8 ヒキニート、武器を試してみる
第二の人生もヒキニート。
前世の自分の生き方を後悔することなく、今日も元気に自宅の敷地内から出ないネロです。
前日は館の庭で運動した結果、筋肉の喜びに遭遇しました。
前世の肉体では死ぬまで、ただの一度として感じたことがない感覚です。
あれは、ちょっと病みつきになるなー。
マッチョマンのように、筋肉ダルマになるまで鍛えるつもりはないけど、脳内麻薬まで分泌されて、なんだかとっても気持ちいい。
しかもあれだけ飛び跳ねて動き回っておきながら、翌日目覚めてても、筋肉痛がなかった。
前世の俺の経験だと、まともに体を動かしたのは、小学生のマラソン大会が最後。
その後は自宅に引きこもっていたので、筋肉痛になるほど運動することがなかった。
あの頃はマラソンの練習がある度に、ヒドイ筋肉痛に襲われたけど、ネロの体はちょっとどころでなく、ポテンシャルが高すぎないか?
まあ、なんにしても痛い思いをせずに済むのはいいことだ。
前日に味を占めた俺は、この日は朝早く起きて、裏庭にやってきた。
試してみたいことがあるので、手を体の前で構えて、
「わが剣よ、ここへ!」
と、唱えてみる。
すると黒い光の粒子が集まって、俺の手元に黒い呪いのオーラを纏った大剣が現れた。
ネロの身長より長く、2メートル前後の長さがある。
「おおっ、"ダークロード・カリバーン"だ!ゲームの時と同じようにしたら出てくるとか、マジでこの世界ってゲームの中だな」
ゲーム時代だと、自分の所持武器の名を唱えることで、目の前に現れるなんて演出がされていた。
なので、転生したこの世界で真似てみたら、ゲームの時と同じように、俺の愛用の武器である、闇の魔剣"ダークロード・カリバーン"が姿を現した。
まあ、愛用とは言うけれど、これは生前プレーしていたネットゲ"ジオメトリー"で、かつて廃人プレーヤーの一角として、プレーヤーたちの頂点に君臨していた男が使用していた、最高位の武器だ。
彼のプレーヤーが引退するとき、装備品一式を俺が譲り受けたため、今では俺の愛用の武器になっていた。
「今は亡き我が友の武器よ、その力を見せてみろ!」
なんてセリフは全く必要ないけれど、中二病が発動して宣ってしまった。
――ヒュンヒュン、ブンブン、クルクルクルッ
試しに剣を振るってみた。
見た目に反して、まるで羽ペンの様に重さを感じさせない。
巨大な剣を片手だけで握り、左右に振るい、斜めから袈裟懸けにし、さらにV字を書くように斬り付ける。
一連の動作を無駄なく立て続けに行っていく。
更に上半身の動きに下半身を連動させ、足を動かしながら移動し、剣を振るい続ける。
そうすると、まるで剣舞を演じるように動き回ることになった。
なにこれ、凄すぎない?
生前のデブだった俺は超運動音痴……音痴というか、歩くだけで息切れする豚男だった。
そんな俺なのに、ネロの体は立て続けに激しい動きをしても、息を乱すことなく応えてくれる。
この体のポテンシャルって、本当に高いなー。
ところで、ゲームの時はキーボードのボタンを押すだけで戦闘の動作が取れたけど、ゲームの世界が現実となった今、俺は自分の体をキーボードでなく、自分の意識で直接動かさなければならなかった。
当然、前世では本物の剣を振ったことなんてない。
そんな人間が、剣をまともに振れるはずがなかった。
だけど驚くことに、体が剣の動かし方を覚えているようで、俺の意識に関係なく、体が自然と剣を動かし、見事に剣舞を演じ上げてくれた。
「なんちゅーチートだ。俺ってイケメンじゃね?」
前世のデブ男の鱗片なんて、もはやなし。
このイケメンネロ様に、惚れない女はいねえな。
ウヘヘッー。
「……ああ、やっぱりネロ様だ。また変な顔してる」
この時俺は知らなかったが、俺が剣舞を舞っている裏庭の片隅で、ちびっこメイドのリゼが、にやける俺の顔を見ていた。
俺、変態じゃないから!
