1 豆腐メンタル男とメイドさん
皆さんこんにちは、ネロです。
この度食事制限や運動をしなければ、脂肪吸引手術をするでなく、プロテインすら使うことなく、120キロの超肥満体デブから、細マッチョ体型に生まれ変わることが出来ました。
夢の力って素晴らしいー。
と、深夜なのに、いろいろハイになってた俺だけど……
コンコンと、ドアをノックする音がした。
「ネロ様、こんな夜遅くにどうしました?」
続いてガチャリとドアを開く音がする。
そうして現れたのは、藍色の髪と瞳をした、眼鏡美人の女性だ。
目つきがちょっと鋭くて、きつい印象を与えるけど、あの目で睨まれると、俺の体の奥底でゾゾっとした震えが起きてしまう。
俺の趣味的には、こういう見た目がちょっと怖い系のお姉さんって、ドストライクなんだよなー。
あと、胸のサイズはコンパクトながらも、体とのバランスがとても取れた大きさだ。
うははー。
なお、そんな女性だけど、メイド服を着ている。
ちょっと見た目が怖い系お姉さんメイドさんだ。
「おおっ、もしかしてお前はシズか!」
そして俺は彼女の事を知っている。
彼女も俺がプレーしていたオンラインゲーム"ジオメトリー"に登場していたキャラで、名前をシズと言った。
"ジオメトリー"ではプレーヤーや、プレーヤーに所属しているNPCキャラの外見やボイスを自由に作ることができ、今の俺の体であるネロはもちろん、目の前にいるシズも、俺が手ずから作り上げたNPCキャラの1人だった。
そんなゲームの世界の登場人物であるシズだけど、
「……」
扉を開いた後は、無言だった。
「あれ?お前シズだよな?」
ここは夢の中だから、もしかして姿が同じだけの別人さんなんてパターンじゃないよな?
なんてことを思って、俺は尋ねてしまう。
しばしシズは無言でいた後、視線が下へ向かい、それからぽつりと呟いた。
「ド変態」
「……あっ!」
しまった!
自分の息子を直接見ることが出来てはしゃぎまくった俺だけど、そのせいで未だにパンツをずらしたままでいた。
そんな恰好でハイになって叫びまくり、飛び跳ねていた。
「イ、イヤ、違う。これは誤解だ!決してやましい何かがあるわけでなく……」
い、いかんぞ。
ここが夢の中とはいえ、イケメン男になったこの俺が、あろうことに息子を露出させたまま叫びまくっていたなんて状況、あっていいわけがない。
そんな姿を見られてしまっては、またしても俺はいじめに遭ってしまう。
お、お願いです。
『あの変態野郎、今度はチ〇コ出しながら、キチガイに叫んでた』
なんて、女子たちが集まって陰口叩くのはやめてください。
学生時代に粉砕されてしまった俺のハートが、また立ち直ることが出来ないほど粉々にされてしまう。
「何が、違うですか?まったく、ネロ様って昔からこういうところがあるので仕方ないですが……いつまでも突っ立ってないで、さっさとパンツとズボンを上げてください」
シズにきつい目で睨まれてしまう俺。
ど、どうしてこんな目に遭うんだ!
そう思うものの、シズの指摘は至極もっともだったので、俺は大慌てで、パンツとズボンを引っ張り上げる。
「わ、悪い。こんな変なことをするつもりじゃ、のわっ!?」
俺はいじめられないようにと謝りながら、急いでパンツとズボンを吊り上げようとした。
だけど、今までの超肥満体とは全く違うネロのボディーになってしまった俺。
慣れない体になってしまったせいで、バランスが取れず、こけてしまった。
こけちまった!
そのままシズの方に、派手にぶっ倒れてしまう。
「きゃっ!」
「のわっ!?」
きつい目つきをしていても、それでもシズは女性。見た目に反して女の子らしい可愛らしい悲鳴を上げる。
俺はシズを地面に押し倒してしまい、その上に覆いかぶさるように倒れてしまった。
ふにっ。
おお、倒れた拍子に、シズの胸に顔が激突してしまった。
な、なんかとってもいい匂いがする。
女の子って、こんな香りがするんだ。
スーハースーハー。
あと、頬に感じる柔らかさがたまらん。
本物の女の子って、こんなに素敵なんだ。
現実では童貞拗らせてる俺にとって、シズを押し倒した際に感じた感触に、思わずドギマギしてしまう。
うはー、いいなー。これが女の子かー。
……でも、この後「デブ、あんた何してくれるの?私を押し倒すとか、警察に捕まる覚悟はできてるんでしょうね」なんて言われないだろうか?
