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そして死は巡りだす  作者: はるせ
1/5

本性

「じゃあ、2小節目の頭からいこうか。」

そう言いながら鈴木夏帆がメトロノームの針を横にずらした。全員が各々の楽器を構える。その姿はさながら軍隊が銃剣を構える様だ。

そんな事を考えながら江藤春香はゆっくりとフルートに唇をつけた。メトロノームが拍をとり始める。

ピアノが落ち着いた音を奏でながら先頭を引っ張り始めた。

自分の番は楽譜の次ページからなので少し気が楽である。

春香は音楽室の窓からグラウンド全体を見渡し、サッカー部がカラーコーンをドリブルしながらかわしている中に目的の生徒を見つけた。

彼の名前は津田和也。二年生では別クラスだったが、春香のクラスでも話題にあがるくらいのイケメンだった。そして春香もそんな彼に密かに恋心を抱いていた。三年生になって彼と同じクラスになり、窓側の列の最後尾に彼と隣同士になった時は非常に喜んだものである。彼はクラスではあまり目立たない存在だったが、そのクールな姿勢と細目だが端正な顔立ちに、春香はますます心を引かれていった。


春香は華麗なドリブルでコーンをかわす和也をフルートを構えながら眺めていた。

「ちょっと止めて。」

夏帆の怒りが混じった声で春香は現実に戻った。もしかして自分かと背筋が凍った。夏帆が怒った時、その整った顔立ちと黒髪のロングヘアーが逆に相手に恐怖を抱かせる。同学年ながら春香も夏帆に恐怖を感じていた。この女子だけの吹奏楽部で、夏帆は部長という立場とその容姿により絶対的な権力を持っていた。

夏帆の視点の先には顔を伏せ、震えた手でサックスを持つ少女がいた。彼女の名前は藤沢奈津子、春香と同学年だが別クラスであった。一つに結んだ髪の毛はボサボサで、おでこのニキビが余計に不潔な印象を抱かせる。

夏帆は静かに奈津子に近づく。奈津子の目の前で夏帆は立ち止まり、落ち着いた調子で言った。

「あなた一小節目からずれてたけど、なんで?」

奈津子は震える手でサックスを握りなおした。

「しゅ、集中してませんでした。すみませんでした。」

奈津子は明らかに緊張していた。無理もない、もし自分が夏帆に詰めよられたら同じ反応をするだろう。春香はそんな事を考えながら二人の尋問にも似たやりとりを見つめた。

「次は必ず、あ、あの必ずちゃんと」

「前も同じ様なミスして、同じ様な事言ったけど。いいわ、あなたはもうはずれて。」

奈津子は顔をあげて夏帆を見つめた。その目には涙がにじんでいた。

「隅っこで一人でしてて、今日の部活が終わったら二人きりで話合いましょう。」

二人きりなんて嘘だ。この前も夏帆はそう言って部活終わりに、夏帆を含めた四、五人で奈津子と音楽室で話していた。

「はい。」

奈津子は今にも消えそうな声で返事をした。

奈津子は席を立って隅っこに行き、小さい音でサックスを吹き始めた。その姿を見ると、春香は心が痛んだ。しかし、夏帆に逆らうことは誰もできなかった。顧問の先生は部活に顔を出すのが少ないのでこの事を知らない、先生に告げ口をしようものなら夏帆に何をされるか分からない。春香は見てみぬふりをした。

そして部活が終わり、音楽室には夏帆と四、五人が残った。

音楽室の扉は閉ざされ、他の部員はそそくさと帰って行った。

もちろん春香も足早に音楽室を去った。これから音楽室で行われることから目をそらしたかった。春香が生徒玄関でローファーを履くとき、二階の音楽室から何かを叩く音が聞こえたが、春香は出来るだけ聞こえない様にローファーを音を立てながら履き、そのまま生徒玄関を飛び出した。校門まで来た時、春香は思わず立ち止まった、目の前にはあの和也が居た。和也は無表情で校舎を眺めていた。もう七時になるのに何をしているのだろう、春香はそう思ったが奈津子の顔が頭に浮かび、春香は小走りで和也を横切り家に帰っていった。

