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もしかしたら、育ちだっていいのかもしれない。立ち振る舞いがきれいだったから。そう言うのは、わかる人にはわかる。
「まあ、わからなくてもよくって。素敵とさえ思ってもらえればいいのだから」
「うん、その花瓶とてもきれいだと思うよ」
「そうでしょう? とても魅力的な楕円形を描いてると思うのよ」
「おねーさんの部屋はどこ?」
「あっちよ」
「ずいぶん長い廊下だね~さすが……」
はあ、とため息を漏らしながら素直はあたしの後ろをついてくる。赤いフカフカの絨毯の上を、音を立てずに上品に歩いていく。
「ここよ」
あたしはチョコレート色の扉を開いた。
そこにはファンシーな少女趣味が詰まっている。本当は、男子厳禁なんだけれど、子供相手にそれはないんじゃないかしらって思ったから、素直は入れてあげるの。
ほかの三人は客室に呼ぶだろうけれど、実質姉と弟として暮らしていくんだもの。これぐらい、当然よね?
「わあ、か~わいい……」
目をキラキラさせながら素直は言った。笑われなくてよかった。ぬいぐるみや西洋人形に、ドレスを着たトルソーに造花。天蓋付きの大きなベッドは、まさに女の子の夢がつまっているんじゃなくて?
白い家具は猫足で、シミもほこりもまったくないし、カーテンのレースは最上級の手作りレースよ。
中にはピンク色の安易冷蔵庫もあるから、そこからあたしは飲み物を取り出した。本当は暖かい紅茶でも入れてあげたいけれど、そう言う空気じゃないものね。高級茶葉で入れた、いれ置きのお茶で我慢するわ。
茶菓子のマカロンも出して、素直にそれを進めると、また目をキラキラさせてあたしを見た。
「マカロン! マカロンって高いよね!? ボク初めて食べる!」
「あら、あたしはよくもらってよ。見た目もかわいいから、皆がくれるのよ。よかったわね、素直君、これから食べ放題よ」
「うわああい! おねーさんのおかげだ~」
「あたしもあまり甘いものばかりは太ってしまうから、ありがたいわ」
その言葉に、素直がきょとんとした表情をする。
「おねーさん、細いよ?」
「女の子はいつだって細くいたいものよ。これも努力しているんだからね」
エステにマッサージに断食に……周りのイメージするあたしじゃなくなって幻滅されたらいやだもの。美しくて細い闇お嬢様、でいないといけないのは正直窮屈だわ。
でも、それはお嬢様に生まれた宿命ね。諦めてる。
「でもありがとう、素直君」
「本当のことだし? おねーさんは美人でかわいいよ?」
そんな会話をしていると、岩岡が扉を開けて入ってきた。
「お嬢様、許可が下りましたよ。絶対に、恋愛対象として見ないことが必須条件だそうです」
「あら、そんなの余裕よ。見た目はイケメンでもまだ子供だもの、彼」
「ボクイケメン? やったぁ~」
あたしの言葉に無邪気に喜ぶ素直は、やっぱり子供だ。それを、どうやって恋愛対象に見れと。
その反応を見た岩岡はほっとしたのかため息をついて笑った。
「では、素直様のお部屋を案内いたしますから、素直様はついてきてください」
「はあい」
岩岡の言葉に素直は席を立った。その様子を眺めながら、あたしも思わずため息をついた。これからは、彼と同じ屋根の下で暮らすのだ。ひとりっこだから、弟が出来るのはワクワクする。
それに、うまく行けば跡継ぎも素直がやってくれるんじゃなくて? あたしは自由の身……なんてのは、さすがに夢物語かしら。
正直跡継ぎ面倒くさいのよね。パーティだって、好きじゃないし習い事も面倒くさい。
何が淑女のたしなみよ。今時はやらなくてよ。
しばらくして素直があたしの部屋に戻ってきた。ニコニコしている。
「おねーさん、ご飯だって」
「あたしの部屋で食べましょう」
「お嬢様、旦那様が素直様について聞きたいと……」
「……わかったわ。素直君、行きましょう」
絶対根掘り葉掘り聞かれるのだわ。正直嫌だけれどお父様のおかげで素直を引き取れたのだもの。従わなければいけないわよね。
あたしは談話室に向かって歩く。素直はそれに従順についてくる。
「緊張するね~」
「大丈夫よ、きっと軽いお話よ」
そう言いながら、震える手で扉を開いた。ら。
「いらっしゃい素直君!」
クラッカーを鳴らして、元気そうに丸い体を揺らしてお父様は素直を歓迎した。お母様もニコニコしながらおいでおいでをしている。
「闇のための護衛、ほしかったのよねぇ。強そうな子で何よりよ」
「お母様……」
「さあ、座って素直君」
「はいっ」
お父様の声に、素直が着席する。結局は、素直の家の話や学校の話を聞いて、何事もなく夕飯は過ぎていった。
そして夜。あたしが眠ろうとしていたところに、でかい影がぬっと現れた。
ああ、素直かな、と冷静に思うあたし。部屋の合鍵を持っているのは両親と素直と岩岡だけだからだ。
「素直君、どうしたの? 迷子になったのかしら?」
「おねーさん、一緒に眠ってくれない?」
「え?」
あたしの言葉に、素直君はもじもじしながら顔を赤らめる。
「いつも、孤児院の騒がしいチビたちと眠っていたから、静かで人気のない部屋が落ち着かなくて……駄目だよね、さすがに狭いよね? 大きなベッドだけれど……」
その言葉にナチュラルを思い出して思わずあたしは笑う。
「あ、ごめん。バカにしてるわけじゃないのよ? 夢の中での貴方とも一緒に眠ったなって、思って」
「そうなんだ~? 僕って怖がりなんだ?」
「ううん、護衛よ。あっちの貴方は2mもあるのよ、だからいつもそばにいてもらってるみたいなの」
あたしのセリフに、素直は首をかしげる。
「2m……」
「おっきーでしょ。それでも四天王の最年少なの。びっくりしちゃったわ、あたしも」
リアルでそんな大きな人なんてお目にかからないもの。うち学校のバスケ部やバレー部でも、せいぜい百九十あるかないかだわ。
それでさえ、威圧感を感じるというのに……なぜかナチュラルに感じたことはないけれど。
「とりあえず、あたしは平気だからおいで。枕も三個あるし、好きなのを使ってちょうだいな」
「おねーさん、優しいね。笑われるか追い出されるかと思った」
素直がかわいらしい笑みを見せて、あたしの横に入ってくる。やっぱり体温が高い。
「おねーさんは、眠ったらまた夢の世界のボクと会うんだよね」
「そうなるわね」
「いってらっしゃい、おねーさん」
素直にそう言われてほほ笑むと、あたしは夢に落ちた。