2.その日 魔人となって
幽霊と呼ばれる存在については諸説ある。
見間違いや錯覚の類だとするもの。ヒトの思念の残留体であるというもの。光を伴う特殊な自然現象、もしくは撮像機械の取り扱いミス。
だが、カメラに齧りつくこの少女の姿を見たら、それぞれの論者はどんな意見を言うだろうか。
「いやー、やっぱりユカリさんのところに来て正解でしたねー。こんなにいいカメラいじれるんだから」
「そんなにメカ好きなんだから私の部屋のストーブも直してくれたっていいだろ」
「私は先端機器専門なんで、他は興味ないです」
「(あんの耄碌爺、クソ生意気なガキをよこしやがって……)」
銃砲と見まがわんばかりの大きな望遠レンズを取り付けられたごついカメラを、愛おしむような手つきで操作する少女。表情には出さず、ミドウ・ユカリは毒づいた。
背まで伸ばした髪を紅より赤く染め上げ、同じく深紅に染めた飛行服に若干の荷物と箒以外は持たない。速度と即応性が命の機動偵察に従事する魔女にとってはそのド派手な色以外は基本的なスタイルだが、今回相棒として連れてきたこの少女はずいぶんと様子が違った。
ゆったりとした異国の白い装束をまとい、袖は腕をおろせば指先までをすっぽりと隠れる。
顔は血の気がやたらと薄く、そしていくつかの青白い小さな火の玉が少女の周囲を飛び交っている。時折彼女の所作にあわせてそれがカメラにぶつかるが、熱エネルギーを生じない“鬼火”はフィルムを感光させる危険こそあれ、接触だけではカメラを傷めることもない。基本的には無害なので、背筋がひやりとする感触が嫌でなければ触れることも出来た。
しかし彼女の外見における極めつけは、腰から下が海草か何かのようにゆらめく、よく分からない状態になっていることだ。ユカリの故郷で云い習わされる、いわゆる“幽霊”にそっくりの外見をしているわずかに透き通った少女の名は、シロミ・ユーレン・トウドウ。
そのシロミが、彼方に青ばむ巨大な要塞を指して告げる。
「現像すればもっとはっきりしますけど、あの雲の陰が落ちてるあたり、少しだけ弱くなってます。経年劣化かな? すぐに補修されちゃうと思いますけど……」
「ふーん……その調子で続けてくれ」
「はいはいー」
続けてシャッター音が鳴る。物体に直接触れることが出来ない彼女も、本体である護符の持つ発声能で魔法術を使うことができ、シャッターを切る程度の操作などはたやすくこなす。
そんなシロミの出自は、一部で悪名高いグルジフスタンの国立人類史研究所での霊魂再現実験に求めることが出来る。特殊な護符を媒介に少女の人格を再現した霊魂を生成するという常軌を逸したコンセプトの試みだったが、それが実際に霊魂と呼びうるものなのかどうかはさておき、こうして何か霊っぽい小生意気な少女がこの世に生まれ出てきたのは事実だ。そのことを考えれば、首謀者であるシェーニヒ教授の人格はともかく、能力については疑いのない所なのだろう。
そして、“死神シェーニヒ”の傑作の一つと呼ばれるこの幽霊的な非実体の少女、シロミには特筆すべき能力があった。
「私の念写からここまで弱点を隠すとは……あの要塞生意気ですよね」
「(お前ほどじゃないと思うが……)」
彼女がその能力でフィルムを感光させると、そこには通常撮影と同様の光景が写る。だが、もし対象に弱点や泣き所といった物が存在していれば、写真に写った該当箇所だけに、俗に云う心霊写真のような異変が生じるというものだ。
