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霊剣歴程  作者: kadochika
第12話:剣士、燃ゆ
82/145

EX.サルドル・ネイピアの物語4-1

※構成の都合上、今回を含めてサルドル編は2部連続掲載となります。

グリュク編は次々回からの開始となりますのでご注意ください。






 その日、夕暮れ時も近いというのに、ペーネーン・アールネは村の新しい区画の入口で頑丈な柵の下の方に腰掛けて、待っていた。

 癖のない栗色の髪を首のあたりで切りそろえた少女で、彼女も昔はボロ布のような服を着ていたものだ。

 今は、都会の中流家庭でよく見るような、新品同様の服を着ている。

 ペーネーンが何を待っているのかというと、行商人だ。

 だいたい、ここから東の宿場町から騎士団領(ヌーロディニア)に抜けるまでの中継地点として、このソーヴル村で休息をするために訪れると聞いている。

 ここ最近は機械化が進み、積載量の多い自動車に多量の商品を載せて、もっと西のガフェシのあたりから一気に抜けてしまうことが多いらしいが、重量税を嫌って徒歩や馬などを使い少人数でやってくるものもそれなりに残っていた。

 彼女が待っているのは、そうした行商人である。

 だが、


「(冷静に考えたら、医学書なんて持ってないかもなぁ……)」


 貧民村のヴォン・クラウスで、母や妹のために金属くずを漁っていた彼女は、少々複雑な経緯を経て、今はそこからやや西にある、ソーヴルという村に移り住んでいた。

 そこで、司祭の種族である啓蒙者の少年、サルドルの仕事を手伝うことで、初めて文明らしい、貨幣での収入を得たのだ。

 妹は今は離れたところにいるが、次に給与が支払われるまでの間に母を養うのには十分過ぎる額であり、ペーネーンはこれを元手に、医学を勉強しようと考えたのだ。

 妹、キリエと離ればなれになった原因の一端が、そうした病にあることも動機の一つだ。

 だが今は、村人から借りることが出来た初学者向けの医学の参考書に書かれている人体の摂理と機序についての知識が、考え方が面白かった。

 サルドルを手伝うこともやりがいがあり、妹とこそ生き別れることになったが、今の彼女の人生はまさに、これから充実が始まるのだという期待感に満ち溢れていたと言える。

 沈む夕日も、いずれまた昇るに違いないと確信できた。


「あ――!」


 木々で隠れた緩やかな曲がりの向こうから現れた人影に、思わず声が上がる。

 行商人だという保証もないのに駆け出して迎えに行くと、ペーネーンは思わず声をかけてしまった。


「よ、ようこそヴォン……じゃなくって、ソーヴルへ! あ、あのご用事は……!?」


 三人の男女が、背中に少々大きな荷物を背負っている。それが商品に違いあるまいと、彼らの怪訝そうな顔も構わず騒いでしまった。

 彼らのリーダーらしい細い目をした金髪の青年が、言い聞かせるように事情を話す。


「僕たちはただの旅行者ですよ。騎士団領まで向かってる途中なんです」

「え、そん……」


 ペーネーンは絶句したが、すぐに謝って話題を変えた。


「すみません……良かったら宿までご案内しますけど」

「それじゃあ、お言葉に甘えましょうか。ルオくんもネスゲン先輩も、それでいいですよね?」

「いいわ。よろしくね」

「おう」


 長い黒髪の美女と、同じく黒髪で、ぶっきらぼうな長身の男。言われてみれば、行商人といった雰囲気ではなく、ペーネーンは赤面して俯いた。


「こ、こっちです……」

「ありがとう。僕はロァム・カルダン」


 細目というか、前が見えているかどうかも不安な青年はそう名乗り、ついで後ろの二人を紹介した。


「こっちがルオ・ファンと、ネスゲン・アスカルシード」

「ど、どうも、ペーネーン・アールネです」


 彼の物腰の柔らかさに恐縮さえしつつ名乗ると、ペーネーンは歩き始めた。五百メートルも離れていないのに案内とは滑稽な話だが、逃げるように離れて村の印象を悪くするのは良くないと判断したこともある。元々の村を捨てたヴォン・クラウスの住民を受け入れたソーヴルにとって、今は大事な時期なのだ。

