表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊剣歴程  作者: kadochika
第10話:石火、瞬く
61/145

2.移民請負人

 宿場町の一角、黄色い葉をつけた生け垣に囲まれた、小さな宿の裏手。そこには宿の規模に似合わずなかなかに頑丈そうな作りの屋根付きの井戸があり、その傍らに置かれた薄汚れた腰掛けには水筒が載っている。その表面には「王国陸上騎士団」と刻印があった。彼が一時、所属する可能性のあった場所だ。

 小さな呼吸音と強く大地を蹴る音とが変速的なリズムを刻み、時折風を切る鈍い音が挟まる。

 その尋常ならざる硬度の剣身はまた異様に鋭く、本来なら大気を切り咲いても風切りの音を殆ど生じない。だが今は、その刃に隈なくまとわりついた灰色の物質が低音の唸りを上げる要因となっていた。

 ぶんぶんと暴れる剣、それを振って縦横に動き回る、背の高い男。赤い髪は汗を含んで溢れる体温を放散し、意志のこもった視線はせわしなく架空の標的を追っていた。ひたすらに無言で、否、時折小さく鋭い呼吸音と共に刃が突き出され、宙を(えぐ)る。その動きに応じた体の部位から汗が小さな飛沫となって散り、そして首筋を伝って体を冷やそうとするのが分かった。肌着も随分と汗を吸っていたが、彼の集中を乱すほどではない。小さな足音と共に後ろからやってくる気配も同様に。

 グリュク・カダンは両手に握った剣を正面に向かってぴたりと止めて構え、熱を帯びた肺の中身をゆっくりと吐き出した。残心(ざんしん)――一見決着したように思えても油断せず、すぐには構えを崩さないという思想の表れた姿勢――は数秒続き、やがて剣の刃にまとわりついた重い灰色の付着物が湯気のように空中に掻き消えると、彼は構えを解いた。


(この程度の単純な魔法物質であれば、一時間は維持できるようになったな)


 その声は、音ではなかった。鼓膜と聴神経を通してではなく、精神に直接感じ取れる言葉で以てグリュクに語り掛けてくるのは、その手に握った剣。

 (めい)を、ミルフィストラッセと言う。意思とそれを疎通する能力とを持ち、過去の所有者の記憶をその内部に宿して七百年の間を戦い続けてきた人格剣だ。とある事件に置いて青年と契約を交わし、その過去の所有者たちの記憶を共有することとなった。

 けどね、と、彼は相棒であるその剣に向かって言う。


「複合加速なんかは未だに客観で三分に届かないじゃないか」

(神経の作用間隔速度も当初とは比べものにならぬ程になった。後先かまわず全力を出せば、先日の妖王子にもそう簡単に遅れは取らぬ筈。或いは、あの赤い髪の聖女が更に強くなっていたとしても)


 霊剣が語るその存在は、いずれも彼が、一度は力及ばず敗れた相手だった。戦いの常ゆえ、二度と負けない、などと断言することは出来ないが、しかしそれを心がけなければならない。

 その妖王子の方のせいで期日までに南東のある都市に歩を進めねばならぬ状況になっていたので、ここしばらくは早朝にこそこそと起きだしてきて、このように一人暴れる鍛錬のような真似をするのがグリュクの日課になっていた。


「ちょっと早いけど、おはようグリュク」


 先ほどから近くにあった気配から女の小声が届き――日も出ていない時間なのだから当然だ――、そちらに振り向く。亜麻色の髪をした妖族の女と、長い黒髪を垂らした魔女の娘がこの宿の裏手に繋がる小道を歩いてくる所だった。二人とも寝巻きの上から外着を羽織ったような格好で、グリュクの練習が一段落するまで待っていてくれたのだろう。


「おはよう、グリゼルダ。フェーアさんも」


 ひとまず挨拶をするが、少々暴れて喉が渇いていた。井戸の脇の腰掛けにおいた水筒に手を伸ばし、蓋を開けて喉を潤してか口を開く。


「起こしちゃったかな」

「当たらずとも遠からず……って感じ」

「あー……」


 グリゼルダの言葉を聞いて、彼は思わず呻いた。グリュクとしては、女二人の寝る部屋に踏み込むわけにも行かないので今までグリゼルダに任せていたのだが、せめて妖女を気遣って尋ねる。


