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霊剣歴程  作者: kadochika
第11話:白耳、ときめく
77/145

6.襲来する慕情

 魔法物質とは、魔女や妖族がその力を行使した際に生成される物質の総称である。

 ある程度まで、術者はそれに任意の性質を持たせることが出来、対象に投射される魔弾の魔法術などは全てがこれに属する。高熱を持たせれば熱魔弾、硬度を持たせて円錐状に形成すれば貫通魔弾、防御のために面状に形成すれば防御障壁となる。

 ただ、術者が維持をやめれば即座に、あるいは短時間で崩壊してしまうことが殆どだ。

 では、永久魔法物質、ヴィジウムとは何か?

 それはその名の通り、半永久的に存在を続ける魔法物質を指す。

 啓蒙者以外の種族では生成することが出来ないが、妖魔領域(ヴェゲナ・ルフレート)では地中から産出し、高度に加工された物は、例外もあるが魔具と呼ばれる。

 グリュクの目の前で暴れる全高およそ十五メートルにもなろうかという巨大な永久魔法物質(ヴィジウム)の巨人も、その定義に従えば魔具だ。

 巨大な永久魔法物質(ヴィジウム)の塊に、どうやら特別製らしい、呪符に包まれた槍のような命役符(めいえきふ)を挿入したあの妖族の男は、巨人の形成の際にその内部へと飲み込まれていた。分厚い永久魔法物質(ヴィウム)に包まれていて生死は分からないが、恐らく内部で何かの操作を続けているのではないか。いわば、妖族版の自動巨人になるだろうか。

 岩と金属の中間のような質感の表面は時折陽光を鈍く反射し、動きはかなり素早い。その脚部より長い腕は振り回すことで小さな災害となり、直撃を回避した移民請負社(ハダル)の戦士たちも、砕かれて飛んできた岩石片で負傷した者が増えてきていた。そこに浴びせられる、天船からの援護射撃。

 グリュクたちも、苦戦していた。


「天は罰を速やかに!」

(つんざ)け!」


 二人の魔女から二条の稲妻が生じ、巨大な電光の中に巨人の姿を鮮やかに浮かび上がらせた。


(恐らく材料は、永久魔法物質(ヴィジウム)の中でも、硬度に優れた結晶也。爆裂魔弾でもさしたる損傷を与えられぬならのば、高圧電流で内部の命役符(めいえきふ)を狙うべし!)


 だが、雷に匹敵する電流の嵐にも巨人は一瞬たりとて止まらず、今度は霊剣使いたちを狙って両腕を掲げた。


「妖術を使うの!?」

(効かないか……!)

「覆い給え!」


 刹那、高熱を帯びた魔法物質の奔流が腕の先から噴出し、高速で伸びる爆炎となって岩場を灼いた。

 グリュクの防熱幕が間に合い、霊剣使いたちは魔法物質の炎に焼かれることなく、優しく輝く不活性の半透幕に覆われながらその中を突進する。

 巨人の両腕から炎の奔流が途絶えた所で二つの影が素早く飛び出し、霊剣による高速の一撃が放たれた。

 脚を狙って繰り出された刃は、巨人の足をその直径の半分ほども切り裂き、運動力を大きく殺ぐはず――だった。


「(切れない――!!?)」


 斬りつけざまに反対側へと離脱しながら、グリュクたちは衝撃を受けた。

 正確には、霊剣は表面を少なからず抉っている。打ち続ければいずれは断ち切れるだろう。だが、そのような隙を何度も見せてくれるものだろうか?

