出会い
シモナに着いたのは予定より大幅に遅れてのことだった。突然の大雨によりシモナに向かう途中の橋で足止めされてしまったのだ。
「ふぅ〜やっと着いた。まさかあんなタイミングで大雨が降るなんて思わなかったわい」
「予想外の事態、お疲れ様です。おじさんはこの後ギルドに向かうだけですよね?僕は先に宿を探したいんですけどいいですか?」
「おお、もう大丈夫だよ。坊主がいてくれて助かったよ」
「いえいえ、こちらこそ徒歩より早くて助かりました。ありがとうございます」
「それじゃあ、達者でな。縁があればどこかで出会えるだろうよ」
そう言って荷馬車の主人はギルドの方へ馬車を進ませていった。
「さて、宿屋は……あそこだな」
「やあ、いらっしゃい。どんな御用かな?」
カウンターの向こうにいる無精髭を生やした屈強な男がそう言った。おそらくここのマスターだろう
「一晩泊まりたいのですが、部屋は空いていますか?」
「おう、空いてるよ。しかも丁度景色が綺麗なうちのオススメがね。ああ、安心しな。別にバカ高え金取ろうってことじゃねえよ!料金は別に変わりゃしないからよ。ただ最近客の入りが悪いもんでな」
「ふーん…まあいい部屋が空いてるならそこがいいな。料金はいくら?」
「80ガルだ、時間も遅いから飯は作れねえんで70ガルにまけてやる」
「じゃあそれでお願いします」
「あいよ……オーイ!ベル!部屋案内してくれ!一番いい部屋だ!」
もう1人従業員がいるのか。ベルだなんて可愛らしい名前だし可愛い子が出てくるんだろう
「了解、それじゃあ俺についてきてくれ」
奥の方からマスターと瓜二つの屈強な男が出てきた…。ベルってベルボーイのベルかぁ…いやあ防犯はしっかりしてそうだ。うん、安心だ、安心…悔しくなんかない。
「ここだ、いい部屋だろう?」
「え、ええもうサイコー」
「それじゃあ、ごゆっくり。朝飯は1階ロビーの右手の通路の突き当たりの食堂に向かってくれ。」
そう言って彼はのっそのっそと階段を降りていった。時間も遅いし、さっさと寝ることにしよう。
月の見えない真夜中、ふと嫌な予感に目が覚めた。薄目で前を見ると俺の上には見知らぬ女、誰だこいつ。
その女は首筋に目を向けて少しずつ近づいてくる。背中にはよく見ると黒い翼のようなもの。魔物だ、それもかなり上位種ではなかろうか。そんな観察をしている場合じゃない。
「コール!サモン!」
短刀を呼び出す。昼間に戦った盗賊のものだ。
「……っ!」
女がパッと飛び退く。しかしその先にはカバン。思いっきり踏みつけてずっこけた。その隙を見逃さず戦利品を呼び出し、突きつける。
「お前は何者だ。何のために僕の寝首を掻こうとした。」
数秒の沈黙。
『……私は吸血種、その中でも一族を統べるドラクル家の長、リーナ』
「リーナか、なぜお前が俺を襲う?長というのは勝手なイメージだが自ら動くものではないんじゃないか?」
『私が動かなければどうしようもないからだ。…私自身が力を貯めなければアイツに、ドラクル家を皆殺しにしたアイツに復讐できない!』
復讐というワードに少し引っかかる。俺自身に何か……分からない、今はこいつに集中しなければ。
『それに、お前を狙ったのはお前がど、童貞であるからだ』
顔を赤らめながら何言ってんだこいつは。
「ど、ど、童貞かどうかなんて分かんねえだろ!」
落ち着け俺の心臓。なぜ図星を突かれたように拍動するのか。
『お前からはそれの匂いがしたからだ。……吸血種にとってそう言った穢れのない血はより力を増幅させるんだ。あと息苦しいから何とかしてくれ』
「あ、ああごめん。…で、お前が力を貯めたとして、復讐する奴はわかっているのか?」
『それは分かっている……。【魔神の使い】だ。あいつが私の家族を皆殺しにしたんだ』
魔神の使いだって…?そんな奴に勝つつもりなのか?それにここでもし協力したって何のメリットも……いや、ここで神様とやらに恩を売れば元の世界に帰るのに近づくんじゃないか?
「……よし、分かった。協力しよう」
『……!』
「ただし、俺の旅に協力してもらう。」
『わかった、でもお前の事も教えて欲しい』
「俺の旅の目的は……元の世界に帰ることだ。俺はこの世界の人間じゃない」
初めての告白だった。きっと2度とない告白だろう。
『……冗談も休み休み言ってほしい。』
「受け入れてくれなきゃ協力しない。見たところかなり弱ってるんだろ?」
リーナは眉間に指を押し当てながら若干呆れ気味に言う。
『……そういうのは卑怯。手伝うしかないじゃない』
「理解が早くて助かる。で血は首筋からじゃないとダメなの?」
『いや?指先でもいいから手を出して』
そっと手を出す。リーナは転がっている短剣で指先を切りつける。
「いてっ…」
『我慢して……んっ…ちゅ…』
エロい。何かに目覚めそうだ。
『ふっ……はぁ……もういいぞ。なんだ?前屈みになってどうしたいんだ?』
「いや、なんでもない…」
『それと日が当たると力を消費するからあのカードとやらに入れてほしい。夜には外に出してくれたらいいから』
図々しいけどどんどん消費されちゃ俺が持たねえ。
「分かった。……シール!」
リーナの身体が光り出す。そしてその光はカードに吸い込まれていく。封印完了だ。
『案外この中は心地いいんだな』
封印とはなんなのか、全然封印してる感じないじゃないか。
「…なんで話せるんだろうな。俺の力不足かな」
『そうだね。自力で出られそうだもん』
「……マジかぁ」
こうして、リーナとの出会いの夜が明けていった。