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恋芝居

作者: 上尾逢衣

「ストーカー?」


後輩の水沢伊織がそう言って僕の顔を覗いてくる。なんだか心持ち、落胆の色を発している気もする。


「なーんだ」


「なにがだよ」


「いや、てっきり先輩が『伊織! 一緒に帰ろうか! いや一緒に帰れ! 話したいことがある!』なんて言うものだから」


「おい」


いつもクールな彼女がそんな芝居がかった言い方をするのは違和感バリバリだった。しかも僕、そんな言い方してないし。


「普通に言っただろ。ちょっと相談があるって」


ふぅー、と長めの溜息が漏れる。この子はいつだってこんな感じで僕を茶化す。遊ばれているのだろうか、僕は。


「急に相談があるなんて言うものだから」


一拍間を空けて伊織は口を開く。またも芝居がかった、ゆったりとした口調だった。


「愛の告白でもされるのかな、って」


「んなっ」


思わず勢いよく伊織の顔を凝視してしまう。若干首を痛めつつ覗いた彼女の顔は、いつも通り涼しげだった。


ちくしょう。 やっぱり遊ばれてる。


女性に耐性が無い僕が動揺する様を見て、心の中でほくそ笑んでいるに違いない。


「で、ストーカーがどうかしたんですか」


急に話を本筋に戻す伊織。そのマイペースな感じに僕は呼吸を乱されかけるが、その乱されかけた呼吸をなんとか整えて言った。


「そうなんだよ…… 実は最近、告白されて」


「まあ」


両手を重ねて口の上にかぶせるという、なんとも大袈裟なアクションを取る伊織。だが顔は、やはりいつも通りだった。


「モテ自慢ですか? モテ自慢ですよね? 先輩おモテになりますものね。 告白なんてしょっちゅうですものね。 その度に私にモテ自慢をしてきて、私の『なんだこの人。 自分がモテてることをそんなに自慢したいのか? モテ自慢し過ぎて、モテ地盤でも出来上がっちゃってんじゃないのか? 憎い。 モテ地盤が憎い。 そんなモテ地盤なんか、とっとと沈下してしまえばいいのに』という表情をあからさまに全面に押し出しているにも関わらず、それに全く気付かないほどに悦に入って、モテ自慢を繰り広げるほどのおモテようですものね」


「もういいよっ!」


待ちに待ってのツッコミだった。 ボケるにしても長過ぎるし。 虚実織り交ぜるどころか全部嘘だし。 そもそもモテ地盤ってなんだよ。 知らねえよ。 そんなもの僕の中には備わってねえよ。


