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霊剣歴程  作者: kadochika
第12話:剣士、燃ゆ
93/145

10.歴程の幕間







 夢を見ていたような、気がする。

 顔も知らない――いや、母親の方は知っているかも知れないのだった――両親の夢を、義父の夢を。

 故郷を追われてからの辛い日々の夢を、霊剣と出会った日の悪夢を。

 大陸を東へと進み続けてきた旅路の夢を、戦いの記憶を、気恥ずかしいようだが恋の感触を。

 あるいは、遠い彼方の星々の果てを。


「ほしぼし……?」


 口の中が乾いた、寝起き特有の不快感。意識が途切れた瞬間を思い出して上半身を起こしてみれば、そこはどこかの、病室らしき場所の寝台だった。

 調度に見覚えがあり、恐らくは、レヴリス・アルジャンの移動都市ヴィルベルティーレに戻ったのだろう。

 見当をつけると、グリュクは先程まで見ていた夢を思い出してみた。霊剣と共有した七百年分の記憶は膨大で、今でもそれらが入り混じった夢を見る。

 今回もそうしたもので、数少ない、霊剣との旅がもたらすデメリットの一つだ。


(何がデメリットか、訂正せよ!)

「はいはい訂正訂正……」


 グリュクは寝起き眼であからさまに面倒くさいという表情を作り、その音ではない声に向かって答えた。

 傍らの壁に生えた(フック)から下がった鞘の中に、その声の主がいた。

 神秘の霊剣、銘を、ミルフィストラッセ。


「……良かった。お前が直ったのまで、夢じゃなくてさ」

(主よ……泣いていい?)

「だからお前は涙腺が……まぁいいや」


 グリュクは少し呆れつつも、目を逸らしながら霊剣に告げた。


「これからもよろしくな、相棒」

(ふぅおぉぉぉぉぉぉぉぉん……)

「ホントに泣くのかよ! いやいいって言ったけども!」


 狼狽えていると、扉が開いた。

 亜麻色の髪の妖族の娘が、その白い産毛に覆われたこの葉の形の耳を、やや痙攣するように上下させながらこちらを凝視している。


「……グリュクさん、ミルフィストラッセさん……何してるんですか」

「あ、いや、こいつが泣いていいかなんて聞くもんでですね」

(うわぁぁぁぁぁぁぁん……)


 本来ならば、拐われた女とそれを命がけで奪還した男という間柄なのだから、多少はそれに相応しい甘ったるい対面であってもいいはずだ。相棒を僅かに恨みながら、グリュクはフェーアに尋ねた。


「今、どんな状況ですか?」

「いろいろゴタゴタしてますけど、私なりに整理しますね。まずここはヴィルベルティーレで、グリュクさんは丸一日、ずっと寝てました。えーと、あ、あとで歯ブラシとか髭剃りとか、持ってきますから――」


 彼女はこちらに近づきながら、グリュクの広げた折りたたみの椅子に礼を言って腰掛け、語り始めた。


「何から話しましょうか……」


 フェーアがまず語ってくれたのは、あの軍属の魔女について。

 名をブラット・ボスクといい、制服から類推したとおり、空軍の魔女らしい。ミドウ少佐とは指揮系統上直接の関係はなかったようだが、さすがに制服も髪も赤く染め上げている彼女は有名人らしかった。

 そのブラットが、妖魔領域はルフレート宮殿までやってきてグリュクを保護しようとした理由は、何とカウェスでの活動を聞いて、空軍に勧誘しに来たのだという。

 誰かを撒こうと行動していた訳ではないとはいえ、大した情報を残してもいなかった筈のグリュクの足跡をあそこまで追ってくるという執念には、霊剣すら感嘆していた。


「どうします? 私としてはその……グリュクさんが定職に就いてくれるなら、嬉しいんですけど」

「え、あー……そ、その、どうでしょうね。ミドウ少佐にもらった臨時雇用手当、結構渋かったからなぁ……」

(ええい、鼻の下を伸ばすな!!)


