超短編ホラー8「ずれ」
ゴーン、ゴーンと鐘が鳴る。
「あっ、もうお昼ですね」
俺は先輩の須藤さんにそう告げた。
「そうみたいだな」
何故か先輩は自分の腕時計を確認した。
「いや、一分ずれてるな」
「本当ですか?」
「ほら」
先輩の腕時計はまだ十二時の一分前を示している。
「本当だ、ずれてますね」
俺が警備員として勤めている場所は自分の出身である街の市役所。
この市役所は俺が生まれる前からずっと同じ場所にあるのだが、最近の不景気や高齢化による経済の停滞などの煽りを受け、改修工事の話が出てはいるものの停滞しているとニュースでやっていた。
そんな貧乏な市役所とはいえ、役所は役所。他のバイトより賃金は良いと、この春から働いていた。
「建物古いからですかね?」
そう言った俺の言葉に先輩は首を横に振りながら、
「いや」
心なしかいつもより低い声でこう続けた。
「この時期にはいつも一分遅くなるんだ」
「そうなんですか?」
俺の問いに先輩はああと短く答え、
「ちょっと見て来てくれないか?」
そう俺に命じる。
「けど、ここはいいんですか?」
俺は今警備している収容数100台程の駐車場の地面を指しながら聞く。
「いいよ、部長に応援頼むから。行って来て」
と言いながら通信機を取り出し、
「大時計がずれたので、応援頼めますか」
部長に連絡していたようだ。はいと数回返事をして、
「屋上に続く階段、分かるよな?」
「はい」
屋上には数回、設備点検と清掃を兼ねて行っていたので覚えている。
「その階段の前に部長が居るから、引継ぎしてくれ」
「了解です」
俺はそそくさと駐車場から建物内に入る。中は日光の強い外とは違い、クーラーが効いていて涼しかった。
ちょうどお昼だからなのか利用者の数はまばらだった。
早歩きで階段の前に行くと、警備服を着た恰幅のいい男性がこちらに向かって手招きをしている。
「部長」
部長は軽く頷き、
「話は須藤に聞いているよ、ほら」
鍵を手渡された。
「では、引継ぎお願いします」
「はい、了解しました」
敬礼をして俺は階段の方に、部長は正面玄関に進んだ。
ここは三階建てで、一階二階は市民の窓口、三階は会議室などの市議会関係がある。
今三階は会議も無くほぼ無人なので、俺の階段を昇る音だけが響いていた。
三階まで昇り終え上に繋がる階段を上がり、扉の鍵を開け屋上に出る。
「暑……」
クーラーの恩恵が無くなり、夏の暑い空気が体を包む。屋上は日影になる様な場所も無く、床の白が太陽を反射しますます辛い。
(すぐ直して戻ろう)
正面玄関のちょうど真上にある正方形の部屋、そこが大時計室だった。
(えっと、これか?)
眼下の駐車場から隠すように備えられた扉を開ける、仲から冷たい空気が凍みだしてきた。
その冷たさは今が夏だというのを忘れさせる程、寒かった。
たぶん、基本的に開けないからだろうと思い至る。
右肩に付けた通信機のボタンを押しながら、
「今着きました」
ボタンを離し数秒待つ、
「了解。扉の裏の方にボタンがあるからそれで調整してくれ」
須藤さんの声がする。
「はい」
中に足を踏み入れた。
「え!」
ギョッとした。
部屋の中には男性が居た。その男性はこちらに背を向け、壁に手をつき俯いていた。
その背中は具合が悪そうに見え、
「大丈夫ですか!?」
そう尋ねたが返事はない。
彼の姿は、白いシャツにスラックスだった。たぶん職員だろ。
彼の肩に触れようと手を伸ばす。
「どうした? まだなのか?」
通信機から声がした、部長のようだ。
「いえ、男性が」
具合が悪そうで。
そう言おうとした俺の言葉を遮る様に、
「いいから、早く直して戻ってくるんだ」
いつもの部長からは想像できない強い口調だった。
「……分かりました」
男性の事は気になったが、とりあえず作業を先にした。
時計の操作盤は思ったよりも簡単そうで、パッと見ただけでも操作出来た。
「一分進める、っと」
瞬間、ブチッと何かが引きちぎれる音がし、ゴトッと何かが落ちた。
その音は俺の真後ろ。
男性が居た辺りから。
聞こえた。
恐る恐る後ろを振り向く。
男性の足元に何かが転がっているが、暗くてよく見えない。
そうしてはいけないと何かが告げていたが、それよりも確認したいという好奇心が勝り腰に付けたライトを外し、スイッチを入れる。
「ヒッ」
ライトを落とした。
しかしそんな事に構ってはいられなかった、俺は扉を荒く開きその場を離れた。
その場に居たくなかった。
男の足元には、頭が、首から落ちたような人の頭があった。
※
「部長」
「うん?」
須藤が声をかけてくる。
「彼、大丈夫ですかね」
「さあな」
腕時計と大時計の時刻が一致した。
「終わったな」
須藤も見ていた時計から目を離し、
「はい」
そう言った。
三十年ほど前、私がここに務め始めた時に先輩から聞かされた話がある、
「この市役所の大時計が出来た時にある事故があったな。その事故ってのは、あの大時計がまだ機械式になる前の事だったんだが、昼の十二時に時計が止まったそうだ。それを直そうとした職員が覗き窓から顔を出した。その瞬間、彼の首は針に挟まれ地面まで真っ直ぐ落ちた」
その話を聞いたあの時の寒さは、今でも思い出せる。
「今ほど道路や色んな技術が無かった当時は、彼の頭と体をどうにかしようとしたそうだが、何しろ夏だったもので時間が経つとどんどん腐り、家族のもとに着くころには彼の顔はふた目と見れたものではなかったそうだ」
その話を聞いたのは、俺が時計室で亡くなった彼を見た夜の事だった。
「それ以来この時期になると、十二時になる一分前に時計がずれるようになった。そして、それを直すのは新人の仕事になったって訳だ」
「なぜ新人に?」
「試験みたいなもんだよ。これで辞めるなら無理強いはしないし、続ける気があるならそれもまた良し、ってな」
そんな過去を思い出していると、
「彼は大丈夫なんじゃないですかね?」
須藤がそう言った。
「さっきは心配してたじゃないか」
だって、と須藤は玄関を指差す。
新人が走りながら、こちらに向かって来ていた。
「確かに大丈夫だな」
駄目だった奴は、ここには来る事は無い。上で気絶してるか、勝手に帰ってしまう。
「今日は付き合えよ」
「もちろんです、部長」
新人の、本当の意味での歓迎会をしよう。
先輩が私にそうしてくれたように。
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