04.銃鞘
あれから五回、視界が切り替わった。
やや背の低い木々の生い茂る森の中でようやく視界が何度も切り替わるのが止み、青年の指示でしばらく待っていると、角ばった緑色の自動車が四台やってきて、アダたちはそれに乗って、夜を明かした。
本当であれば警戒するべきなのだが、自動車の運転手たちも含めて物腰は軟らかく、何よりこれ以上ほとんど丸腰の状態でヴィットリオを保護できる自信もなかったため、彼らを頼ろうと決めたのだ。
体が擬人体になったため、今のアダの体内には自分が今いる場所が世界地図の中で具体的にどの地点なのか、体の加速度や傾き、夜空の星の位置から割り出す装置が搭載されていた。
そのため、アダには自分たちが、啓発教義によれば何よりも忌まわしい敵とされている魔女たちの国へと向かっていることが明らかだった。
しかし、聖女や騎士に襲われて逃げてきた以上、信心深かったとはいえそうした価値観だけで塗り固められてはいなかったアダの価値観は、今や揺らぎきっていた。
最優先に守りたいのは、博士から託されもした、ヴィットリオの安全。
それを助けてくれるというのであれば、一旦は魔女であろうと妖族であろうと、信じてみようと思えた。
自動車の列は一夜を走り続け、疲れきったヴィットリオの寝息を横に聞きながら、アダは取り留めもなく考え続けた。
そして夜が明けて、橋を渡って小島に辿り着いたところで、二人は降ろされた。
「俺が案内するよ。会わせたい人がいるから、その時改めて、自己紹介をさせてもらう」
そう言って大柄な青年は二人を案内し、その結果アダとヴィットリオが今いるのは、やや広い殺風景な部屋だ。
温度・湿度共に暑くも寒くもなく、快適。窓こそないが換気口からのほのかな冷気で、この部屋をしっかりと空気が循環しているのが見て取れた。
一辺が五メートルほどの方形で、広くはない。
中央には簡素だが耐久性はそれなりにありそうな卓と椅子が設えられ、彼女はそれに腰掛けている。かなり頑丈らしく、重量だけは巨漢ほどもある彼女が多少動いた程度では軋みもしない。
ついでに言えば、卓の上には茶さえ出されており、アダの擬人体に備わった化学物質の検出装置でも有毒なものはなかった。
そして、茶の入ったカップとポットを載せた卓の反対の席には、ヴィットリオが座っている。
アダは主人の息子に先んじて液体を摂取し、(擬人体にはあまり多種類の毒物を検出する機能はないが)成分を確かめた。
「有害な成分は無いみたいです」
「じゃあ……って言ったら恩人に失礼かな」
時刻はあと数分で午後六時。
彼女と彼がリァツゴーを脱出する寸前に聖女とその率いる部隊に襲撃を受け、そしてその窮地を二人の出自不明の騎士に助けられてから、現時点で二時間と経っていない。
彼女たちを助けてここに連れてきた見知らぬ男たちに気を許してしまうのは油断ではあるが、アダは密かに、胸をなでおろしていた。
(良かったわね。悪い人たちじゃなさそう)
「(私もそうは思うけど……)」
(それより坊っちゃんよ。これからどうしたいか、坊っちゃんの希望も聞きたいわ)
ヴィットリオはといえば、室内に特に気を引くものも無いのだろう、茶を飲み干したカップを置いて、まだ少し熱を帯びているポットの蓋を開けて中身を見ていた。
「お代わりを入れますか?」
「うん。悪くない味だと思う」
アダはポットを傾けて、ヴィットリオのカップに茶を注ぐ。
「坊っちゃん」
「何?」
短剣の声は、やはり彼には聞こえないらしく、アダはポットを元載っていた皿に戻しながら、彼女――刃物に性別があればだが――の言に従ってヴィットリオに尋ねた。
「彼らがこれから私達をどうするつもりなのか、私には分かりません。坊っちゃんはどう思いますか? これから私たち、どうするべきなのか……」
「そうだね……」
曖昧に答えると注がれた茶を一口すすって、ヴィットリオはやや間を置いた。
アダが一度死んでから、彼はそれまでに比べて落ち着いたように思えたものだ。
だが、今は更に、ともすれば感情が削れてしまったかのように、表情の起伏に乏しかった。
偉大な父に掛けられた背教の容疑とその死は、途方も無い衝撃だったに違いない。