 続いて、今回の戦いで協力してくれた者たちについて。

 まずはセオ夫妻について、セオとトラティンシカは結婚を発表してしまった手前、妖魔領域の各地を回ってその認知に努めるつもりのようだった。天船の修復が不完全なので、カイツや移民請負社(ハダル)の協力を得ながらあと数日はこのまま移動都市(ヴィルベルティーレ)と並走を続けるらしいが。

 また、あの時、アムノトリフォンにはパピヨンたちグラバジャの妖族も乗っていたことを聞かされた。

 彼らも、グリュクたち霊剣使いと霊剣たちの危機をレヴリスの使い魔によって知らされ、結果としてグリゼルダはあの絶望的な状況で助かり、タルタスにも一矢を報いることが出来た訳だ。

 必要以上にグラバジャを留守には出来ないと急いで帰ったそうだが、セオ夫妻と協調して生き残ったタルタスの動きを牽制してゆくと言っていたので、これはグリュクたちにとっても朗報だろう。

 また、セオの元には、グリュクがその殆どを返り討ちにして殺してしまった、狂王の嫡子たちの生き残りが彼を頼ってやってきているらしかった。

 立場上心苦しい物はあったが、それでもグリュクには、それも悪くない知らせだと思える。

 そして、立場上今回は裏方に徹することとなったが、レヴリス。

 彼の貸与してくれた砂漠の刻印の杖(ヴュステ)銀灰色の鎧(シクシオウ)の両肩・上腕がなければ、グリュクは死に、例え霊剣が復活していたとしても、再び破壊されていたかも知れない。

 既にグリゼルダが全てを返却してくれており、ここが移動都市(ヴィルベルティーレ)である以上、出来ればすぐにでも礼を言いに行かねばなるまい。

 最後に、グリゼルダとカイツ。


「うっさい、病院なんだから静かにしなさいよ!」

「お前がそのきゃんきゃん声のボリュームを落とせば済むだろが痛ってぇ!!」

(君たち静かにしたまえよ……)


 病室から聞こえてくる声は、それだけでどちらも健在と分かるようで、グリュクは思わず小さく吹き出した。

 そして二人が、扉をノックして入室してくる。


「やっほーグリュク、ミルフィストラッセ! お見舞いに来たよ。……フェーアもね」

「直って嬉しいよ、ミルフィストラッセ。あと聞いてくれグリュク、あれからちょっとした衝撃じゃ皮膚が装甲化しなくなってだな――」

「二人とも、無事で良かった。俺とこいつのために、本当にありがとう」

「そう言ってもらえるなら、死ぬ思いで守った甲斐があったってもんだ」

「あたしからは、レグフレッジを取り戻してくれたお礼もね」


 そこから、カイツの新たな変身のこと、太陽の名を持つ霊剣(ウィルカ)が現場から消えていたということ、そもそも意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)のあの形態は何なのかといったの話題を重ねた。

 話が一段落したところで、カイツは天船の修復に力を貸すことになっているといい、グリゼルダは移動都市(ヴィルベルティーレ)までついてきたブラット・ボスク一等巡視兵に、連邦や軍での仕事の相談をしに行く予定があるそうで、病室を出て行った。彼としては是非もあるまい。

 皆、それぞれの行く先を考えているのだ。

 そして再びグリュクは、霊剣を除けばフェーアと病室に二人きりとなった。


(なぜ事あるごとに吾人を除外する)

