EX.サルドル・ネイピアの物語4-2
ソーヴルは村、つまり地方自治体である。
個人や家庭が住宅と共に集まり、共同体として運営されている。
そして、村を運営していくには端的ではあるが、金が必要になる。
より大きな行政区画――ここでは極東地方行政郡第十一――からの補助金もあるが、水道や電話回線、道路などの共用設備の維持などに必要な資金は、村人から税金を徴収することで賄われていた。
人口が千名にも満たない村ではあるが、規模に比べて潤沢な農業収入や村長自身の采配もあり、比較的好調に回り続けていたのだ。
しかしそこに、匿名で「汚染種環境評価企業が村長からそれらを脅し取ろうとしている」という情報が持ち込まれた。
「村長が喋ったのか……?」
そろそろ日が沈みつつある。
マシューは訝しみつつ、農具などを持って集結して彼らの拠点を取り囲もうとしている村民たちに語りかけた。
「皆さま、おはようございます。魔女への鉄槌にご用ですかな?」
「まずは村長と話をさせろ!」
「そうだ! どこに隠したんだ!」
「落ち着いてください、タグル村長とそのご家族は我々も捜索中です」
「証拠を出せよ! 本人をさぁ!」
呼びかけるが、村人たちは興奮し始めている。そうした集団の感情を制御できる者がいないのか――あるいはいたとしてもする気がないのか。
彼としても、村長には家族ごと監視をつけていたが、行方不明にまでは関与していない。
むしろ監視していたのに姿を消されて、逃亡さえ疑ったのだが、村人の不穏さを見るにそれも違うようだ。
「アンリ、採掘組から何人か抜いて例の三人組を探せ。臭う」
「へい」
マシューは隣にいた小太りの男に小声で命じて、謎の旅行者たちの捜索に行かせた。
その一方で、切り札の一つを出す。
「お気持ちは分かりますが、まずはお話と参りましょう。少なくとも、ヴォン・クラウスの方々は、ご理解をしてくださいましたよ?」
頭上で合図の手拍子を鳴らすと、彼が姿を隠しておくよう伝えていたヴォン・クラウスの村人たちが、一斉に姿を表した。
ソーヴル側よりは穏当だが、それでも閂や椅子の足などで武装している。
「アセッサの人たちに難癖つけるなら、容赦しねぇぞ!」
「俺達が汚染種の被害に遭わないように、調べに来てくれてるんだろうが!」
もともと別の村の住人だった人々は、新宅地で完全に対立しあう状態となった。
都会のように乾式の電池は普及しておらず、地方の自治体や経済的に貧しい属領では夜間の屋外の照明として、ランプや松明が主流だ。双方の村人たちは暗くなってきた状況で互いを見失わないため、それらに灯りをつけはじめた。
ソーヴル側は燃料を用いたランプ、ヴォン・クラウス側は松明を使っており、それらが端的に表す経済状況の差も悪感情に火をつけつつあった。ヴォン・クラウス側の住民たちに金を持たせるという即物的な解決方法をサルドルたちが取らなかったことも、この状況では裏目に出たのだ。
「さぁ、ソーヴルの皆さま、話しあいましょう」
そう呼びかけはするが、マシューには本当に話し合うつもりなどは無い。
交渉のテーブルに就くなら、まだ相手を落ち着かせる余地があるということだ。適当な条件を話して帰らせればいい。
こちらにはヴォン・クラウスの村人たちが付いており、啓蒙者たちの命令で保護されてきた無辜の民と、魔女と密かに取引をしてきた村では、世論や教会がどちらに味方するかは歴然だ。
彼らが実力行使で反抗してきたとしても、まずはヴォン・クラウスの村人たちを盾として、そこを掃討してしまえばいい。
