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霊剣歴程  作者: kadochika
第09話:華冑、輝く
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7.危難

 魔女も妖族も、魔力線を変換したエネルギーを己の意思で投射する、つまり、魔法術や妖術を使用する生態を持つ生物であることに関しては同じだ。そこについて回る、純粋人の社会では生じ得ない問題の一つが、「強力な戦闘妖術・魔法術を習得した犯罪者をどうやって殺さずに逮捕拘束・収監するか」ということだった。

 古来からの手法としては、毒や暴力で弱らせる、同等もしくは更に強力な術者が抑制役として攻撃的な術を行使しないかどうかを監視するというものがあり、やり過ぎで死なせてしまったり人権意識の発達でそもそも術者を虐げる行為が糾弾されるようになったり、もしくは強力な術者をこうした業務にばかりつけてもおけないという時代の要請が、魔女諸国での銃の導入を促進した。炸薬の化学反応で金属弾を発射するという攻撃的な道具の導入は、未熟な術者、あるいは純粋人であろうとそうした強力な魔女犯罪者に対して対抗できるようにするためではあったが、こうした事実は、魔力線の力を手に入れた種属(しゅぞく)が背負う宿命のようなものなのかも知れない。

 しかし一方で、己の物理的な実力を尊しとする妖魔領域では、銃はあまり普及しなかった。魔力線を遮断しやすい地下に頑丈な牢を作り、看守に強力な術者を据えるという古典的な手法で、概ねの役割が果たせたからだ。魔女たちと異なり、強力な術者が比較的余っており、また脱獄しようとする罪人なら殺してしまって構わないという風潮が強いこともある。

 そして、石の廊下を台車が渡る。ガラガラと遠くからも聞こえるその音を伴って、フェーア・ハザクは個室牢の近くへと台車を置いて盆を持ち上げた。番人を勤めるグラバジャの兵士の一人が同伴しているのは、安全上の理由のためだ。この城の地下牢は、あくまで警戒の厳重な専用の刑務施設に罪人を収監できる準備が整うまで、暫定的に使用するために作られたもので、本来は収監者などいないことの方が多い。必然、収容されているのは昨日逮捕された、かの暗殺者だけだ。もしも食事を届けに来たのがフェーアだけであれば、隙を突いて殺され、ともすればそれをきっかけに脱出されてしまうかも知れない。

 そうした危険極まり無い暗殺未遂犯の為とはいえ、見るからに粗末な収監者食(しゅうかんしゃしょく)を届けに行くというのは、数週間ほど前までは大叔母の食事を作ることが日課だったフェーアにとっては少々嫌な気分になるものだった。まして、この食事を届けられるのは彼女自身であった可能性さえあるとなれば。


「……食事です」


 個室牢の前に立って眺めると、上下左右と後ろを岩盤に塞がれ、あろうことか鍛造で作り上げられたという強靱な耐熱合金製の支柱を何本も交差させた正面で構成された房の一つの中に、その名も知らぬ女はいた。背を丸め、睨むでもなくこちらを見ており、元々上半身は変化の顔料を塗っていただけらしくろくな着衣も――与えられても着なかったのだろう、畳まれたままで投げつけられたらしい刑務服が壁際の床に落ちていた――無い。岩盤を荒く削っただけの内壁と、戦闘で顔料の落ちきった虜囚の胸郭から下がっている形のよい乳房との差異が、奇妙だった。


「(私に化けてパピヨン王女を殺そうとしたのが……この人……)」


 フェーアは暗殺者のいる位置に自分の姿を重ね合わせ、その妄想に嫌悪を抱く。相手が強力な術者であることもあって、自然と盆を差し出す手も震えた。城の厨房は通常業務に加えて来賓用の準備にも人手を割かれており、事態の詳細をあまり知らない厨房関係者にフェーアの事情を推し量って別の者をあてがってくれることを期待する訳にも行かなかった。我侭(わがまま)めいた事情を述べて心証を悪くすることもしたくない。

 牢の小口から盆を引き寄せながら、暗殺者。


「……何がおかしい、とか何とか、訊かないのかイ」

「行こう。口を利くなよ」


 ちらとその顔を見れば、にやにやと笑っている。兵士の言う通り、まともに口など利いてはなるまい。こうして食事は届けたのだから、あとは戻って厨房がひと段落していたら、その時は今度こそ、代わりを頼めばいいのだ。

