。春香は怒りから自らのバックを強く握りしめていた。
男と夏帆が別々の道から帰った後も春香は夏帆を尾行し続けた。
しばらく尾行をしていると、急に夏帆のすぐ後ろから黒い人影が現れ、夏帆を鈍器のようなもので殴った。夏帆はくぐもった声を出し、その場に倒れた。
春香は一瞬の出来事に息をする事を忘れていた。
まずい、隠れなくては。
春香はそう判断し、道端の草陰にすばやく隠れた。
人影は動かなくなった夏帆をかつぎ、歩きだした。
女性一人を持ち上げるという事は、あれは男性?
春香は男の後に続いた。春香の中に通報という考えは浮かばなかった。
いや、頭の片隅にはあったが春香は捕まった夏帆の姿を見て、自業自得という文字が浮かんだ。
元々人通りの全く無い田舎道だったので男は春香以外の誰かに見られる事はなかった。
これも計算の内だったのだろうか。
春香は改めて男に恐怖を抱いた。
男は質素な一軒家の足を止め、中に入っていった。
どうやら、ここが男の家のようだ。
夏帆をどうする気なのか。
春香はそう思い、家の中を覗ける窓を探した。
家の庭は荒れ放題で、錆びた子供用の玩具がそこら中に散乱していた。
春香は足元を確認し、一つ覗けそうな窓を発見した。
窓から中を覗くが、暗くてよく確認できない。
その時、部屋の明かりがついた。部屋全体はよく確認できないが、中で夏帆が椅子に巻き付けられていた。
夏帆ちゃ…
春香がそう口に出そうとした時、部屋の中にあの男が居ることに気付いた。
春香は息を潜めた。男は夏帆に近付いた。
男はフードを脱いだ。
和也…?
春香は声にならない悲鳴を上げ、その場に崩れた。
再度春香が窓を覗くと、和也は夏帆の口のテープを剥がしていた。すぐに夏帆はその場に黄色い汚物を吐き始めた。
春香もたまらずその場で吐いてしまった。
和也は何かを話しているが、窓越しでも和也の声は届かなかった。
しばらくして和也が夏帆の足の指を切断し始めた。
春香を口を押さえ、涙を浮かべながらその場にしゃがみこんだ。
そこから春香が窓を覗く事はなかった。
何分も春香が泣きながら座っていた時、和也が玄関から出てきた。
春香は半ば無心で和也を追った。
和也が向かった先は学校だった。学校に着くと、和也は音楽室に入った。夏帆は廊下の奥からその姿を確認した。
しばらくすると一人の人影が音楽室へ入った。
白木先生…?
春香はまずいと思った。
白木先生を同じ目に!
春香は息を殺して音楽室を覗くと、和也は既に倒れた白木先生を椅子に縛りつけていた。
不味い、不味い、不味い。
和也は白木先生に奈津子の復讐だと叫んでいた。
やっぱり、和也、もう止めて
春香の思いは届かず、和也は白木先生の足に刃物をあて手を動かし始めた。
白木先生は叫び続けたが、しばらくして動かなくなった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
春香は音楽室の扉の陰にしゃがみ、スマホを握りしめていた。
スマホ、、、
そうだ、警察に通報を
春香の中にやっと通報という手段が浮かんだ。
春香がダイヤルを押そうとした時、和也の叫び声が聞こえた。
春香が覗くと、白木先生が和也の上に股がっていた。
今がチャンスだ、自分を入れば和也を押さえられる!
春香が音楽室へ飛び込もうとした時、白木先生が笑みを浮かべているのが見えた。
なんで、笑ってるの、先生?
「ええ、そうよ、奈津子ちゃんは私が殺したわ。」
白木先生の口からその台詞はするりと出てきた。
春香は目の前が真っ白になり、その場にしゃがみこんだ。
先生が、、、殺した、、、?