本来この年頃の少年であるならば、ヴィットリオは泣き伏せっていてもおかしくはないのだ。
「……聖女なんてものに襲われて助け舟に乗った以上、あとはなるようになるしかないんじゃないかな。敵対的でもないみたいだし、話を聞いてからでも遅くはないと思う」
その目線はどこか遠くを見ているようで、危うく感じられた。
「悪い人たちじゃなさそうですけど……」
「状況を説明してくれるらしいじゃないか、僕は知りたいよ。父さまが背教容疑をかけられて殺された背景を教えてくれるなら、聖女だろうと魔女だろうと、話を聞く」
「坊っちゃん……」
いくら擬人体が強靭に製造されていようと、アダの心は未だ十二歳の使用人見習いに過ぎない。少年の胸中を手に取るように見透かす力はなかった。
だが、それでもヴィットリオが、父親と彼の暮らしとを奪い去った者を憎んでいるのではないかと想像する程度のことは容易い。
厳密には、ハトロ・ヒルモア博士は聖女や騎士に殺されたのではなく、追い詰められて何かを守るために私邸地下の施設を自爆させたのだとしてもだ。
理由を話して聞かせてくれるというなら、アダも知りたくはあった。
その時、それまで黙っていた彼女の前腕の中の短剣が言葉を発した。
(……誰か来るみたい)
しっとりとした足音――消音のための繊維が敷かれているのだ――が徐々に近づいてきて、ヴィットリオも気づいたか顔を上げる。
アダが立ち上がって一つしかない扉に体を向けると、拳で軽く二回、扉が叩かれる。
「失礼するよ」
言葉と共に、がちゃりと扉が開く。
姿を見せたのは、先にアダを助けてくれた赤い髪の青年だった。灰色の大布ではなく、普段着と思しい服装をしている。
「まだ名乗ってなかったのを、先にお詫びしておく。俺はグリュク・カダン。いきなりこんなことを言っても信じ切れないかも知れないけど、君たちの味方だと考えてもらえればと思う」
「私はアダ・オクトーバ、こちらは……」
「ヴィットリオ・ヒルモアです」
名乗るアダと、ヴィットリオ。
「よろしくね、アダ、ヴィットリオ。早速だけど、味方のつもりだからこそ、今のうちに話しておく」
「……?」
彼女の怪訝そうな視線に気づかないわけではないだろう。
だが青年は、身振りでアダに着席するよう促して、先を続ける。
「俺達は、君たちを助けた。ただ、君たちの住まいからは引き離すことになってしまった。今すぐ君たちを送り戻すことが出来ないのは、分かるね」
青年――グリュクは、一先ず年上に見えるアダを主な対手に選んだようだった。
確かに、彼女の損傷した太腿の断面を目撃しているとはいえ、まさか実際の人格は隣にいる少年と同じ年齢だなどとは思いもよらないだろう。これは、一度死したりとはいえ万人に勝る強靭な体を手に入れた、彼女の責務だ。
そう考えて、半ばヴィットリオを庇うように、アダは頷いた。
「ええ」
「その代わりと言っては何だけど、俺達は二つの選択肢を用意できる。
一つはここを出て、聖者や啓蒙者の手の届かないところで暮らすか。
もう一つは、危険を伴うけど、俺達に協力してもらうか」
(…………)
アダの腕の内部の短剣も、今は聞き入り黙っている。
「自分たちでも何となく感じてはいるかも知れないね。この瞬間、君たちは大きなうねりのただ中にいる。でも、まだ今なら、平穏な暮らしに――全く元どおりとは言えないけど、戻ることが出来る。俺たちも、出来る限り協力する。
でも、本音を言えば、君たちに協力して欲しいことがある。協力してもらえるならば、いろいろな情報を提供できる。餌を吊るすようで、心苦しいけどね。ただし……」
「……聞いてしまえば、後戻りは出来ない?」
僅かに青年が言いよどんだ間に、ヴィットリオが後を継いだ。
「そう。不公平だけど、説明をしたあとで協力を拒否されてしまうと、君たちをどこかに閉じ込めて監視しなければならなくなるかも知れない。そんなことはしたくないけど、でもそのくらい重大な事情だ。繰り返すようだけど、危険もある」
危険、確かに彼が二度もそう言ったのを聞き、アダは少し、擬人体だというのに己の体が強張るのを感じた。
ヴィットリオにも、また危機が迫るというのか?