対汚染種の防衛用ということで対人としては十分な兵器を持ってきているし、行使の名分についても敬虔なる啓発教義の信徒を攻撃した利敵行為者たちを排除するためという十分なものがある。
「どうしました。疚しいことなど無いでしょう?」
彼がやや威圧的に一歩を踏み出すと、ソーヴルの村人たちが押されたように下がる。
馬鹿な田舎者共が。
引くに引けずに掛かって来るならそれも良し、その時は完全な反逆者として相手をするまでのこと。
「(むしろその方が好都合だがな)」
自信に満ち溢れる彼の背後で、松明の炎がぼうぼうと揺らめき続けていた。
苦痛で目が覚めるというのも、考えてみればおかしな話かもしれない。
それに耐え切れず、気絶していたのだから。
「ぅうっ……!?」
サルドルは全身を蝕む針のような苦痛に呻いて、すっかり青い色に染まった視界に戸惑った。
どう転がったか俯せになっており、首だけが左を向いた状態だった。
「(これは……対汚染種用の審問照別の光……?)」
専用の波動物質を使用して、変換小体を麻痺させる電磁波を放つ装置だ。
小型の物は宣教師や無翼人の軍人にも配備されているもので、サルドルも市民学校時代に実技の一コマで試しにごく小さな光を浴びたことがあるが――悶絶しそうになった――、自分でここまで全身に浴びることがあるとは思わなかった。
汚染種の体内の変換小体に作用し、本来であれば邪術を使用した際にしか生じない毒素を常に放出させて全身に苦痛を与え、動きを封じるというものだ。
もっとも、ここまで苦痛で、思考さえ制限されるほどとは思っていなかったが。
「お、オリョーシャヤは……」
同僚を気遣いのろのろと周囲を見回すも、首を動かすのすら難しく、視線を動かすたびに眼球に痛みが走った。
汚染種環境評価企業の無翼人たちからの報告を聞いて駆けつけたはずが、何故こんなことになっているのか、サルドルは理解できていなかった。汚染種の遺棄兵器というものが、この青い光を放出するものだったのか。
「!」
オリョーシャヤの背中が視界に入る。端正な翼も、今は力なく投げ出されたままだ。
今はかろうじて胸郭が呼吸をするために動いているのが分かるが、手足に酷い打撲を負っている。
このままでは審問の光のショックで、神経が焼かれてしまうだろう。
「く、うぅっ……!」
力の限りに動こうとするが、痛みで麻酔をされたかのように動かない。光が当たっていない腹の側が麻痺していないので、かろうじて声を出せるといった程度だ。
光は上方から当たっているらしいが、角度の関係でよく分からない。
だが、まずはオリョーシャヤを助けなければ。
同胞を、他者を救わぬ啓蒙者に、生きる意味など無い。
力を振り絞って痺れる下半身を引き込み、体を折り曲げる。そして伸ばしての繰り返しで、何とか光の当たらない所まで這いずろうとする。
だがそこで、大きな金属音が聞こえた。
音は四つ。例えるとすれば、何かの機械を強引に叩き潰したような。
その音と同時、余韻を残して苦痛がぱったりと止んでいた。
そして、今度は断続的な銃声。
「……!?」
サルドルは体にやや残る痺れを振り払って立ち上がると、状況を確かめた。
最後に彼が上空から見たすり鉢状の掘削後の、底にいるようだ。
そして、底へやってくる人影に気づき、彼は声を上げた。
「あなたは――!」
日が沈み、新宅地に設置された汚染種環境評価企業の臨時拠点の周囲では、未だ二つの村の住民たちが集結して睨み合っていた。
その内の一方に向かって、魔女への鉄槌のマシュー・ホプキンズが、半ば叫ぶように呼びかける。
「さぁ、お話し合いに応じられぬなら、お引き取りください!」
