第三話 戦乙女ナナミ
VRMMOの世界では、大雑把に言えば二極化が進んでいる。加速されるゲーム内時間で勉学と研究に励む者。VRMMO”RPG”に没頭し、延々と経験値を求めてゲームを繰り返す者。
俺はゲームの中でナナミを探していた。今日は同時に学園のVRMMO施設に入ったのだから、どこかにナナミがいるはずだが。ゲーム内のバーチャル高校にいるプレイヤーを検索するも、ナナミの名前は出てこない。俺は探索の範囲を次第に広げていった。
そろそろ諦めかけたころ、人生をゲームして楽しむと決めた連中が集う中世風RPGのワールドで、ナナミというキャラクターが見つかった。同名の赤の他人だろうか。こればかりは、確かめてみなければ分からない。
俺はRPGワールドに降り立った。場所は闘技場。ギルド対ギルドの対戦が行われている場所だ。さっそく俺は観客席に立つ。
財閥の令嬢、黒い長髪のヨーコの指示でギルドのメンバーとして戦っている戦乙女には、ナナミの名と共に「NPC」という意味のアイコンが表示されていた。
あらかじめ僧侶によって祝福された剣はまばゆく輝き、背には移動速度を増す銀の翼が、地には対物理障壁である白い輪が幾重にも描き出されている。
自らのチームの無数の戦士たちに号令をかけるナナミ。先陣を切って、ナナミは駆けた。ナナミは強かった。剣戟に次ぐ剣戟。まるで時代劇の殺陣のように、ナナミはやすやすと相手チームの戦士たちを斬り捨てて行く。瞬く間に相手チームの陣形は崩れた。撤退を強いられる相手チーム。だが相手の再編成が間に合わないうちに、ナナミのチームは次々に重要拠点を制圧してゆく。制限時間など知らぬとばかりに、早々と勝敗は決しようとしていた。
戦闘が終わり、頭の兜を外してその素顔を見せるナナミ。茶髪のボブカット。かわいらしい顔。間違いなく同一人物だ。ゲームが一区切りついたところで、俺はヨーコにナナミのことを聞きにいく。
ナナミは完全なNPCだ、と断言するヨーコ。
だが俺は、リアルでナナミを見たことがあると詰め寄った。
ヨーコは困った顔をした。やれやれ、とため息をついて、決して誰にも言わないことを条件に機密事項を語り始める。
ゴーストインプリメント――NPCに魂を、ゴーストを与えるための実装実験。その副産物として、ナナミはこの世に生を受けた。NPCに宿るゴーストは儚く、その定着にはリアルの肉体を欲する。リアルのナナミは、そのNPCのゴーストの格納容器なのだ、と。
「でもリアルのナナミは生きてる! 人間として感情を持って、笑って、泣いて、人生を生きてる! ナナミを人間扱いしてやってくれ! 頼む!」
だが黒い長髪のヨーコは残酷に言った。
「人間扱いしたければ勝手にすればいいわ。でもそこには悲劇しか待ち受けていないわよ」
すると鎧を装備したナナミが話に割って入って来た。
「私に何か用事でもあるのか、シュウイチ殿」見た目は同じだが、口調は全く違う。まるで別人のようだ。
「えっと……実はナナミさんのファンなんです。写真を撮らせてもらえませんか?」
「それはかまわない。勝手に転売しない分には撮影は自由だ」
俺は無敵の戦乙女であるナナミの活躍を、何枚もの写真に収めた。リアルのナナミはこれを見て、どう思うだろうか。