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霊剣歴程  作者: kadochika
第02話:灰の雪、降る
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3.薪割りの呪文











 食事を平らげ、小屋の裏の井戸の水で体を拭いて戻ってくると、ゾニミアが尋ねてきた。


「さっぱりした?」

「ああ……どうもありがとう」

「どーいたまして」


 髭剃りなどは無かったために髭は延びたままだ。それでもアニラと分かれてからの四日間は殆どが野外にいたので体を拭くことも出来なかったため、随分と気が晴れた。


「それにしても聞いたわよ、また面倒くさいことになってるわねー君」

「そりゃ確かに面倒だけど……」


 グリュクが身奇麗にしている間に霊剣がし終えたらしい説明に対してゾニミアが口にした言葉と言えば、そんなことだった。

 彼としても何か同情の言葉をかけて欲しかったつもりはないが、面倒の一言で片付くのも承服しがたくはあった。

 匙と皿を流しに持って行くと、ゾニミアも皿と匙を渡してくる。

 やや納得行かない流れを感じながらもそれも流しに置くと、一拍間を置いてから言葉を始めた。


「だから、俺は出来ればベルゲに行きたい。ちょっとお邪魔するだけのつもりだったけど、経験があるのなら出国幇助業者についての話を聞きたいんだ。

 出国許可証なんて、もう王国じゃ作れない体質になっちゃったから」

「なるほどねー……でも、出国なんてしなくてもいい解決策があるわよ」

「え」

(それは興味があるな)


 彼女が余りに軽い調子で言うので、一瞬それと分からず聞き返す。


「君もここに住めばいいと思うの」


 ゾニミアの提案は、有体に言ってとんでもなかった。

 体が、思わず椅子を跳ねて立ち上がってしまう。


「そ!? そ、そんな訳に行くか! 大体、住むって……」

「いやいや、なかなか合理的だと思わない?

 力仕事とかはあんまり必要にならないけど、それでも人手が増えるだけでも全然違うし……火の面倒とか見て貰えるのってすごく助かるんだけどな。

 家が狭いって言うなら一緒に改築手伝ってくれれば良いし、愛情とかそういうのは後からついてくるって」

「あ、あぃ……!?」


 完全に狼狽しつつ反駁になっていない反駁を試みると、彼女はひらひらと手を振って説明してきた。

 こうなると、さらさらと動きに合わせて微妙に揺れる長い紅の髪さえも、こちらをからかっているようにさえ思えてくる。

 その表情からは面白がっているようにも思えるが、挙がる論拠は一応は本気で提案しているのだとも取れた。

 確かに、王国ではあるが魔女にとって不安の小さい土地柄であり、またゾニミア自身が魔女であることで、何かあれば霊剣以外の意見を聞くことも出来るだろうが。


「だからって、そ、そんな簡単に、男女が……だな……」

(うぶ過ぎる……)

「うるさいッ!!」


 立てかけられながら、明らかにこちらをからかっている霊剣に向かって思わず怒鳴る。


「フフ……まー、私の知ってる業者と連絡は取ってみるけど。その気になったら言ってね」


 ゾニミアはそういうと食卓を立ち、私室らしき部屋の扉を開けて入っていった。


「…………」


 呆然としつつ、無駄に熱を持った頬に触れながら足元を見ると、先ほどの“フォンデュさん”が足元に立ってこちらを見上げてきていた。そのほとんど全体の体積を占める、簡素化した人間の頭部のような身体に、よく観察すると、何と眼鏡をかけていた。

 光の反射で、眼鏡の向こうは窺えない。


「……フォンデュさん、だよね?」

「えーいっ! やはり間男かッ!! ボクからゾニミアさんを寝取ろうとッ、そういう魂胆であぷろぉちしてきたということかッ!!! ()ねーーーッ!!!」

「いや、違!? ちょっ、待っ……!」


 罵声と共に、大きさの割に薄気味悪いほどに強靭な手足による俊敏で執拗な攻撃を受けて、グリュクはたじろぐしかなかった。











 抜き身の霊剣の切っ先を左後方に下げ、意識を純化してゆく。

 皮に霊剣の刃で印を刻んだ目の前の樹木だけを正面に見据え、今この森の中に、自分とその樹木だけしか存在していないように感じられる程に集中する。

 東部の植物はろくに知らないが、これは故郷にも生えていたカシノキだ。

 幹はグリュクの一抱えより、やや大きい。


(体を引き絞れ。全身の筋、吾人と御辺のその全体を意識し、刃に込めるのだ。

 字を書く際に、指先に気を留めず、字そのものに意識を向けるが如く)


 霊剣の助言に従い、グリュクは力を込めた。

 更に魔女の知覚を研ぎ澄ませ、天空から無尽に降り注ぎ、大地から止め処なく立ち昇る力に己の存在の核心で以って触れ、それを爪弾く有様を心に描く。

 それが、魔法術という感覚だった。


「断ち切れ……」


 霊剣で斬りつけると、呪文によって潜在していたエネルギーが解放される。

 左下からやや右上がりに振られた切っ先が樹皮を切り裂き、木部に達して全ての年輪を一瞬にして分断する。

 振り抜くと、余剰のエネルギーが物質化して湯気のように刃から抜けて放散してゆく。物質化といっても通常の物質ではなく、“魔法物質”と呼ばれる、少しばかり不安定な存在であるらしい。


(そのまま打ち倒せ!)