 それなりに育ちが良いのだろう青年ロァムは愛想よく微笑みながら彼女の後をついてきてくれる。

 日も沈みつつあったので、彼女は村長の家と一つしかない宿屋の場所、及び宣教師たちのいる簡易住宅の場所を案内すると、家路へと就いた。

 旅人が来るなど、あの赤い髪の剣士とその知り合いらしい少年以来だ。

 少々の不安を胸に抱きつつも、ペーネーンは母親と夕食を取り、薬を飲ませてから床に就いた。











 ソーヴルは王国極東の農村である。

 主要産業は穀物を主体とした農産物であり、これを生産省に納付することで、自治体として、王国民として、啓発教義の信仰者としての義務の一端を果たしている。

 だが、ソーヴルには秘密があった。

 魔女である。

 順を追って記せば、ソーヴルが属している極東地方(きょくとうちほう)行政郡(ぎょうせいぐん)第十一(だいじゅういち)では、南の十五郡での中世時代の魔女の遺棄兵器の内部から戦術級の妖獣が出現して一都市を壊滅させた事件の際、自分たちの地区にも同様の兵器が発見されて戦慄した。

 責任問題も怖いが、妖獣に殺されるのも恐ろしい。

 それでも仕方なく現地に調査隊を派遣すると、そこにはぼろぼろに朽ちて今にも壊れそうな、封印の岩があった。

 十五郡の報告では、これを破壊したことで、竜巻の妖獣が出現したのだという。

 だが、それ以上効果的な何かが出来たわけではなく、調査隊は防水布で封印の岩を覆い、村に小さな駐留施設を作って必ず一人を常駐させるに留まった。

 そこに現れたのが、ゾニミア・フレンシェットと名乗った魔女である。

 彼女はなんと、封印の岩の維持方法を知っていると主張し、少数の役人の前で、一週間ほど時間はかかったが確かに修復を進めて見せたのだ。

 不審がりつつも、郡庁はこれを許可した。元々辺境であり、魔女一人を黙認することで自治体の喪失という不祥事を免れるのであれば、という判断だ。

 幸運なことにそのまま七年が過ぎ、大陸戦争が再び勃発するようなことでもなければ、この平和は続くのだと思われていた。

 だが、誤算があった。情報が郡庁のごく一部だけで共有されていたため、ソーヴルに移転して広範囲の土地の権利を購入した新興富裕者が、郡庁の審査の目をすり抜けたのだ。

 王都にかなり強い繋がりを作ってこの辺境へとやってきた男の名は、ナイクィン・サッターヴァ。

 もし彼によって、教会を通じて魔女の黙認が啓蒙者に報告されれば、破滅だ。ナイクィンは小さいとはいえ私兵団のようなものさえ持っており、地方の役人が中央への申告も無しに動かせる戦力などでは、対抗することは出来なかった。魔女ゾニミアもまた、積極的に彼らを排除する手段を持たないようだった。

 監視員の報告を聞きながら、郡庁はひたすら肝をすりつぶしていた。

 現地から妖獣復活の報が届いた時は、全員の極刑すら――啓発教義において、極刑とは死ぬだけの刑では無い――覚悟したが、またしても、奇跡が起こった。何故かそこに訪れた別の魔女が、妖獣を殺したのだ。

 彼らはあまりの出来事に仰天し、密出国をしたいという彼の――男だった――目的を知るや、持てる限りの権力と小技を動員し、出国許可証を偽造して持たせた。

 そして胸を撫で下ろしたのも束の間、近くの廃村に第三の魔女が出現したとの報告が入り、後にその関係で啓蒙者の司祭がやって来ることになって、ついに失神者が出た――まぁ、暫らく彼らの心が休まることはなかったと言っていい。

 連邦の諜報員が魔女ゾニミアを連れ出したらしいが、啓蒙者は確実に村と村民の再調査を行うだろう。薬や薪と生活物資の交換などしていた(彼らも黙認していた)村とゾニミアとの関わりが明らかになってしまえば、郡庁の責任も問われる。

