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霊剣歴程  作者: kadochika
第02話:灰の雪、降る
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2.魔女と魔女











 老人が驚愕して、彼女――紅髪の女に向かって身を乗り出した。


「ゾニミア!? 来ちゃいかんと……」

「大丈夫、すぐ戻るから」


 彼女は老人に向かってそう言うと、グリュクの帯びた剣を指して続けた。


「私はゾニミア・フレンシェット。この村の近くに住む魔女よ。あなたも、魔女みたいね?」

「……ああ。グリュク・カダン」


 ゾニミアと呼ばれたその魔女の娘と、村の見張りの老人との関係は、今しがたの短いやり取りで何となく察しがついた。

 ならば、グリュクが魔女と露見するのも即座に狼狽を見せるような事態ではない。

 ただ、老人はそれを知って多少意表を突かれたようだった。


「え、魔女……!?」

「…………」


 魔女相手ではうまく働かないのか、魔女の知覚による大まかな心理状態の把握が出来なかった。

 グリュク同様に声が伝わる可能性があるのか、霊剣も声を発しない。

 ひとまず分かるのは、ゾニミアと名乗る魔女が村にやってきたという事態と、目の前の老人だけはそれを咎めることはしていない、という点だけだ。

 さほど誉められた性質ではないと思っていた技能に思わず頼っていた己に少々の嫌悪を感じつつ、表情や物腰などから、彼はこの魔女に敵意がないと踏んで名乗った。


「君……」

「ゾニミアでいいわ、そっちのあなたも」

(……うむ。ならば名乗ろう、意思の名の下に。吾が銘ミルフィストラッセ)


 魔女は、彼の帯びた霊剣さえもを意識しているようだ。


「ゾニミア。この村がどうなってて、君とどういう関係なのかよく分からないんだけど」

(吾人も教えて貰いたいのだが……構わぬか?)

「いいわよ。ま、さすがにここで立ち話も何だから……私の家に案内するわ?」


 やはりゾニミアには霊剣の声もしっかり届いているらしい。

 どちらかと言えば、魔女が相手であれば霊剣は声を届けることが出来る、と表現した方が正しいか。

 ミルフィストラッセがグリュクに同調すると、ゾニミアは箒にまたがり、やや北東の方角を向いた。


「ちょっと遠いから、私の後ろに乗った方が早いわよ?」

「ああ……ていうか、乗れるの?」

「ちょっとスピードは落ちるけど、余裕よ」

(それではお言葉に甘えるとしよう)


 グリュクが、恐る恐る彼女の後ろ、箒の穂の根の部分に跨ると、やはり箒は箒なので体が接触せざるを得なかった。だが、箒の上でどう位置を落ち着けたものか悩む前に、箒が浮上した。上方への加速度が体を箒に押しつけてバランスを崩しそうになり、ゾニミアの両肩に手を置いた。


「うわ、浮いた!?」


 グリュクが驚きながら何とかゾニミアの肩にしがみついていると、やや気だるそうにゾニミアが告げる。


「肩は箒繰りがやりにくくなるから、出来れば後ろからお腹のあたりに抱きつく感じでお願いしたいんだけど」

「そんなこと出来るかっ!?」

「半分は冗談よ。でも落ちそうになったら構わないからね」


 そんな事々を言い交わしつつ、ゾニミアの箒は樹冠すれすれを高速でかすめて飛んで行く。

 この場合は木々との距離が近いから尚更速く思えるのだろうが、グリュクは相当に冷や汗をかいた。

 何せ、ゾニミアの肩に掴まっているとはいえ、彼が体重を預けている本質はこの箒なのだ。

 ゾニミアがどうやって重心の平衡を保っているのか、魔女になって五日目にして箒の操作などとは無縁だったグリュクには想像もつかなかった。


(主よ、吾人は少々情けないぞ)

