第八話 GMへの願い
俺は自宅で目覚めた。どうやって帰ったのかは覚えていない。
あるいは全ては夢だったのか。
しかし情報端末を見ると、万歩計アプリが俺の歩いた長い長い距離を記録していた。
俺は朝食を摂り、いつものようにバスの後部座席に座って、学園を目指す。相談するとすればヨーコしかいない。仔細を語っても信じてもらえるかは分からない。気が狂っている、医者に行けと言われるだけかもしれない。それでも俺は、全てを語るべきだと感じていた。
俺はVRMMO施設に向かう。ログインし、ヨーコの居場所を検索する。バーチャル高校内で授業を受けているようだ。休み時間になるまで待ち、俺はヨーコに接触した。
「信じられないかもしれないが、昨日リアルのGMに会った」
「まさか!! 何処で会ったの?」
「ホテルの最上階だ。そこでゲームしているのを見た。ディスプレイも何も無かったけど、確かにゲームのコントローラを操作していた」
「リアルの都市伝説にあるわ。囲碁をプレイするように、この世界をプレイするGMの話」
「黒人と白人だった。するとあれは囲碁のメタファだったのかな」
「彼らはあなたのことを何て言っていたの?」
「自力で『昇って』きた、イレギュラー。そう言ってたよ」
考え込むヨーコ。
「これは仮説だけど――」とヨーコは言った。
「ナナミにゴーストが宿ったことで、あなたの精神に思いもよらぬ変化が生じた。それが結果として、イレギュラーな行動を生み出したんじゃないかしら。それが最終的にはこの世界の因果律を超えてしまい、偶然GMに会えた」
GMはPCの記憶は消せないが、この世界の全てを改変する力がある、それこそ宇宙進出でさえ可能だという都市伝説を熱く語るヨーコ。そして、彼らに何を願ったのかと訊ねられる。
「ナナミを人間にすること。彼らには、思いっきり馬鹿にされたけどね」
「呆れた……そりゃ馬鹿にされるわよ。でもしかたないか。出会ったのはあなたで、私じゃないものね」
最後にヨーコは警告した。もしナナミを人間にできたとしても、NPCであるナナミはシュウイチのことを忘れてしまう可能性があること。リアルの恋人だったことも忘れ、他の人々のようにVRMMOの世界に没入してしまうかもしれないこと。
ヨーコはナナミの人間化に伴う、様々なリスクを挙げる。
それでも、俺の決意は変わらなかった。
深夜二十三時五十八分。
赤信号の点滅する中、俺は再びホテルの前に来ていた。暗く閉ざされているホテルの入り口に、俺はため息を吐く。やはりあれは夢だったのかもしれないと思い直し、帰ろうと背を向ける。その瞬間、背後に光が点った。振り返ると、ホテルの入り口は再び開いていた。
見知った誰もいないフロント。一階の奥のエレベーター。俺は「上」のボタンを押した。目指すのは最上階。GMがいるフロアへと俺は「昇る」。
一切の壁のない、フラットな、だだっぴろいフロア。そこには誰も居なかった。フロアの中央にまで、俺は歩を進める。
唐突に、肩を叩かれた。振り向くとそこには、黒人と白人の二人組が居た。
「答えは決まったか? 少年」黒人が訊ねる。
「ナナミを人間にしてくれ」俺は迷うことなく言った。
「それだけか? このくだらない世界を、少子高齢化が進み、いずれは崩壊するゲーム『ドリームエイジ』をリセットしたいとは思わないのか? 何でもお前の思うがままだ! 何でも出来るんだぞ!?」
俺はまっすぐ、黒人の瞳を見つめて言った。
「ナナミが幸せなら、俺はそれでいい」
「こいつは極めつけの馬鹿だ」白人が俺のことをからかって言った。
「だがまあ、それでハッピーになるってんなら、願いは叶えよう」
「こんなとこには二度と来るなよ、少年」黒人が最後に呟いた。
「こんなとこに居たって、まるで面白くもねえ」
再び、俺の記憶はそこで途切れた。