「それで、オーケーしたんですか」


先ほどの様に、またも彼女は急に本題に戻った。 いい加減このペースに慣れなければいけないのに、と思うのはこれで何回目だろう。


「いや、断った」


「なんでですか、もったいない。 先輩、おモテにならないでしょうに」


「おいコラ」


さっきと言ってることが真逆じゃねえか。 確かに僕はおモテにならねえけど。 変わり身早過ぎるだろ。 忍者かっつーの。


「……好きな子が、いるんだよ」


「はあ、そうですか。 それで生涯、金輪際、後にも先にも一度きりのチャンスを逃してしまったわけですね」


「うるせえよ」


後にも先にも一度きりというのは今までの経験上強く否定出来るものでもなかったので、思わず声に怒気がこもってしまった。


「それでその告白してきた子が、ストーキングしてくるようになったと」


言おうとしていたことを先に言われた。 妙に勘が鋭い。


「いやあ、先輩の顔を見ていれば分かりますよ」


「……そんなに分かりやすい顔してるかな、僕」


なんとなく右手で頬を叩いてみる。 なんの変哲もない、冴えない顔だった。


「で、そのストーカーさんは今いらっしゃるのですか」


彼女はちらりと後ろを見遣る。 僕や伊織と同じ制服の、学校帰りの生徒たちがたくさんいた。


「人が多くてよく分からないけど、多分」


すると伊織はおもむろに、僕の腕へと巻き付いてきた。


「なっ!?」


「だからそのストーカーさんが諦めてくれるように、私に恋人のフリをしてほしいと。 そういうことですよね?」


確かに相談の内容はその通りだったが、予想以上の振る舞いに僕はどきまぎしてしまう。


「たっ、確かにそうだけど。 やり過ぎなんじゃ」


「いやいや先輩。 ストーカーさんに見せるなら、これぐらいの方がいいんですって」


腕に入る力が強くなる。 ちょっと、血が止まりそうなんだけど。


「そういうことなら先輩、デートしましょう」


「で、デート?」


思わず間の抜けた声が出てしまう。 彼女は表情をそのままに言った。


「帰り道だけ一緒の恋人なんて、あまりにも健全過ぎるでしょ」






「先輩、遅いです」


時刻は午前9時50分。 待ち合わせ時間には間に合ったはずなのだが、何だかご立腹のようだ。


「わ、悪い」


「それで今日は、どこに行くつもりなんですか」


「えーっと、適当に駅前ブラブラして、街をうろついて飯、みたいな」


その時彼女が激昂した。 そんな声出せたのか、というほどの激昂ぶりだった。


「わかってない! 先輩は分かってない! そんなだから先輩はモテないんすよ!」


ものすごい剣幕に、口を挟む余地なんて無かった。


「あとその顔。 どういうことっすか」


「か、顔? 冴えない顔は生まれつき……」


すると彼女はまたも顔を荒らげた。


「そうじゃないっすよ! 顔! 米粒付いてますから! ちゃんと身だしなみには気を遣ってください!」


そう言われて触って確認してみると、彼女の言う通り、口元に白い妖精がひとりで佇んでいた。 この妖精を彼女の元へはためかせる、といったいたずらをした日には恐らく僕はこの世にはいないだろう。 ネバーランドへいざなわれてしまうかもしれない。


「大体、待ち合わせの時だってそうっすよ! 男なら、女よりも早く来ないと! 女が10分前に来てるなら1時間前には来ないと!」


「いやさすがにそれは無茶……」


「言い訳はいいっす!」


ピシャリと閉められた。 今の状況に焦り過ぎて逆に冷静になったことで『あ、こいつ怒ると口調が変わるんだな』と気付いた。 もちろん、口には出さない。


「そんなことだろうと思ってちゃんとコースを考えて来たんすよ! だから早く行きますよ!」


「ちょ、待っ」


彼女は強引に僕の腕を取り、足早に歩き始めた。




「……こんな感じでいいですかね」


そんな風に伊織が囁いたのは歩いて5分ほど経った時だった。 ついさっきまで機嫌が悪そうにしていたが、その声にこもっていたのは怒気ではなく、いつもの彼女のそれだった。