「ごめん、ありがとう。フェーアさんは何ともありませんか」

「ええ……グリゼルダさんのお陰です」

「いいって。気にしてないから」


 フェーアもグリゼルダも、そこの所を理解してくれているのがグリュクには有り難い。


「言ってくれればあたしも付き合ったのに」

「霊剣を狙う連中がいるし……俺たちに着いてきてくれる君の足手まといになりたくない」

「……そういう心がけは好感持てるけど、睡眠時間削ってるといいこと無いよ」

「またあの王子が直接来ない保証も無いから、何とか確実な対抗手段が欲しいんだ。目処は付いてないけどね」

「それはその通りだけど」


 グリゼルダには万全の体調を整えてもらい、グリュクは警戒と、戦闘力の向上に努める。だが、異空間を作り出し、恐らくは彼らに見せた以外にも多数の魔具を武器として備え持つであろう妖族の王子に対してどのような手段で対抗すべきなのか、霊剣の加護もあるとは言え、明確な答えは出ていない。異空間が展開される前に術の発動を妨害するといった理論上の対抗策も考えつきはするし、核となるあの怜悧に輝く角柱状の媒体を探し出すことが出来ればやりようもあるのだろう。

 だが、術の出がかり(・・・・)を抑えられる確証は無い。パピヨン王女のやってのけたような空間界面を突破するような大魔法術を発動する手段も理屈の上では考えられるが、いくら霊剣の力で制御力が上乗せされようと魔女の変換小体では絶対量が足りない。

 そして、フェーアの左手首の包帯の下に刻み込まれた毒の紋。

 グリュクは焦っていた。


「まぁ、まずは腹ごしらえってことで……宿の食堂が開くまでまだ時間もあるし、台所借りてお茶沸かしてあるよ。飲もう?」

「温まりますよ」

(うむ……かたじけない)

「お前は飲めないだろ」


 霊剣にぼやきつつも、そう言われてみれば、汗を吸った肌着が胴にへばりついて体の熱を奪い続けているのが意識される。

 まだまだ明け方は寒い。グリュクは曖昧に同意して、相棒(ミルフィストラッセ)を鞘に収めると上着を羽織り、彼女たちの好意に甘えることにした。







 同時刻。

 移民(いみん)請負人(うけおいにん)は北西の稜線(りょうせん)に敵影を見た。

 正確には、その影が敵だったと確証を得た訳では無い。だが、このような時間に妖術まで使って移民団を監視するような存在がただの物見遊(ものみゆ)である筈も無く、それはほぼ間違いなく、彼らの敵であった。

 浅黒く日焼けした肌、黒い髪は背の半ばまで伸びており、うなじのあたりでまとめられている。まだまだ明け方は肌寒い季節だが、足腰はともかくその胴に長袖一枚という薄着だ。重厚な彼の骨格に配置された分厚い筋肉が鎧代わりとなって熱を保持しており、その姿は一見拳闘家か何かにしか思えない。

 夜明け前に敵襲兆しを見つけて、彼は僅かに気分を害されていたが、それも表情からは読み取れない。

 口元で湯気を立てるカップの中身は冬の果実と生姜の粉を煎じたもので、彼は起きるとこれを用意して飲むのが寒い間の日課だった。それも、今回の請負と同じ頃には終わるだろうが。吐き出す息もあまり大きく広がることはない。

 飲み追えると同時、彼の背後からやや離れて話しかける声があった。


「もう起きていたのか」

「移民請負人は眠らないのさ」


 似たような時間帯に起きていて彼を見つけたくせにそのようなことを言う相手に、うそぶく。彼が率いる移民たちの、実務上のまとめ役のようなことをやっている男だ。この移民事業において、互いに良き相談相手でもある。それはともかく、と彼は懸念を告げた。


「あそこの山間(やまあい)に追っ手が見えた」

「いつ仕掛けてくる?」

「敵さんの足が軽くて見当が付かん。今の所は様子見だろうが、連中も寡兵とはいえこっちは女子供も大勢いるからな……精々俺を狙ってくれるよう祈るしかない」

「……心苦しいな」

「仕事だからでもある、気にしてくれるなよ」


 移民、それは即ち「(たみ)(うつ)す」ことであり、大規模な転居を意味するが、これを行うのは決して容易なことではない。数人、十数人と言った程度で行うのは所詮は移転や引越しであって、移民と称するからには数十から数百、時に数千数万にも上る規模の人々が、何ヶ月もかけてある土地を目指して移動する大事業となるからだ。

 そして、その事業を受託、管轄処理(マネジメント)する職業が存在した。

 それが移民(いみん)請負人(うけおいにん)である。


「あと十日もすれば第一の目的地だ。それまでを凌ぎきれば一先ずは俺たちの勝ちになるが……それだけ相手も躍起になるだろうからな。援軍を呼ぶ時間だって充分あったし――」

「ヴィベルティーレの復旧は目処さえ立っていない……大丈夫か」

「請負人としては、出来る限りの骨折りはする気でいるさ」


 彼はそう呟くと、太陽の昇りつつある左手の尾根を見た。何度も請け負ってきた移民事業だが、今回彼らの前に立ちふさがる壁は中々に分厚い。

 今度もそれを、成し遂げられるだろうか?