(……坊っちゃんの安全を考えるなら、協力は出来ないわね)
「(私は坊っちゃんの意思を尊重したい……けど)」
「僕は……」
アダも短剣も、ヴィットリオが言葉を続けるのを待つ。
青年――グリュクも同様らしく、その視線は暖かくも思えた。
「僕は、本当のことが知りたいです。なぜ僕たちの屋敷が襲われなければならなかったのか……父さまが死ぬことになった理由を。危険があるとしても、分からないままなのは嫌です」
その言葉は危うくも、力強くもあった。
ヴィットリオの目つきからそれを見て取るなどということもするのだろうか、グリュクは短く息を吐いて、
「……分かった。カトラさん!」
そしてそれに応えたか、再び扉を二度、叩く音。
「失礼するわね」
今度は、女の声だった。
アダには聞き覚えのない、妖艶さを感じさせるような中音の響き。
「まずは驚かないで欲しいんだけど――」
そう前置きをしつつ部屋に入ってきたのは、褐色の肌をした、肩から翼を生やした女。
「啓蒙者!?」
(まずい!)
アダと短剣、反応は同時だった。聖女や騎士は啓蒙者の命令を受けて動くものだ。
ならば、啓蒙者自身がいる今のこの状況は、罠ということ。
ヴィットリオを庇う態勢に入りつつ、何か武器になるものは無いかと視線を走らせると、赤い髪の青年――グリュクが口を開いた。
「大丈夫だよ。この人は君たちの追っ手じゃない」
「……!?」
「私としても、そのつもりよ」
啓蒙者の女は、全く動じることなく、カメラを意識した被写体のように、足をやや崩した姿勢で佇んでいた。
その種族の例に漏れず露出の大きな薄手の服装で、アダの目で見ても豊満や妖艶といった表現が浮かぶ。
「カトラ・エルルゥク。ご覧の通りの啓蒙者です。本当は、啓蒙なんて言う偉そうな名前じゃなくて、何か適切な呼び名を考えたいんだけどね。
ハトロ・ヒルモア博士から"両の目"という名前は聞いているかしら?」
(!)
「…………!」
うかつに返事をするべきではないと、アダは押し黙る。
だが啓蒙者の女は、そんな彼女の胸中を察したように優しげに微笑んだ。
「恐らく"両の目"が何かということまでは聞けなかったのだと思うけど……まずはそこからね?」
「……父をご存知なんですか」
ヴィットリオが、父の名を聞いて僅かに身を乗り出す。
「ヴィットリオくん。あなたのこともお父様からは聞いているわ。会ったばかりの私の言葉では足りないと思うけど、私達は極めて得難い人を失ったと思う」
「……ありがとうございます」
「さっき、危険を承知で真実を知りたいと、決意を言ってくれたわね?