 だが、暗殺者は喋り続けるようだった。


「ワタシはおかしいと思うネ、だって――」


 高度な術者は――そう、彼女の大叔母もそうだった――、通常の術者が反応さえ難しい速度で術を構築してしまえる。フェーアには第六の知覚によってその内容は読みとれても、即座に対抗手段を発動することが出来ずに呪文の発声を許してしまった。


「こんなにショボい牢屋でワタシを閉じこめた気になってるんだからネッ!!」


 その声を呪文に、小さな霧の固まりのようなものが高速でフェーアに同伴していたグラバジャ兵に襲いかかり、顔にまとわりついた。


「うッ、うぅッッ!?」


 呻くような悲鳴を上げたかと思うと、彼はのけぞるように倒れる。読みとれた妖術の内容からして、何らかの化学物質に似た作用を持たせた複雑な魔法物質を生成するものらしいが、まさか気体状の毒か。牢にいるはずの他の兵士が来ないのは何故だ? そう考えつつ逃げることも出来ずに身構えていると、倒れた兵が起きあがり、右手でフェーアの左の二の腕を掴んだ。


「そのまま突き殺セッ!」


 暗殺者の命令に、彼はフェーアを引き寄せてその喉に左手をかけ、そしてもう一方の手で腰の鞘から剣を抜いた。先ほどまでは全く平穏だったはずの彼の、乱心の原因は――


「(妖物質(ようぶっしつ)で判断力を低下させて、相手を操る術……!)」


 そう分析できたのは、不思議だった。いや、彼女に憑いていた大叔母(エルメール)の怨念が脳に刻み込んでいった、妖術の知識によるものだろうか。

 フェーアは、自分がそうした術へ対処する手段を知っているような気がした。

 かちりと音がして鍵の機構が解除され、牢に閉じこめられていた女がゆっくりと足を踏み出してそこから出てくる。鍵などいつでも解除できる技術を持ちながら、何故なのか。


顔料(ピグメント)は無いけど、まぁ、問題はないネ」


 横目で見ると、暗殺者がせせら笑いながら妖術を発動し、見る間にフェーアと同じ姿を取ってみせる。元が半裸の状態だというのに衣服までが完全に再現されており、偽のフェーアはその口の端を、本人が決してやらないような角度で歪めた。

 つまり、牢を開けずに待っていたのは単に容姿を奪う相手が来るまで待っていたにすぎないのだろう。フェーア自身を兵士の手で殺させ、二人の死体は地下牢に隠す。そして自分は疑いの晴れた彼女に化けて再び王女に近づき、今度こそ暗殺を成し遂げる――。

 白刃が突き出され、そんな状況にも関わらず自分の中で熱く硬質な膨れ上がるような感情に驚きつつも、それに身を任せた。


「それは……呪縛の、解、放ッ!!」


 彼の腹部を蹴りとばして刃の軌道を逸らし、手の力が緩んだので声を出して妖術を解放する。自然界に出現したきらめく湯気のような魔法物質の粒子の奔流が、兵士の頭部を射抜いて輝く。そしてびくりと震えてその動きが止まり、完全に彼の体がフェーアから離れる。激しい水流で衣服の汚れを叩き落とすように、脳を操り傀儡とする不安定な仮初の物質は分解されて消えていった。


「(即座にあれを分解したのかイ!?)」


 フェーアにとって、暗殺者のそのような驚きは知る術はないが、そうした驚愕を見て余裕を感じる以前に、彼女は憤怒していた。一度ならず二度までも、彼女の姿を奪って悪事を働こうとしたこの暗殺者を、さして時間も経っていない、親類に体を奪われた忌まわしい思い出を呼び起こして無理矢理咀嚼(そしゃく)させようとしたこの女を、憎んでいた。

 一生分の怒りをかき集めてもなお足りないくらいの、相手への敵意。

 それは彼女を忘我へと追いやり、全ての雑念を捨てさせて相手を倒すためだけの妖術を超高速で構築させるほどの感情だった。


「…………!?」


 頭も胸の内も、構築している妖術も怒りで一杯なのだから、複雑で巨大な妖術を解放しようとするフェーアを見て相手が何を思っているのかなど、今の彼女には全く理解できない。ただ、許したくない。