彼の取り巻きも集まってきており、対汚染種という名目で銃器などで武装した男たちを相手に、ソーヴルの住民たちは完全に気圧され始めた。
だが、彼らもついに、疑念を口にする。
「ほ、本当は村長を脅してたんだろうが! 垂れ込みがあったんだぞ! そんで、口封じに家族ごと……!」
「司祭に呼ばれて来たアセッサが、んな真似して許されると思ってやがるのか!」
やはり情報提供者がいたかと、マーシュは胸中で毒づいた。
しかし、ことこの状況に至ってもソーヴルの住民たちが啓蒙者を槍玉に挙げていないことは、彼らの種族全体の普段からの品行方正ぶりがどこまでも徹底していたことを意味する。
一つ一つの人格を見れば、啓蒙者という種族が非の打ち所のない人々ばかりなのは、王国ではどのような階級であっても常識として知っていた。
痺れを切らせて、次の手札を切る。
「そこまで疑われるのであれば、致し方ありませんな……!」
彼が無線機に向かって指示を出すと、森の中かから偽装を排除して自動巨人が二台、姿を現した。
「う、うわぁ!?」
「作業用じゃなかったのかよッ!」
脚部の車輪で土や雑草を蹴散らしながら、全高五メートルほどの高さをした有人操縦の機械の巨人は睨み合う村人たちへと疾走、ヴォン・クラウス側の住民とマシューを守るように旋回しながら停車した。
そしてマシューが人差し指で空を挿すと、空に向かって右手に把持していた自動巨人サイズの短銃を撃ち放つ。
双方の女子供は悲鳴を上げ、その威嚇の対象となったソーヴルの住民たちは全員が身構え、大きく後退した。あと数分も、集団としてまとまっていることは出来まい。
そこに、
「待って!」
凛とした女の声が響いた。
一同の視線が――自動巨人の頭部でさえそちらを向いた。
数百の視線に射抜かれた黒髪の女は、それでも一切、怯む気配すら無く立っていた。
村人たちの中には見覚えのあるものもいた。さすがにそこまではマシューの把握の埒外ではあるが、ソーヴルに一つだけの宿に泊まっていた、三人の旅行者の一人。長い黒髪をなびかせた、美女と呼んでよい容姿と毅然とした顔つきで、そこに構えている。
マシューが何か尋ねる前に、彼女が再び口を開いた。
「ヘクセンハンマー社の全社員に勧告します。現時点を以って、武装を放棄。王立警察の到着まで、待機すること!」
とはいえ、いくら決然とした佇まいでいようと、女一人だ。
マシューは怪訝に思いながらも、銃を持った三人の部下に指示し、捉えさせようと差し向けた。
だが、
「うっ!?」
「こいつ――」
「ぐあぁっ!!」
黒髪が空中で魚のように舞ったかと思うと、一瞬で三人は叩きのめされ、悶絶していた。
女は徒手で、何をしたということもない様子でマシューを見て、言う。
「正当防衛。男三人で取り押さえようとされたら、こうするしか無いわよね?」
「……!! 司祭様の要請を受けてきた我々の業務を妨害する気か!!」
それは絶対的な後ろ盾のはずだったが、
「おっと、司祭様ってのは、この二人のことかい!?」
対峙する二つの村の住民たちの横合い、日が沈む前までは汚染種環境評価企業の男たちと啓蒙者の二人が調査を続けていた方向から、何かが飛来する。
それは音も小さく着地し、二人の司祭、サルドル・ネイピアとオリョーシャヤ・アメイに両肩で支えられた、黒髪の男だと分かる。
背はかなり高く、ぶっきらぼうな雰囲気を帯びた三白眼の青年だ。
「悪いな、二人とも」
「いえ」
「心配ありません」
マシューは喉から漏れそうな驚愕を堪えたが、表情だけは抑えられなかった。
何故、あの二人がここに来られる?