ここでこのまま”両の目”について、説明しても構わない?」
「お願いします」
ヴィットリオが父を失って一日と経たない少年なのだということに配慮してくれているらしいこの啓蒙者に、アダは少し好感を抱いた。本来であれば、背教の容疑をかけたのは啓蒙者以外にありえないのだから、もっと警戒しなければならないのだが。
「それでは。まず”両の目”とは、組織の名です。
前置きになるけど、この地上において、スウィフトガルド王国を筆頭とする”啓発教義連合”は、魔女や妖族の国々をこの地上から消し去ろうという政策を掲げて、それを実行し続けています。それが最大の形で行われたのが、”大陸戦争”。
そして、彼ら啓発教義連合の産業技術その他に対して助言を与え、時には強力に援助しているのが、啓蒙者、そして啓蒙者の国家である”神聖啓発教義領”。ここまでは、大陸の誰もが知っていることね」
「そう習いました」
彼にとっては自分が生まれるはるか以前のことだったが、ヴィットリオが頷いた。
アダにとってもそうだが、啓発教義の国に生まれれば、家族から、学校の先生から、教会の教士から、必ず聞く話だ。
滅ぼさなくてはならない汚染された生物の勢力と、それに味方する間違った人々。
そして、それらと戦う義務を帯びた啓発教義の国々と、戦いを助けてくれる天の使いたち――啓蒙者。
「ですが。ここからが大事よ?」
その啓蒙者であるカトラが、敬虔で実直な種族というイメージからは少々離れた、芝居がかった仕草で話の流れを転換する。
「啓蒙者の中にも、魔女や妖族を汚染種と呼んでこの惑星上から絶滅させようという政策に、疑問を抱くものが少数ながら存在するのです。勿体つけて語りましたが、それが、私たち。
名づけて秘密器官、”両の目”です」
何度も似たようなことをしてきたものか、カトラ・エルルゥクの語りも仕草も、随分と手馴れているように見えた。啓蒙者の、それも司祭階級に見える彼女ならば、まだまだ子供のアダやヴィットリオと違い、そうした語りの手管というものも身につけているのかも知れないが。
「ちなみに言っておくと、機関ではなく、器官よ。真実を見極め、世の中という巨大な生物の一部として働くという矜持を込めて、つけた名前。
私たちは、あなたたちを聖者や騎士たちに襲わせた啓蒙者とは、別の組織だと思って欲しい。
そしてその、我々”両の目”の目的。
それは啓蒙者社会の正常化です」
そこにヴィットリオが、疑問を挟む。
「……今は、正常ではないと?」
「そう。具体的にはまず、魔女や妖族などの異種族に対する不可解な絶滅政策を廃止させること。
及び、教義に従うことを至上とする価値観を人類に押し付ける行為、これもやめさせること。
魔女や妖族たちは言わずもがな。啓発教義の国々も、圧倒的な啓蒙者の科学戦力に対して物が言えないだけで、実際にはこんな惑星規模の絶滅政策が、資源と人材を浪費するだけの無益な行為だと分かっているわ。
そこにいるグリュクくんもスウィフトガルド王国の生まれだったけど、魔女の血を引いているという理由で迫害され、故郷を追われた」
物心ついた時から魔女というものは恐ろしいものと聞いていたアダだが、既にヴィットリオ共々救われている状況で、魔女とは言えその青年から距離を取ろうとは思えなかった。
ただ、その境遇がいかほどに悲惨であったかと彼の表情を盗み見る。
しかし彼はそれを見越していたようで、視線が合ってしまったアダに向かって苦笑してみせた。
やや決まりが悪く、アダは胸中で謝ってカトラの方に視線を戻す。
「ヴィットリオくん。あなたのお父様も、それに賛同して、我々のために秘密裏に活動してくれていました。まさか、引き渡してくれるはずの擬人体に既に人の魂を複写してあるとは、予想外だったけどね」
「待ってください、それじゃあ……」
ヴィットリオが立ち上がろうとして、椅子がずるりと後退する。
カトラの言うことが事実だとすれば、ヒルモア邸が攻撃を受けたことについて、間接的にはカトラたちが関わっていることになる。
彼女はそれに、目を伏せつつ答えた。
「……ハトロ・ヒルモア博士が背教容疑を掛けられたのは、恐らく我々への協力が、どこかから主流派に嗅ぎつけられたからだと思われるわ。順を追って説明したから遅れてしまったけれど、本当に申し訳ないことをしてしまった」
「…………」