「これは……私の怒りッ!!」


 光明が複数出現し、移動する。ごく僅かな時間差を置いて、暗殺者の周囲で魔弾が爆発した。左上方で一発目、右下方で二発目、三発目が正面、次が背後。その順に一秒の十分の一以下の時間差で炸裂した魔弾は暗殺者を激烈に踊らせた。同時にその変化が解けるが、それでもなんとか、といった様子で出口へと走りだした。

 フェーアも我に返って、状況を把握する。

 埃にまみれた調理服のままその後を追うが、誰一人としてその途中で出会うことはなかった。


「(……結構騒がしかったはずだけど、どうして……?)」


 まさか暗殺された訳でもあるまいが、角を曲がると途中で死んだように眠っている兵士が一人、二人と目に入った。どうやら微量の気体魔法毒を徐々に吸わされ、一足先に昏睡状態にされたらしい。


「この盾は――私の抵抗ッ!」


 地上階に出ると、すかさず防御障壁を展開し、そこを狙って飛来した魔弾を防御した。その解除に連鎖させて、次の妖術が発動する。


「防御は、時に罠ッ!」


 その瞬間、視界を多い尽くす無数の魔弾が出現した。親指の爪程度の大きさをした鉛に近い色の擬似的な物質たちは、高速で相手を追うことも無く、破裂する、放電するなどということも無く。ただ、少しばかり硬く、重い性質を持って生み出されていた。

 そして、フェーアの頭上から何か鈍い音が響き、体中に打撲を負った女暗殺者が落下してきた。


「ぐぁっ……」


 予想通り、複合加速の妖術を使用したのだろう。彼女はフェーアのことを複合加速の使えない術者だと思っていたのだろうし、実際にそうだった。大叔母に体を奪われるまでは、複合加速はおろか先ほど行使したような、相手の至近距離でごく短時間に連続して妖弾を炸裂させるような芸当など考えたことも無かったし、複合加速への対抗手段として半径十メートルの半球の範囲に十五万近い数の硬質の魔弾を仕掛けたりも出来なかっただろう。フェーアに突進してその頭部を叩き割る前に、猛烈な速度を殺しきれずに硬く重い魔弾の群に自分からぶつかってしまった暗殺者は、フェーアの現在の術技の一端を見ていながら明らかに彼女を侮っていた。

 やはり一番驚いているのは彼女自身ではあったが、それでも、今の手際を大叔母の遺産かと感じる程度には、術行使に慣れてきている。憎んだ相手をこのように痛めつけてしまうことで気分が晴れてしまう自分がいることも、否定は出来なかった。

 一連の音を聞きつけてか、もはや何もかもが苦痛でしかなさそうな様子でゆっくりとのたうつ暗殺者の姿を認めてか、兵士が何人か集まってきた。

 そして彼らと事情を知らせあい、今のフェーアはグラバジャ伯アルベルト・カインウィッツと共に外廊下を歩いていた。つい数分前、会談の場から第三王子と霊剣使い二人、そしてパピヨン王女の師が消えた。聞ける限り聞き取れた事情はつまりそういうことで、不安も募る。

 ただ、時計塔に向かう際に脱獄を試みた暗殺者を制圧したのを偶然見ていたらしく、グラバジャ辺境伯はフェーアに興味を持ったようだった。


「……君に、試してもらいたいことがある」


 臨時に厨房の任を解かれ、半ば連行されるように昇降機へと案内された。機械音が唸りを上げる室内で、彼女など本来は一生縁など無かったであろう高位の人物と共に、ひたすらに下降する。