 三つの人影が、苔蒸した岩に彩られた緩やかな道を歩いている。時折地勢に似合わぬ巨大な岩が視界に入ったが、霊剣に眠る地質学の知識がそれを、過去に氷河の流れに乗ってやってきて置き去りになった大岩だろうとグリュクに推測させた。そうした岩が時折突き出ていても、土壌自体は植生の繁殖に適しているようで、岩などは脇に押し退けて黄色の植物たちが生い茂っていた。グリュクの慣れ親しんだ緑色の植物たち同様に花はあるのだが、黄色い植物たちの世界で目立つよう、紫や緑を始めとした明るい寒色が多いようだ。太陽光ではなく、魔力線を生態系の基盤として成立する世界。

 妖魔領域を彩るこうした黄色い植生は、秋模様に見えなくもない。天から降り注ぐ魔力線を光の代わりにして生育する植物たちの楽園であり、昼夜を問わない魔力線と異なり昼間しか降り注がない太陽光に依存する緑色の植生たちはここでは少数派だ。魔力線の届かず、しかし光は届く、といったような特異な環境以外では肩身が狭く、日陰に茂る草花より小さな生態的地位(ニッチ)しか許されていないと言ってもいい。

 相棒(ミルフィストラッセ)と出会った時の一件で純粋人から魔女へと覚醒したグリュクだが、そうなってから三ヶ月と経っていないのだから、帰属意識は未だ純粋人側にあると言えた。そんな彼にとって、出会う者がほぼ全て妖族、植生は特有の黄色という妖魔領域の環境は、追いやられた緑色の植物たちに少々卑屈な親近感を寄せさせるには充分だった。

 とはいえ、だからといって黄色い植生や妖族などどうなってもいい、となる訳では無い。


「だんだん暖かくなってきましたよね」

「ええ。そろそろ冬着を持て余す頃かも」


 呟く女に、グリュクは後ろを振り向きながら同意した。大きな木の葉の形をした白い耳を機嫌良さそうにゆっくりと上下させる彼女は、春の妖魔領域の空気を大きく呼吸して見せた。気温も上がり、行く手を見れば小さな虫たちがふわふわと粒子のように漂ってもいる。気の利いた続きを口にする前に、もう一つの声がした。


「そーいえばその耳、放熱性良さそうね」


 そう尋ねたのは、更に後ろを歩く、黒髪を背中まで伸ばして腰に剣を帯びた少女。グリゼルダ・ドミナグラディウムは、やはり道中で出会った、こちらは魔女の娘だ。グリュクと同様に霊剣と称される特異な魔具剣・レグフレッジに主として認められた魔女であり、荒事の際の心強い味方でもあった。そのグリゼルダに、フェーアが大きな耳をパタパタと前後に動かしてみせて答える。


「夏は楽なんですよ。寒すぎるんで冬は畳みますけど」

「……どうやるの」

「こんな感じで」

「ぶ!!」


 頭頂に両手の平を重ねて置くような要領で木の葉のような形状の耳がぺたりと頭の輪郭を覆い、何やら頭巾でも被ったような趣になる。その状態がどうやらグリゼルダの笑いの琴線か何かを直撃したのか、吹き出すのを堪えるような音と共に彼女が両手で口を塞ぐと同時、その長い黒髪が背中で跳ねた。


「そ、そんなにおかしいですか!?」


 慌てるように、白い耳がいつもの位置に戻る。自分でやっておきながら心外そうに赤面するフェーアには悪いが、グリュクもグリゼルダが笑うのは理解できたため――彼女は何やら辛そうにくつくつと腹を押さえてよろめいている――、自分もつられて笑ってしまわないうちにそっと顔を前へと向け、再び行く手を警戒した。警戒とこうした談笑は相反する行動ではある。

 無論、何があるか分からない道中、まして霊剣を狙う勢力の存在が明確になったからにはあまり目立つのは望ましくなかったが、だからといって道中無言で歩き続けるというのも余りに寂しい。左の手首に時限で即死するという毒を打ち込まれたフェーアの精神的な負担を和らげたいという意図もあり、そうしたやり取りを絶やさないよう彼なりに気遣っていた。グリゼルダと併せて何十人もの剣士たちの記憶があれば、話題の引き出しに困ることもない。