「彼に助けられました。信徒マシュー・ホプキンズ、事情を説明してください!」
「この場にいる信徒、全員にです! 遺棄兵器が無かった理由を!」
「…………!!」
二人の啓蒙者の質問に、ざわめきが広がる。周囲のヴォン・クラウスの村人たちの視線が、一斉に疑念へと変わってマシューを刺した。
彼にとって邪魔な二人を連れて乱入した黒髪の男は、愉快そうに笑っている。
「何でって面してやがるな、社長サン? 当たり前だよな、あんたが司祭さま二人を嵌めて、ソーヴルの人らに罪をなすりつけようとしてたんだからさ! ついでに言えば、遺棄兵器も他所から盗んできたもんで、ここにあったブツじゃねえ!」
その発言で、村人たちのざわめきが膨れ上がった。
「どういうことだよ、ホプキンズ社長!」
「あんた、まさか司祭さまに手を出したのかね!?」
「本当にソーヴルの村長も――」
「ええい、うるさい!」
そこで、マシューの忍耐は限界に達した。
信じがたい挙に及んだ汚染種環境評価企業の社長は、拳銃で威嚇しながら近くにいたヴォン・クラウスの住民たちを遠ざけると、近くにあった彼等の自動車の扉を開けて、中に手を突っ込む。
その一連の動きを信じられない思いで見ていたが、更にそこでサルドルは驚愕した。
「ペーネーン!?」
自動車の中から引きずり出された彼女の姿を見て、思わず名を呼ぶ。
彼女は意識はあっても、強く猿轡を噛まされて叫べないようだった。汚染種環境評価企業にはそんな機材もあるのか、背中に回された両手首には無翼人の警察でも使うような手錠が嵌められていて、彼女の動きを封じている。
彼とオリョーシャヤを助け、隣に立つ背の高い黒髪の青年――先ほど彼らを助けてくれた際に名乗った名は、ネスゲン――が、尋ねた。
「友達かい?」
「はい、僕とオリョーシャヤに、ソーヴルの村長が行方不明になったことを伝えに来てくれてたんですが……」
「それ以上近づくな! 何か不審な動きと、秘跡を唱える素振りを見せたら、この娘を殺す!」
「何を! あなたは悲しくないんですか!」
サルドルが言うと、彼はもはや聞く耳持たない様子で、叫ぶ。
「黙れッ、黙れッ! この期に及んで憐れむとは何だ!」
口から唾を飛ばしてこちらを牽制するマーシュの両脇を固めるように、先程から短銃を構えて待機していた二台の自動巨人が進み出てくる。
両肩には、投光器らしきものを装備していた。
「やれ!」
マシューの声を受けて、そこから青い光が照射される。
「!?」
再び激痛と共に体の自由を失う、サルドルとオリョーシャヤ。目の前の自動巨人たちが保持している短銃で打てる程度の弾頭ならば、本来は二人の秘跡で防ぐことが出来るが、人質を取られた上に、これでは。
だが、甲高い音がまたも四回鳴って、今度の苦痛はすぐに止んだ。
どこからの攻撃かは分からないが、二台の自動巨人の両肩の審問照別灯の合計四器が、立て続けに破壊されたのだ。
「何――!?」
サルドルも、恐らくはマシューも驚いていた。
しかし、そこでマシューの一瞬の隙を突き、腕をすり抜けてしゃがみこんだペーネーンが、飛び上がって彼の下顎へと強烈な頭突きを繰り出す!