「霊剣使いたちはこことは異なる空間へと連れ去られた可能性がある。時計塔の答え次第では彼らを奪還するために、君の力が必要になるかも知れないのだ」

「私のですか……!?」

「先ほどの手際を見るに、君は相当な術者らしい。何故それが厨房にいたのかは分からんが、その制御技術を見込んでのことだ」


 異空間に連れ去られたかも知れないグリュクのことを考えたのはあるが、私などより、などと辺境伯を相手に実際に言うのは躊躇(ためら)われた。

 そして、昇降機を出て通された先は、音楽堂にも似た広大な空間。

 そこに佇む少女は初対面の相手だが、酷く憔悴しているように見える。


「こちらが、狂王位継承候補、第十二王女、パピヨン・ヴェゲナ・ルフレート殿下だ」

「ふぇ、フェーア・ハザクです……!」

「ようこそ……パピヨン・ヴェゲナ・ルフレートです」


 名乗って名乗り返され、初めて分かる。目の前のこの意気を失ったような少女が王族であることが、フェーアには少し、意外だった。

 事情については、先ほどの暗殺者がフェーアの姿を盗み、この少女を殺めようとしたのだと聞いている。それを思えばこの高貴の娘がこうして覇気無く佇んでいるのも、無理からぬことではあるだろうが、どうもそれだけではないようだ。

 グラバジャ伯の口からその事情を聞き、本日の来賓であるタルタス王子と共に、少女の師であるフレデリカ教師とフェーアに事情を説明してくれた霊剣の主グリゼルダ、そしてグリュク・カダンが消失したのだという。


「そして、こちらのパピヨン殿下の“不動華冑”が発動すれば、彼らが消えた先の異空間へと行くことが出来る可能性がある」


 その不動華冑なる名詞は初めて聞くものだったが、にわかには納得しがたい剣士たちの失踪の事実を覆すのだとしたら、それはこうした信じ難い存在によってではないかという気もした。

 しかし、


「出来るんですか、そんなことが……!?」

「出来ません……」


 フェーアの驚愕に、少女が絶望を呟いた。


「あれは、あれを未熟な私でも発動できたのは、先生の助けがあったからです……! 私一人じゃ……出来っこないんです!」


 もしも一人にさせておいたら自傷でも始めるのではないか、小さな王女はそう案じてしまう程度には気を落として嘆き続けた。おそらくは音響も考慮して作られているであろうこの大きな空間では、そのか細い嗚咽じみた声は消え入るばかりだ。


「君には、今まで発動を補助していたフレデリカ教師の代役を務めてもらいたい。本来ならば私が行きたいのだが、この手の術は不得手だし、何より王子が連れてきた護衛の連中を監視していなければならんのでな」


 そう告げる伯が不本意であることは、苦々しげな表情で知れた。彼が選んだのだから、少なくともその目利きにおいては、フェーアはその教師とやらの代理を勤めうると判断されたのだろう。その見込みがどの程度のものかは分からないが、少なくとも分かるのは、こうして案じるべき人々のいる中でも己の為すべきことを見失わずに差配を出来るグラバジャ伯や、俯いて今にも泣き出しそうな姫君のために力になりたいという気持ちが己に沸いてくることだ。

 フェーアは王女に歩み寄ると、膝立ちになってその視線を合わせた。そうしなければならないような、小さな少女だった。


「殿下……殿下のお師匠さまの代わりを、寸分違わずなぞれるなんて思いません」

「…………」

「でも、空間の向こうに連れ去られた人たちを救いたいと思う気持ちは同じです。グリュクさんには特に、私の生き方そのものを救ってもらったこともあります」

「私は、先生から教わるばかりで……先生がどうやって私を補助してくれていたのかということは、概要程度にしか知らないんですよっ……!」


 フェーアにも、自信は無かった。それがどのような術なのかはまだ何も聞いていないし、二人がかりで発動するような妖術――この点はフェーアの認識に若干の齟齬があったが――で相方を勤めるなど、経験のないことだ。だが、そうしたことに挑戦して失敗するよりも、嫌なことが彼女にはある。


「それでも、やってみないと……私は、このグラバジャまで来る途中、グリュクさんに助けられてばかりでした。助けてもらうまでは、何も出来なくて」


 この少女は、自分なのだ。師の有無という違いはあるが、少なくとも自分が何も出来ないのだと思い――いや、出来ない理由を探して、悪い意味でそれを信じてしまっている。

 フェーアの場合は、今は、少しばかり違う。少しだけ、自分に何かが出来そうな予感を、この少女よりも持っていた、その程度の差だ。きっとこの生まれ育ちの高貴な娘なら、乗り越えることが出来る。そう信じて、励ます。


