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「大丈夫ですか、闇お嬢様」

 目の前には、執事の岩岡がいた。スキンヘッドにサングラスの彼は、突然見るには少し怖い。周りは白い病室で、あたしはベッドの上にいた。

 そこに、見慣れた雰囲気の大きな男の子がいた。ナチュラルだ、と思う。

 髪は茶色いし、背もヘンな恰好もしていない。しかし、何故ここにいるのか。

「こちらの方が、ひき逃げした車のナンバーを覚えてくれていたんで、助かったんですよ。闇お嬢様」

 そう言って岩岡は彼を手招いた。のっそりと彼は立ち上がり、柔らかく笑う。

「山田素直です、こんにちは、おねーさん~」

 ゆるいしゃべり方もナチュラルそっくりで、長めの髪の長さも同じぐらい。まるで生まれ変わりみたい。さすがに身長はだいぶ縮んでいけれど、それでも百八十五以上はありそうな感じ。

「ありがとうございます」

 多分彼も年下なのだろうけれど、思わず敬語が出てきた。えへへ、と笑う姿は、やっぱりかわいらしい。

「おねーさん、うなされてたけど、大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫よ」

「綺麗な顔に、けががなくてよかったぁ」

 無邪気に甘い言葉を話す素直に、あたしはちょっぴり顔を熱くする。

「すぐ退院できますよ、闇お嬢様」

「お父様やお母様は?」

「旦那様はお仕事へ、奥様は旅行へ行っております」

 いつも通りの日常だった。あたしの存在なんてどうでもいいみたいに、ふたりのいつも通りに今日もめぐっていく。

 寂しいと伝えることも出来ないまま、あたしは大人に近づいていく。

「素直くん。お礼をしたいから、携帯番号とメールアドレス教えてもらっていいかな?」

「……ボク、携帯持ってない。中学生にはまだ早いってお母さんが」

「岩岡、素直くんに携帯を作って差し上げて」

「1? おねーさん何言ってるの? いいよ~そんなの~」

「お礼ついでに、気持ちです。受け取ってちょうだいな」:

「……うん~、おねーさんがそんなに言うなら」

 困ったように顔をかしげて素直。数十分後、病院に新しい携帯が届けられた。

 緑色のカバーがついたそれを、動揺した様子で素直は受け取る。

「使い方は、簡単だから。ここをこうやればメッセージもやり取りできるし……メールもできる。わかなかったら聞いてね」

「おねーさんありがとう~」

「ところで素直くんは何歳?」

「ボク? 中学一年生だよ~? 見えないってよく言われるけど……バレー部のエースやってるよ~」

 なるほどバレー部か。こりゃエースになるのも当たり前の大きさだもんね。何より、年齢がナチュラルと一致しているところに納得した。やはり彼は、ナチュラルの転生した姿なのだろう。あたしとは逆の、あっちの世界からこっちに来たのか、それは不明だけど……。もしかしたら素直もこっちが本体なのかもしれないし。

「素直くん、あたしと出会ったことある?」

 垂直に聞いてみる。素直は首を横に振った。

「ううん、あったことはないよ~」

「あたし、夢の中であなたにそっくりな人にあったことがあるの」

 多分、あれは夢じゃなくて現実だろうけれど。彼には、夢と表現したほうが早いかもしれない。放っておけばもう、彼とは出会えないかもしれないし。

 こんなに目立つ外見なのに、近所で出会ったことはないのだから、あまり近場に住んでいないかもしれないもの。

「夢……」

 ぼんやりと、素直はつぶやく。

「信じてくれなくていいの、あたしは魔王になってて、貴方は手下で」

「すごく面白そうな夢だね~? もっと、聞かせてよおねーさん」

 へらっと笑って素直は携帯のアドレスをあたしに向けた。あたしはそれを打ち込み、アドレス帳に登録する。

 岩岡はぽかんとした表情であたしを見ている。無理もない、初対面の男の子にくいつきまくりなのだから。あたしには、婚約者がいるというのに。でもまあ、相手の年齢が年齢だから、きっと止めないのだろう。

 見た目は大学生にさえ見える彼は、まだ十二歳なのだから。

 それに、もしかしたらほかの四天王もこちらにいるのかもしれない。そう思うと少し胸が高鳴る。これって結構、漫画的じゃない?

 個人的には魔王なんて嫌だけど……夢なのかもしれないと思えば楽しめる。

 素直は携帯で色々なものをダウンロードしていた。

「今日は木曜日だから、あんまり遅くはいられないけど~……部活も今日は休みで、久しぶりに遠出したんだぁ。だけど、おねーさん綺麗で優しいからまた会いたいな~」

 名前通り素直な彼に、あたしは思わず笑みがこぼれる。

「土曜日にでも、集まりましょう。土曜日も部活かしら?」

「午前中だけかな~。午後は暇だよ」

「じゃあ、そうしましょう」

「うん~おねーさんが言うならそうするし。ばいばい~おねーさん~」

 そう言って素直は立ち上がり部屋を出ていった。ほんのり余韻を残して、しばらくして岩岡があたしを見た。

「闇お嬢様、明日からまた学校ですからね。しっかりお勉強なさってくださいね」

「わかってるわ。あたしは勉強も運動も手を抜かないもの。だって、倉家の跡継ぎはあたししかいないもの」

 そう、あたしはひとり娘。だから、あたしが頑張らなければ倉家は駄目になってしまう。

 プレッシャーはものすごいし、いやだとも思うけど、そういう運命なのだから、腹を繰るしかないのだ。

「先ほどの少年との遊びも、ほどほどに」

「わかってる。あたしは子供には興味はないわ。ただ、命の恩人にはちゃんとお礼をするのが育ちのいい子って感じがするじゃない」

「たしかに、倉家としては、お礼もなしに返すのはどうかと思いますけど、携帯まで用意するのはどうでしょうか」

「あたしのお小遣い余っているじゃないの。それをどう使おうがあたしの勝手よ」

「そうですが……」

「あたしに口答えするつもり?」

「滅相もございません」

 岩岡はぶんぶんと首を横に振る。

 あたしは素直に、夢の話を詳しく送っていた。素直の返信は、ひどく遅かった。無理もない、初めて携帯を手にしたのだから。ガラゲーと違って、今の携帯ことスマホは使いにくい。あたしは一貫として携帯と呼んでいるけれど、ガラゲーのほうが単純で初心者向きだとは思う。けれど、アプリとかをダウンロードできる今の携帯事情になれちゃうと、戻れなくなるのよね。

『まるで運命みたいだね~。おねーさんは、魔王ってよりお姫様みたいだけどなぁ?』

 なんてゆるい返事に、あたしは笑う。お姫様とか、よく言われるけど。それは全部あたしの機嫌を取るためのお世辞にしか聞こえないけれど、素直に言われるとそう思えないから不思議だ。子供の純粋な言葉は、やっぱりうれしいものなのかもしれない。

「ありがとう……っと」

 あたしはキーを叩きながら、痰飲の支度をしていた。岩岡をどかして着替えて、黒塗りの車に乗る。いつもなら徒歩だけれど、病み上がりだからだ。その時だ、どこか懐かしい青年を見かけたのは。

 ……あれは、キュート? 女の子のような小柄な美少年が、ぼんやりと歩いていた。降りて引き留めようかと思ったけれど、確実じゃない以上言い出すことも出来ず、あたしはおとなしく家に向かった。

 そしてご飯を食べてお風呂に入り、眠りにつく。眠る前から今日はドキドキして、すごく緊張した。


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