「え、なにが?」


「さっきのアレです。 上手く喧嘩してるように見えましたかね?」


「わ、わざとやってたって言うの?」


喧嘩と言うよりも、もっと一方的な感じがするけれど。


「はい。 ……まさか先輩。 普通に騙されてたんですか」


普通に騙されていた。 あんなに激昂した彼女は初めて見たので、素で驚いていたというのに。


なんだ、芝居か。


そう考えると一気に身体の力が抜ける。 油断したら涙の一粒でも出てしまいそうだったので、さすがにそれだけはと思い目を抑えた。


「でも先輩。 怒られてる時は目を泳がせずにちゃんと相手の方を見ないと。 不誠実に見えますよ」


「ご、ごめんなさい」


後輩の気迫に押されたなんて、情けなさ過ぎるだろ。


「でも、なんでそんなこと」


「ストーカーさんには、ただラブラブしてるところを見せれば良いってもんでもないですよ」


「でも喧嘩しているところなんて見せたら『あの亀裂に入り込む余地がある』って思わせるだけなんじゃ」


「分かってないですねえ」


両手を顔の位置まで上げて、やれやれといった仕草をする。 大袈裟に被りも振っている。


「喧嘩するカップルなんて、そんなやわな関係性じゃないでしょう。 その後に仲直りして深い絆を見せつけてやれば、さすがのストーカーさんでも諦めてくれますよ」


「なるほど……」


素直に感心してしまった。 まさか僕のために、そこまで考えてくれていたとは。 頭が上がらない。


「まあ先輩の困った顔が見たかったってのが一番の理由ですかね。 実際」


「おい!」


上がらない頭を、思わず上げてしまった僕だった。






「先輩」


「ん?」


伊織と一日中歩き回って、僕たちは公園のベンチで一息ついていた。 そこで伊織が唐突に口を開けた。


「ストーカーって、嘘ですよね」


ぶっ、と。 口に含んだ炭酸飲料を吹き出してしまった。 ペットボトルを持つ手が震える。


「な」


挙動不審な僕を、伊織はじっと見据えていた。 何かを言う様子もない。 僕の言葉を待っているのだろう。


僕は観念して、白状する。


「ごめん」


「やっぱり」


彼女は落ち着いた様子だった。 ペットボトル飲料を飲み干して言う。


「先輩は分かりやすいんですよ」


彼女は立ち上がり、ペットボトルをバスケットボールにでも見立てた風に近くにあったゴミ箱に投げ入れる。 カラン、と小気味の良い音を立てて、ペットボトルはその中へ飛び込んで行った。


「いつから分かってたの?」


「『ストーカー?』の辺りからですよ」


「……最初からか」


「冷静に考えれば、先輩が告白されるなんてあるわけないじゃないですか」


これが嘘であることが分かった上で付き合ってくれていたのか。 僕には彼女ほどの演技力は無かったというわけだ。


「さて、この嘘つきをどうしたものですかね」


「本当にごめん。 僕に出来ることなら、なんでもするから」


「なんでも?」


ピクリと、彼女の片眉が上がる。 いたずらっぽい笑みも浮かべていた。


「ひとつの可能性なんですけどね」


人差し指をピンと立てて彼女は続ける。


「先輩にまだ告白してないけど、先輩のことを病的に、ストーカーするほどに好いている方がいらっしゃるかもしれないじゃないですか」


「うーん、あまり考えられないけど。 可能性として無くはない、のかな?」


「米粒よりも小さい可能性でしょうけどね」


ピンと立てた彼女の人差し指が、僕のでこを弾く。 あう、と間抜けな声が出た。


「そんなストーカーさんに狙われないように、もうちょっとだけ」


そこで彼女がひと呼吸したので、僕は「うん」と相槌を入れた。


「もうちょっとだけ、このお芝居を続けてあげてもいいですよ」


80年くらい。


「は」


僕が答えあぐねていると、彼女は畳み掛けるように言った。


「もし断ると言うのなら、生涯、金輪際、後にも先にもチャンスなんて巡って来ないと思いますけど」


どうします? と伊織は笑う。


「それで許してもらえるなら、喜んで」


「そうですか」


そう言って彼女は僕に背を向ける。 様子は窺えないが、恐らく僕と同じ表情をしていると思う。


「最後にひとつ、訂正させてくれないかな」


「訂正?」


なんですか? と彼女は振り向いた。


「でも多分私、その内容分かっちゃってるような気がします」


「直接言わせてほしいんだよ」


僕はさっき彼女に怒られていた時のように目を逸らすことなく言う。


「確かに僕は君に嘘をついた。 まあ、最初から看破されていたわけだけど」


あはは、と大袈裟に笑ってみる。 彼女もつられて笑った。


「でも、全部が全部嘘じゃないんだ」


僕も彼女を真似て、芝居じみた口調で言ってみた。


「『好きな子がいる』って部分だけは」






本当なんだ。






僕は。






僕は、伊織のことが___







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― 新着の感想 ―
[一言] 伊織ちゃんが先輩のことをよく見てることがわかって、ニヤニヤしながら読んでしまいました。
[一言] 青春ですね。
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