 一方で夜中に同室のフェーアがいまだに魘されていないか尋ねたところ、グリゼルダが少々機嫌を損ねるという事態があったものの――助平なようだが、彼女のそうした反応に悪い気はしなかった――、フェーアという個人に対してグリゼルダが悪い感情を抱いている訳ではないらしいのが救いだ。妖女の左手首に巣喰った毒の紋様を解除するための行脚は、概ね和やかに進行していた。ちらと後方を振り向いて警戒をしながらも、フェーアが少し不機嫌そうに頬を膨らませている様を盗み見てしまう。


(主よ……そろそろ話しておかねばならぬことがある)

「! あ、あぁ」

(グリゼルダ、君もだ。霊剣とその主の使命に関わることを)

「何よ、急に改まっちゃって」


 グリュクは下心を見咎められたように感じて一瞬返事に詰まり、グリゼルダが訝りつつ腰に帯びた己の相棒に尋ねる。霊剣がここまで神妙な様子で話を切り出すということは、彼と出会ってからこれまでには無かったことだ。


(先日あいまみえたタルタス・ヴェゲナ・ルフレートとその下僕パノーヴニク……彼奴等は、未だ究極の境地に達せざるとは言え、御辺(ごへん)ら霊剣使いを対手(たいしゅ)に圧倒ということをして見せた。妖王女とその師やフェーア嬢の助力が無かりせば、御辺らは討ち死に、吾らは奪われていたことだろう)

(君たちに、彼らに確実に対抗する方策はあるのか?)

「…………」


 言葉にこそしなかったが、相手は魔女より変換小体量、つまり魔力が圧倒的に大きい妖族の王子であり、異空間を作ってそこへ相手を連れ込めるなどと言う常軌を逸した大妖術を扱い、多数の魔具を所持し、そして道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)の加護さえもを得ている。

 グリュクは先日から今まで何度か同じことを考えていたが、単純に考えるならば、同じ霊剣の加護があるとは言え魔女二人で対等に戦える相手ではない。


吾人(ごじん)等の考えというのはだ、つまり、御辺等二人の内のいずれかに、吾ら二霊剣でもって二重の加護を与えると言うものだ)

「それは……!?」


 それは、グリュクかグリゼルダ、どちらかが二振りの霊剣の共通の主となるということだ。意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)の存在を知れば、誰でも思いつくことだろう。恐らく、霊剣の創製者の思惑は、いくつか霊剣を創製してゆくうちにある程度変遷があったに違いない。創製者自身の人格を元にしているのだから、ミルフィストラッセやレグフレッジが知っているのは、彼らが打ち出された時点か、剣士に授けられて旅立つ時点のことまでだ。

 恐らくは三振り目以降に打ち出されたであろうパノーヴニクに選ばれたタルタス王子が霊剣狩りを目的で動いているということは、恐らくパノーヴニクを打ち出した時点で、創製者ビーク・テトラストールに大幅な心変わりがあったと考えるべきだろう。

 そして変節した創製者の目的は、全く傾向の異なる使用者を選んで系譜を紡ぐことで、霊剣の間で多様性を獲得することなのではないか。

 例えば、戦闘意欲と技術の高い主を歴代の使用者に選び続ければ、その霊剣には戦闘に関して極めて強力な経験と知識を蓄積できるだろう。

 ある霊剣が主人を選ぶ際に洞察力や知覚力の資質を重視することで、いずれは全てを察知し予言するような行動さえもを使用者に可能とするだろう。

 魔法術の行使に特化すれば、妖族の大賢者に伍する才覚をある程度安定して生み出すことが出来るようになるかも知れない。

 そして、最終的にそれら全ての霊剣の記憶と経験――加護をたった一人に収束させることが出来たなら。

 仮にその現象を、霊剣たちは“最終収束”と名付けたらしいが、それこそは恐らく霊剣が目指すべき当面の究極目標であり、道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)の云う所の「霊剣の在り方の次なる段階」なのではないかというのが、意志の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)裁きの名を持つ霊剣(レグフレッジ)の仮説でもあった。

 そして、その二振りが今から告げようとしている対抗策というものが、その最終収束という現象を今ここで、規模も掛けた時間も劣るとはいえ実行してしまおうということであるというのは、グリュクにも見当がついた。

 両霊剣に蓄積された記憶の相乗効果もあり、二振りの霊剣の所持者となったグリュクかグリゼルダの戦闘力は飛躍的に向上、霊剣と多数の魔具の加護を得た妖族の王子のそれをも上回る可能性がある。