「おぐぁ!?」
「今だァッ!!」
それはネスゲンが間髪入れずに叫ぶと、今度はどこからか、爆音を立てて一台の白い自動巨人が出現、脚部の車輪で加速してからの体当たりと足払いで、瞬く間に審問照別灯を失った二台の自動巨人の体勢を崩す。
そして腰の後ろから取り出した、全高五メートルほどの自動巨人に見合う巨大な手斧を二本取り出し、大きく振りかぶってそれぞれの股関節部分に振り下ろす。
激しく火花が散って、二台の自動巨人は両脚の動作を停止。無事な腕で白い自動巨人に向けた短銃も、照準を合わせる前に強靭な脚部で手首を踏み潰された。
「上手い……!」
「当たり前だろ」
その手際に思わず感嘆するサルドル、自分のことではあるまいに自慢気なネスゲン。
「俺の従姉妹が乗ってるんだ」
『ネス兄、無事!? ルオさんも!』
白い自動巨人は、何やら愛称のようなもので彼を呼ぶと、肩の後ろに設置されたコンテナから、何か小さな物を落とした。
小さく見えたのは対比としてで、実際には、そう、鞘に収まった、人間用の大きさの剣と槍だった。
「ありがとよ!」
「ありがとう、ナヅホさん!」
黒髪の男女はそれぞれ剣に槍を拾い上げ、掲げた。神授聖剣という、啓発教義の守護者として選抜されたヒト種の戦士に与えられる特殊な武器だ。剣の形状をしていないものも、便宜上同じ名で呼ばれていた。
「それじゃあ、あなた達は聖堂騎士団……!?」
「武装犯罪者たちを刺激しないために、非武装だっただけですよ」
「ま、そんなモンなくてもソーヴルの村長を保護して、連中が村長を隠したと噂を流すくらいは楽勝だったけどな」
そう言うと、二人は汚染種環境評価企業の――いや、このような事態になっては資格は剥奪されるであろう、武装した犯罪者たちを、神授聖剣の補助で使用可能になった秘跡で制圧していった。
そうこうしている間に、白い自動巨人は三台に増えていた。ナヅホと呼ばれた女性搭乗者の部下らしい。
『ゴーシュ、ドロワ! 周辺索敵警戒!』
『了解、周辺索敵警戒!』
自動巨人たちも、いよいよ化けの皮が剥がれ始めた悪徳汚染種環境評価企業の関係者でない者へ、つまりソーヴルとヴォン・クラウスの村人たちに退避を呼びかけながら再び旋回、周囲を警戒していた。
『警戒維持!』
『了解、警戒維持!』
三台で互いを背に死角をなくした状態となって陣形を取り、頭部だけを動かして周囲を窺っているようだ。
武装していた徒歩の魔女への鉄槌の武装社員が発砲するが、対人用の火器で自動巨人の正面装甲を貫けるはずも無かった。その機械の手に握られた巨大な携行砲は発砲されることなく、代わって身軽で手加減を効かせやすい二人の生身の聖堂騎士が、武装犯罪者たちを軽やかに制圧してゆく。
宣言通りに発泡してしまえば最後の身の守りを失うことはわかっているのだろう、そんな状態になっても未だにペーネーンを体に引き寄せてそのこめかみに銃を突きつけるマシューの姿は、サルドルの目には酷く哀れに写った。
「もうやめてください、信徒ホプキンズ! まだ償う機会は――」
「クソッ! これ以上近寄るなッ! 武器を捨てろと言ってるんだよォ!!」
一方の村の住民を盾にもう一方を牽制していたはずが、押さえ込んでいたはずの啓蒙者は戻ってきて、切り札のはずの照別灯装備の自動巨人は制圧され、部下も村人も散り散りになっている。
これほど無残な大逆転も無いだろうが、それゆえに、すがるというのか。
精進が足りないのか、サルドルにはやはり理解は出来なかった。
だが、責任ある種族の司祭として、信徒の一人として――あるいは一個の生物としてでもいいが――、決意する。
最初の御方の言葉ではなく、自分なりに考えたそれを、唱える。
「――分かち賜え!」
繊細で、しかし力強く構築された干渉念場が、盾として突き出されたペーネーンをすり抜けて、マシュー・ホプキンズだけを吹き飛ばす。
同時にサルドルは彼女へと駆け寄り、手錠で後ろ手に拘束されているために平衡を失って腰を打ちそうだった彼女を、かろうじて間に合い、支えた。
ルオと呼ばれていた聖堂騎士が、銃を落として転倒したマシューを叩きのめそうとして殺到した村人たちから彼を庇う。