 グリュクは間髪入れずに剣を持ち上げ切っ先を樹木へ向けると、再び意識を集中し、今度は別の術を放った。


「吹き飛べ……!」


 小さいが強大な威力が切っ先を基点に流れ出し、森の極狭い箇所で荒れ狂った。

 生成された魔法物質が塊の状態で射出され、倒れ掛かってきた樫の幹に極超音速で直撃する。

 いわば魔法の弾丸だ。自然界の物質には存在しない性質を与えられたその弾丸は、不安定さゆえに明るく輝いていた。魔法物質の一部が光となって失われているのだ。ただ、音速をはるかに超えた初速では着弾するまで極短い時間しか要しないのでさほど損失も大きくはならない。

 着弾するとそれは押し広がって面積を広げ、樫を貫通することなく打って押し返し、樹木全体を十メートルほど上方に弾き飛ばした。樫はそのまま轟音を立てて切断面から大地に垂直に落着し、横倒しになる過程で枝葉の切れ端や土埃を舞い上げる。

 

(そのままゆっくりと、一度意識を鎮めよ)


 言われるままに、粉塵の中で高揚した精神を宥める。

 樹木を一本胴切りにして、反対側へと倒れるように魔弾を当てただけだが、今回魔弾に与えた性質もあって貫通こそしなかったものの、樫の幹は大きく陥没していた。

 木部の繊維が複雑に絡み合っているため樹木の中でも強度が高い樫を一振りで切断し、陥没させる。

 恐らく魔弾をもっと鋭く鏃か弾丸のように練って貫通型としていれば、容易に幹の直径を越える大穴が開いていただろう。

 先日霊剣が放ったものは妖獣アヴァリリウスの表皮にいとも簡単に弾かれたが、本来は恐るべき兵器なのだ。

 するだに恐ろしいものがある想像だったが、人間など、打撃型、貫通型のどちらであろうが直撃すれば原形を留めまい。


「おぉー、すごいわね」


 ゾニミアが軽い感嘆を交えながら箒で上空から降下して来た。二人がいるのはゾニミアの小屋の裏手からやや歩いた森の中で、樹の合間に小屋も見える程度の距離しか離れていない。

 出国幇助業者への連絡は済ませてくれたそうだが、返事が来るのに最低でも二日はかかるということで、それまでは入植者たちと不意な接触をしないよう、彼女の小屋に世話になっている。ゾニミアは魔法術による村民の医療支援や、伐採による燃料調達などで生計を立てており、食料などは問題なく分けて貰えるのだという。

 少なくとも、彼女の世話になっている限りは森に分け入って野生動物を斬り殺して飢えを凌ぐようなことはしなくても済む訳だ。


(主よ、まぁ人間なのだから雑念を捨てよとまでは言わぬが、余り悶々とされてもだな……)

「黙れ……」

「私はそういう攻撃系がそんなに得意じゃないから、助かるわ。やっぱりここに住まない?」

「え……いや、だから……」


 ゾニミアは霊剣を睨み付けるグリュクに気兼ねする訳でもなく、再び彼に提案してきた。

 言葉は濁したが、魅力的な条件ではあった。

 グリュクは異性を見る目にはあまり自身のある方ではなかったが、控えめに言って、ゾニミア・フレンシェットは美人の部類であるように思える。

 五日前までは食い詰めてすらいたのであり、断る理由はないとも思えてきてしまった。

 それを誤魔化そうと、尋ねる。


「あ、あとは枝を落として……割りやすい長さで輪切りにすればいいんだよな」

「魔法術の練習も兼ねるなら堅い樫の方がいいんだろうけど……沢山やってくれるならナラとかスギをお願いするわ、割りやすいから」

「全部自分でやってるのか?」

「細かく割るのはフォンデュさんに任せてるけどね」


 ゾニミアの小屋の裏手を見遣ると、彼が台に乗って小さな体躯で斧を振り、切り株に載せた薪を細く割っているのが見えた。慣れたものらしく、彼自身の身長より遥かに長大な薪割り斧を振るう手つきは危なげない。

 先程見た時に指程度の長さだった手が明らかに伸びていて――四倍から五倍ほどだ――、頭上に斧を振りかぶれるほどになっているが、そういう生態なのだろうか。

 彼は自分を見るこちらの視線に気づいたのか、ややこちらを向いて――頭部がほぼ全身を占める構造上、首だけをこちらに向けることが出来ないのだ――鼻を鳴らしたような仕草をすると、表情をあからさまに不機嫌に変えて、再び斧を振り下ろした。


(御辺、恨みを買ったな)

「何でこんなことに……」

「その内仲良くなれるわよ」

「そうだといいけど」


 それは少々無責任ではないか、とは言わなかった。

 霊剣に聞いた訳でもないが、どうやら魔女同士では魔女の知覚によって大まかな感情の流れを読むということが出来ないらしい。この半日でゾニミアがこちらのそれを読み取った様子も無いのでそう判断したというだけのことだが。

 その彼女が、軽く両手を合わせて言ってきた。


「まぁ、明日までは私を手伝って貰って、その代わり屋根と食べ物を提供するということで……

 ちょっともう一つ手伝って貰いたいことがあるんだけど……それが終わったらいいかな?」











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