実例を挙げれば、古い建物を写すと老朽化して脆弱な箇所が欠けて写ったり、窃盗犯を写せば品物を隠した箇所に無数の手らしき模様が生じて写ると云った具合になる。実際に写真として見られるのは現像後になるだろうが、フィルムの一コマ目には既に要塞の心霊写真のネガが焼きついている筈だ。彼女の不満は、そのように明瞭な弱点らしきものが発見できる気がしない、というところに起因していた。
ちなみに本体であるお守り自体が発話の術を記録された特殊な魔具になっており、このおかげで物質の声帯を持たない彼女も音声を発し、呪文で魔法術を解放することが出来るようになっている。
そのような彼女の能力を利用して、現在ユカリは王国の盾にして矛たる戦闘国家、聖堂騎士団領ヌーロディニアのアガリアレプト要塞の急所を探っていた。大気の散乱作用で青みを帯びて彼方にそびえ立っているあの武力の凝集体も、百キロメートル近く離れてしまえば名勝に数えても良さそうに思えてくる。
ベルゲ連邦空軍に所属するユカリは、軍属扱いでやってきたシロミの輸送兼監督役としてここに来ていた。
「あと四十九箇所、候補を探せ。それまで帰らないからな」
「え~~!? ユカリさんって外道すぎてあくびが出るとか言われたことありません!?」
「ねーよこの非実在気味娘! お前は私が預かってるこのお守りの半径十メートルより先には離れられないんだから、私の機嫌を損ねたらこの場に置き去りだと思え! 許可だってもらってんだぞ!」
「ぶ~~」
ユカリが懐からライターを取り出してお守りを炙ろうとする素振りを見せると、シロミは減らず口を叩きつつもファインダーを覗き込んで続きの写真を撮り始めた。
「一枚撮ってはユカリのいばりんぼう女ー」
ぱしゃり。
「真面目に撮れ」
「二枚撮ってはユカリの憎たらしい女ー」
またも、ぱしゃり。
「本気で焼くぞこのお守り」
その時、どこからともなく使い魔が出現した。ベルゲ連邦でよく通信に使われるカラスだ。足首に紙片が括りつけてあり、それを嘴で解きつつもユカリの差し伸べた腕に止まり、人語を発する。
「ミドウ少佐、指令をお届けします」
「ご苦労」
渡された紙片を解くと、シロミが三たびシャッターを切る。
「三枚撮ってはユカリのみっともない女ー」
もう一つ、ぱしゃり。
「えーとなになに……」
「四枚撮ってはユカリのぎひゃぁぁごめんなさいぃぃぃ!!?」
「よし、要塞のグラビアは中止だ。行くぞシロミ」
手元の平たい布袋に入った護符をめりめりと握りしめながら、悲鳴を上げる人工の少女に呼びかける。
「うぅ……帰れるんですか」
「指令っつってたろ。これはキャンセルして次の仕事だよ」
「ユカリさん労働基準法って知ってますか」
「碌に働いてない癖にそういう知識は一丁前なのなお前ってやつは!」
問答を打ち切って護符を懐にしまうと、人工霊魂とされる少女はその内部に籠もって姿が見えなくなった。
それまで彼女が張り付いていた大振りなカメラを分解し、ケースに収める。フィルムとレンズで出来たこの小さな大砲も、畳んでしまえば何とか携行物としての許容範囲内だ。
ユカリは箒に跨って高度を一気に上昇させ、爆音を立てて東へと加速した。
北部、主要街道からやや離れた彼女の住む町では雪が酷く、住民総出で雪かきが行われていた。恒例行事とはいえ、ひとたび降れば腰や肩のあたりまで積もるこの冷たく白い悪趣味に、先人たちは良く付き合ってきたものだと思う。
降り積もる最中に雪を掻いた昨日の疲れに痛む腰をさすりつつ、彼女は先に起きだして屋根の雪を下ろしているはずの父を捜した。冬の休日は屋根の雪下ろしを先導する一家の主砲だ。副砲の筈の長男は最近なかなか家に帰ってこない。それどころか、寄りにも寄って!