 予想外の強度に驚きを隠せないグリュク。グラバジャで刃を交えた暗殺者の短剣や、赤い炎の剣(ヨムスフルーエン)などのように、霊剣の刃にここまで耐える物質という前例は無くはなかったが、問題は全身がその素材の無垢で形成された巨大な魔導従兵が暴れ回っているということだ。


「縫い止めよ!」

(きり)は孔を迅速に!」


 グリュクの念動力場が巨人の動きを鈍らせ、グリゼルダが生成した巨大で重厚な魔法物質の円錐が高速で回転しながらその首筋へと突き刺さった。

 だが、火花こそ盛大に散るものの、やはり効果が薄いのか巨人は念動力場を振り払い、回転する破砕錐を振り回した腕の遠心力で弾き飛ばす。錐は維持を解かれて大気に溶けて消えた。


「それなら……(いまし)めよ!」


 念動力場が変形し、巨人に巻き付いて物質化する。強靱な針金のように脚に絡みついた魔法物質の拘束で、一時的に巨人の動きが止まり、続いてグリゼルダが呪文を唱えた。


(とが)は裁かれ深淵(しんえん)に!」


 巨人の立っていた足下が爆発し、それが肩まで埋まりそうな大穴が開く。

 しかし、


『無駄だッ』


 巨人の中にいると思しい先ほどの妖族の声なのか、グリュクたちの第六の感覚に妖術の行使が知覚され、巨人はその全身から下方へ巨大な念動力場を爆発させ、穴の外へと跳ねあがった。


(あの巨人、永久魔法物質(ヴィジウム)の作用で妖術の効果を増幅させているのか……)


 そしてその長い腕の先からまばゆい奔流が迸り、両足を縛る魔法術の拘束を切断する。無造作な動作で脚を巻き込んで切り裂くかと思えたが、自身の妖術が直撃しても、無傷。


「嘘でしょ……」

(あとは……圧縮魔弾か)


 一度だけ、宿場町を襲った妖虫キアロスの群に放ったことがある、彼と霊剣のいくつかの切り札のうちの一つ。超高密度に圧縮した超重量の魔法物質を炸裂させて、広範囲を破壊し尽くす、まさに破壊特化。単純に行使するエネルギーの総量だけで言えば、現在のところ霊剣使いグリュク・カダンに行使しうる、最強の戦闘用魔法術だ。


「余波が大きすぎるよ」

(うむ)


 周辺に展開する移民請負社(ハダル)の部隊の待避が完了していないし、この状況ではその実行も難しいだろう。その上、霊剣の切断力さえも大きく減殺する永久魔法物質(ヴィジウム)の防御力では、それでも不足する恐れがあった。

 跳躍した巨人が、広範囲に念動力場を展開した。


「うっ……!!」


 重力増大に似た、上から押さえつける力がグリュクたちを襲う。いや、彼らや味方である移民請負社(ハダル)どころか、セオの部下たちであろう天船側の妖族たちも同様に、その威力に喘いでいた。

 そして、その地上十五メートルほどの高さにある頭部の視線が、霊剣使いたちを捉える。


「(転移を――)」


 神経の余裕自体は残っている。離れた場所に転移をすれば、レヴリスの部下たちを見捨てることにはなるが、グリュクたちは助かるだろう。


「いや……」


 まだ手は残っている。

 高速で衝突する魔弾も、全てを切り裂く霊剣の刃も効果が薄かったが、それらには共通点がある。


「昇れ!!」

「見えざる手はその身を天に!!」


 二人の霊剣使いは、念動力場を発動した。それは永久魔法物質(ヴィジウム)の巨人の発生させた力場を押し返し、その本体を宙へと浮き上がらせた。


(ただの念動力場ではないぞ……!)