「やりましょう、殿下! あなたは先生を、私はグリュクさんと、グリゼルダさんを……もう、助けてもらってばかりは嫌なんです! だからっ!」


 彼女の働きかけに、妖姫は悩みつつも答えを出そうとしているようだった。そこに突然、壇上部分に光が生じ、声が響く。


(その魂の煌めきに応えよう)


 精神へと直接響くその霊剣ならざる声に誰よりも早く反応したのは、グラバジャ伯だった。音楽堂じみた予知室の一段高い場所に揺らめく、人のようにも見えなくもない光の影に向かって数歩ほど駆ける。


「何と!? まさか……!」

(成長したな、我が愛弟子よ。君の献身で、私の魂はついに再び、この大地へと蘇ることが出来たようだ。私は、デオティメス・クオ・セイニ、かつてこの地にあった妖族――その物心の全てを移植された永久魔法物質(ヴィジウム)を本質とする、いわば複写人格だ……)


 パピヨン王女も、さすがに悲しみを忘れて驚きに瞠目していた。

 フェーアには目の前で起きているやりとりの意味が全く理解できなかったが、駆け寄った伯に至ってはその顔は驚愕と喜色とで塗り潰されており、やや離れたフェーアにも分かるほど、目が涙に潤んでいる。よく分からないなりに思うに、恐らくは、大願の成就と言った所なのだろう。デオティメス・クオ・セイニなる名には聞き覚えがあったが、確か、グリュクがグラバジャの庶務受付で訪ねていたものだったか。ならば、セイニ師、と呼ぶべきか?

 ともあれ、揺れる水面に反射する太陽のような、しかし目を灼くことはない温厚な光がこの耳に聞こえない声の主であるらしい。あの喋る剣たちに、とてもよく似ていた。


夢現(ゆめうつつ)にある間も、周辺の状況は感じ取っていた。我が種族の後裔(こうえい)たちよ、友を、家族を案じる君たちの真摯な気持ちが、きっとこの世界をよい方向へと変えてゆく――)


 何やら言っていることが訳の分からない妄言の類になりつつあるように感じていたが、


(そのための助力は、惜しみはしない。魔力炉の連携創製については、私も補助に加わろう)

「……どうやってですか」

(私と霊剣の創製者ビーク・テトラストールは、隕石霊峰(ドリハルト)産の永久魔法物質(ヴィジウム)が特異な性質を持ち、記憶を内部に蓄積できること、より蓄積してやれば人格を持ちうることを発見した。そうして生まれたのが、霊剣たちであり、更にそこにヒントを得たのが、私だ)


 要は、霊剣が使用者の体を借りて魔法術を行使できるのと同様、時計塔も限定的ながら妖術を構築することが出来ると言うことなのだろう。このよく分からない出自の亡霊じみた声の主の言うことに半信半疑でいると、フェーアの知覚に生じた異変が彼女を驚かせた。知っているものなのか、王女や銀髪の紳士の驚きようはそれを上回ったが。


「えっ……!?」

「これは……不動華冑の術原型(じゅつげんけい)!?」

(未来から得た情報を、第六の知覚に認識できる形で再現している)


 彼女たちの第六の知覚に感じられているこの大きな空間的な広がりは、魔法術や妖術を構築する際、思い描くものに似ていた。これに全身の細胞小器官で変換された魔力線を注ぎ込むことでエネルギーが変形、術として自然界に表れるのだ。時計塔が彼女たちに第六の感覚を通して見せているのは、巨大な上半身だけの甲冑となる妖術のそれだった。

 これを手本に、術を構築して見せろということか。


(修得せよ、少女。往きは私が手を貸せても、復路の保証が無い)


 自分が少女と呼ぶべき年齢かどうかは措くとして、それはつまり、向こうへ飛ぶ際は時計塔が助勢できても、もし何らかの要因で空間の向こう側において不動華冑が解除されるようなことがあり、更にフレデリカ教師が死亡などしていた場合、パピヨンやフェーアまでもが帰る手段を失うという懸念を意味していた。最悪の事態においても異空間で発動できるよう、フェーアが同伴しなければならないのだ。

