殺人鬼
白木美穂は高校を卒業後、県外に行き、小さいアパートで独り暮らしを始めた。
少しでも遠くの場所に逃げたかった。
新しい場所で、新しい人生を始めたかった。
その為には見るに耐えないこの顔を変える必要があった。
美穂は腕の良い医者を探し、整形を行った。
何度も、何度も顔を手術し、理想の顔を手に入れるのに一年かかった。
手に入れた顔は、そこらの女など足元にも及ばない素晴らしいものだった。
そして大学へ入学した。美穂にとって学校は悪夢の場所、美穂は緊張した足取りで大学の門をくぐった。
しかし、待っていたのは夢のような世界だった。
美穂がキャンパスを歩くなり、皆が美穂を見つめた。
その目は美しい美穂を称賛するものだった。
友達はすぐ出来た。美穂が動かずとも、あっちから寄ってきた。
美しい美穂の隣りに居たいのだろう。気付けば、美穂は学園の女王だった。
なんてこの世は簡単なのか。美穂には周りの人間が猿の様にしか見えなかった。知能が低く、媚びを売る事しか頭にない。
男は特に馬鹿だった。ちょっと上目遣いで頼めば、男達は何でもした。変な期待でもしてるのだろう。
美穂はもう笑いが止まらなかった。
この時間が永遠に続けば良いのに…
美穂はそう思った。
少し経って、美穂の元に母親が訪ねてきた。
美穂は物心つく前に父を亡くし、母が女手一つで美穂を育てた。聖子は若くして美穂を生んだので、若く美しい母は小学校の授業参観では注目の的だった。
美穂はそんな美しい母とよく比べられた。
何で母親と違ってお前はブスなんだ。
毎日のようにそう言われた。
美穂はいつしか母を軽蔑するようになった。
美穂は半分家出の様に独り暮らしを始めた。
母に会う事はもう二度と無いと思っていた。
しかし、どうやって調べたのか、母は美穂の場所を見つけ出した。母親の勘とでも言うのだろうか。
しかし良い機会だった。美穂は母に生まれ変わったこの顔を見てもらおうと思った。
きっと、母も自分を誉めるはず、周りの人間の様に、きっと、きっと、
しかし、母は部屋に入り、美穂を見るなり半狂乱になって美穂を叩いた。
何故?
美穂には意味が分からなかった。
母な肩を震わせながら顔を真っ赤にさせていた。
「なによ、その顔は!美穂ちゃん!どうしたの!
お願いだから、昔の可愛い美穂ちゃんに戻って!」
昔の可愛い美穂ちゃん?何言ってるの?今の美穂ちゃんの方が断然可愛いでしょ?
「今すぐ、顔を元に戻しましょう。お願いだから!」
母は泣きながら美穂の腰に抱きついた。
美穂はそれが母の愛とは気付かなかった。
そうか、この女は前の私の顔を見て、笑いたいんだ。
昔のように私と比べられて、美人だって誉めてもらいたいんだ。
「美穂ちゃんお願い!」
うるさい!黙れ!その美人の顔であんたも良い思いしてきたんでしょ!若い頃から男作って、子供作って、くだらない!
私はこの顔をもっと効率良く使うわ!あんたとは違うの!
美穂は自然と干してあったタオルに手をのばした。
「もう私は白木美穂じゃないわ。」
美穂はそう言うと、母親の細い首にタオルを巻き付け、力一杯に締め上げた。
「美穂ちゃん、なん、で」
手に首の骨が折れた感触が伝わる。しかし、美穂は無表情で目の前のもう母親ではない女の首を締め上げた。
女が痙攣を始め、膝から崩れ落ちた。美穂は締め続ける。
痙攣が徐々に微動なものに変わっていく。そのまま女は舌を垂らし、息をしなくなった。
美穂は我に返った。しまった、まさか殺すなんて。
美穂が後悔したのは最初の数秒のうちだった。
美穂は冷静に考え、死体を偽装工作することにした。
女の下半身をこれでもかと傷つけ、暴行による殺害に見せかけた。
これで、犯人の性別は男性に絞られるだろう。
美穂はそのまま死体を担ぎ、女が車で来ていなかった事を確認すると、美穂の車に乗せ山中に捨てた。
美穂は帰りの車の中で、考え事をしていた。
美穂は首を締めた時の感触を忘れられなかった。
あの感覚をもう一度、あと一回だけ。
美穂の元に警察がやって来たのはそれから一週間後だった。
死体は思っていたよりも早く見つかり、美穂もその容疑がかかった。しかし、美穂は自分が誘惑した男に頼み、嘘のアリバイを言わせた。美穂の容疑はあっさり消えた。
なんて、馬鹿なの、警察も。ふふっ。
美穂は男にお礼をしたいと家に呼んだ。
避妊道具を持って来てと男に告げていたので、男は家に来るなり、美穂の身体を求めた。
しかし、美穂の目的は違った。
あの時の感触を、あの感触をもう一度。美穂は男の服を脱がし、ベットに押し倒して男に股がった。
男の荒い鼻息が気持ち悪い。
この男は何を期待しているのか。くだらない。
美穂は男の首に手をかけ、ゆっくりと締め上げた。男はそういうプレイなのかと笑みを浮かべる。
美穂はその顔を見て思わず吹き出す。
なんて馬鹿な男なの。しかし、ここで殺したらまた警察が来る。
美穂ははやる気持ちを抑え、男の首を死なない程度に締め続ける。結局、男には生理だと告げ帰ってもらった。
駄目だ、やっぱり満足できない。
美穂は一人頭を抱えた。
もっと、殺しても警察にバレない方法はないのか?