 グリュクもグリゼルダも、それぞれ連鎖複合を用いて念動力場を二重に発動している。

 二人が二つずつ展開することで、力場の強度は四倍。

 巨人の発生した力場を中心にそれが干渉しあい、念動力場が重なり合った際に見られる縞模様の光の輪――干渉縞――となって周囲の空間に生じ、余剰エネルギーから発生した高周波が、高音域を聞き取れる聴力を持っていたその場の一部の妖族の耳を苛んだ。


『……!?』


 巨人が再び止まるが、しかし動揺した様子は見られない。恐らく搭乗者は出力を上げればこれも破れると踏んだに違いない。

 それが仇になった。


「グリゼルダ!」

「分かってる!」


 二人はそれを合図に、集中した。

 巨人の周囲に生じていた複雑な光の縞模様が、徐々に少なくなっていく。四つの念動力場が完全に重なり、そしての巨体を構成する永久魔法物質(ヴィジウム)に、念動力場による負荷をかけ続ける。

 波長を完全に揃えることで、念動力場は()()()()なる。元々高度な効率化によって高い出力を発揮できる霊剣使いの念動力場が、波長を揃えて四重に展開される。巨人を構成する物質に掛かる負荷は、指数関数的に増加していった。力技ではあるが、霊剣のもたらす霊剣使いの神がかり的な技倆でなければ不可能な馬鹿力。

 硬度だけでなく粘度、絶縁抵抗も非常に大きく強固な物質だが、それでも強大な念動力場はそれを徐々に、徐々に破壊していく。

 そして立て続けに酷く大きな、硬い何かがひび割れる音が響いた。


『何……!?』


 硬く結合しあっている筈の永久魔法物質(ヴィジウム)が、(ふるい)に掛けられて荒いものと細かいものとに分けられる砂のように、体幹(ボディ)の芯からその粗密(そみつ)に応じて分子レベルで引き裂かれようとしている。

 永久魔法物質(ヴィジウム)の有人巨大魔導従兵は全身にいくつもの亀裂を生じさせていった。

 しかしそれでもまだ、巨人は抵抗を諦めていないようだった。


(……やはり術の効果を増幅する性能があるか)


 意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が呟く。

 二人の霊剣使いの念動力場に苛まれて崩壊しそうになりつつも、巨人は搭乗者の妖術によってがたがたになった構成材料を再び結合、その維持を取り戻そうとしていた。

 グリュクは無言で自分の念動力場を解く。神経の余裕の維持を強く意識していたためか――あるいは先だってのグリゼルダとの意識の共有で、魔法術の技量が更に向上したためか――、頭痛は重いが、以前ほどではない。

 逆手に構えた相棒の切っ先を足掻く巨人に向け、彼は魔法術を乗せた呪文を呟いた。


「沸き上がれ」


 その一言で自然法則が狂い、やや大柄なグリュクの身体は尋常ならざる強度を帯びた。

 己の上体を弓に見立て、意思の名を持つ霊剣を握った右腕を引き絞り、解き放つ。

 直後に彼は術を解き、超音速で飛翔した己の剣が、鋭くも鈍い音を発して衝撃波と共に永久魔法物質(ヴィジウム)で作られた巨人の胴体の奥を撃ち抜くのを見届けた。

 霊剣の刃は劣化して強度の落ちた表面と内部を貫き、その体内に隠されていた命役符(めいえきふ)を正確に抉った。これを破壊されれば、どのような魔導従兵であろうとその形状を維持することは出来ない。

 そして、巨人の崩壊が始まった。


『馬鹿な……超硬永久魔法物質(デュレザ・ヴィジウム)の魔導従兵が……!?』


 傍らのグリゼルダが維持していた念動力場の魔法術を解くと、その圧力で虚空に凝集されていた永久魔法物質(ヴィジウム)の破砕片の群はがらがらと崩れ落ちて落着、微粒子が煙となって舞い上がる。

 天船からは驚愕の悲鳴が上がり、移民請負社(ハダル)の妖族たちは歓声を上げた。

 そして、


「繋ぎ給え」


 再びグリュクの行使した魔法術が、今度は念動力場と魔法物質との中間の性質を持つ長大な糸となって、噴煙の中へと伸びる。

 グリュクが大きく腕を引くと、そこから陽光を反射しながら飛び出してくるものがあった。驚異的な鋭利さを持つ一振りの両刃の剣だ。

 念糸で絡め取っているとはいえ回転しながらこちらへ飛んでくるその饒舌な相棒の柄を、グリュクは躊躇無く手を伸ばして掴み取り、鞘に納めた。

 グリュクの腰の鞘に収まった意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が、呟く。


(なかなか手強かったが、決着なり)