「うるさいッ!!」


 成り立てとはいえ魔女がこの体たらくというのは、霊剣としてはさすがに落胆するものなのかも知れないが、小言をぶたれて子供じみた反応をしてしまう。


「あはははは、仲がいいのね」


 ゾニミアが屈託なく笑うと、かなり遠くまで飛んできた箒は速度をゆるめて降下を始めた。

 森の中のわずかに開かれた土地に、小屋が建っており、煙突からは煙さえ出ている。

 彼女が箒を着陸させると、グリュクは足を降ろそうとして盛大に転んだ。

 グリュクは不貞腐れながらも、ゾニミアの差し伸べた手を取って立ち上がった。


「気になるんだけど……さっき、討伐団っていう人らが……」

「あー、見てたわ。どうせここまでは来られないから大丈夫よ」

「そんなに道が厳しいのか?」

「そんな場所に住んでたら村の人が来られないでしょ」

「村の人って……」

(主よ、よく見るのだ)


 霊剣がそういうときは魔女の知覚を使えということだ。グリュクは素直に第六の知覚を開いた。

 ただその時ふと、ゾニミアも魔女であるなら同じものを感知できるのではないかという疑問が募る。自分の感情の流れが筒抜けになっていたりはしないだろうか?

 そういった雑念を振り払えずに“見る”と、小屋の周囲に熱した鍋の中の水の揺らぎのように立ち上る何かが感じ取れた。


「見えた? とりあえず顔見知り以外は別の道に通すようにしてるだけなんだけど」

「そんなことも出来るのか……」

「何か、君って魔女っぽくないわよね。見習いって感じ」

「……それは……五日前になったばっかりだし」

「はい?」

(主よ、今回は吾人が説明できる故、そう致そう)

「あぁ、頼むよ……」

「あー、それと!」

「は、はい」

「井戸を使っていいから、体くらい拭いてきなさい。ちょっと臭うわよ」

「はい……」


 説明は後ほど霊剣に任せることにして、グリュクはゾニミアの案内で小屋へと踏み入れた。

 小屋の中は簡素な作りで、外から類推できた通り間取りも単純だった。

 客間などはなく、玄関を入ると正面が厨房を兼ねた食卓部屋になっていた。


「おかえりなサマンサ~、ゾニミアさーん」


 誰もいないと思っていたのだが、男の声が聞こえてきた。

 家族か恋人などと一緒に住んでいるのだろうかと推測したが、実際に彼らを出迎えたものはかなり趣が違っていた。


「…………?」


 厨房からひょこひょこと出てきたのはゴム玉だった。やや大きい。

 これまでに全く経験がない形状の物体だったため、小さいながらその全体像を脳が捉えるのに少々時間が必要だった。

 よく見ると、そのゴム玉には顔が付いていた。

 いや、ゴム玉ではない。やや空中に浮いている。

 より正確には浮いているのではなく、下部に生えた小さな二本の突起で直立している。

 まさか、それが足なのか。

 人間の頭部だけをもぎ取って造作を単純化し、耳に当たる部分から親指に似た形状・大きさの器官を一本ずつ、そして首筋に当たる部分から同様の物を二本生やし、仕上げに眼鏡を掛けさせるとこのような造作になるだろうか。

 とにかく、そういったものだった。

 そしてその謎の直立人面は、大げさな声を出して驚いた。


「って、ちょっとあなた誰ですか!? 私とゾニミアさんの愛の巣に上がり込んで――」

「愛の巣とかいうなーッ!!」

「おげぇぇぇぇーーッ」


 ゾニミアが全力で振り回した箒で打つと、抗議の声を上げていたそれは悲鳴を上げつつ盛大な勢いで厨房へと吹き飛んでいった。

 彼女は少し間を置いて、何やら恥ずかしそうに説明する。


「……今吹き飛ばしたのが居候の妖族、フォンデュさんよ」

「ああ……そうなんだ……妖族……」

(なぜこの土地にいる。この土地は魔力はともかく、魔力を含む食物が少なかろう)

「そういうの無くても大丈夫なタイプなのよ、彼。残念なことに」

「残念なんだ……」


 ゾニミアは箒立てに箒を立てかけると何事もなかったの様に厨房に入り、グリュクも、半ば放心しつつもそれに習った。

 大陸東部の妖魔領域に住む、ある程度以上の知性を持つ種族を妖族と総称する。

 グリュクが伝承などで聞き知っている妖族は、美女の血を啜ったり怪力で山を一つ動かしたりといった、どちらかといえばその驚異を強調されたもので、厨房の片隅でハンカチを噛みながらさめざめと涙を流す小さな生物とは容易には結びつきがたい概念だった。