美穂は大学の教育学部で増加する援交問題について学んでいた。
なんだ、そこら辺の男達でも捕まえればいいんだ!
美穂はそれからネットで男を呼び出してはラブホテルに連れて行き、首を締めた。中には逃げ出す男もいたが、ほとんどは美穂の手によって死んだ。死んだ男達は首を締め始めると至福の笑みを浮かべていた。美穂はその表情を見ると自分は良い事をしてると思えて仕方なかった。
美穂はそれからも男達を殺した。殺して、殺して、殺し続けた。
美穂にとって殺人は生活の一部になっていた。
美穂の中の闇はもう止まらなかった。
美穂は暗い音楽室の中にたたずんでいた。
まさか、津田和也が私を殺しにくるなんて。鈴木夏帆の携帯で私を呼び出したという事は夏帆はもう死んでいるだろう。
美穂は冷静に辺りを見渡した。
さて、これからどうするか。
美穂は足元の死体を見下ろした。
中々悪くなかったわね。
まあ、締め心地は微妙だったけど。ふふっ。
美穂は和也の死体を舐めるように見た。
さてと、この死体をどう処理するか。
津田和也が自分を殺そうとした事実により、正当防衛で殺してしまったという理由は通じるだろう。
足の指を切られいるから酷い拷問を受けたと言えば、警察は同情するだろう。
もう少し自分の身体を傷つけるか?いや、止めておこう。
下手に動くとかえって怪しまれる。
美穂は冷静に考え続けた。何人も殺した美穂にとってこの状況はイージーだった。
教え子に拉致された教師が、教え子を殺して脱出。
明日のニュースはこれで決まりだな。
マスコミはこういう刺激的な事件を好んで取り上げる。おそらく、藤沢奈津子の事はあまり取り上げないだろう。
学校側もこれ以上、面倒事は避けたいから藤沢奈津子の事は隠すだろうな。ふふっ、きっと私の行動は賛否両論ね。
さて、善は急げね。
美穂は足を引きずり、音楽室から出た。足の指が痛むが歩けない程ではない。
正門の所に公衆電話があったはずね。あそこから警察に電話をしよう。
美穂はようやく生徒玄関まで着き、引き戸を開けた。
美穂の目に光りが入る。
「動くな!」
何?何なの?
美穂が薄く目を開けると、そこには大勢の警官が居た。
なんで、、、
美穂は一瞬茫然としたが、すぐに戻った。
「た、助けて下さい!殺される!犯人は中に!」
美穂は命からがら逃げたか弱い女教師を演じた。
警官達は互いに顔を見つめながら動かない。
「何してるの?早く!私を…」
警官の一人が哀れんだ目をして口を開いた。
「白木美穂さん、あなたを津田和也君殺害容疑で逮捕します。」
は?美穂は大きく目を開いた。そこにはさっきのか弱い女はどこにも居なかった。
二人の警官が美穂の脇を掴みかかる。美穂はその場から動けなかった。
なんで?こんな?どうして…
美穂はそのまま白いパトカーに乗せられた。
美穂が窓を覗く。そこには制服姿の女子が一人、スマホを持って立っていた。その目は赤く、怒りの炎が燃えていた。
「あんたが… よくも…」
美穂は車の中で半狂乱になりながら
窓に顔を押し付けた。
「殺してやる!殺してやる!」
赤い歯茎を剥き出しにして叫び続けた。
少女の後ろで何か動いた。それは人の姿をしていたが全身が血だらけだった。
「な、つこ?」
血だらけの奈津子がのろりのろりと美穂に向かって歩いてくる。
「やめて!来ないで!」
奈津子の後ろには今まで殺した男達がひっそりと立っていた。
「やめて!助けて!誰か!」
隣りに同乗していた警官が美穂を押さえる
「白木!落ち着け!」
美穂の耳には届かない
奈津子の血まみれの手が窓を透けて美穂の首を掴んだ
「うぐっ!ぐぐぐぐ苦しい」
警官達の目には美穂が自分の首を締め、のたうちまわっていた。
その光景のあまりの異様さから警官達は恐怖さえ感じた。
同乗していた警官は自分のすべき事を思い出した。
「車を出せ!早く!」
パトカーは赤く点滅し、サイレンを鳴らしながら走り出した。
徐々に小さくなるパトカーの姿を少女は見続けた。