そして次の日、奈津子は死んだ。




思えば、奈津子はあの日もおかしかった。自分がいつものように一緒に帰ろうと校門に待ち伏せした時、最初に女子が四、五人校舎から出て来て、奈津子は出て来なかった。次の日、学校で奈津子に問いかけると、裏門から帰ったと言った。なぜそんな事をわざわざしたのか。今となってどうして気付かなかったのか、自分を責めた。

奈津子はいじめられていたのだ、あの校舎の中で。

奈津子が亡くなって数日の間、和也はずっと学校を休み、奈津子のいじめに気付いてやれなかった事を後悔していた。同時に奈津子がこの世にいない現実を受け止められなかった。

奈津子、奈津子、奈津子、あぁ、奈津子

和也はベッドに仰向けになりながら奈津子の写真を眺めた。

小学六年生の修学旅行での写真だ。もう五年程前の思い出だが

昨日の事のように感じた。金閣寺での自分とのツーショットの写真だ。あの頃は何もかもが充実していた。最近ではめったに笑わなくなった奈津子も写真の中で満面の笑みをしていた。

もう何度この写真を見たか分からない。

奈津子、奈津子、奈津子

そう呟きながら和也の頬に涙が流れた。

幼稚園の頃からずっと一緒だった。奈津子が高校を決めた時、和也もすかさずその高校を選んだ。和也の成績ならもっと上の高校は狙えた。しかし、和也にそんな事はどうでもよかった。

奈津子さえ隣にいれば、それだけで和也の心は満たされた。

なのに、なのに、奈津子はいなくなった。

和也の心にフツフツと怒りを越えた何かが沸いてきた。

それが何なのか和也は分かっていた。奈津子を殺した者達への復讐。

和也はゆっくりとベッドを立った。



「じゃあ、部活の後、奈津子さんは一人で音楽室に残ったのね?」

「は、はい。」

夏帆は震える声でそう言った。同じ部員の子が亡くなって今にも精神が崩壊しそうな様子をこれでもかと教師達に見せつけた。

顧問の白木が自らの丸眼鏡をくいっと上げた。

顔は悪くなく、塩顔美人というところだ。しかし、丸眼鏡と一つ結びの髪のせいか、地味な印象を抱かせる。

夏帆はいつものように相手の顔を分析した。

白木はいかにも同情した顔で奈津子に話しかける。

「あまり、思いつめちゃダメよ。あなたがしっかりしなきゃ。」

普段、部活に顔を出さないくせに、こんな時には偉そうに、

夏帆は心の中で悪態をついていた。

奈津子が亡くなってから2日経つが、顧問の白木先生をはじめとした教頭や校長、PTA会長に夏帆は事情聴取されていた。少しでも話に矛盾点があれば突っ込んでくるに違いない。夏帆は慎重に言葉を選んだ。

「じゃあ明日は奈津子さんのご両親…お父様に来て頂くけど、そこでも話をしてくれる?」

「はい」

夏帆は小さく返事をした。

夏帆には奈津子は絶対に親に告げ口していないという自信があった。夏帆は落ち込んだ素振りを忘れず、会議室をあとにした。

校門まで顔をうつむいて歩いた。

「大丈夫か?」

頭を上げるとそこには心配そうな顔をした佑介がいた。佑介はサッカーのスポーツ推薦でこの高校に入ってきて、その実力は雑誌で取り上げられる程だった。そしてこの人の良い性格と少し小麦色に焼けた甘いマスク、夏帆が放っておくわけがなかった。

