へんぜるとぐれーてる
ある日、私とお兄様は、暗い森の中に置き去りにされた。
お兄様は、まるでそれを予想していたかのように周到な準備をしていて、あっさりと家に連れ帰ってくれたのだけれど。
あの時、泣く私を大丈夫だよと慰めてふ、そして月明かりに白く浮かび上がる丸石を指差して見せたお兄様は、物語に出てくる魔法使いのように見えた。
それからーー帰った私達を、泣きながら抱き締めた両親は、またあっさりと私達を捨てた。
……いや、その時はそんな風には考えなかった。
けれど、私達が帰る度に泣きながら抱き締めて、しかし徐々に疲れたような表情を見せるようになった両親は、きっと最初から私達が邪魔だったのだろうと、今では思う。
そうして、五度ほどの置き去り事件を経て、私ですらうっすらとそのことを察し始めた頃に、お兄様が言った。
「今回は、少し冒険をしてみないかい?」
と。
なんでも、この森の中にはお兄様の秘密基地があるのだという。
これが、もしも捨てられる前なら……最愛のお兄様と同じくらいに両親を愛していた私なら、きっと頷きはしなかっただろう。
……ううん、違う。
例え、捨てられたことに気付いていたって、本当なら私は絶対に頷きはしなかった。
けれど、お兄様の泣きそうな、そしてどこか諦めの混じったような表情を見れば、断ることなんて出来なかった。
だから、うん、と。
涙混じりの声で頷いた私に、お兄様は少し驚いたような顔をして、それから小さく微笑んで、私をぎゅっと抱き締めた。
有り難う、僕の可愛いお姫様なんて言いながら。
ちゅ、と。
湿った感触を頬に感じて、目を覚ます。
ぼんやりとした視界に、青空のように澄んだ瞳が映る。
お兄様、と。
そう口にしようとした言葉は、柔らかな感触で閉じ込められた 。
あれから--
両親との決別を決意した夜から、一年が経った。
あのあと、お兄様は迷いのない足取りで、私を一軒の小屋へと案内し、ようこそ、僕の秘密基地へ、なんて言って笑ってみせた。
多少古ぼけてはいたものの、よく手入れされているその小屋を、お兄様がいつ見つけたのかはわからない。
ただ、なんとなくそれを尋ねる気にはなれなかった。
きっと、聞いてもお兄様は教えてくれない。
ただ、私は何にも知らないままに甘やかされて、幸せに幸せに暮らすのだろう。
朝はキスで目を覚まし、出かけるお兄様を笑顔で見送って、一つのベッドで眠りに着く。
何も変わらない、変化しない、それだけの日々。
ある日、寝る間際に聞こえてしまった囁きに耳を塞ぎ、何も知らないふりをして。
僕の可愛いお姫様
やっと二人きりになれたね。
なんて、そんな台詞は、きっと聞き間違いに違いないのだから。
めでたしめでたし。
むしゃくしやしてやった後悔なにそれくえるの?