それはともかく。
リゼが隠れて見物してるなんて知らない俺は、剣を一通り振り回し終えると、地面に突き刺した。
もう、剣で戦う練習は終わり。
用がなくなると、地面に突き刺した剣が黒い粒子となって、その場から消え去った。
「こういうところは、ゲームの時のままだな」
唱えるだけで勝手に現れて、使い終われば勝手になくなる。
これをゲームっぽくてすごいと喜ぶべきか、はたまた地球の物理法則を無視した現象だと戸惑うべきか……
俺がただのガキなら素直に喜んだだろうけど、さすがにヒキニートとはいえ30過ぎている。
大人としては、複雑な気分になってしまった。
「まあ、いいや。今はできることを試してみるか」
俺は頭を振って、気分を切り替える。
装備品である剣を取り出して、使うことが出来た。
なら次に試してみるのは、銃だ。
「"スター・ブレイカー"、"メテオ・デストロイヤー"」
武器の名を呼べば、俺の両手に白い銃の"スター・ブレイカー"と、黒い銃の"メテオ・デストロイヤー"の、2丁の拳銃が現れた。
剣の時と全く同じ、呼べば手元に現れる武器。
「試しに撃ってみるか」
それから俺は、裏庭にある林の木に向かって、二丁拳銃を構えて撃ってみた。
もちろん、前世で本物の銃を撃ったことなどない。
銃火器がメインのFPSゲームをプレーしたことはあるが、その時はクソすぎるエイム力しかなかった。
止まっている的にさえ、銃弾が当らないってレベルだった。
……だったけど、俺の前世の鈍い運動神経など完全無視で、ネロの体は銃を構えると、自然と照準を合わせて、銃の引き金を引く。
――パパパパッ
手にした白黒2つの銃から弾が放たれ、狙った木に立て続けに銃弾が命中していった。
ただし、鉛の銃弾でなく、白と黒の色をした"光線弾"だ。
俺がプレーしていた"ジオメトリー"は、ジャンルはオンラインアクションRPGだったけど、世界観はよくある中世ファンタジーでなく、SFファンタジーに属した。
ゲームでの設定では、現代地球よりさらに進んだ高度な文明がかつて存在していたけど、世界全体を滅ぼしてしまう最終戦争が勃発したことで、世界が壊滅的状況に瀕してしまう。
この最終戦争というのは、核戦争のようなものだろう。
その後わずかに残った人類は、戦争の余波で自然環境が崩壊してしまったため、地上で生きていくことが出来なくなり、地下空間に避難して、長い雌伏の時を過ごすことになる。
やがて長い時の経過によって、最終戦争によって壊滅していた地上の自然環境が再生されると、再び人類は地上へ戻っていく。
ゲームの舞台は、そんな過去の壊滅から1000年以上が過ぎた時代を舞台にしていた。
ファンタジー要素を中心にしながらも、かつて存在した高度な科学技術の遺物を使って、プレーヤーは世界を冒険し、モンスターと戦っていくゲームだった。
なので、武器の中には過去の高度な科学技術の産物である、光線銃も存在していた。
そんな"二丁光線銃"の威力は絶大で、狙った木は数発の光線弾を受け、ズタボロに破壊されてしまう。
のみならず、光線弾の威力が強すぎたせいで、貫通した光線弾が後ろにある数本の木を巻き込んで破壊していった。
結果、庭の木がメキメキバリバリと音をたて、たて続けにぶっ倒れていく。
「……これ、ヤバくねえか?こんなの街中で使ったら、人が原型とどめないどころか、建物まで蜂の巣になるぞ」
ゲームの頃なら、破壊不能オブジェクトを攻撃しても瑕一つつかなかったけど、ゲームの世界が現実となった今、こんなものを街中でぶっ放してはいけない。
そんなことしたら、お巡りさんに逮捕されてしまう。
あるいは軍隊が鎮圧にきて、戦争になるのか?