正しい信徒である村人たちに汚染種と取り引きした罪を着せるというのは許されないことだが、サルドルは、このような悪事に手を染めてしまった彼を、強く哀れんだ。村人たちが主犯であろうマシューを怒りのままに叩き殺してしまっては、事件の解明に時間がかかってしまうこともあるが。
必死にさるぐつわを解くと、ペーネーンは第一声で、
「サルドル、大丈夫!?」
自分のことを棚に上げて、そんなことを言った。
「えーと、僕は心配ないよ。オリョーシャヤも、他の人達も奇跡的に――それより、ソーヴルの村長は? 聖堂騎士団が家族ごと保護してくれていたはずだけど」
「彼なら、ここにいますよ」
その声の聞こえてきた方を見ると、切れ長の目をした金髪の青年が、長大な施条狙撃銃――照別灯を破壊したのは、それを使ってのことと思われた――を肩に担いで微笑む。こちらは赤と白を基調とする、一目で聖堂騎士団だと分かる服装をしていた。
その横にいるのは、ソーヴルの村長だ。
「みんな、心配かけたな! 私も家族も、全く無事だ!」
「狙撃は慣れてなくてね。少し手間取ってしまいました」
「いえ、見事な手際でした、信徒。私、オリョーシャヤ・アメイと彼、サルドル・ネイピアが、一同を代表して感謝します」
「聖堂騎士、ロァム・アーデマイゼフ・カルダン。お見知り置きを」
名乗ると、青年は懐から無線機を取り出して、仲間と交信を始めたらしかった。よく分からない符丁がいくつか言い交わされると、彼は無線機を仕舞って告げる。
「他も片付いたようです。少なくとも、僕らが最初に潜入して数えた三十六名と、賊の数は一致します。そこの彼を含めてね」
見ると、マシューは打ち身と顎への痛打で起き上がれなくなっているところを、赤と白を基調とした制服に身を包んだ聖堂騎士たちに手錠をかけられているところだった。
彼はこれから、自身がソーヴルの人々を送り込もうとした宗教裁判に掛けられることだろう。
「司祭のお二人や村長ご両名には我々からご説明します。差し支えなければ、落ち着いたらすぐにでも。彼らを拘束して警察に引き渡しますので、我々はあと数時間と経たずに撤収します」
「分かりました。彼らを、よろしくお願いします」
「はい」
ロァムの言葉にサルドルは安堵しつつ、秘蹟を念じてペーネーンの両腕を後ろ手に拘束していた手錠の輪の施錠部分を、内部で生成したごく小さな仮想物質を膨張させて、慎重に破壊した。機構が壊れて、ペーネーンの両腕は自由になる。
「ありがとう。あなたはもしかしたら、私を自由にするために来てくれた人なのかも知れないね」
照れくさそうに、ペーネーン。
彼女の台詞は、つまりサルドルが、自分の貧しいヴォン・クラウスから他所へと移るきっかけになったという意味だろうか?
だとしたら、それは最初の御方のご采配であり、彼の力ではない。
だがそれでも少しだけ嬉しくなって、サルドルは赤面した。
「それでは、皆さん! ソーヴル村への誤解は、晴れました! 後日事情聴取などがあるかも知れませんが、基本的には今まで通りにお過ごしください! スウィフトガルド王国と聖堂騎士団領が、あなた方の生活と正しい信仰を保証いたします!」
ロァムの宣言で、村人たちが歓声を上げる。
ヴォン・クラウスの人々は、疑って済まなかったとソーヴルの人々に声を掛け、ソーヴルの人々も、まんざらでもなく喜んでいるようだ。
サルドルやオリョーシャヤが事件の解決に大きく役立つことが出来たという訳ではないのだが、それでも彼は、この結末を大いに喜んだ。
魔女への鉄槌という、最初の御方を信じるものとしてふさわしくない行いをしてしまう無翼人がいたということが、ただ一つの心残りだが、きっと、いつか彼らの魂も救われる時が来るだろう。
そう願って、サルドルは一先ず、短い考え事を打ち切った。
「行こう、ペーネーン、オリョーシャヤ。僕たちも、やれることをやろう」
「えぇ」
「じゃあ、とりあえず夕飯にしない? 啓発教義の伝統料理なら興味があるんだけど」
ペーネーンが、両手の平を叩いてそう提案する。
「じゃあ、やっかいになろうか。ついでに、料理を通じて最初の御方の御心についても――」
「今日はもういいから!」
村人たちも既に、誤解を忘れてそれぞれの家路へと就き始めている。
彼らも一先ず、ペーネーンと彼女の母親の家へと向かった。