「本気でお前をグリゼルダに継承してもらった方がいいような気がしてきたよ」

「そんな厄介払いみたいな体じゃグリゼルダさんも怒りますよ……」

「冗談です。それより、フェーアさん……まだ、話が残ってませんか」

「!」


 白い産毛に包まれた大きな耳が、ぴくりと震える。

 一応、そう持ちだしてすぐに思い出してくれる程度には、覚えてくれていたようだ。

 先ほど軽く触れられたが、先日の必死の告白の、返事について。


「…………その、あのですね」

「はい」

「…………」


 病室は静かで、フェーアの耳がゆっくりと上下して髪とこすれ合う音までが聞こえてしまう。

 ひょっとしたら、互いの心音さえも聞こえたかも知れない。

 その沈黙を、フェーアは寝台に顔が触れそうなほどに俯いて、恐る恐るといった様子で破る。


「わ、私で良ければ……よろしくお願いします……」


 確実に妄想なのだが、病室の床一面に、花が咲き乱れたような気がした。


「こ……こちらこそ、その、よろしくお願いします……!」


 グリュクは高揚のあまり、当然そうして構わないものとして、寝台に置かれた彼女の手を握ってしまった。


「へ?」


 そしてそのまま驚く彼女の体を強引に引き寄せ、衝動に任せるままに唇を重ねて、奪う。

 体温と皮膚の感触を貪ること五秒、いや、十秒。

 さすがに耐え切れなくなったのか、フェーアの手がやんわりと、こちらを引き剥がそうとする。

 グリュクも我に返って引き下がり、いたずらを咎められた子供のように彼女の表情を伺った。

 互いに酷く混乱し、赤面している。


「すみません……あの」

「こっ……これからの身の振り方は、そのっ……じっくり……考えていけばいいと思うので……!」

「は、はい、あの、フェーアさん……?」

「ごめんなさい、レヴリスさんにグリュクさんの容態を報告してきますからっ!?」


 恥ずかしげにそう一息で吐き出すと、彼女は立ち上がって寝台を降り、そして悲鳴を上げて尻餅をついた。


「ひっ!?」


 一瞬して、グリュクも気づいた。

 レヴリスと娘のシロガネ、そしてセオとトラティンシカの夫婦が入り口からこちらを見ていたのだ。

 破廉恥な行為に夢中になっていて全く気づかなかったのは、霊剣使いにあるまじき大失態といえよう。


「いやその……お邪魔しちゃったようだね」

「世の中の男女関係ってみんなこうなんですか……?」

「まぁ、トラティンシカと意識を共有した時に既にこうなろうと思ってはいたが……」

「近頃の若い人たちときたら……見てるこっちが恥ずかしくなりましたわ」


 口々に好き勝手な感想を――トラティンシカだけには、言われたくなかった!――投げつけられ、さしものグリュクも狼狽した。


「魔具を貸してくれてありがとうございました! でもノックくらいしてくださいよ!?」

「開きっぱなしだったんだ。グリゼルダくんとカイツくんが締め忘れたようだな」


 レヴリスの返答に、よもやグリゼルダが意趣返しのようなことをしたのかと邪推してしまうが、そこに意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が、意地悪そうに一言呟いた。


(邪魔なようなので、吾人はちゃんと黙っていたぞ)

「お前ってやつは!!」

「あなたって人は!!」


 相棒を罵ると、それが予期せず、フェーアの罵声と重なる。


「も、もう知りません!!」

「あ、フェーアさん!?」


 彼女は呼び止めたにも関わらず、レヴリスたちを押しのけて脱兎のごとく病室を出て行ってしまった。

 グリュクも同様に、彼らを押しのけフェーアの後を追う。僅かに迷ったが、相棒を残して。

 眠っていたせいか、あまり足に力が入らず、走っているだけのフェーアに追いつくのに難儀した。

 階段を登り、廊下を駆け、地上に出て街路を縫い、そこで、追いつく。

 見晴らしの良い、移動都市の辺縁。

 切り立った崖の縁からやや離れた、座るのに適していそうな丸みを帯びた岩。

 今は他に誰も居ないその近くで膝を押さえて立ちながら、フェーアは息を切らせてグリュクを見ていた。


「……ごめんなさい、別にその、き、キスが嫌だったわけじゃなくて……」

「すみません……その……ほんとにすみません」


 もはや互いに会話の糸口を見失い、呼吸を整えて落ち着くのに三十秒ほど要した。

 そこで、フェーアが先に口を開いた。


「あの、あらためてありがとうございました。助けに来てくれて」

「…………俺よりフォレル王子と一緒にいた方が幸せになれるんじゃないかなって、思いもしましたけど」

「……けど?」


 気恥ずかしさに言葉を濁すが、促されて、白状した。 


「やっぱり、譲れなかったので。目の前で誘拐されて初めて、誰にも渡したくないくらい、あの子のことが好きだったんだって気づいて……その……みんなに手伝ってもらいました」