 ある関係者はこう言った。


「詰んだわ」


 そこに止めを刺すべく、蠢き始めた者たちがいることも知らずに。











 比較的新しいその焼け跡に佇む、三人の男たち。


「駄目ですね、目ぼしいもんはみんな焼かれちまってます」


 背の高い痩せぎすの男が、崩れた壁の向こうから現れて肩をすくめた。


「こっちもでさ」


 こちらは釜戸を木の枝でつついていた、やや背が低く、小太りの男。


「フン。まぁ、当然だろうさ」


 マシューは忌々しげに嘆息して、村の方を見遣った。

 つばの広い帽子と肩まで覆うマントを纏った、髭面のいかめしい造作だ。

 彼らは啓蒙者の依頼で、ソーヴルという王国極東の小さな村までやって来ていた。

 その目的は、先日村に出現したという汚染種の、村を含めた周辺環境への有害な影響を調査、評価すること。

 彼らの名は、魔女への鉄槌(ヘクセンハンマー)

 半世紀前の大陸戦争を期に大きく成長した企業群、汚染種影響評価企業(アセッサ)の一つである。

 騎士団が出動するまでもないような比較的軽微な事案や、未開拓の土地に汚染種が潜んでいないかどうかを調査するのが主で、今回彼らがここやって来たのは前者に属する。

 現在村には廃村となったスラムからの移転者が多く滞在しており、そうした状況で大勢の騎士たちがやってくるのを受け入れる余裕が無いということで、まずは彼らが状況を調査することとなったのだ。


「行くぞ。目障りな役人も、一旦引き上げたらしい」


 マントをたなびかせ、マシュー・ホプキンズは二人の部下を伴って、早くも苗木が伸びてきている森の焼け跡を通って村へと向かっていった。











 審問官クォート・エクイッシュは叛乱地域の間者を連れて飛び去った魔女を追って、ソーヴルを去った。

 サルドルは純粋人でありながら薬物の補助で秘蹟を行使していた彼と、彼が追っていたという諜報員シン・ノンブレイ――いや、ギリオロックだったか――の有様に衝撃を受け、少々仕事に身が入らなくなってしまっていた。

 キリエの件もそうだが、スラム街の救済事業に来たはずが、随分と色々な、神聖啓発教義領(ミレオム)本土にいたままでは見るはずのなかったものを見た気がする。


「サルドル?」


 オリョーシャヤが彼を呼ぶのが聞こえて、現実に己を引き戻した。“最初の御方(おんかた)”の慈悲と栄光、及び対処すべき課題に溢れた現実の世界に。

 彼らは村に来た当初同様、構築した即席住居で寝泊まりをして、ヴォン・クラウスの村人たちと、彼らを受け入れることとなったソーヴルの村人たちとの折衝や融和を進めるための仕事に当たっていた。


「ああ、ごめん。何? ちょっと、ぼーっとしてたみたいだ……」

「ペーネーンが来てるわよ。ちょっと気分転換に話して来たら? 村の外にアセッサの調査隊が近づいて来てるみたいだから、それについてもあるとは思うけど」

「うん……そうする」


 時刻は、午前九時。

 サルドルは助言に従うことにして、のろのろと這うように外へと出ていった。

 肩から生えた小さな翼も、どこか力ない。

 即席住居を出ると、今や服装は小奇麗になり、宣教師の協力者である宣教補(せんきょうほ)となったことを示すイシュの紋章を象ったペンダントを首から下げたペーネーン・アールネがいて、彼の名を呼んだ。


「サルドル?」


 その声は、わずかに不安を帯びている。

 オリョーシャヤにもそうだが、そこまで心配されるような様子だったのかと、サルドルは自戒して声音を明るく取り繕った。


「おはよう、ペーネーン。最初の御方の祝福あれ」

「おはよう、サルドル……最初の御方の祝福あれ」


 ペーネーンがしぶしぶといった様子で聖句を口にするので、さすがにサルドルも気になり、尋ねた。


「まだ慣れない?」

「……あなた達には悪いけど、私、もともとメトの神様は信じてないから」

「そういう人たちのために宣教師がいるんだ。君も読んだと思うけど、聖典の宣教の章には異教徒にも無理なく帰依してもらおうっていう教えが――」

「あーもう、分かったから! 今日はそれより、来客でしょ!」


 汚染種は処分の対象だが、異教に関しては改宗を促すのが啓発教義の基本方針だ。

 ペーネーンは積極的でこそないものの教義にやや否定的な傾向があるので、教会の分類に従えば異教となる。

 本来ならば宣教補に任命すべきではないのだが、ヴォン・クラウスには老人が多く、若く適応力のある彼女は貴重な存在だったため、こうしてサルドルの部下という形でいくつかの仕事を任せている。


