序
長年付き合っていた彼女に男ができた。
僕が山形県の田舎から東京に出張し、その出張が長引いて一年が経った頃の話だ。遠距離恋愛のいわゆる、よくある話だ。
半年くらい前から男の影がチラついてはいたのだが、昔から男女問わずモテていた彼女のことだから、僕はいつものことだと気に留めていなかった。
でも、僕が側にいない一年間は彼女には寂しく、たまに会う時間はとても短すぎた。
そんな寂しがり屋の彼女の心の隙間を埋めるかのように甘えん坊な年下の男が現れてしまった。
元々、職場に恋愛は持ち込まない責任感が強い彼女だったのだが、自分に向けられる好意に流されやすい所もあったので、徐々に絆されてしまったらしい。詳しくは話したがらないので察するしかないが多分そうだ。
それもこれも東京出張が長引いたせいだ。
ーーーと、思いたいが多分違う。
僕…いや、私が女だからだ。
私、こと加藤リクは紛れもない女であり、彼女との恋愛は秘密の関係だった。
同性愛者は田舎では異質で、彼女は少なからず私との関係に悩んでいたのだと思う。
両親が生きている間に結婚して安心させたいと一度だけ語ったことが、何よりの証拠だ。
なので私の取った行動は間違ってない。
ーーー私は、彼女と恋人関係を解消して
友達に戻った。
「りっちゃんはそれでいいの?りっちゃんばっかり辛くない?わたしのせいでりっちゃんの人生無駄にしちゃった」
お人好しの彼女は、やはり私と、年下の男との想いに悩んでいたようだ。
「にゃーちゃん」←私は彼女のことを猫可愛がりしていたのでそう呼んでいる。
「にゃーちゃんが幸せなら僕も幸せだから…さ。」強がりだけれど、そう言わざるを得ない。
「にゃーちゃんとは恋人としては別れるけど、これからは友達として付き合っていくから」
…なんて言っても私、結構ムリしてる…嫌いで別れる訳じゃないから、しんどい…ヤバい、消えてなくなりたい。にゃーちゃんに別れを切り出しだのが電話で良かった。直接会ってそんな話したら浮気を責め立てて私を選んでと泣きついてしまいそうだ。
「…友だち?やだ大親友がいい」
にゃーちゃん…それはちょっと残酷ではないですかね?でも拒否れない…彼女の別の形での特別に私は迷わず飛びついてしまった。
思えばそれが『彼女が結婚するその時まで』の苦難の始まりだったのである。