 単純に、異常なまでの破断強度を持つ武器を、霊峰結晶ドリハルト・ヴィジウムで出来た人格を持つ強力な魔具を二つ所持することになる、という意味もある。

 もちろん、有史以来前例など無い以上、この未曾有の人体実験が失敗か、最悪の場合は惨事となって終わる可能性もあるのだが。


(グリゼルダに出会うかなり前から、少なくとも私、レグフレッジはこの地上に少なくとも自分を含めて二振りの霊剣が存在することを知っていたから……いつかはそうするべきだろうと考えていた)

「それじゃ……君が初めて俺と会った時、こいつを要求したのは?」


 思い当たる節についてグリュクが言及すると、グリゼルダが少々ばつ悪げに俯く。


「あの時はまだ、道標の名を持つ霊剣(パノーヴニク)のことは全然知らなかったから……あたしは相棒(レグフレッジ)の意図はともかく、あの時話した以上の理由はないわ。悪い奴に霊剣を渡したくなかっただけ。でも霊剣狩りっていう組織だった動きに対抗するなら、二人の方が攻めるにも守るにも有利だろうし、前に事情が変わったって言ったのはそういうこと」

(だが、既に邪心を持った男の手に落ちた霊剣が存在したとなれば、再び話は変わってくる!)


 手があれば拳を固めていただろう、意思の名を持つ霊剣(ミルフィストラッセ)が力説するが、そこに今まで話題に入れずにいたフェーアの声が、やたらと自然な勢いで割り込んできた。


「だとしたら……ミルフィストラッセさんとレグフレッジさんは、グリュクさんとグリゼルダさんのどちらを共通の主人にするつもりなんですか?」


 一行の足が、自然と止まる。


(それは……)

「もしそうなるなら――あたしがやる」


 霊剣たちがそれを開かす前に、グリゼルダが右手を挙げ、告げた。


「え……」


 霊剣たちの提案も急なものだったが、グリゼルダの反応もまた意外だった。少なくともグリュクほどではないにしろ、困惑くらいはするのではないかと思っていたが、そうではなく、ごく真剣に提案しているようだ。

 その時初めて、この相棒を手放したくないと少しでも思っている己に、気づく。

 だが、そこで彼女の真意を確かめる前に、グリュクの目が異状を捉えた。

 その視界の端には――


「(戦闘の痕跡……?)」

「グリュク?」

「グリュクさん?」

「ちょっと先行します。グリゼルダ、フェーアさんを頼むよ」


 前方二十メートルほどに、根本から折れた倒木や、衝撃で飛び散った土や草花が見える。衝突の際の熱で破断部分が焦げたその小さな破壊の形跡は、更に分析するなら魔法物質の砲弾が炸裂したと思しい。一瞬遅れてグリゼルダも気づいたようだが、彼は先行して警戒しつつも足早に近づき、形跡を見極めた。焦げ臭さすら漂ってくるということは――


(比較的新しい)

「出来て一日も経ってないな」


 グリュクが危険がないことを手振りで示すと、娘二人はそれぞれの速度で――グリゼルダが時折フェーアの様子を気にするようにしながらも、やや先行する――グリュクの近くへと歩いてくる。

 すると今度は、やや離れて魔法術が構築されるのが彼らの第六の知覚に引っかかった。グリュクとグリゼルダは魔女、フェーアは妖族。どちらの種族も、第六の感覚で魔力や術の行使の前兆を捉えることが出来る。

 その一瞬で三人は南東の方角に目を向け、直後に響いた軽い爆音が花火か何かを連想させた。そして似たような音が連続し、それに合わせて彼らの歩く比較的開けた道の行く手の山肌に土柱が弾けて煙る。悲鳴や怒号までもが聞こえてくるのは、居住地帯に見えない前方の一帯に大勢の誰かがいるからだ。戦闘らしき行為が、数百メートル離れた山中で起こっている。


「半日も経ってなかったって訳ね」

(主よ!)

「俺たちが様子を見てくる、グリゼルダはフェーアさんを頼むよ」

「ちょ――」

「グリュクさん!?」

「そこからあまり動かないで!」


 グリゼルダが提案を受け入れてくれたものとして、グリュクは戦いの邪魔になる荷を捨てて駆け出した。こちらに危険が及ぶ可能性があればそれを回避すべく、あるいは排除すべくして。だが、黄色い山道を疾走しながらもグリュクの思考に雑念が混じる。

 そういえば、あの広大な廃墟でグリゼルダ・ドミナグラディウムに出会ったのは、こうして放っておけばやり過ごせるかも知れない厄介ごとに関わった時だったかも知れない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