「そうだね。もうすぐ入り口に到着するようだから、出迎えよう」


 ペーネーンは、サルドルと共に村の入口へと向かった。

 入り口の広場には既にソーヴルの村長や相談役、ヴォン・クラウスの村長だった男などが集まっており、何やら不安げな雰囲気を醸し出していた。

 ソーヴルの者とヴォン・クラウスの者との間に存在していた温度差が、汚染種環境評価企業(アセッサ)の到着を出迎えるために同じ場に会したことで、より明瞭になった。


「……そうか」


 今なら、サルドルにも分かった。

 ソーズル側は、自分たちが汚染種の疑いをかけられているのではないかと怯えているのだ。

 汚染種と取引でもしていない限り、そういったことはないので心配をすることはないはずなのだが……それも汚染種影響評価企業(アセッサ)が来てくれれば取り越し苦労だったと分かるだろう。

 ペーネーンも広場の空気を感じ取ってか少し不安げにしてはいたが、それについてサルドルが話す前に、村の正面の入口へと自動車が進入してきた。

 サルドルたちが乗ってきた可変型は、自動修復が進んできた時点で西の啓蒙者の拠点に帰還させてしまったので、近くの街道を通る大型輸送車両を除けば、ソーヴルに久方ぶりにやって来た自動車ということになる。

 一台、二台、三台とやって来て、ひときわ大きな輸送用らしい四台目が来て、全てが広場の隅の方へと停車すると、最初にやって来た自動車の助手席から、つばの広い黒い帽子とマントを羽織った大柄な男が降りてきた。

 彼はサルドルたちの集まる方へ悠然と歩いてきて、脱帽ののちに一礼をした。


「初めまして、ソーヴルの方々。汚染種環境評価企業(アセッサ)魔女への鉄槌(ヘクセンハンマー)社のマシュー・ホプキンズと申します。遅くなりましたが、弊社がお邪魔するからには、調査には全力を尽くす所存です」













 歓迎もそこそこに、彼らは早速両方の村の村長――ヴォン・クラウスの村長は正確には筆頭役だと自称していたが――と明日以降の方針の打ち合わせを兼ねて、簡単な食事を取るようだった。

 汚染種環境評価企業(アセッサ)の他の人員も、あらかじめサルドルたちが決めておいた所定の仮設住宅に続々と向かってくれるようだった。

 さすがに、二十人以上からなる調査団を昨日の夕方の若者たちのように宿に泊める余裕はない。

 ヴォン・クラウスの村人たちに商店を開業する余裕があれば、ソーヴルでの生活を安定させる一助となっただろうが、今は致し方無いだろう。

 だが、サルドルは参加した打ち合わせで衝撃を受けた。

 食事も終わり、二週間以内に調査を完了して今月中には評価を総括するという方針をマシューにも伝えようとした時のことだ。


「その予定通りには、恐らく参りませんでしょうな」


 大柄なマシューが、低く響く声でそう言うと、彼の傍らの恰幅の良い男が、それまで傍らに置いていた取っ手付きの箱から防水布に包まれた物品を取り出した。

 そしてその何やら重厚な物体を、すっかり食器のどけられた卓にごとりと置く。


「これです」


 その何重にもなっていた包みがガサガサを音を立てて解かれると、そこには古びて焼け焦げた、石臼に見えなくもないような物体が姿を表した。蓋らしき部分に大きな穴が三つ、正三角形を描いて開いており、村長たちは不思議な目でそれを見つめていた。


「何ですか、それは?」

「これは、汚染種の兵器です。来る途中で予備捜索を行い、森の焼け跡から発見しました」


 その発言は衝撃をもたらした。


「何ですと……!?」

「……危険はないのですね?」


 ソーヴルの村長は、天をも仰がんばかりの勢いで驚いていた。

 ヴォン・クラウスの村長の驚き方は、恐ろしい物を見たという実感に溢れてはいるが、尋常だった。


「先日の大型汚染種出現の際の山火事で機能を失ったようです。ですがこれは……あまり一般には知られていませんが、生物兵器です」

「生物……兵器?」


 軍事用語は馴染みが薄いのか、首を傾げるヴォン・クラウスの村長に向かって、マシューが説明した。


「人体にとって有害な細菌や非細胞性病原生物(ウイルス)を培養、維持しておき、必要となった時に解き放つための装置です。恐らく、汚染種以外をことごとく殺せるか、最低でも苦痛で何日も動けなくなり後遺症が残る種類の微小で、極めて有害な生物を、です。このソーヴルは、狙われていたのですよ!」