俺、女の子をリアルで押し倒したことなんて、子供の頃でもなかった。けれど、そんな風に言われたらイヤだ。
俺の豆腐メンタルでは、そんなこと言われたら、立ち直れない……
「クッ、やっぱりド変態ですね、ネロ様は」
案の定、俺が押し倒してしまったシズから、そんなことを言われた。
「ヒィッ、す、すまない。これは事故で、悪気があったわけじゃあ……」
ラッギースケベだったけど、俺はそのことを冷静に考えていることは出来なかった。
シズにこのまま見捨てられたら、俺は立ち直れなくなってしまう。
慌てて立ち上がり、すぐにシズから距離を取る。
そして部屋の片隅で、生まれたての小鹿のようにプルプル震え、俺は情けない姿となって縮こまるのだった。
だって、メンタル豆腐なんだよ。
ここでイケメンよろしく、「大丈夫?」なんて言いながら、シズに手を差し伸べるなんて芸当はできない。
「……ネロ様、何をしてるのですか?」
「いや、だって、ごめんなさい。だからいじめないで……」
「いじめ?何言ってるんですか?」
いじめで引きこもりになった俺のメンタルでは、シズから罵倒されるか、蔑まれてしまうのだと思っていた。
だけど、そんな俺に対して、立ち上がったシズは不思議そうな顔をしていた。
「何を言っているのか分かりませんが、私は怒ってないですよ。それはまあ、驚きはしましたが」
「ほ、本当に怒ってない?い、いじめたりしないよな?」
「いじめって、そんなことするわけないでしょう。ネロ様、いつも以上に変ですよ?何か悪い物でも食べました?」
「い、いや、そんなことはないぞ」
オ、オーケー。
とりあえず、シズが俺をいじめる展開はなしだな。
ふ、ふうー、よかったー。
豆腐メンタルな俺は、冷や汗かきまくって怯えていたけど、イジメられる展開にならないと分かって安心した。
そうだよな、ここは夢なんだ。
だから、いじめられることもないはずだ……。
突然、悪夢に変わらない限り。
「ところでネロ様、随分汗をかいてるようですが、お風呂に入り直されたらいかがですか?このままでは寝苦しいでしょう」
「え、ああ、うん。でも、今から風呂に入ってもいいのかな?」
「……やましいことをお考えでなければ、よろしいのでないですか?」
ノウッ!
シズさん、さっき怒ってないって言ったけど、押し倒したことをまだ怒ってるじゃないですかー!
俺はまたしてもびくつき、全身から冷や汗が出てくる。
「と、とりあえず今日はこのまま寝ます」
「そうですか。夜中ですので、さっきの様に叫んだりしないでくださいね。部屋の外まで聞こえてましたから」
「あ、はい、申し訳ないです」
……さっきの叫び声が、部屋の外まで聞こえてたのかよ!
ああ、夢の中とはいえ、あんな狂態が誰かに知られていたとは、かなり恥ずかしい。
その後シズがが出ていって、俺は部屋に1人になった。
ゲームの世界にいる俺としては、このままネロの部屋をしげしげと観察してみたい。
でも、シズを怒らせてしまい、俺は物凄く疲れてしまった。
それに、
「夢だけど、まともに家族以外の誰かと話すなんていつぶりだろう。滅茶苦茶疲れたー」
ネットでチャットをしたりして、一応他人との接触が皆無というわけではないけど、直接誰かと話したり、触れ合うのは10数年ぶりの事だった。
そんなわけで、俺のメンタルは既に空っぽ。
対人スキルが0だから仕方ない。
物凄い気怠さを覚え、俺はそのまま部屋にあったベッドにぶっ倒れるように倒れて、そのまま眠り込んだ。
夢だというのに、こんなに疲れてしまうとは一体どうしてだ!
とはいえ、物凄く気疲れしたので、俺はさっさと意識を手放して、深い眠りへ落ちていった。
所詮俺のメンタルなんて、こんなもんだよ。