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プロローグ

「ヘプシッ。ううっ、まだ9月になったばかりとは言え、さすがにタオルケット1枚で寝るのはきつかったか」


 夜中に寒さのせいでくしゃみをしてしまった俺。

 このままベッドで眠っていたかったけど、寒さに勝てなくて、寝る前に全開にしていた窓を閉めようとベッドから起き上った。


「……おかしい?」

 そこで違和感に気づく。いつもの俺ならば、絶対にあり得ないことだった。


 俺のボディーはぽっちゃり系おデブ。

 より正確に言うなら、体重120キロ超えの肥満体。

 子供の頃にクラスメートからつけられたあだ名は、"キモオタブデ"だった。


 ……もう10年以上前の話とはいえ、そんなあだ名をつけられていた。


 しかも現在では子供の頃よりさらに太って、巨大な脂肪でできた腹のせいで、下を見ればデカすぎる腹が視界を遮り、地面を直接見ることが出来ないほど。

 当然、男の子の象徴たる"息子君"なんて、小学生の時に見て以来、直接この目で見ることがなかった。

 腹がデカすぎて、見えないんだよ!


 自分の体の一部であるのに、自分の背中を自分で直接見ることが出来ないように、俺の息子も直接見ることが出来なくなってしまった。

 見えるとしたら、鏡越しでだな。


 そんな肥満ボディーなので、俺は簡単にベッドから起き上るなんてできない。

 いつも芋虫みたいに無様にのたうち回り、起き上るだけ、ヒーヒーフーフーと荒い息を吐かなければならなかった。

 デブで、その上体力がないから、仕方ないのだ。


 そんな俺なのに、特に苦労することなく、一発で起き上ることが出来た。


「おかしい、おかしすぎる!?」

 自分の体なのに、あまりに軽すぎる。


 俺は疑問に思って、ベッドから起き上った体を見た。


 暗くて、何も見えねぇー。



「明かり、明かり、スイッチは確かこの辺にー」

 仕方がないのでベッドを抜け出して、スイッチがある辺りへ進んでいく。


 ……のだけど、やっぱりおかしすぎる。


 現在、俺は30歳とそこそこの年齢。

 子供の頃にいじめの対象になってしまい、引きこもりを発症。

 その後10年以上に渡って家から出ない生活を続けてきたため、30歳を超えた今では、誰もが認める"現代日本の魔法使い"にジョブチェンジを果たしていた。


 このままだと10年経たずに40歳を迎え、日本を滅ぼす"破滅の魔法使い"へ至るだろう。


 グスン。

 俺だって、好きで童貞魔法使いになったわけじゃないぞー。



 それはともかく。

 デブすぎるせいで、俺はこの年にして、膝に関節痛を抱えている。

 立てば膝がギシギシ痛み、部屋の中を歩くだけで苦労させられる。


 あと体が重くて、体力が全くないため、ちょっと動くだけで鼻息が荒くなった。

 汗だって、勝手に体中から流れ出す。


 なのに、それが全然ない!


 スクッと立ち上がれただけでなく、関節痛もなければ、汗をかくことなく、子供の頃から慣れ親しんできた腹の脂肪の気配すら全くない。



「あ、明かりー!」

 なんか俺、ヤバい状態になってない?


 自分の体が、まるで自分のものでないようで、俺はちょっと危機感を抱いてしまった。


 そりゃもちろん、脂肪がなくて、関節痛もないのがいいに決まっている。


 だけど今の俺は、まるで別の人間の体を使っているかのような違和感があった。

 これ、ホラーだよ!


「明かりー!」

 なんて連呼してたら、突然部屋の中が明るくなった。


「……ど、どうして明かりがついた!?」

 スイッチも押してないのに、明かりがつきやがったぞ。


「……どこ、ここ?」

 そして明るくなった部屋の中を見てみれば、そこは俺の知っている六畳一間にデスクトップパソコンとベッド、あとは本棚が置かれている部屋とは全く別物の部屋だった。


 まず部屋の広さだけど、明らかに俺の部屋より広い。

 倍どころじゃない、3倍以上の広さがあるんだけど!?


「ファッ!」

 あまりの驚きで、それしか口から出てこない。



 そして呆然としながら部屋の中を見まわしてたら、全身が映る大きな鏡が目に留まった


「これ、本当に鏡だよな?」

 鏡であるのは間違いない。


 鏡の向こうでは、俺がいるのと全く同じ部屋の光景が映っている。


 ただし鏡の中に映っている人間だけど、そいつは黒髪に太陽の光を全然浴びてないだろう、病人みたいに白い肌をしていた。

 うん、そこまでは別にいいんだ。

 俺の特徴と大差ないから。


 ただ、腹に脂肪がない。

 全くついてない。全然ない。


 ここ超大事なので、何度でも言うぞ。

「デブじゃねえ!」


 デブじゃ無いどころか、寝間着から覗く腕には筋肉がついていた。

 体はデブとは無縁で、均整がとれ、筋肉で引き締まった体付き。

 全体的にシャープで、ぽっちゃりデブとは無縁な完璧ボディーをしていた。


 こういうのを細マッチョというのか?

 おまけに、背も高い!


 グ、グヌヌッ。

 デブ以外の人間なんて、滅びちまえ。

 ぜ、全然羨ましくないんだからな!


 俺の正直な意見だ。


 そして鏡に映っている人間の続きだけど、そいつは男で、目の色は……左目が銀色で、右目は赤色をしていた。

 "オッドアイ"、"ヘテロクロミア"、"邪眼"、まさか呪われた目なのか!


 あと、滅茶苦茶美形野郎だった。


 う、羨ましかー!