「…………」

「フェーアさん?」


 少し怪訝に感じて尋ねると、彼女は照れくさそうに、視線を逸らしながら呟く。


「……ごめんなさい、やっぱり自分の名前を呼んでもらえるのって、いいなぁって。グリュクさん」

「フェーアさん……良かった。本当に」


 そう言えば、彼女は拐われている最中、ずっとエルメールと呼ばれていたことになる。

 何より辛いことだっただろうと思うと、唸るような異音が鳴った。


「…………?」

「…………!」


 聞き間違いでなければ、空腹の音が、フェーアの腹部から。

 またも恥ずかしがる彼女に、尋ねる。


「……何か食べに行きましょうか」

「な、何でもいいです、早く行きましょう!」


 連れ立って歩き出す二人の頬を、吹き渡る春風が優しくかすめていった。











 それから一ヶ月と経たず、グリュクは一先ず、レヴリスに頼んでフェーアと暮らすための住まいを借り受けた。

 何から何まで世話になり、この上恋人を養う家までとは思ったが、あまり軍に――探して追ってきてくれたブラットには悪いが――借りを作るのも気が進まず、やはりしばらくはレヴリスに雇われて生計を立てるのが良いだろうという結論に落ち着いたのだった。

 二人とも口調の丁寧さは抜けないままという、他人から見れば多少他人行儀に映る恋人同士だったが、互いに相手を尊重する性格だったこともあり、新しい生活は順調に滑りだしていった。


 更に三ヶ月ほどすると、二人はベルゲ連邦の大都市の片隅の、小さな祭儀場で式を挙げた。

 レヴリスに勧められたとおりに移動都市(ヴィルベルティーレ)で挙げるのもいいが、移民請負社(ハダル)のスケジュールで移動するこの街では地理的に招待しにくい人々がいると、グリュクが強く主張したためだ。

 式の当日までに、グリュクは呼べる限りの人々に声をかけた。

 その甲斐あって、はるばる立憲君主リヴリア王国からは、密出入国幇助業者のアッフェン・ユーティストとリンデル・ストーズが。

 彼らの話を聞いて、地下組織ティガルケッソ一家で頭角を現し始めた若頭、イェノ・ティガルケッソが。

 また、アッフェンと過去に交流があったらしい諜報員のギリオロックに――ヴァン・カーウィルという別の偽名での出席だったが――加え、驚いたことに、いつの間にか事情が悪化してこちらに帰国していたらしいゾニミア・フレンシェットと妖族のフォンデュさんまでもがやって来てくれた。

 そして、当初はどういった事情が重なってこうなったのかは分からなかったが、どこで聞きつけてくれたのか、ラヴェル・ジクムントとキリエ・アールネ。出会った時とは見違える立派な正装での登場に驚くグリュクだったが、その驚愕は誰にも理解されなかった。

 グリゼルダも、少し辛そうではあったが、祝福してくれた。グリュクは後ろめたさを感じながらも、彼女の幸せを強く祈る。

 カイツは連邦軍に指名手配されていると難色を示していたものの、ミドウ・ユカリ少佐から要返送ということで届いた謎の贈り物の中に入っていた人工幽霊のシロミの誘いもあり、変装して参加することを決めてくれたらしかった。そもそも警察やグリゼルダ以外の軍関係者などは呼んでいない――ブラットも、事情を察して書面での祝福に留めてくれた――ので、よく似合う遮光眼鏡(サングラス)もあまり意味がなかったが。

 新婦であるフェーアは言うに及ばず、ドロメナ村からもトランクリオ夫妻――妻のイノリアが連邦法で結婚できる年齢に達していないので、残念ながらまだ未婚だったが――が駆けつけ、祝ってくれた。

 パピヨンたちやセオ夫妻からも贈り物が届き、使い魔が祝辞を読み上げてくれた。

 今は、レヴリスが仲人ということで、何やら不慣れらしいスピーチを打って場を和ませていた。


「(これだけ皆が来てくれても、俺もフェーアさんも、自分の家族は一人もいないんだよな……)」


 互いに事情はあり、仕方がないこととは分かってもいる。

 だが、やはりそれだけは、少し寂しかった。


(新しく作ってゆくのだ。家族と、思い出とを。ついでに吾人との旅も再開してくれるとありがたいが……まぁ……今はまだいいだろう)

「……ミルフィストラッセ?」


 新郎の後ろの壁に飾られた意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の様子を訝って、グリュクは尋ねる。


