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第二話 水族館でのデート

 この街は海に面していて、「水族館」がある。

 出会ってから数日後、俺はナナミに水族館のパンフレットを渡してデートに誘った。ナナミはとても喜んでくれた。話を聞くと、ナナミはこの街の水族館にまだ一度も行ったことが無いのだという。

 

 バスの自動ドアをくぐり、前のほうの座席に座る。今日の行き先は学園ではなく水族館。「駅」でバスをスムーズに乗り換えて、俺は水族館前へと到着する。少し時間が早いかな、と思っていたら、潮風に吹かれて、コートを着たナナミがもう待っていた。

 俺はいいコートだね。と褒める。

 別にこの日のために買ったわけじゃないんだからね、とナナミは言った。

 

 日曜日に、俺とナナミは水族館でデートする。

 川から海までの生態系の様子を再現したジオラマを見て、ナナミは一つ一つの生物の名前を端から読み上げて行く。

 海岸体験コーナーのナマコとヒトデとウニには、ナナミは怖くて触れない。

 イワシの群れが泳ぐ巨大な円柱状の水槽をすごいすごいと何度も見上げるナナミ。

 アマゾンの淡水魚コーナーで魚の名前を見ては、おおはしゃぎして魚を指差すナナミ。

 天井を覆う巨大な水槽のトンネルをくぐり、雑多な魚と巨大な鮫のいる水槽で、魚が鮫に食べられてしまいはしないかと、ナナミは怖がって俺の腕をしっかりと握り締める。

「なんで魚と鮫が一緒にいられるのかなぁ……」

 ナナミはとても不思議そうだった。なので俺は、知っていても答えを教えることはしなかった。

 

 食事は最寄りのハンバーガーショップで済ませた。風情もロマンもありはしないが、空腹だけは満たされる。二人だけの時間がもったいなくて、俺はいつもよりゆっくり食事を摂った。それはナナミも同じだった、なんて言ったらおかしいだろうか。俺はそれまで、人の食事の様子を見るのがこんなに楽しいことだなんて知らなかった。


 水族館でのデートが終わり、バスを待つ帰り道、話が弾む。最後に見たクラゲが一番好きだというナナミ。99%が水分。水の流れに身を任せ、たぶんほとんど何も考えずに生きる生物、クラゲ。だがその話の終わりに、ナナミは自分のことを語りだした。

「黙っててごめんなさい。私はクラゲなの」と、ナナミは目に涙を溜めて言った。

「私には、何の記憶も無い。最初、保健室に居たとき、ああ、私には記憶が無いんだなって思った。VRMMO施設も毎日試してみたけど、何の夢も見られなかった。だから――」独白するナナミ。

「だからリアルでシュウイチ君に出会って、水族館へ行こうっていってくれたとき、すっごく嬉しかったの……ありがとう」

 涙をこぼして、ナナミは言った。

「今日のこのデートが私の記憶。シュウイチ君と水族館に行ったっていう記憶。それがとっても嬉しくて、胸が張り裂けそうだよ」

 

 俺は何も言えなかった。ただナナミの肩を抱きしめた。

 

 VRMMOのゲームをプレイしても、記憶が残らない。そんな症状は、見たことも聞いたことも無かった。そういう病気や体質なのだろうか。医者に連れて行くべきだろうか。だが記憶が全く無いというのが解せない。交通事故? この時代ではありえないことだ。

 

 ナナミは言った。もしゲームの中で私を見つけたら、どんなふうだったか教えてね、と。

 次のデートの約束をして、俺たち二人は分かれた。

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