「あとは船を制圧するだけだね」


 巨大魔導従兵が破壊されて士気の下がったセオ王子の部下たちは劣勢となり、天船への乗り込み口やグリュクたちの開けた破壊跡に身を隠して妖術などで応戦する状態となっていた。制圧は時間の問題だろう。

 だが、そこで後ろから新たな気配を感じた。見れば、そこに使い魔のフクロウが飛んで来ている。


「みなさんご注意ください! 現在当市に向かって新たに飛来する物体を、十五キロ先に展開する哨戒網が発見しました! なお、到着は六十秒後を見込んでおり――」

「ろくじゅうびょう!?」


 グリゼルダが声を裏返して驚く。

 そして、グリュクから見てちょうど彼女の頭の向こうに、親指の爪ほど大きさの影が見えた。

 それが何なのかと訝っている間に、影は爆音を伴いながら移動都市の上空へと迫ってきた。






 一瞬にして夜が来たかと錯覚するほど、空は急激に覆われた。そして、続いてやってきた強風。

 セオの天船を中心とするその戦場にいたものはおろか、移動都市(ヴィルベルティーレ)にあって日差しの変化を知ることが出来た者は全てが、その急転した状況に息を呑んだ。


「……天船、なのか……!」


 セオの天船も巨大だったが、こちらはそれを大きく上回る巨体だ。突入どころか不時着までしたセオの船とは異なり、こちらは悠々と空を泳ぐように移動都市(ヴィルベルティーレ)へと影を落としている。

 九キロメートルに迫る六本足の都市には及ばないが、数百メートルに及ぶ巨体は船だとすれば何十万トンの排水量になるか、想像がつかない。

 見上げて呆気にとられるグリュク、さすがの霊剣たちも、空の妖獣より圧倒的に大きな威容には驚くようだった。


(何たる巨体)

(これも狂王の宝物庫とやらに埋まっていたものなのかな……)


 それだけでは気圧されるばかりで事態をすぐに把握することも出来なかっただろうが、幸い船体のそこかしこに幾つもの巨大な旗が垂れ下がっており、白地に赤い線が斜めに交差した柄が描かれていた。


「援助要請……?」


 グリュクと同様に霊剣の持つ知識でその意味を知っていたらしいグリゼルダが、そう呟くのが聞こえた。

 水上船などで用いる、単旗で掲げることで「援助を求める意思」を意味する旗だ。

 何らかの意図があって偽装しているのでなければ、敵意はないと思っていいだろう。だが、具体的にはどういった援助なのか? そもそも、現在移動都市(ヴィルベルティーレ)、正確には移民請負社(ハダル)と彼らの協力者であるグリュクたちは、セオ・ヴェゲナ・ルフレート率いる戦士団――破軛(はやく)などと自称していたか――との交戦状態にある。

 そうした状況で、このような巨大な航空構造体が助けを求めて飛来するということ自体に、グリュクは疑念を感じずにはいられなかった。


(警戒せよ、主よ)