二年生になって夏帆から交際を申し込んだ。夏帆は同学年ではトップの可愛さだったので佑介はもちろん承諾した。

「お前の落ち込んだ顔見てると、俺もなんだか気が沈むんだ。」

夏帆は顔をうつむかせたまま無言でいた。

「なんかあったら俺に言えよ。」

佑介はそう笑顔で言った。夏帆はその顔を見ると別に落ち込んでなくても元気がでるようだった。

そのまま二人は並んで歩いた。

「そういえば、お前昨日は何で俺のライン無視したの?」

少し歩いた時、佑介が夏帆の顔を見ずにそう言った。

夏帆はまずいと思った。

「いや、あの奈津子…ちゃんの事で色々と大変だったから」

「この前、同じように無視したら別れるって言ったよな?」

夏帆は本気で焦った

「ごめん!私、佑介無しじゃ生きていけない、別れないで、

お願い!」

佑介はしばらく黙りこみ、ゆっくりと口を開いた、

「わかった、じゃあ今度からは絶対にするなよ。後、他の男子とかとも絶対に喋るなよ。お前、この前クラスの男子と喋ってたろ?」

「それは、あの、あっちから急に」

「そいつなんて奴?」

「藤木君ていう子、あの野球部の」

「俺からもあいつに言っとくよ、お前に近づくな、て。」

「ありがとう、私もあの子しつこいからウンザリしてたの。

こっちはただの友達のつもりだったのに、あっちはその気になって」

夏帆は佑介の顔色を伺った。佑介に笑みがこぼれた。

しめたとばかりに藤木の悪口を言った。佑介も悪口にのってくれた。夏帆は佑介との会話をしている時が本当に楽しかった。

佑介のこの厳しいルールも自分を愛しているからこそのもとだと理解していた。佑介から束縛されるとかえって佑介からの愛を感じた。夏帆は佑介との会話は楽しんだ後、いつもの分かれ道着いた。

「じゃあ、またね。」

「おう。」

さっきの機嫌の悪さがウソみたいに佑介は微笑んだ。

ある意味、藤木のおかげかもそんなことをニヤニヤと考えながら

薄暗い道を歩いた。

ふとあの日の事が頭に浮かんだ。あの日、奈津子は…

急に頭に重みがかかった、次の瞬間 激痛が走った。

薄れゆく意識の中で黒い影が見えた。その口元だけははっきりと見えた。その口は不気味に微笑んでいた。



ぼんやりとした意識がはっきりといしていくにつれ、自分の身に何が起きたか理解できたが、何故自分の体が座った姿勢で動かないのか夏帆には理解できなかった。

周りが暗くて目視できないが、おそらく椅子のようなものに座っていた。口には何かを巻き付けられ声は出ず、両手は背中の方にまわったまま自由がきかず、両足も閉じたまま動かなかった。

自分が拉致されているのは賢い夏帆には容易に想像できた。

しかし、何故?

ガララ

引き戸のようなものを引く音が暗闇の奥から聞こえた。

そして目に光が急に入ってきた。部屋の電気がついたみたいで、

自分が風呂場にいるのがそこで分かった。一般的な少し広めの風呂場で左手には広めの風呂桶がある。この情報だけで裕福な家であることは間違いない。と、夏帆は冷静に感じた。そしてやはり、自分は口と両手両足をガムテープで縛られていた。

夏帆は椅子から立とうした時、目の前に人が背を向けて中腰で座っているのに気づいた。全身黒のジャージにフードを被っていたが、背格好から同じ年くらいだと想像できた。

「目覚めた?」

こっちを向かないまま、黒ジャージが聞いてきた。その声から性別は男だと夏帆は判断した。

「何か言えよ。あ、そっか口にテープしてたか。フフッ。」

男は独り言のようにもごもごとした声で喋り、しきりに手を動かし何か作業をしていたが、背中に隠れて見えなかった。

ボトッと男の脇から肌色の何か落ちるのが見えた。それが人間の手だと分かり、夏帆は声にならない悲鳴をテープ越しから叫び、そして胃から不快なものがこみ上げてきた。

「何?吐くの?」

フードを上げながら男は近づいてきた。夏帆はうつむいたまま、テープを剥がされ、

剥がされると同時に口から泥のように汚物が出て来た。

三回程胃からこみ上げてきた物を吐き出し、男を見上げた。男の顔は整っているが、細目のせいか不気味な印象を抱かせる。

「な、何なの、どうして。」

夏帆は荒い息遣いのまま男に聞いた。男は無言のまま立ちつくし、その後ろには赤黒い人間の腕が転がっていた。

夏帆再びこみ上げる吐き気を抑え、男に聞いた。

「何が望み、どうしたいの。言う事は聞くからここから出して。」

男は冷たい目のまま、口を開いた。

「俺の父親は、酒に酔うとよく母さんに暴力をふっていた。典型的なやつだよ。母さんはウンザリして俺を置いて、俺が中学の時に出ていった。そしたら親父は俺に何かと難癖つけては蹴ったり殴ったりを繰り返した。」

