タイピング音
カチャカチャというタイプ音に微かに目が醒める。
頭が寝すぎのせいで酷くぼぅっとする。
正人が作ってくれた夜ご飯を食べて、お風呂にささっと入って、そのまんまささっと寝てしまった。
今が朝とも夜とも言えない、午前2時。
だから、彼此7時間くらい。
夕方から夜にかけても寝てるわけだから、累計すると相当な時間寝てるなぁ、私。
私と正人が住んでるのは、私名義で借りてる福岡の隅っこにあるボロアパート。
もちろん、寝室とかトイレとか、リビングに戸とかの仕切りはあるんだけども、その辺大雑把な正人と私はトイレ以外が基本開けっ放し。
だから、彼が仕事部屋としているような部屋からのタイピング音は寝室にも全て聞こえてくる。
正人がタイプする音には2種類あって一つが拙い音。
もう一つが勢いよく連打される音。
拙い音は彼が唸りながらも捻り出した言葉達を真っ白な画面にゆっくりゆっくりと、でも確実に記していく時の音。
連打はその文章が気に入らなくって、そのイライラからデリート音を勢いよく叩いちゃう音。
この2つの音は凄く区別しやすくって、私にとってこの音を聞く時が正人がちゃんと夢を見てるんだって感じる数少ないような瞬間。
この瞬間は愛おしいものなのだけれど、時として凄く怖くもある。
彼なりに頑張っているけど、彼が書いている作品が評価されずに没になるって可能性の方が採用されるって可能性よりもうんと高い。
それを考えると不謹慎だけど、まるで賭け事でもしてるかのような自分でも察知できないような尽きない不安感が私にゆっくりと迫ってくる。
そう、青春なんて幻みたいなものをいつまで追い続けるのと、現実の私が話しかけてくるように。
それを黙って聞いてるしかない私は近くにある充電が10%あるかないかのようなiPhoneを取り出して、目覚ましを止めてからネットサーフィンをする。
取り留めもない情報がつつと私の眼の前を通り過ぎて、また別のどうでもいいような情報が現れては別の情報に消される。
あぁ、使い捨てだなぁ、本当に。
なんて感慨深くなってしまうのだけれど、それを止めてしまうと待っていたかのように、さっきの不安感が忍び寄ってくる。
そんな若干の怯えと、私も察知している現実逃避をないまぜにしていると、ずっと画面を見続けているせいで、だんだん頭が痛くなってきて、私はやっと2度目の眠りにつく。
その時にもやっぱり彼のタイピング音はずっと同じように続いていて、その温かいともぬくいとも言えないような音が部屋に小さく、でも確かに響いていた。




