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黎明のあやとりうた  作者: 緋水月人
3/7

間章


 任務の報告は義務である。それは最初にたたき込まれたこと。

 そして自分が行うのも初めてではない。報告対象が皇なのも。それにも関わらず、頼はこれまでにない緊張を強いられていた。

「――以上です」

 切れ長の目が冷徹に青年を見据えた。


「――で? 少佐はなんて?」

 場所は変わって軍部内食堂。疲労に満ちた表情の頼と佑の周りには馴染みの三人。亘の言葉に顔を伏せたままで頼が答えた。

「結局、僕はどう思ったのかって聞かれたよ」


『佐伯の娘に会うとは思わなかったがな。ほんの数刻とはいえ淡紅を見て何を思った、何を考えた』

『……なぜ、否定を受け入れられるのかと。それしか知らないとは言え、己に向けられる否定を許容できる理由がわかりません。護国の巫女だからとはいえ』

『……けっきょくそこか』

 小さな声はしっかりとは聞き取れなかった。それでも自分が何か失敗したことだけは感じ、戸惑いの視線を向けてしまう。

 当然ながら黙殺されたけれども。

 頼の視線を黙殺した皇は視線をわずかにずらして佑を見た。

『鷹司准尉。貴様は何か思ったか』

『……申し訳ありません。うまく、言葉になりません。なぜ否定を受け入れられるのかという疑問はもちろんありますし、佐伯殿の言葉に何も思わないわけでもありませんが』

 ――何もわかっていないのにわかったと思いこんで

 ――それを役職で片づけて、向こう側にあるものにすら気づいていない

 ちがう、と言いたかった。

 けれども喉で引っかかった。言葉にできない何かがある。

 自分は、藤原淡紅という少女の何を見落としているのだろう。

『……落第と結論つけるのも早いか』

 再度の呟きも明確には耳に届かなかった。

 ただ、あるまじきあいまいな解答が許容してもらえたことは感じられた。

 退室を許された二人は待っていた亘たちに捕まり、食堂につれてこられたわけである。


 何かを計られていることはわかる。しかしながら何を、何のために計ろうとしているのかが全くわからない。

 護国の巫女に関係していることぐらいはさすがに予想できるが。

「なんていうか、圧倒的に情報が少なすぎるよな」

「そうだね。不敬を承知で言うけどさ、明かされていない情報を多すぎる気がするよ。姫の護衛という任務さえわかっていればいいのかもしれないけどさ」

「……情報を明かしていないという点については、巫女殿も似たようなものと思うが」

 頬杖ついた怠惰な姿勢で閃が口を挟む。

「寡黙さが気質かどうかは知らないし、これまで口にした言葉に嘘もないだろう。だが、話していないことが多すぎる。何かしらの事情があるとしても、信用はできないな」

「……いや、元々お前は人を信用しないだろうが」

「その私があえて口にするほどだと考えればいい。まあ、信用なんぞしなくとも任務に問題はないが」

 それなりに立場のある人間から裏側の人間まで。顔見知りの種類が多種多様な閃。多くの人間は、彼が広く浅く人と関わっていると思っている。

 実際はもっと冷えた人間観を持っていると、気づいている人間はそう多くない。亘、彪、頼、佑の四人はわかっていて交流を持っている側の人間だ。おそらく皇も気づいてはいるだろう。

 その在り方について何かを言うつもりなど彼らにもない。

「表面上も距離をおいているのはそのせい? ……正直、いつものように近い距離を作られても困るけど」

「私にもその程度の分別はある。恐れ多くも宮と繋がりがあり、その宮の覚えめでたい少佐に寵愛を受けているお嬢さんだぞ。――私も己がかわいい」

「分別あったのか、お前」

「いつだって相手は選んでいるつもりだが?」

 彪の嫌味を軽く流す。事実、「悪い事態」になったことはないので、それ以上の追求もない。

 むしろ彪は頼たちに意識を向ける。

「だいたいお前たちもなんでそんなに思い悩む必要がある。護国の巫女にどんな事情があろうと、俺たちの任務は変わらない――違うか?」

「――」

「護国の巫女が役目を果たすのに差し支えないようにする。それが俺たちの任務だ。それさえわかっていればいいんじゃないのか?」

「それ、は、そうかもしれないけど」

「――いや、なんか違わないか?」

 迷い深い声で佑が遮る。視線は当然ながら彼に集まる。

 当の本人は目を閉じ、こめかみを揉みながら言葉を探す。

「姫さんが護国の巫女なのは事実だ。疑うとか、議論するのもばかばかしいくらいに。だけど、その、なんだ? 頼が会ったお嬢さんや少佐が言いたいのって、そうじゃないんじゃないか?」

「そう、って……どういうこと?」

「そこがうまくまどまらないんだよな。なんていうかな……話し始める場所が違うんだよ。姫さんは確かにごこく――」

「――加々(かがみ)

 努めて淡泊な亘の声音。しかしそれが合図となって全員が意識を切り替えた。

 視線だけで周囲の様子を探る。それなりに広い食堂。良くも悪くも有名な彼らの近くに座る胆力のあるものは多くない。しかし興味は持たれる。二十日ほど前に東宮の覚えめでたい天地少佐の下で特別作戦班を結成したからなおさに。それゆえに聞き耳をたてる者はいることが前提となる。