 だが、この後に及んで、後込みなどと。既に彼女が恩を受けた人々が、彼女たちの助けを待っている状況ならば――


「やります! 殿下、早速ですが、お願いします!」

「……分かりました。伯の先生のお力まで頂けるなら……!」


 滲んだ涙を拭い、少女が呼応する。


「行きます、フェーアっ!」

「はいッ!!」


 王女がフェーアに背を向けると、そこから立ち上るかのような原型が構築される。時計塔の示した模範に習い、フェーアは所々で分解しそうな王女の術を、自分のそれで補修・固定化してゆく。荒削りだが力強く、暴れて溢れんばかりの息吹のような術を、彼女の師なる人物はこのようにして補佐していたというのか。

 まだ見ぬ使い手(フレデリカ)の顔を出来ないなりに思い浮かべながら、彼女は集中した。そして――


()たれよ……我は(なんじ)を求む故……ッ!」

(今だ、魔力を注ぎ込め!!)


 少女の呪文と共に、彼女と協力して作り上げた繊細だが力強い原型にフェーアの体を通してエネルギーが充填され、仮初めの実在を開始した。目に見えはしないが、背後に感じる力強い波動が、熱く煮えたぎりながら形態を獲得してゆく。視覚的には、絡まり渦巻く縄状のエネルギーが、徐々に意味ある形へと変化して。

 そして瞼を閉じて極度に集中していた少女がそれを緩め、刮目して叫ぶ。


「出来ましたっ!!」

「おぉっ!?」


 ある程度その形状を見ているグラバジャ伯の目には相違が分かるようだが、フェーアにとっては初めての――そもそも共同で妖術を発動するということは限りなく非実際的であり、これはパピヨンという非常にアンバランスで高度な術者を補うための奇策に近い――共同妖術だ。背後を見上げると、装甲の色合い、頭部を含めた細部の形状がオリジナルと異なる、まさにパピヨン・フェーア版の甲冑巨人が誕生し、巨大な上半身だけで虚空に佇んでいた。


「名づけて不動華冑、緊急特別(アナザー)派生形態(バージョン)ッ!!」

「出来ちゃった……」

「フェーア、ご苦労様でした! あとの制御は私が。これから異空間に突入します、なるべくひっついてください!」

「で、殿下! お気をつけて……!!」


 膝立ちになったフェーアに肩を掴まれて密着する王女の身を案じる伯も、本当は軍勢を送り込みたい所だろう。だが、それを編成したり、そもそもそれほどの多人数が不動華冑による突入に随行できるかどうかを実験している時間もない。往還できる最小限で往くしかないのだ。そもそも向こうの空間で時間の流れが同じだという保証が無いということまでは、フェーアの想像の埒外だったが。

 少女の小さな肩がいったん上がり、その構築した術の原型に対して背後の巨人からエネルギーが集中するのが分かる。


「往きます……」


 呪文と共に、この世界と異空間との間の境界を探しだし、そこに進入するための超妖術に力が与えられ、物理法則へと介入してゆく。突入が始まるのを感じ、フェーアは身構えた。


「拓けッ! 我が同胞(はらから)を救う為ッ!!」


 背後の光景までもが自分の前方に回り込んで異様な視界を形成するのを感じて、彼女の視界は意図せず暗転する。






 刃と刃がぶつかり合い、時に表皮の組織を浅く切り裂く。散るのは小さな血玉ばかりだ。

 戦場は既に屋外に移っており、時計塔の地上部分前の広場で霊剣の加護を得た者たち同士の闘いが続いていた。霊剣によれば、時計塔の地下に設置された巨大な永久魔法物質(ヴィジウム)までが妖王子の妖術で複製された可能性は低いそうだが、彼やフェーアが世話になっているグラバジャ極秘の予知室を見せるわけには行かないだろう。

 そう考えると、王子を昇降機へと通すわけには行かない。


 異空間の断面らしき不気味な青紫の対流渦巻く空に浮かぶ太陽のような存在は、第三王子と(いえど)も遙か彼方の太陽までは写し取ることが出来ないということか、グリュクたちの足下に落とす影の形状からかなり低い高度に浮かんでいるようだ。

 そういえば、太陽光は再現していても、魔力線だけはこの空間まで届いているようだ。一体どのようなからくりなのかは量りかねたが、神経が回復するまで持ちこたえることが出来れば。

 しかし、襲い来る太刀筋を弾いてやや後退し霊剣を構えるも、既に身体の余力が無い。隣のグリゼルダ、その向こうのフレデリカも同じらしく、自分よりも数段上回る使い手であるはずの少女や教師が小さな肩を揺らして何とか呼吸を整えようとしている姿に感じる痛々しさも、既に全身を侵す傷や神経の痛みとの区別が付かない有様だ。

 多少の疲労はあるのだろうが、それでも事も無げに己の霊剣を構えを続けてみせる第三王子が呟く。


「やはり、霊剣の使い手には妖族こそがふさわしいようだな」

(ミルフィストラッセ、レグフレッジ!)


