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目が覚めたらバタバタしていた。ナチュラルですら、そばにいない。どうしたのだろうと立ち上がると、クールがあたしを見て目をそらした。
「クール?」
「……朝食は、できています。お食事されてはどうでしょうか」
よそよそしい雰囲気でクールに言われて食卓に着くけれど、そこには誰もおらず、織機さえもあたしの分しか置いていなかった。
あたしは冷製スープとパンをかじりながら、何かあったんだろうな、と考える。
それも、あたしに言えない何かが。
そこに、青い顔をしたナチュラルが現れたので、それを尋ねてみた。彼は言いたくなさげにしながら、ため息をついてあたしを見た。
「新しい魔法少女が生まれたんだって……また、戦わなきゃいけないよ? みんなは武器や魔法を整えてる。ダーク様は平穏が好きなのに、最悪だよね~」
はあ、とため息をついてナチュラルは明後日を見た。そんな、最悪すぎる。
こっちに来て、ほのぼのと四天王と過ごす時間はすごく楽しかったし、それがつづくものだと思ってた。あたしに何か能力があるのかもしれないけれど、それでも戦いたくはない。争い事は嫌いなのだから。
「新しい魔法少女は、ピュアって言うらしいよ? これが、写真。キュートがとってきてくれた」
「これは……城崎ましろじゃなくて!?」
写真に写っているのは白いふりふりの衣装を着た城崎ましろだった。かわいらしい魔法少女らしいステッキをもって、小さな政令らしき兎を連れている。
開いた口が塞がらない状況と、こっちでまでライバルになるのだと思うとめまいがした。
そして、やっぱりあたしが悪役なのだ。
そう思うと吐き気さえ感じた。それでも彼女を倒さなければ、あたしたちの平穏は崩れてしまう。
そんなのって、ないと思う。あたしが歯ぎしりしていると、クールがピュアについてまとめた映像を流しだした。大きな岩に、スクリーンなしに流される映像では、魔物を華麗に魔法で倒すピュアの姿があった。
「街では、聖女と呼ばれてるんだぜ、こいつ。かわいくて、女の子らしいから。心がきれいだから魔法少女に選ばれたって説もあるけれど、何もしてないダーク様の命を狙うだけで極悪だぜ」
筋トレをしていたのか、汗だくのパッションが言う。後ろではキュートが防具を縫っていた。その顔は、苦痛にゆがんでいた。
「オレたちは、ここでひっそり暮らしたいだけなのに……何をしたていうんだ」
「魔族ってだけで、この世界では悪人なんだよ~。今まで魔族は根絶やしにされて、残ったのがダーク様ひとり。それを倒せば英雄ってわけ~。やな感じだよねぇ」
遠い目をするナチュラルに、舌打ちをするパッション。あたしたちは、戦わなければいけないのだ。これから。
「はじめはオレが行く。一番小柄で役に立たないからね。まあ、女装してるって情報がなければ、相手は油断すると思うよ?」
「あたしはどうすれば……」
「ダーク様がいないと、四天王は力を発揮できないからね。申し訳ないけれど付き合ってもらうよ」
「そうなの?」
「オレらは元は魔族じゃないから。特殊能力は、それぞれに存在してるけど、ダーク様がいると威力がケタ違いなんだ」
キュートの言葉にあたしはとりあえず頷く。
こっちの世界のことはいまいちわからない。
ただただ胸騒ぎがして、荷造りを始めるキュートをじっと見た。
「こっちからうかがわないといけないの?」
「すぐにこの城を狙われると困るんで。四天王で一度に畳みかける手もあるけど、ダーク様への負担がすごいので」
「でもそのほうが早いんじゃ……」
「オレたちはダーク様が一番大事な従者だからね」
「そう……」
健気なことを言うキュートと反対に、ナチュラルは不満そうにあたしを見ていた。ナチュラルも一緒についてきたいのだろうか。
「ナチュは最後の壁になってもらうから」
「まあ、オレだけでピュアを倒しちゃうかもしれないけど?」
キュートは得意げに言った。ナチュラルはふくれっ面でこっちを見る。でも、キュートだけで済むのなら、それで万々歳だ。
犠牲者はひとりでも少ないほうがいいに決まっているじゃないの。
「じゃあ、行って来ます」
そう言ってあたしはキュートの後を歩き出す。顔が隠れるようにマントをかぶって歩き出すあたしたち。
「ところでピュアはどこにいるの?」
「近場の森にいるみたいで。人気がないのは救いかな。巻き込まなくて済む」
発言からして悪者じゃないキュートをみなら、ゆっくり歩く。
「なーに、あっちはワープ機能も使えませんし大丈夫だって」
「ワープ、誰か使えるの?」
「クールだけかな、使えるのは。あれは頭がかなり良くないと無理なんだ」
やっぱり、クールはずば抜けて頭がいいらしい。ふうん、なんて言いながらあたしは足を進める。
「だけど、彼に触れてる人と彼しかワープできないから、オレらは徒歩なわけ」
「なるほど……」
「ダーク様疲れた? おぶろうか?」
「いいわよっ」
突然の言葉にあたしは思わず照れる、見た目は女の子みたいなのに、さらっと甘い言葉をつぶやくんだから。
サラサラの髪の毛に長い睫はカールしていて、お人形のようだと思う。正直うらやましい。
しばらくして、森が見えてきた。そんなとき、商人の乗った馬車があたしたちの横を通った。
「あー最近また魔王を倒すために魔法少女が出てるんだって? 本当こんどこそ憎き魔王を倒してほしいぜ」
「本当本当。あいつさえいなければ、世界は平和なのに」
彼らは好き勝手にあたしたちのことを言いながら、去って行った。キュートの顔が怒りに燃えているのが分かる。
あたしは切なくて、何も言う気になれなかった。やっぱり、魔王って言ったら悪役なんだ。どんなに平和主義でもいちゃいけないんだ。気がついたらあたしは涙を流していて、地面に小さな水跡が出来ていた。
鳥の声が聞こえる森の中に、あたしたちは入っていく。人気を探しながら、きょろきょろして、ピュアを探す。途中虫を怖がるキュートから、虫をどかしてあげた。意外なものが苦手で、びっくりした。
そんな時、奥のほうから声が聞こえた。
「ねぇラブリー、本当にわたしが魔王なんて倒せるの? すごく怖いわ」
聞きなれた城崎ましろの声だ。横には、あの妖精もいる。ピコピコと耳を動かすはとてもかわいい。