(何……少し、疲れただけのこと。御辺と旅をした三ヶ月で、短期間に力を使い過ぎたかも知れぬが。もう吾人がいなくとも、御辺は問題なかろう)

「おい、何を言って……待てって!」

(少し眠るだけだ。折られた状態では、おちおち休んでも居れなかった故にな。だが……吾人は御辺の盤石の幸福を……心底から願っているぞ)


 そこまで言うと、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)の言葉と、柄から伝わってくる鼓動のような力が、止まった。


「……嘘だろ……!?」

「ミルフィストラッセさん!?」


 新郎新婦が思わず声を上げると、そこに、ドレスを着たグリゼルダが走って駆け寄る。


「……やっぱり……ミルフィストラッセも!?」

「て、ことは、レグフレッジも……!?」

「……今は、移動都市(ヴィルベルティーレ)で保管してもらってる」

「そんな…………!」


 あまりに突然だった。

 あの時から兆候のようなものはあったのかも知れないが、グリュクは信じられない思いで、徐々に動揺が広がりつつある小さな結婚式場に、佇んでいた。











 移動都市(ヴィルベルティーレ)に世話になってはや半年近くが経ち、グリュクは一ヶ月ぶりに、霊剣安置室へと立ち寄った。彼らが休眠状態に入って以来、レヴリスが元々あった別の施設を転用して設えてくれた、特別な区画だ。

 許可を得て強固な金属の扉をゆっくりと開くと、そこには二振りの剣があった。

 両刃の直剣は、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)、片刃の曲剣は裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)という。

 裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)の主だったグリゼルダ・ジーベは、元々ベルゲ連邦国籍があったこともあり、軍関係者として弱冠十六歳で、魔法術の指導に就いているという。

 グリュクも、レヴリスの部下として移民請負社(ハダル)の業務に参加することが多くなってきた。

 だからこそ、こうして比較的頻繁に、彼らに会いに来ることが出来るのだが。


「ミルフィストラッセ、レグフレッジ……最近情勢がきな臭くなってきたみたいだ。レヴリスさんの所に入ってくる情報でも、もしかしたら……大陸戦争がまた始まるかも知れないなんて言っててさ。お前は俺のこと、一人でも大丈夫だって言ってくれたけど……」


 椅子に腰掛けながら、防弾ガラスの向こうの霊剣たちに語りかける。音は聞こえているし、ガラスは思念の波を通す。それに反応しないということは、本当に休眠状態にあるのだ。


「レグフレッジも、グリゼルダは早く、次の君の主を探したいって言ってた。だから、目が覚めたら……二人共、いつでも言ってくれよ。俺もまた――話がしたいから」

「グリュクさん、社長からの要請です!」


 リスの使い魔がちろちろと伝言を伝えに走ってくる。


「やはりタウザンボア候領からの移民妨害が来ました!」

「分かった、すぐ地上に出る」


 グリュクはそれに応えて仕事の段取りに見当をつけた。



「それじゃあ、行ってくるよ」


 二振りの霊剣にそう告げると、グリュクは当直の妖族に扉の閉鎖を頼んで、リスの使い魔の後を追った。

 いつかまた共に戦うことがあったとしても、今はそれは考えない。

 相棒とは別の、彼自身の歴程が、既に始まっているから。





















 眠りについてみれば、以前のそれで、まともな時間の感覚を失いがちだったことを思い出す。

 目覚めた時に僅かに欠けた記憶以外は、全てが揃っていた。

 それも、新たな記憶を得るために必要だったと思えば、残念ではあるが多少は諦めがつく。

 しかしこの先には、さらなる試練が待っているだろう。

 必要となって記憶を失うことが、再び無いとも限らない。

 だが何があろうとも、吾人(ごじん)は信じて待ち続けている。

 御辺(ごへん)と再び、剣とその主として語り合える日々が来ることを。


――ある饒舌な霊剣の記憶。











 お疲れ様でした、これにて第12話は完結です。

 ご意見ご質問、誤字脱字などございましたら感想ページや活動報告、ウェブ拍手にてお気軽にお寄せ下さいませ。

 五ヶ月の間お待ち頂き、本当にありがとうございました。


 次回、第13話:戦端、開く(仮)


 気長にお待ち頂けましたら、幸いであります。

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