 サルドルとオリョーシャヤも、すぐさま装甲端末でそれを確認する。


「確かに、これは生物型に分類されている汚染種の兵器ですね……同じ形が複数の戦場跡で発見されています」

「何ですと……!?」


 これは、ソーヴルの村長。

 サルドルも大陸戦争末期の大規模な反攻作戦において、妖獣を封じ込めた大岩の他に、細菌型・ウイルス型の汚染種を封じ込めた培養装置もまた、置き土産として純粋人で構成された部隊を大いに苦しめたと聞いている。

 化学・生物兵器を無力化する手段にも長けた啓蒙者が相手では、時間稼ぎ以上の意味はなかったようだが。

 ただそれでも、この場に大きく波紋を広げるには十分な存在だった。

 ヴォン・クラウスの村長はやや取り乱しつつも、マシューに詰め寄りかねない勢いで告げる。


「一刻も早く調査を……いや、安全の確保が大切です、避難を!」

「落ち着いてください、山火事で失活しています。まずは魔女の――汚染種のいた小屋の周辺から、調査を進めていきますが」

「そんな……本当に……!?」

「大丈夫ですか、信徒タグル……?」


 ソーヴルの村長は、見ているサルドルの方が不安になるほどに動揺しており、オリョーシャヤが尋ねるも、首を振って席に戻るだけだった。

 汚染種環境評価企業(アセッサ)の業務には、住民の汚染検査も含まれている。

 ソーヴルの住民を疑いたくはないが、ヴォン・クラウスの住民も含めた在村確認はこのまま続けるべきだろう。もしソーヴルの住民に届出なしに村から消えた者がいれば、汚染種の嫌疑をかけなければなるまいが。

 そうしてもしも、汚染種が居たことが分かったら。

 今の彼は、その結論を出せるかどうかが分からなかったので、サルドルは、最初の御方に、そうしたことがありませんようにと祈った。











 サルドルとオリョーシャヤ、二人の司祭は遺棄兵器の捜索に同行して、この場にはいない。

 件の生物兵器は、変換小体を持つ啓蒙者には効かないことが知られているからだ。

 ヴォン・クラウスの村長は、啓蒙者へのより一層の協力を、村人たちに呼びかけてやる気を露わにしている。やはりこの場にはいない。

 そして、ソーヴルの村長はと言えば、震えていた。

 今の彼は、汚染種環境評価企業(アセッサ)のマシュー・ホプキンズと二人きりで、自室にいた。


「そ、それはつまり……いくらでも証拠をでっち上げるという意味か……!?」

「声がでかいぜ村長……でっち上げるわけじゃねぇさ、ただちょいと、本気で報告書を作ってやるだけだよ。お優しい啓蒙者どもが遺棄兵器の調査を手伝ってくれてるが、あんなところで土いじりしてたところで、あんたが汚染種と繋がってた()()()()()()()よなぁ?」


 彼は戦慄した。

 このままこの魔女への鉄槌(ヘクセンハンマー)の要求を拒むなら、彼らは村長を拷問にでも掛け、自白を引き出して彼を汚染種への積極的な協力者とする調書を作成するだろう。

 それは同時に、魔女ゾニミアとそれなりの交流を持っていたソーヴルの村民たちへの圧力となる。


「(こいつら……汚染種環境評価企業(アセッサ)の立場を利用して、行く先々の自治体でこんなことを……!?)」


 だとしたら、何が魔女への鉄槌(ヘクセンハンマー)だ。

 もっとも、そんな罵声を出すような無責任な度胸は彼には無かったが。

 本当にあんな病原体兵器を作っていたのか、ゾニミア?