「……分かってる」

「グリュク! 北東、仰角七十度!」


 グリゼルダの声に気づいてそちらを仰ぎ見ると、光点があった。

 それは徐々に大きくなり、次第にどのような形状をしているのかが分かってくるような速度で音もなく舞い降りてくる。

 先端に眩く光る灯石(ともし)を取り付けられた長大な錫杖を携えた、うら若き貴婦人。

 妖族だろう。その体を構成する線は恐らく、グリュクが出会ってきた女達の誰よりも繊細だったに違いない。下世話なことを言えば、彼の好みとは少々異なるが。

 だがそんな、微風にさえ打ちのめされてしまいそうな娘が一人、護衛の一人も伴わずに単身、降下してきたのだ。

 そして、どう声をかけるべきか一瞬思案したグリュクよりも早く、彼女は灯石(ともし)の光を消して名乗った。


「わたくしは、トラティンシカ」


 透き通るような黄金の髪に鈴の鳴るような声は、一種の威圧感さえあった。

 ただ、物腰はあくまで穏やかで、慎ましい。


「トラティンシカ・ベリス・ペレニスです。こちらに、セオ・ヴェゲナ・ルフレート殿下がおいでではないかと思い、御庭に踏み入りました次第です。お忙しいかとは存じますが、わたくしも危急に付き、無作法、どうかお許しくださいませ」


 そういうと彼女は、杖を持たない方の指先でドレスの裾を軽くたくし上げ、ゆっくりと一礼した。


「(…………戦闘が収束するのか。このまま全部収まればいいけど)」


 上空に留まっている巨大天船に影を落とされているこの状況では、いくら霊剣の持つ経験に頼ってみたところで、先行きは容易には読めまい。

 セオの部下たちは既に不気味に沈黙しており、攻勢に回っていた移民請負社(ハダル)も戸惑っているようだった。グリュクたちの破壊した永久魔法物質(ヴィジウム)の巨大魔導従兵の内部にいたあの妖族も自力で脱出し、今や敵は全員が不時着した天船の内部に籠もりきっている。


「籠城っていうやつ? トラティンシカっていう人に恐れをなしたのとは、ちょっと違うような気もするけど……」

「単純にあの人が強いから怖がっているっていう訳じゃなさそうだ。それとも、強い権威が後ろにあるのかな」


 やや長い優雅な名を名乗った彼女は、周囲を見回した。話を通すべき地位にいるであろう人物を探したのだろう。

 ただ、周囲にいるのは移民請負社(ハダル)の社員たちばかりで、その場で最も彼女の興味を引いたのはグリュクたちらしかった。


「あら……あなた方。変わった剣をお持ちね」


 そう言って、しゃなり、しゃなりと優雅に歩いてくる。敵意は無くとも、その一言は二人の霊剣使いを身構えさせるのに十分だった。

 だが、妖女はころころと笑うと指先を口元に当て、説明する。


「失礼をいたしましたわ、合点が行っただけですの。セオさまは、あなた方の剣を頂きにここまでいらしたようですわね」

「……俺は、グリュク・カダン。失礼ですが、あなたのここに来た目的というのが、分からない。セオ殿下に何のご用です。教えてくれませんか?」

「あら、あら……」


 鈴のように玲瓏(れいろう)で、どこか親しみやすさとは縁遠そうな声で笑うと、彼女は答えた。


「わたくし、あのお方と将来を誓い合っておりますの。未来の夫が人様にご迷惑をかけているのですから、それを止めるのは妻の務めですわよね?」







「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!!」


 美男子にあるまじき表情で絶叫するセオを見て、一瞬レヴリスは彼の正気を疑った。傍らに立つ魔人の青年も、変身した姿でありながら怪訝そうな表情をしているのが見て取れる。

 上空へと飛来した、彼のものの数十倍の大きさを誇る天船を見た途端にこの反応を見せたということは、何か因縁のあるものなのだろう。しきりに急いでいると言っていたのは、つまりあの天船から逃れるためだったという事情でもあるのだろうか?


