表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

第六話 駆け落ちの失敗

「今週、VRMMOのメンテナンスがあるんだ」と俺は嘘を言った。ナナミはそれを疑うことなく信じた。

「だからさ、リアルでちょっと遠出をしようよ」生まれてから一度も行った事の無い隣街。あるいはもっと遠くへ。距離的にこの街から離れれば離れるほど、VRMMOからも逃げられる。そんな無垢な思い込みが、俺を突き動かす。


 俺たちは駅で待ち合わせ、合流し、情報端末をかざして改札をくぐって、ホームに出た。そこに待ち受けている、扉の開いた、がらんどうの電車に乗る。俺が見た限りでは人は誰もおらず、まるで貸切みたいだった。行き先は知らない。知る必要も無い。実を言えば、生まれてこの方、VRMMOでもリアルでも、電車なんてものには一度も乗ったことなんかない。

 ナナミに「行き先は?」なんて気軽に訊ねられることを恐れていたが、ナナミはすっかり安心しきって俺の隣に座り、俺の手を握っている。ふと、ナナミさえいればいい、と俺は思った。この時代、情報端末さえかざせば、VRMMOなんてなくても衣食住は勝手に揃う。二人でなら、どこででもやっていけるはずだ。

 電車がゆっくりと、次第に速く走り出す。平均時速六十キロ。風景が飛ぶように流れる。

 

 しかし。

 

 電車が到着したのは、さっきと全く同じホーム。同じ駅。同じ街だった。

 何かの間違いだと思って、俺は目を閉じる。次の駅こそは。そう信じて、電車の走りに身を任せる。俺は移動しているはずだ。間違いなく距離を稼いでいるはずだ。なのに、次の駅も、次の駅も、さっきと全く同じホーム。同じ駅。同じ街。俺の街のままだった。

 

 きっと、この電車は狂っている。あるいは俺が狂っているのか。ナナミに「電車はダメみたいだ」と説明し、今度は街の外に向かうバスに乗ろうとする。

 だが、バスも同じだった。街の外に向けて走り、ようやく目的地に到着したと思ってバスを出ると、いつもどおりのバスターミナルに出ていた。時間だけが刻々と経過して行く。太陽が沈み始める。

 

 やむなくナナミと別れた後、俺は駅のそばにある深夜営業のコーヒーショップに入り、そこで一人思考する。結論が出ずに、空腹を感じてホットドッグとコーヒーのおかわりを頼む。さらに思考する俺。

 時刻は深夜を回り、周囲は真っ暗。窓から見える交差点の信号機は、赤い点滅に変わって一時停止を促している。とはいえ、車は一台も走っていない。この世界はVRMMOに完全に汚染されている。

 そして気付く。こんな風景を見たのも、生まれて初めてだということに。

 

「この街からは出られない」

 

 俺は結論を出す。

 シミュレーション仮説。この宇宙は、この街は、全てコンピュータによってシミュレートされたものであり、俺たちの使うVRMMO技術と同じく、全ては一炊の夢である、という仮説。

 俺は手で頬を叩く。けれども痛みが残るばかりで、状況は何も変化しない。

 

 行くべき所は決まっているように思えた。この街の全てを俯瞰するために、俺は街で最も高い場所、「ホテル」の最上階を目指した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