 善意の魔女だと思っていた彼女に裏切られたのではないかという疑念が絶望と共に確信へと変わっていき、彼は承諾した。


「何が望みだ……?」


 マシュー・ホプキンズの髭面が、にやりと笑う。











「区画25の20、ひとまず異常は無し……か」


 ソーヴルを中心とする、半径千五百メートルの土地の探査が始まってはや三日目の午後。

 サルドルたちは汚染種環境評価企業(アセッサ)の社員たちと協力して、汚染種の遺棄兵器が残っていないかどうかの調査にあたっていた。

 本来の任務であるヴォン・クラウス村の住民の移転定着支援は、一旦中止せざるを得ない。

神聖啓発教義領(ミレオム)で製造された高出力の土木作業重機も無い状況で、サルドルとオリョーシャヤは借り物の魔力線探知機を使って地表を探査している最中だ。ようやく、半分をかなり過ぎたといったところ。

 百メートル四方ごとに格子状に土地を区分し、一つずつ、丹念に調べてゆく。

 秘跡を使って大規模に掘れればいいのだが、誤って作動させてしまう可能性を考えると、ある程度までは重機と人力で慎重に掘ることが求められた。作動させてしまったが最後、彼らには何ともなくとも、防護服がない一部の汚染種環境評価企業(アセッサ)の社員は死ぬのだ。

 純粋人だけを殺す汚染種の兵器を探すのには、彼らの働きが不可欠になる。

 また、ゆるやかな稜線の向こうの区画「25の19」では、疑わしい反応があったということで、彼らが自動車で持ち込んだ作業用の自動巨人による掘削作業が行われている。


「サルドルー! オリョーシャヤー!」


 見ると、遠くでペーネーンが手を振っている。

 サルドルはやや離れたところにいる男に告げて、オリョーシャヤと共に一旦その場を離れた。


「どうしたんだい、ペーネーン。ここは危ないから、僕らとヘクセンハンマーの人たちに任せて――」

「それが、ソーヴルの村長さんが……」

「どういうこと?」


 彼女が声を小さく話すように手振りで指示をするので、サルドルは少し眉をしかめながらも――啓蒙者の文化では、他者に内密にする話というのはどのような内容であってもあまり快く思われない――彼女の声に耳をそばだてた。


「ソーヴルの村長さんが、家族ごと行方不明なの」

「……!?」

「大ごとね……アセッサはどうしてるの?」


 事情を汲んで、オリョーシャヤも小声で尋ねる。


「それが、見かけた人には手当たり次第に伝えてるんだけど……報告しますっていうだけで……ていうか、全体的におかしいわ! こっちのアセッサの人たちも……本当に働いているの?」

「え……?」


 言われてみれば、サルドルとオリョーシャヤの近くで働いている者たちの動きが、鈍いような気がする。

 生き残って機能を続けていた遺棄兵器からウイルスが放出されるのではないかという恐怖では無く、どこか、倦怠感や遠慮といったものを。

 自然の風土に由来する何かの病気かも知れないと思い、サルドルはやや離れて探知機を動かしている男に話しかけようとした。


「あの――」

「ちょっと、サルドル――!?」

「司祭様、出ました! 遺棄兵器です!」

「ペーネーン、村に戻ってて!」

「村のみんなにも、このことを知らせて!」


 掘削現場の方向から聞こえてきたその声に応じて、二人は聖典の一節を唱えて秘跡を開放し、空を飛んで急行した。

 啓蒙者の肩から生えている羽毛を備えた翼には、秘跡で空を飛ぶ際の姿勢制御を行う役割がある。

 サルドルの翼は先天的に少々小さすぎてあまりそうした役には立たず、彼は密かに劣等感を持っていたが、それを揶揄して馬鹿にする啓蒙者などはおらず、むしろ周囲の熱心で丁寧な指導により、サルドルは翼に頼らない秘跡だけを用いて安定する飛び方を習得できた。

 そのような全員が人格者である種族だから、彼らが保護するべき発展途上の種族、つまりヒト種の助けになることは、進んでおこなった。

 彼らが見つけ出した危険な兵器は、絶対に暴発させずに無力化してみせる。

 心配そうなペーネーンの姿は、視界の片隅であっという間に小さくなっていった。


「皆さん、大丈夫ですか!」


 だが、稜線から姿を表した彼らを襲ったのは、青い光だった。


「あぐっ……!?」


 急に、オリョーシャヤが全身を抱え込むようにして墜落する。

 サルドルも、もはや他に何も意識できないほどの激痛に身を捩り、秘跡の制御と意識を失う。

 自動巨人用の掘削鍬(スコップ)で深い鍋のように掘られた窪みの底が、急速に迫ってきていた。











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