 護国の巫女は機密情報だ。不用意に広まっていい話ではない。

 小さな声で話していたとはいえ誰かに聞かれていてはまずい。彪、閃、頼、佑の四人は視線だけで周囲を探る。

 その間に、亘は近づいてきた知己の相手をする。

「久しぶりだな、近衛少尉。――少尉への昇格おめでとう。九条少尉も」

「ああ」

 加々美と呼ばれたのは五人と同期にあたる青年だ。

 加々美斎(いつき)――訓練生時代において座学は五指に入る成績を修め、それ以外の科目も優秀であった青年。亘たち五人と同室であり、行動をともにすることも多かった。

 五人と組んでもなお腐らず優秀な成績を修めた、ある意味で傑物といえる人間である。

「僕から見ても、聞き耳を立てているような人間はいなかったよ。――まあ、気にするならば食堂(こんなところ)で話すなということにもなるけど」

「気をつけるよ。――加々美は……何かあった?」

 着席すると同時に手を組んで額を押しつけた同期。珍しいほど分かりやすく落ち込んでいる。

 先述の通り、加々美は五人と行動をともにしていた。およそ欠点と呼べるものはなく、どれも優秀な成績を修めている。

 だがしかし、最優秀ではない。

 どの科目も、一長一短のある五人が、それぞれの得意分野で最優秀の成績――すなわち主席をを修めてしまうことが多かった。

 当然ながら劣等感は刺激された。それでも加々美は卑屈にならず、すべての分野での努力をやめなかった。突出したものがない代わりに低いものも作らない。そんなことができてしまった加々美が本気で落ち込む姿など、そうそうお目にかかれない。

 最後に見たのは確か、訓練生時代に何かの余興で芝居を行う羽目になり、美人姉妹の役を満場一致で押しつけられたときだっただろうか。

 ちなみに姉妹の片割れを演じたのは彪だったりする。しかも二人そろって終わった後に大暴れしたのだが、今は関係ない話である。

「……加々美?」

「……先ほど、天地少佐に呼ばれた。明日付けで僕も少尉に昇格するらしい」

「えーと、それは喜ばしいことだよね?」

「そうだね。荊木大尉の副官っていう立場でさえなかったら」

「――」

 沈黙が落ちた。

 亘と彪が目を見開き、頼が唖然として佑が口の端をひきつらせる。閃も斎を凝視していた。

「……それは、また、なんというか……」

「何も言わないでくれるか、九条。惨めになる」

「……」

「お前はむしろ何か言え一条。そして僕に殴られろ」

「無茶を言ってるって分かっているよな?」

「なんつーか……ご愁傷様?」

「よし分かった歯を食いしばれ鷹司」

「理不尽!」

 真面目な性質のために彪との相性がいい斎は、当然と言うべきか閃との相性が微妙である。

 連帯責任で罰掃除を命じられたことも少なくないからなおさらに。亘、頼、佑がいなければ、彪と斎、閃の三人がここまで交流することもなかっただろう。

「その、昇進の他に何か言われた?」

「……言うならば、いきなりの最終通告だな」


『いい加減あれの書類不備には怒りを通り越していてな。加々美少尉、私が許す。命を奪う以外のどのような手段を用いても構わん、書類を提出させろ。心の臓と手と目が動いていればなんとかなるか』


 別に、本当に実力行使をしろという訳ではない。そんなことは規律的にも実力的にも不可能だ。

 だがしかし、瀬戸際の手を使ってでも書類を提出させろとは言われている。相手は曰く付きの軍人だと言うのに。

 話題になっている荊木大尉という軍人は、武勇伝とは言いにくいうわさばかり回る、規格外の軍人である。

 年はおそらく二十七、八。背丈は六尺(約180cm)を超える長身。格闘術に関しては右に出る者がなく、熊を素手で倒しただの五十人の暴漢を一人で叩きのめしただの言われている。でたらめとも言い切れないその話の真偽を確かめられたものはおらず、いつしかついた異名は「鬼神」。

 比類なき強さに憧れる者が多い反面、豪放磊落では収まらない気性ゆえ、上官になってほしくない軍人としても名高い男である。

 上官にあたる皇との不仲説も有名であり、その原因の一つに荊木が書類仕事をしないことがあげられるというのもまた、まことしやかなうわさだった。

 確かに書類に不備ばかりあるのはまずい。問題外の出来事である。だがしかし、だからといって下っ端の軍人をいきなり副官にするだろうか。いったい何を考えての人事なのか。

「少佐のことだから、何かしら裏があると思うけど……」

「どんな裏や目算があっても納得できないよ」

 頼の言葉を遮った斎の頭は完全に机についている。相当に沈んでいるらしい。

 自分たちでも同じような状況になっただろうが。

 無言で視線を交わす。本当に言葉が見つからない。

 やがて深いため息とともに亘が口を開いた。

「武運を祈るよ」

「それは見放したって言うんだよ」

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