 化け物じみた正体を明かす訳でも無く、眼鏡をかけた黒髪の、礼服をまとった青年。その右手に握られた両刃の大剣は鋭く輝き、彼らの相棒たちに語りかけた。


(既に勝負はあった。余の主の下僕(しもべ)となり、余と共に霊剣の在り方を次の段階へと進めるのだ)

(断る!!)


 彼らの持つ二振りの霊剣の台詞が全く同時に重なるので、こちらが全く健在であるかのような錯覚を感じて僅かに力が戻った、気がした。だが、状況は特に変化もなく、フレデリカ教師までもが、グリュクたちの援護に大規模な妖術を使いすぎて疲労も色濃く姿勢を落としている。


(霊剣は、異なる視点、異なる生涯を重ねることでその力を増してゆく……)

(妖族では、意味が薄いのだ。寿命は長いが、その分時間当たりで積み重ねられる視点の数は減る。夜空の星は、数あまたあって初めて豊かな星座を描き出す! それらはやがて無数に重なり、巨大な銀河となる!)


 霊剣たちは吠えるが、いかにも形勢は不利。剣を交えながらも脱出の方策を探りはしたが、霊剣の中には異空間に引きずり込まれた際の脱出法などという都合の良い知識は転がっていなかった。


「では、フレデリカ。君はどうかな。術技指導者として、または私の片腕として、それとも単純に戦士として、フィッスオーに来る気はないか。パピヨンが懐いている君ならば、彼女を説得して――」

「断固拒否よッ!」


 霊剣の主たちと違って直接に刃を交えた訳ではないため外傷こそ無いが、疲労に染まった顔色の教師が息も荒らいままに王子を拒絶する。


「グラバジャ辺境伯領を相手にこんな真似をしでかして、王族とはいえただで済むと思わないことね……!」

「そうか……まぁいい。どんな誘い方をしたところで、君たちが従ったとは思わない。故にこその、この空間なのだからな」


 今度は、タルタスが突進してきた。その向かう先はグリュク、同時に迫る二刀を辛うじて時間差で受け流し、逆に斬りかかる。グリゼルダもそこに加勢し、再び乱舞する二振りの霊剣が猛威を発揮した。王子の足取りが徐々に後退し、渾身の力で全身をバネにグリュクがグリゼルダを射出すると、彼女の蹴り足がタルタスの防御の上からその体を吹き飛ばした。


「鉄拳は(なんじ)を瀬戸際にッ!!」


 そこに更に、少女が一抱え以上もある質量魔弾を生成、投射する! 霊剣で防御するも弾き飛ばすことは適わず、そのまま第三の霊剣の主は昇降機の奥へと更に吹き飛んだ。

 グリゼルダが駆け出す。


「(あ、そっちは――!?)」

(仕方ない、追うのだ!)

「…………!!」


 昇降機へと王子を追いやってしまっては予知室(の複製)への侵入を赦すことになるが、この状況ではそこまで気を使うのも難しいのだろう。

 追撃をかける二人の霊剣使い、その刃が彼へと届くのにあと数秒、上下左右の逃げ場は無い。だがタルタスは昇降機の壁に背を付いたまま、無数の刃状の妖弾を生成・射出し、その天井を撃った。


「蹂躙する千刃(せんじん)よ!」

「ッ!?」


 天井は無数の破片へと切り刻まれ、昇降機を吊り下げていた鋼鉄の索が大きな破裂音と共に弾けぶ。小さな空間は霊剣使い三人を閉じ込めたまま落下を始め、強烈な浮遊感が襲い掛かった。軌道(レール)に沿ってはいても、高速で落下している昇降室の内部の振動は凄まじく、一瞬身動きが取れなくなる。そこで、