だが、安心してほしい。
俺はヒキニート生活を続けるので、街に行くことは今後一切ない。
なので街中で銃をぶっ放して、逮捕されるなんてことは絶対にない。
とはいえ、光線銃は威力が高すぎるので、自宅の庭でも今後使用しないようにしよう。
封印封印っと。
なお、俺の気づいてないところで、メイドのリゼが、
「あわわわっ、ネロ様何やってるんですか!」
と、庭の一部を破壊している俺を見て、泡を食っていた。
でも、そんなリゼに気づいてない俺は、二丁拳銃を試し終わったので、光の粒子にして消し去る。
「あとはこれか」
そして続いて取り出すのは、
「"カースロード"」
と唱え、右手の人差し指と中指で挟んで、1枚のカードを取り出す。
相変わらず何もない場所から、言葉一つで武器が現れる光景は不思議だ。
ゲームの世界では演出ですんだけど、それが現実になると、嬉しいとも不気味とも思え、なんとも言えない気分になる。
それはともかく。
取り出したカードは、プラスチックでできた、何の変哲もないカードに見える。
ただしこのカードは、ただのカードにあらず。
「えーっと、さっきの二丁拳銃の威力がありすぎたから、高威力の魔法はやめた方がいいな。てことで、燃え上がれ"フレイム・バーン"!」
そう叫べば、俺が手にするカードが赤く輝き、次の瞬間庭の一角に赤い炎の爆発が生まれた。
魔法だ。
そう、このカードはただのカードにあらず。
"ジオメトリー"において、魔法を使用する際に利用する魔道具だ。
ファンタジー物では、魔法を使う際に杖を使うのがお約束。
あるいは、最近のファンタジーは近代化が進んでいるので、銃から魔法を放つことも多いだろう。
それと同じで、俺が手にしたカードも、杖や銃の様に、魔法を発動させる際に使用する媒体だった。
俺がゲームの頃の光景を真似て魔法を使ってみれば、生み出された炎の爆発が、狙い通りの場所で炸裂。
そのまま木々を炎の爆発が埋め尽くし、熱を伴った空気が周囲へ吹き荒れる。
熱の余波が原因で、爆発に巻き込まれなかった周辺の木々まで自然発火し、炎を上げて盛大に燃え始めた。
それはもう、ゴウゴウと大きな音をたてて、大炎上している。
炎上って言っても、ツイッターやブログじゃないぞ。
本物の火災だ。
「あっれー、おかしいなー?"ジオメトリー"の頃は、こんな高威力の魔法じゃなかったのに。それに自然発火もしなかったはず……」
俺としては、威力の低い炎魔法を撃ったつもりだ。
ゲームの時に出来たことを、ほんのちょっと試してみたつもり。
なのに、炎の爆発は俺の予想以上に大きく、庭の木を10本以上まとめて飲み込み、消し炭に変えてしまった。
さらに、その周囲が燃えてる。現在進行形で。
「ハ、ハワワワッ!ネロ様何やってるんですか!急いで水を、消火しないと大火事になっちゃいます!」
「あれっ、リズじゃないか。お前いつからそこにいたんだ?」
俺はこの時になって、隠れて俺の事をうかがっていたリズに気づいた。
だけど暢気な俺と違って、リズは焦っていた。
「こ、この大馬鹿!このままだと館まで燃え移りますよ!い、急いで皆に知らせて火を消さなきゃ、ハワワワワーッ」
お子ちゃまメイドリゼは、今にも卒倒しそうなほど慌てていた。
「確かに不味いな。このままだと、俺の理想のニートハウスが失われてしまう」
「そうです、大変です!って、"理想のニートハウス"ってなんですか!」
「……あ、いや、それはだなー」
俺はリゼから目を逸らして、あらぬ方向を見る。
俺はヒキニート生活を続けることを決めているが、そのことを堂々とメイドたちに言っていない。