男の話を夏帆は黙って聞いた。相手の気を害さないためである。

こういう悲しい過去を語るやつは、大抵自分が一番不幸だと勝手に思っている。夏帆はそんな事を考えていた。

「でも、奈津子は違った。」

男の口から藤沢奈津子の名前が出て夏帆は背中に冷や汗が流れるのを感じた。

「教師も助けてくれない中、奈津子だけは子供の頃から俺の側にいてくれた。よくこの家に入れて、二人で遊んだ。」

夏帆は奈津子絡みだと気付き、男があの日の事をどこまで知っているのか考えていた。

「奈津子は、奈津子だけは俺を理解してくれていた。俺が動物を殺していると知った時も、奈津子は俺を見捨てなかった。奈津子はずっと側にいてくれた。」

何故、殺人鬼は皆動物を殺すのだろうかと夏帆は考えたが、到底理解できない男の話を聞く事に集中した。

「あの日、奈津子はまた裏門から帰ったと思った。でも奈津子はそのまま学校の屋上から飛び降りた。」

裏門から帰らせたのは夏帆の指示だった。正門から帰らせてあのボロボロの格好の奈津子を教師に見られる訳にはいかなかったからだ。夏帆は心底反省した素振りを男に見せたまま、黙って男の話を聞いた。

「何であんな事になったか、あんた知ってんだろ。」

夏帆は大粒の涙をあからさまに男に見せつけ、

「あの場には私含めて、四人いたの。その子達がリーダー核で私は逆らえなかったの。その子達の名前を言う、住所も言うから、

私を許して。たしかに奈津子ちゃんへのイジメを見ていた。私も本当に後悔してるわ。あの時、私が止めていれば、あぁ奈津子ちゃん…」

夏帆は自分でもびっくりするくらいスラスラと言葉が出た。

そして泣く素振りを見せながら男を見上げた。

男の目には淀んだ黒色の眼球があった。

ダメだ、この男には通じない。夏帆は本能的に悟った。

「同じ事を言った。」

「え?」

「あの子達も自分は悪くないと言った。」

あの子達ってまさか…

「でも、唯一あんたと違ったのは仲間を売らなかった。」

「まって、もしかして…」

男は口角は上げながら微笑んだ。

「殺したよ。これはその一人の腕さ。」

和也は切断された腕を夏帆につきつけた。

夏帆の中から何かが崩れた。目の前にある死に恐怖を抱き始めた。相手は男だ、いざとなったら女の体でどうにでもなる。

そんな余裕を抱いていた自分を本気で後悔した。

男は糸ノコギリを風呂桶から取り出した。ノコギリから赤い液体が滴り落ちる。

「まって、ごめんなさい!本当に!反省してる!」

男はゆっくりと近づいてきた。

「あの子達は皆右の足の指を切断しただけで失神したよ。

あんたはどうかな。記録を更新してくれよ。」

糸ノコギリの刃が右足の指に触れる。冷たい感触がした。

「ごめんなさい!本当に!やめて!!」

ノコギリの刃は勢いよく肌に食い込み始めた。

「あぁーー」

夏帆は奇声にも近い叫び声を上げた。

刃が往復し、やがて痛みは消えていき、見ると自分の足の親指

が白い骨を見せながら転がっていた。

消えゆく意識の中で夏帆はあの日の事を思い出した。

いつものように奈津子を言葉責めし、五人で奈津子を囲んで押し合いをした。奈津子をからかってる時、夏帆は嫌な事を忘れる事ができた。最後に奈津子の楽譜を床に叩きつけ踏みにじった後、奈津子を音楽室において出て行った。

奈津子を殺したのは自分ではない。自分ではない。自分では…

佑介助け…

男は夏帆の腹部にノコギリの刃をあてた。そのまま男は刃を往復させ始めた。

激しい激痛と吐き気で夏帆の意識は朦朧とする。

下を見ると大量の血が足元に流れていた。刃が腹部の中心まで食い込んだ時、夏帆の腹部から赤黒い紐のようなものが這いずり出てきた。夏帆は朦朧とする意識の中、それが自分の小腸とは気付かなかった。

夏帆の中で痛みは消え、楽しい思い出が頭の中に浮かんできた。

これが走馬灯かと夏帆は感じた。

夏帆の目の前は真っ白になり、心地の良い気持ちに包まれた。

夏帆はそのまま人生に疲れたかのように静かに目を閉じた。










第ニ章へ続く

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