「レ、レヴリス……恥を忍んで頼みがある」


 先ほどの攻撃のダメージも残っているだろうが、しかし、それにしてもよろよろと力なく立ち上がるセオ。しかもそこから普段の性格では考えられない台詞が出て、レヴリスは思わず面食らった。


「この野郎、さっきまでノリノリで攻撃してきやがったくせに何を――」

「待ってくれ、カイツくん」


 拳を固めて再び殴りかかろうとしそうな青年を押し留めると、レヴリスは注意深く大叔父に問う。

 こうした状況で騙し討ちをするような性格ではないのは分かっているので、そこだけは気が楽だ。


「助かる……俺を、俺と破軛(はやく)を……どこかに匿ってくれ」

「確か私が知るかぎり、破軛の戦士は三百人はいたはずですね。生活物資は自弁して頂けるのですか」

「出来る限りはな……行動面では、全員に完全な自重を徹底させよう。最低限以上の迷惑はかけないと約束する」


 レヴリスは僅かに思案する。セオがそういうのならば、それは達成される。だがそれも、事情を全て明らかにしてからの話だ。


「いいでしょう。しかし叔父上、今はどういう状況なのです。一体あの天船はどこの所属で、あなたを匿えば()()はどういった行動に出るのか、我々のリスクは何か。三百人の戦士たちを匿うならばそれを考えねばなりません」

「……すまんが、それは出来ん」

「恥を忍んでとまで仰った割には、まだまだご自分を惜しまれているようですが」

「ぐ……」


 幼い時分は、レヴリスもセオの親族としてその遠征に同行したことがある。その貴族然とした容姿や戦いの実績で妖魔領域での人気も高かった彼の姿を見て、影響を受けた部分も大きい。

 レヴリスは魔女であり、結婚して子も設け、価値観の変わった現在でこそこうして敵対したが、魔人と共同したとはいえその彼に勝ったこの状況で、彼を敵として憎みきるということも出来ないのだった。


「セオ・ヴェゲナ・ルフレート。我々移民請負社(ハダル)は、破れて逃げる罪なき者たちの味方だ。今のあなたになら便宜を図りもしますし、状況次第では味方にもなるでしょう。無論、あなたがここに来て行った要求を全て取り下げて頂けるならば、ですが」

「…………………………」


 セオはプライドもあってか数十秒ほども沈黙していたが、レヴリスが痺れを切らせて助け舟を出そうとしたその時、口を開いた。


「致し方ないか……」


 それは百年ほど前の事になる。

 セオ・ヴェゲナ・ルフレートは、少々格は劣るが戦いを挑んできた異母弟を下した。殺さなければならないほど強力な相手でもなかったので、セオは破軛戦士団に軍勢を任せ、自分は単身本拠地へと乗り込んで――異常な戦闘能力を持つ狂王の直子がそれを実行するというのは、策源地(さくげんち)に直接爆弾を送り込むに等しい決定打だが――これを降伏させた。

 彼に継承権を放棄させて全てが終わり、彼を擁する辺境伯領(じもと)であるサーク・リモールの伯領首都での祝賀会の開かれた時のことだ。


「セオさま! ペレニス家のトラティンシカです! このたびの凱旋、つつしんでお祝い申しあげます!」


 美しい妖女たちのもてなしに混じって、小さな淑女が妖花の束を持って彼の前へと現れた。拙くもそれなりに気品のある足取りでたどり着き、微笑ましげにそれらを見送る婦人たちの視線の中で、セオはその花束を受け取った。