「止揚する存在よ!」


 妖術で空中に飛び上がった――この場合は自身に掛かる重力を反転させたか――タルタスが、右手の霊剣はそのままに、左手に先ほどの、小さな柱を入れ替える機械的な蛮刀を握った。そこに魔力が通り、ガラスの砕片のような無数の魔弾が昇降機の通る垂直の空間を埋め尽くしそしてそれらが高速で降り注いでグリュクたちを襲う。


「――護り、給えッ!!」

「見えざる手は我らを空へッ!!」


 グリュクが障壁で魔弾を防ぎ、グリゼルダが重力を反転させて落下する昇降機から逃れた。豪雨のような破壊音が障壁を叩き、続いて昇降機が底辺部に落着して自壊する轟音も聞こえた。


「うっ、くぅぅ……っ!」


 頭痛に苦しみながらもグリゼルダが最後まで術を制御してくれたお陰で、二人の霊剣使いは無事に、ひしゃげた昇降機の残骸を避けて着地に成功する。

 すぐさま残骸を蹴り除けて予知室――の、複製――に飛び込み、息を整える。先ほどの魔法術で、僅かに戻りかけていた余裕が再び無くなってしまった。上階に取り残されたフレデリカ教師の状況も気掛かりだったが、そうした懸念を一蹴するかのように颯爽と、残骸の跡にタルタスが着地、そのまま昇降機の歪み果てた内壁を蹴ってこちらへ跳躍してくる。


「くッ……!」


 金属音、グリュクとグリゼルダはそれぞれ敵の霊剣と魔具剣を相棒で受止め後ずさる。そして双剣を振るって二人を弾き飛ばすと、妖王子はいつの間にか後ろに迫っていたフレデリカ教師の妖術の爪を受止め、こちらは腹部を蹴り飛ばして距離を離した。


「ここが……時計塔の中枢か」


 見回しもせず、タルタス。恐らく使用されているはずの永久魔法物質(ヴィジウム)までは複製されていまいが、さほど複雑な経路でないとは言え時計塔への入り方までもが知れてしまったことになる。

 再び後ろから音も無く飛びかかるフレデリカ教師に合わせて、グラバジャ側の霊剣使い二人も床を蹴る。教師の攻撃をどう回避する、右か、左か、上方かーーそちらに合わせて霊剣を突き出すべく先読みを試みるが、王子は一歩も動かず両手の双剣で霊剣を受け止め、瞬時に二振りの霊剣の刃を後方へといなし、それを利用してフレデリカ教師の攻撃を受け止めさせた!


「!?」

(何と……ッ)


 霊剣使い二人を相手にこのような芸当が可能であることは、戦慄に値する。そしてその戦慄が、高速で構築された念動力場への対処を遅らせた。


「衝突する念体よ」


 爆発的な運動エネルギーが霊剣の主二人を吹き飛ばし、宙を舞う最中にグリュクは、パノーヴニクの刃で残ったフレデリカ教師の腹部を刺し貫く妖王子の姿を捉えていた。彼の神経が魔法術を使える程度に回復するより早く、共に吹き飛ばされたグリゼルダが彼女に近づいて僅かな余力を振り絞るより先に、教師は完全に絶命してしまうだろう。そうなれば手遅れ、そしてグリュクたちは落着の隙を狙って妖弾でバラバラにされるだろう。霊剣を受け止められてからこの間半秒以下、何とか下方に向かって相棒の刃先を突きだし、石畳に刺さった永久魔法物質(ヴィジウム)の刃で吹き飛ばされた勢いを殺して強引に着地する。同様にしたらしいグリゼルダが、恐らく最高潮に達しつつあるであろう頭痛に小さく悲鳴さえ上げつつ防御障壁の魔法術を行使し、グリュクの前方へ飛び出して彼にしがみついてくる――少しでも展開面積を減らして強度を上げるためだ――のが分かった。


「グリゼルダ――!?」

「盾は我らが前にっ――」


 そして、限界近い状態での発動で強度が弱まってしまっていた防御障壁が、超音速・高熱の魔法物質の激流に溶かされて。

※投稿から六時間後、終盤の昇降機周辺での戦闘の描写を若干加筆改訂。

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