 人間同様にピンからキリまで、ということなのだろうが。


「うぅ……ゾニミアさん酷い……こんなにあなたに尽くして来た僕を居候扱いなんて……」

「あなたが私の研究をまともに手伝えたことなんてただの一度もないでしょフォンデュさん……それは居候というのよ」

(たった二人で賑やかな……)


 霊剣すらも、感心したように呟いている。

 ゾニミアはといえばそんなことは全く無視して、焜炉の薪に火を――恐らく魔法で――点け、鍋を温め始めた。


「あ、フォンデュさん薪の補充お願いね」

「は! はいはいただいま~っ!!」


 泣いていた妖族はそう言われると笑顔で立ち上がり、恐るべき速度で裏口から外へと駆け抜けていった。


「そろそろお昼にしようと思ってたところだから、良かったらどうぞ?」


 やはりそれを無視して、ゾニミアはグリュクに席に就くよう促した。

 二人用の小さな卓と小さな椅子。普段片方はあのフォンデュと呼ばれた妖族が立っているのだろうか(あの体型では座ると卓に口が届くまい)。

 霊剣を剣帯ごと外し、壁に立てかけてやや遠慮がちに椅子に座ると、彼女は鍋をかき回しながら話を始めてきた。鍋の中からバターや獣乳を熱した香りが鼻に届く。


「じゃあ、まずは私の事情の説明からしようか。何て言ったらいいのかな――」


 語る所によれば、ゾニミアはそもそもはベルゲ連邦の出身で、家の倉で発見した権利書が、ここの物だったのだという。

 調べた限りでは権利も失効しておらず、七年前から出入国を幇助する地下業者の助けを借りてここに移り住んだのだそうだ。

 魔女を迫害する文化が根強いはずの土地に、なぜ住む気になったのかまでは、彼女は語らなかった

 現在では住民は魔女に対して特に敵意も持っておらず、魔法によって物事を手伝うようになってからはむしろ好意的な関係になった。

 因みに、妖族のフォンデュは入国時に何故か着いてきたのだという。

 最辺境とはいえ、魔女を排除する掟が支配する王国で、妖族などはもっと住み辛いはずなのだが。


「審問か軍隊が来るかとも思ったんだけど、ちょっと事情があって、郡庁が色々黙っててくれるのよね。村の人は基本的に庇ってくれるし」

「それでか……」


 それならば、村の西の入り口の小屋での老人の台詞も腑に落ちた。村の外から来たグリュクが、彼女の存在を外に漏らす可能性を危惧したのだろう。


「でも、そうなると何で今頃討伐隊なんかが組織されたのかが分からないな」

「えーと……村にあった重機は見た? 沢山あったと思うけど」

「見た」

「あれ、夏に王都から来たっていう金持ちが、近くに鉱脈を見つけたってんで鉱山を開こうとしてるのよ。

 最初はこの村に大量に人を呼んで、労働力にするつもりだったらしいけど……」

(それと御辺との間に、どういった関連があるのだ?)

「…………村の人たちの反対運動を手伝って、ちょっと作業を邪魔したりしたのよね……魔法で怨霊の幻覚とかを見せまくったりして」

「それで恨みを買ったと……」

「カンペキ逆恨みよねー」

(なるほど、魔女がいるゆえ、村は公的な司法組織を頼ることも出来なかったという次第か)

「そういうこと。でもさっきも言ったけど、郡庁がのらくらとはぐらかして審問も軍隊も寄越してこないから……私費で討伐隊を作って私を追い出そうとして来たんじゃないかな」

「何か……生臭い話なんだな……」

(うむ……)

「まぁ、そこはちょっと、悩みの種ではあるのよ……まさか入植者をやっつける訳にも行かないしね。はい、温まった」


 ゾニミアは話し終えると、皿に盛った獣乳のシチューを差し出してきた。

 よく煮えた野菜と臭みのない肉の香りが獣乳とバターのそれと合わさり、否が応にも食欲を刺激した。


「あ……いただきます」

(御辺は人の馳走になってばかりであるな)

「黙れ」


 霊剣に毒づくと皿を受け取る。自分の分を盛って食卓に着いたゾニミアが、匙も渡してくれた。


(主よ、それではこちらの事情を話すぞ)

「ああ、よろしく……いただきます」

「いただきます」


 霊剣が説明を始め、グリュクとゾニミアはシチューを口に運び始めた。











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