「ありがとう、未来の貴婦人よ。狂王位継承の暁には、きっと君も我が(つま)として迎えに行こう」

「本望です、セオさま。でもわたくしとしましては……」

「うん?」

「今すぐお迎えいただきたく存じますの!」


 それまでは子供を相手にしているだけのつもりだったセオの全身が、強張る。

 少女の指先には、指輪。そしてそれは、一瞬の隙を突いてセオの左手の薬指の根本まで達した。


「(()められた……!?)」


 少女の行為に狼狽しつつ、その指輪を凝視するセオ。

 即座の害は無いようだ。一瞬ここが祝勝会の会場で多数の妖族たちも見守る場だということを忘れ、指輪を外そうと試みる。


「外れん……!?」


 今度は焦りが口を突いて出た。


「ずっと、お慕い申し上げておりました。他のご婦人を出し抜いてセオさまと結ばれるためには、こうするしか思いつかなくて……」


 少女は、熱に浮かされたように頬に手を当て、うっとりとそう呟いていた。


「さあ、あとはセオさまがわたくしの指にこちらを嵌めてくださるだけで……」


 セオは慌ててその場を取り繕うべく、対になりそうなデザインの、とてもその指に合いそうにない径の指輪を差し出す彼女を抱き上げて館の外へと疾走した。


「きゃあ!? セオさまったら、わたくしまだ心の準備が……」

「文句を言いたいのは俺の方だ!! 俺はまだ自由でいたいんだぞ!? なのに何だこの指輪、父上の宝物庫から出土した魔具か!?」

「室にお迎えくださるっておっしゃいましたのにっ! まだまだ男の子ですのねセオさま!」

「どやかましぃぃぃぃぃぃ!!!」


 あられもない罵声を上げて廊下を疾走するセオ。

 後にも先にも、ここまでしてやられたのはこの時だけだ。

 指輪はどうやら、狂王の宝物庫に由来する逸品で間違いはないらしい。指を切断してでも外そうとしたが、彼の左手は薬指の指輪から発生した強固な障壁に覆われてしまったようで、彼の知るどんな魔具を持ってしても、指輪を破壊することは出来なかった。

 障壁の範囲外である肘から切断してしまうという考えも浮かんだが、手袋をすればほとんど隠れてしまう指輪だ。そんなもののために左腕ごと切断してしまうのは気が引けたこともあるが、ともあれ彼は、彼女から嵌められたその指輪をしたまま、百年もの間追われ続けてきたのだった。






「でもセオさまったら恥ずかしがり屋さんで……以降は天船でお友達を引き連れて逃げ回られてばかり、文も受け取ってくださらず。仕方ないので、まずは政治的な力を高めてセオさまを追い詰めようと、家督と陛下の宝物庫の採掘研究事業を引き継ぎましたの。そうしていたら、あの天船を掘り当てましたので、これでセオさまの船に追いつこうと一生懸命使い方を研究しましたのよ」


 あまりその重みを感じさせずに話し続けるトラティンシカに、霊剣使いの二人は同じ感想を抱いていた。


「(何ていうか……)」

「(凄まじい行動力……)」

(狂王の宝物庫から出た天船で王子の追っかけなどと、職権濫用の極みであろう……)

「でもそういうお茶目な所も好き……あら、わたくしったらつい」


 幸い、霊剣の指摘はトラティンシカには聞こえなかったようだ。

 通常の純粋人や魔女であれば一生を費やし尽くしても足りない大事業であろうが、そこは寿命の長い妖族の利点というべきか、百年経っても見た目は若いままだ。一般的な妖族の女は、彼女の年齢から二百歳まの百年で、徐々に肌艶などを失っていくらしいが。

 逆に言えば、女として成熟してしまった以上、通常の妖族より遥かに長命であろうセオと正式に結ばれるためにはこれ以上の時間を費やしたくないと考えていてもおかしくはない。


「というわけで、わたくしは今日こそセオさまを連れ帰りたいと思いますの。あの方はどちらに? 天船(アムノトリフォン)とお友達を捨ててお逃げするような方ではありませんから、この町に居られますわよね? ここ、レヴリスくんの町でしょう。レヴリスくんを呼んでくださらない?」

「えーと……」


 我慢の限界が近いのか、丁寧だが矢継ぎ早にまくし立てるトラティンシカ。

 さすがにグリゼルダを発言の表に立たせるわけにもいかず、しかし自分ではどう発言したものか迷っていると、使い魔が飛んできて彼に耳打ちをした。今度は鳩だ。


「レヴリス社長はセオ殿下に勝利しました。処遇をめぐって交渉中のようです」


 それを聞くと、いつのまにか近くまで来ていた妖族の女――確か、レヴリスの秘書だったか――がグリュクたちに代わってトラティンシカに名乗り、話しかけた。


「レヴリス・アルジャンはこちらに向かっているところです。ペレニス卿に於かれましては、差し支えなければお待ち頂ける場所へご案内いたしますが」

「ご好意ありがとうございます。ですが、わたくし居ても立ってもいられませんの。不都合がなければ手の者を使ってこの街を探させて頂きたいのですが、よろしくて? 不器用なセオさまのこと、余程のことがなければ人様に助けを求めたりはなさいませんわ」