白木先生は和也の首に手をあて、締め上げていた。
春香はその姿を無心で、ただ眺めていた。
白木先生は快楽を感じているかのように身体を痙攣させ、
天井を向いて微笑んでいた。
何で、そんな
春香はスマホを握っている事を気付き、その異様な光景を動画に撮った。まるでスポーツ観戦をするかのようにただ止める事もせず、和也の痙攣がおさまるまで撮り続けた。春香自身、自分がどういう気持ちで撮っているのか分からなかった。白木先生は和也の首を何度を締めなおし、その度に和也は意識を取り戻しその場でえづいた。
彼女は和也が苦しむの楽しみたいのだ。
白木先生の背中には黒い何かがあるような気がした。
とても黒く、深く、決して近づいてはいけない何かが。
しばらくして和也は動かなくなり、遠目からでも絶命したことが分かった。
春香は震える足を押さえ、やっとの思いでその場から動き出した。
茫然としたまま校門を出て、警察に通報した。
警察にはただ、教師が生徒を殺したと言った。大勢の警察が犯人に悟られないためか静かにグラウンドに入ってきた。
教師と生徒の名前を告げ、警察にパトカーに乗るように施された。
しばらくして白木美穂が校舎から出てきた。警察の存在に今気付いたようで、白々しく襲われたと主張していた。春香はその行動を糾弾する気力は残っていなかった。
白木美穂は警察に捕まり、彼女の最後を見ようと春香はパトカーを飛び出した。
彼女はパトカーの中から春香の存在に気付いたようで、春香の事を襲いかかろうと窓に顔を押し付けていた。。
その表情はもうあの美しい白木先生ではなかった。
すると白木美穂は急に何かに怯えだし始め、自らの首を締め始めた。
春香は驚く事もせず、ただ白木美穂を見つめた。
苦しむ彼女はとても小さく、とても哀れだった。
白木美穂は口から泡を吹き出しながら首を締め続け、パトカーに連れて行かれた。
春香はものすごい疲労感と倦怠感からその場で意識を失ってしまった。
このまま目覚めたくない。
春香は心の底からそう思った。
数日後、春香の動画が決め手となり白木美穂は逮捕された。今までの殺人も全て告白し、世間を震撼させた。その人数は実に三十人を越えていたからだ。
白木美穂が全ての殺害を告白した時、既に心身喪失状態にあったと警察は後に述べた。
津田和也の家から女性のバラバラ死体が五体見つかったが、容疑者死亡の為警察は検挙できなかった。
マスコミは世紀の殺人鬼同士の殺し合いと報道し、一年経った今でもその事件の事を飽きずに報道し続けた。
藤沢奈津子の存在は少し出るだけで、マスコミはあまり取り上げなかった。
白木美穂には死刑判決が下り、白木美穂はその判決に反論は一切しなかった。
こうして事件は幕を閉じた。
「春香ちゃん、春香ちゃん。」
江藤春香は肩を揺すられ眠りから覚めた。
何か長い夢を見ていた気がするが、思い出せない。
「授業終わっちゃったよ。」
見ると皆が教材を持って講義室からぞろぞろと出ていた。
「私達も帰ろう。」
春香はまだ半分寝ぼけていたが、腕を引っ張られ講義室から出た。
あの事件の後、春香は地元の大学へ進学した。
当初は唯一の目撃者とだけあってマスコミの集中砲火を浴びたが、今では大分落ち着いた。
今ではこうして女友達と大学生生活を送っていた。
「それでさ、彼氏のやつさ束縛すごくてさ~」
女友達の世間話を聞かされながら春香は大学生専用バスで帰宅していた。
「春香ちゃん、あいつ、また居るよ。」
彼女が指差す方向には深くニット帽を被り、白いマスクをした黒い服の男が座っていた。
「あいつ、絶対不審者だよ。通り魔かも~。」
「そうかもね。」
春香も少し微笑んで返した。
「あ、私ここまでだから。じゃあね!」
友達は自分より一つ前のバス停で降り、春香は一人バスに揺られた。
春香はバスを降り、暗くなってきた道を一人歩いた。
人通りの少ない道、あの時の記憶が蘇ってくる。
春香は頭を振り忘れようとした。
その時だった。春香の後頭部に急に重みがかかった。
殴られたらしい。
春香はその場に倒れた。見るとそこには先程の黒服男が立っていた。
男はゆっくりとマスクを外した。
「あなた、夏帆の…」
春香は男の顔に見覚えがあった。
佑介だ。夏帆の彼氏の。
春香がそう気付いた時には佑介の蹴りが夏帆の腹部に食い込んでいた。
「がはっ、、、」
春香は痛みでのたうちまわる
「お前、夏帆が殺されるとこ、見てたらしいな。なんで通報しなかったんだよ。夏帆は、夏帆は、あのイカレたサイコ野郎に切り刻まれて。」
佑介は泣きながら春香を蹴り続けた。
「お前のせいで、夏帆は、夏帆は、くそっ!」
この男をあの事件の被害者なのだ。決して表には出ないが、
あの事件に人生を壊されたのだ。
春香はそう思った。
この男の中でまだ悪夢は続いているのだ。
春香はバックからナイフを取り出し、慣れた手つきで佑介の首に深く刺した。
佑介の首から鮮血が吹き出る。
佑介の血は春香の顔を赤く染めた。
「あぁ、なんでだよ、夏帆、夏帆、ごめんよ。」
佑介はその場でうずくまり動かなくなった。
あなたは悪夢を克服できなかった。でも、私は違う。
私は克服したの。こうやって命を奪い続けることで。
そしたら不思議とあの時の事を忘れれるの。
命は尊い?ええ、そうね。そうかもね。
でも、私にはそんなの関係ない。
私は勝ったの。鈴木夏帆に、津田和也に、白木美穂に。
そして、藤沢奈津子に。
「ふふっ。ふふふふふっ。」
春香は一人立ち尽くし、笑い続けた。
その笑い声はどこまでも響いた。
夜空の月は雲に隠れた。
そして、光りを放つ事を止めた。