アダは、ヴィットリオが泣くか怒るかをするものだと、素朴に思っていた。
だが、少年は沈黙を打ち切り、冷静に口を開く。
「いえ……僕に是非は分からないけど、父が自分の判断を後悔していた様子はありませんでした。
擬人体がなければアダは……彼女は僕のせいで一度死んでるんです、その彼女と……こうして生きて一緒にいることは出来なかったと思いますから」
その年頃の少年にしては、その聞き分けの良さはやや気味が悪かったかもしれない。だがアダはそれを、大人になろうとする少年の、少々分別ぶった強がりだと捉えた。父を失おうとも、こうして目の前の重要な会話に集中しようとしている。
「そう言ってもらえると、救われるわ……と、本題を続けさせてね。
その啓蒙者社会を正常化するという目的のために、私たち”両の目”は慎重に、段階を踏んで啓発教義連合の有志や魔女諸国、そして妖魔領域と接触していったわ。
結果として生まれたのが、特務部隊フォンディーナ。ベルゲ連邦が主体になって編成した、特殊戦闘ユニットよ」
「銃鞘……」
囁くようにヴィットリオが繰り返すと、カトラがそこに言葉を次いだ。
「強大な力、それを使わない時には収めておくための容れ物、という意味が込められているの。こちらのグリュクくんの他、陣営を問わず集められた少数の特殊熟練者で構成されています。私は、"両の目"からの助言者という扱いの参加だけどね」
名前を出されて、アダは改めて、赤い髪の青年に目を向けた。
彼はといえば、特に何か口を挟むでもなく、カトラの説明を静かに見守っているようだった。
「そして、フォンディーナは神聖啓発教義領の首都アムナガル、その中枢への侵入を行う予定でいます。そのために、アダさんの擬人体の力が必要になってくるわ。協力をお願いするというのは、そういうことね。知れば返す訳にはいかないとグリュクくんが言った意味も、分かってもらえるかしら」
少なくともアダは、カトラが何を言っているのか、あまり理解できていなかった。
つい昨日までは使用人勤めしかしていなかった、十二歳の小娘なのだ。
一方で、聡明なヴィットリオは理解できているのだろう。彼は真剣そのものの表情で、アダに尋ねた。
「アダはどうしたい」
「わ、私は坊っちゃんの希望と同じがいいです」
彼女がそう答えると、ヴィットリオは困ったように少しだけ顔をしかめ、今度は女司祭に訊く。
「……カトラさん、必要になるのはアダの力だけですか」
「詳しくは長くなるから後に譲るとして……アムナガルへの侵入だけを純粋に考えるなら、そうなるわ。でも、あなたにも出来ることがある。それをやりたいと思ってくれるのね」
「何が出来ますか、僕に」
「アダさんの支えになること。あらゆる意味でね」
「……僕はその、彼女とは別に変な関係じゃ」
「勘違いしないの」
急に言葉を鈍らせるヴィットリオに、カトラがぼやく。
ヴィットリオの好意は、アダとしては当然理解してはいるが、それを受け入れることが正しいのかどうか、それが本当に彼の幸せに繋がるのか。そうしたことを考えると、彼女にとって嬉しいからといって迂闊に受け入れるのはためらわれることだった。
カトラが続けて、教え諭すようにヴィットリオに語る。
「昔からの友だちがいた方が彼女とあなた自身の精神の健康にもいいし、何よりあなたには、その気があるなら擬人体の保守管理を覚えて、彼女の体に不調が起きたならそれを診て治す仕事を任せてみたいということよ」
それを聞いた彼の表情が、喫驚ののち、明るさを取り戻す。
「……やらせてください。あなたたちの知っている、僕の知らない父の話も聞かせてもらいたい」
「二人共、忙しくなるわ。それでもよければ、喜んでお付き合いするけどね。アダさんも、それでいいのね?」
(……どうする? っていっても、もう決まってるとは思うけど)
短剣が、彼女の腕の内部から試すように訊いてくる。
アダとしては、ヴィットリオがやると決めたことであれば、それを助けたかった。
どちらかと言えば彼が彼女の裏方に回る形になってしまうようだが、ヴィットリオの父の真意が、アダがヴィットリオを連れて”両の目”へと合流することであるならば、アダはそれを裏切りたくはなかった。
迷いを振り切るように、腹部に力を入れて声を出す。
「よろしくお願いします!」
それから、二人の新しい日々が始まった。