 使い魔を通して事情を知っているグリュクたちは、嫌な予感を覚えていた。


「(つまり、レヴリスさんに助けを求めるほどこの人のことが苦手なんだな……)」


 事実を知れば、恐らく情に深くとも思い込みの激しそうなこの娘のことで、あまり大人しい反応を示しそうにはない。

 そもそも、セオの天船が燃料切れを起こしてカイツを追ってきた以上、セオが彼女から逃れるにはどうにかして天船の燃料を手に入れるか、天船を捨てて外へ出る必要があるのだが、レヴリスに匿われることを選んだからには、天船を捨てずに彼女を何とかやり過ごすことを考えているはずだ。

 だが、百年がかりで地下深くに沈んだ巨大天船を掘り出し、あまつさえその操作方法まで解明するような執念の持ち主を、彼は甘く見てはいまいか。

 何らかの理由でセオは彼女を攻撃して退けるということが出来ない――出来ればやっているだろう――ようなので、移民請負社(ハダル)としてはセオを引き渡してしまった方が圧倒的に楽な筈だ。

 だが、レヴリスとしてはセオは身内でもある。何より彼に魔人(カイツ)や霊剣を引き渡すことを拒んだように、助けを求めるものであれば匿うという移民請負企業の社長としての矜持があるのだろう。頭目の引き渡しとなれば、セオの部下の戦士団も黙ってはいまい。


「それに何よりこの指輪、もう一方の探知装置にもなっておりますの。セオさまに昔、この片割れをお渡ししておりますので……あの方がどこに逃げても無駄ですのよ」

「(げ)」


 破格の高機能。少なくとも、狂王の息子の指に填めさせても百年の間破壊されない強度があり、一方がもう一方を遠隔地から検知可能。そのどちらも兼ね備えているのが事実ならば、製造に必要とされる技術は霊剣に匹敵する。

 グリュクの肩に停まっていた鳩の使い魔が明らかに取り乱しながらその場から離れた。恐らくトラティンシカに見えない場所で使い魔の連関網(ネットワーク)にそれを伝えに行ったのだろう。

 セオも百年追い回されているのだから、恐らくその事実には気づいていて、レヴリスならば彼を匿いきれるという見込みがあるのだろう。


「(いや……単純に、彼女が俺たちとの交渉をこじらせて、実力で排除する展開になることを狙ってるのか……?)」


 セオと戦っているレヴリスがどうなったのかは分からないが、その可能性に思い至っているだろうか。

 トラティンシカの乗ってきた天船や、その内部の戦力、及び彼女自身の戦闘力などは全く未知数。霊剣使いとしての眼力で彼女の様々な資質にある程度の見当を付けることは出来るが、他の不確定要素が大きすぎる状況ではあまり意味がない。


「セオさまは……あちらですわね。それでは皆様、ごきげんよう。次は花嫁衣装をお見せいたしますわ」


 そう言って、彼女は歩き始めた。まさかセオも歩いてくるだけの彼女に捕まりはしないだろうが、天船で追ってくる執念を見る限り、何らかの捕縛手段を持ち合わせている可能性もあるだろう。

 止めるべきか。


「それには及びませんよ、ペレニス卿」


 その場の全員が声のする方を振り向けば、そこには首から下を銀色の甲冑に包んだ黒髪の男と、神経質そうな青年。

 そして甲冑の背に負われて気絶しているセオ・ヴェゲナ・ルフレートがいた。






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