そりゃそうだ。
前世でも、俺は自分から堂々と、「これから一生ヒキニートを続けていく!」なんて宣言して、ヒキニートになったわけじゃない。
この世界でも、俺はメイドたちにそんなセリフを堂々と宣言するつもりは、さすがになかった。
そんな宣言したら、またシズに氷点下の視線で睨まれてしまう。
あの目、怖いんだよ。桑原桑原。
「そ、それより火を消さないとなー」
「ハワワワッ、そうでした!」
よし、話題の転換に成功。
リゼが再び顔を青くして、慌て始めた。
とはいえ、魔法が使えることが分かった俺には、この程度の火災を鎮火するなど容易いことだ。
「水よ、いでよ。"アクア・スファア"」
カードを構えて水魔法を発動。
ゲームの頃は、球形の水が現れて敵を攻撃する魔法だったけど、ゲームの世界が現実となった今、俺が発動した魔法は、巨大な水の塊を空中に作り出した。
そして作り出した水の塊を、念力を込めて動かす。
念力って、どうやって使うんだ?
なんて冷静に思ったけど、手元のカードを動かすと、それに合わせて水の塊も動いた。
リモコンでラジコンを動かすように、あるいはドローンを操縦するような感覚で、俺はカードを操って、水の塊を燃えている木々の上へ移動させた。
パチンと指を弾けば、空中に浮かんでいた水の塊が弾け飛び、燃え上がっている木々へ降り注いだ。
「これで火は消せただろう」
「ふうっ、良かったです。さすがはネロ様、凄い魔法ですね」
「そうだろう。リゼ、俺に惚れるんじゃないぞ」
俺は完璧超人のネロ。
お子ちゃまメイドのリゼ、罪作りなイケメンの俺に惚れないでくれ。
フフフッ。
「でも、火事の原因を作ったのも、ネロ様の魔法でしたね」
「ウグッ」
そ、そういえばそうだった。
痛い所はつかないでくれ、リゼ。
「大火事にならずに済みましたけど、焼けてしまった林、誰が後片付けするんですか?」
「……」
俺の身長は180センチ越えの長身、対するリゼはお子ちゃまで、身長は俺の腰までしかない。
なんだけど、幼女メイドリゼに睨まれて、俺は狼狽えてしまった。
「それに理想のニートハウスでしたっけ?後でシズメイド長に報告しておかないといけませんね」
「ちょっと待った、シズには言わないでくれ!また、あの冷たい目で睨まれちまう!」
「ダメです。ネロ様は、シズメイド長にしっかり叱ってもらいますから。全くネロ様って、ろくなことをしでかさないんだから。それと燃えた場所の後片付けですけど、ちゃんとネロ様も手伝ってくださいね」
「えええっ、どうしてそうなる!」
「ネロ様がダメ人間だからです。御自分が原因で林を燃やしたんだから、自分で後始末するのは当然です!」
幼女相手だったけど、なぜか俺の母親みたいな勢いで、ガミガミと叱られてしまった。
いや、前世の俺の母はガミガミ怒るような人でなかったけど、見た目に反して、リゼはしっかりした母親をしていた。
俺、中身はとっくに30過ぎてるのに、この年になって子どもに叱られるなんて……
ゲームの頃にできていたことを試したら、なぜかこんなことになってしまった。
やっぱり、あれか?
俺がヒキニートらしからぬ熱意を持って、自宅の庭とは言え、外に出て動き回るから、天罰が下ってしまったのか?
「そんなわけありますか!」
その後館に戻ると、メイド長のシズから、物凄い剣幕で怒られてしまった。
……俺、君たちの主人なんだけど、なんで怒られなきゃならないんだ。
グスン。
ヤベエ。メンタル豆腐だから、怒られたせいで涙と鼻水が出てきた……