 俺もこんな姿だったら、デブのキモオタ扱いされずに済んだものをー!

 いじめとは無縁どころか、絶対にこいつは女からモテる奴だ。

 これだったら同性からだって、殴られたり、金をせびられることもないんだろうなー。


 明らかに強そうな奴に対して、いじめをしようなんて馬鹿はいない。


 さすがに、両目の色が違うのはアレだけど、その点は実に中二病を刺激してやまないので、俺的には羨ましさの対象になってしまう。



「グ、グヌヌッ、この男はなんて奴だ。俺とは全く縁のない、リア充世界を謳歌しまくってる野郎だ。クッ、もげちまえ。もげて、子どもを作れない体になっちまえー」

 俺とは違いすぎるハイスペック野郎が鏡に映っているのを見て、俺はガチで恨みの籠った怨念を呟いた。


 童貞魔術師のどす黒い呪いを、舐めるなよー!


 まあ、俺がそんなどす黒い怨念を呟いたからって、リア充野郎には全く効果なんてないだろうけど……。

 むしろ、俺の怨念が聞こえて、逆に俺を脅してこないだろうな?


「ひ、ひええっ、ごめんなさい。お願いだから、いじめないで、打たないでー」

 俺、超脆弱人間なので、さっきまでの怨念も一瞬で蒸発。大慌てで腕を前に突き出して、顔を庇った。

 許してください、お願いします、何でもしますからと超低姿勢になった。


 10年以上家族以外の人間と接していない人間を舐めたらいかんよ。


 俺の対人スキルなんて、学生時代にいじめられてヘコヘコしまくってたところで終わってるんだから。


「……」

 だったけど、鏡に映っている野郎は、いつまでたっても何もしてこない。


 というかさ、俺が恐る恐る目を開けて再び鏡を見ると、そこでは見た目だけイケメン野郎が、滅茶苦茶怯えた表情で鏡を見ていた。


「……右手上げてー、次は左手をー」

 俺はちょっとどころでない混乱をしながらも、そんなことを言って鏡に向かって指示を出す。

 それに合わせて、俺も右手を上げて、左手を上げてみる。


 俺がしているのと全く同じ動作を、鏡に映っている野郎もしていた。


「OK、全てを理解した。これは夢だ!」

 どうも、俺は鏡に映っている、リア充確実野郎になってしまったようだ。

 肥満体の俺とは、全く縁もゆかりもない男の体になってしまうなど、夢以外にあり得ない。


「なーんだ夢か。そっか、そうなのかー」

 夢と分かってしまえば、先ほどまで感じていた混乱が、頭の中から一気に飛んでいった。


「というかよく見れば、これって俺がオンゲで使ってる"ネロ"の奴だな」

 冷静になってみれば、鏡に映っている今の俺は、引きこもりの俺がまだα版のテストプレーの時代から、10年以上に渡ってプレーし続けているオンゲの使用キャラと、瓜二つなのに気づいた。


 現実のデブの俺と違い、オンゲの世界では、理想の自分の姿を。

 俺がプレーしているゲームでは、キャラクターの外見やボイスを自由自在にカスタマイズして作ることが出来た。

 そんな引きこもりの悲しい願望を乗せて作られたキャラが、ネロだ。

 見た目リア充男が、自分のよく知っているキャラだと分かって、俺はかなり安堵した。

 そして間違いなく、ここが夢の中だと確信した。



 仮にそうでないとしたら、『ゲームしてたら、なぜかゲームキャラの姿で異世界転移してしまった』なんていう、ネット小説のパターンくらいだろう。


「でも、昨日はゲームで寝落ちしたわけじゃないから、そのパターンはないよな。ハッハッハッ」

 夢だと分かれば、もう何も怖くない。

 この時の俺は、どこまでも暢気にそう思っていた。


「……」

 ただ、一つだけ思うことがある。


「あの無駄な贅肉で膨れあがった腹がないということは、もしかして俺は10数年ぶりに自分の息子を直接目で見ることが出来るのか?フフフ、息子よ、久しぶりだな」


 俺はほんの出来心から、小学生以来2度と直接目にできなくなった、股間にある息子を眺めてみることにした。

 寝間着とパンツをずらして、立派な息子様を見物する。


「スゲェー、オチン〇ンだ。オ〇ンチンだー!」

 常人には決して理解されないだろう。

 だけどな、超肥満体のデブにとって、自分の息子を拝むことが出来るのは、奇跡に等しい出来事なんだよ。


 ここが夢の中だと分かっていながらも、俺は10数年ぶりに息子の姿を眺めることが出来て、ハイな気分になり、飛び跳ねまくって喜んだ。


「うおおおー、なんじゃこりゃー!跳び跳ねても関節が痛くねぇ!っていうか、俺のデブボディーだとジャンプすらできなかったのに、飛び跳ねまくれてるぞー!うおおおーっ!」

 何この体。

 ゲームのネロの体は、リアルの俺と違って、超優秀な体をしていた。

 いや、超肥満体でなければ、30代で関節痛を抱えてないだろうし、ジャンプだって簡単にできるだろう。

 そんな当たり前のことが出来ただけで、俺はネロの体でいることが、嬉しくなってしまった。


「ああ、夢であるならば、どうかこのまま覚めないでくれ」

 超肥満体でない人間ならば、普通にできてしまう当然の事。

 そんな当然の事ができただけで、俺はガチで願った。


 この体を体験してしまえば、もう2度とデブなんてやってられない。

 まあ、目が覚めたらどうせいつもの部屋で、見苦しいデブの自分に戻っているだろう。


 そう思うと、本当にこのまま夢が覚めないでほしい。

 ――いつまでも、永遠に。


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