「父さん、降りてきて! ラジオ! お爺ちゃんも!」
「あぁ!? よく聞こえない!」
「ラジオ! カイツのことやってるのよ!!」
「……待ってろ!」
父が梯子を下りようと屋根を降り始めたのを見届けて、メイノは焦燥に追われて屋内に戻った。
そこに、呼び鈴が鳴る。父や母が鳴らす筈がないので、こんなときに客か、もしくは早速やってきた警察か何かの関係者か。台所から返事をする母を止め、代わりに玄関へと足早に歩いた。
「はい今出ます!」
そして玄関を開けると、あまりに見慣れた顔がそこにあった。
「ただいま」
「……カイツ!?」
弟だ。考古学の研究で都会に出たまま冬至にも帰ってこなかったにもかかわらず、こんな時にだけ帰ってくる。いや、それともこんな時だからなのか。いつもの神経質そうな面構えはなりを潜め、代わりに不自然な穏やかさをまとっていた。
「聞いてるかな、俺のこと」
「……たった今ラジオで」
「唐突で悪いけど、そのことで話をしにきた」
「話……?」
「みんないるか?」
「カイツ……!?」
彼女の後ろから、青ざめた顔の母が弟の名を呼んだ。そして更に血の気を引かせて台所に引っ込んだかと思うと、食卓に置いてあった卓上ラジオを掴んで戻ってきた。
「どういうことなの……これはっ!? ラジオで……あなたが王国のスパイだって……!!」
『――日、我が国の人類史研究所の地下施設に対して行われた大規模な破壊工作について、警察庁は同所員であったカイツ・オーリンゲンが手引きを行ったものとして起訴し、同盟間指名手配を――』
「質の悪い嘘だ」
「そうであって欲しいけど! 説明しなさい!」
淡々と呟く弟に向ける母の声は、もはや悲鳴だった。普段はその母に似て神経質だった彼の表情は、先ほどから何かを緩やかに辛抱しているようなままだ。それが、母の苛立ちを加速させているのかも知れない。
「……みんな揃ってからの方がいいよ。親父と爺ちゃんは?」
「どうした、帰ってきてたのか」
「おー、カイツ! どうした、冬至にも帰らんで」
そこに、雪下ろしを中断した父と、台車でそれを手伝っていた祖父が戻ってきた。母が二人に訴えかける。
「あなた! お義父さんも聞いて、この子が……!」
カイツは台所を見回し、少し迷ったように眉を動かしてから言葉を紡ぎ始めた。
「信じて貰えるかどうかは分からないけど……俺は事故で怪物になった」
「……え?」
「何ですって……カイツ?」
メイノと母の問いに、長男はそのまま落ち着き払って再び答えてみせる。
「怪物になった。俺が」
最初は、弟が都会暮らしで狂ったものだと感じてしまった。この平静さは狂人の見せる落ち着きの類だろうかと、メイノは小さく息を飲んだ。
見れば父も祖父も、やや怪訝な目つきで弟を見ていた。ラジオからは、カイツの罪状や研究所の状況についての報道が繰り返し流れている。活舌よく並べ立てられる容疑のリストは、国家反逆、同盟反逆、反公共通謀――
「一体何を言ってるの! ふざけてるつもりなら――」
「事故が起きたんだ。それで体が変になって……暫くは実験台としてあの研究所で体をいじり回されてた。それが嫌になって逃げてきたら、指名手配だ。お別れを言いに来たのは……そういうことだよ」
「それが冬至に帰ってこなかった理由か」
「あ、いや。冬至にはまだ人間だった。手紙も寄越さなかったのは謝る。親父」
「そんなこと言われて、信じられると思ってるの!?」
「信じて欲しいけど、信じないで欲しくもある」
母に対してか、弟が呟く。すると光が閃き、小さな爆音と共に家が揺れた。それが過ぎ去ってみれば父も母も、祖父にもメイノ自身はおろか家財道具にすら被害はなかったが、代わりに遅れて軽い轟音が響き渡る。振動で屋根の雪が一斉に落ちたのだろう。
そして一家の長男が立っていた場所に今佇んでいるのは、魔人だった。金属とも樹脂ともつかない質感に隈なく覆われた、雪のように白い魔人。色合いこそ白だが、ところどころに鋭利そうな器官を備えたその姿形は慈しみや博愛などとは縁遠い印象を与えた。
その瞳のない碧の眸が細まり、メイノの家の食卓の置かれた台所、そこに集まり呆気にとられている四人の男女を見回す。
最初に口を開いたのは、父だ。
「何だ……カイツ、なのか? その、白い……?」
「事故で、こうなったらしい」
「な、何かのトリックでしょ? あんたあれ好きだったもんね、ほら――怪人大作戦だっけ? 着ぐるみとか……」
声は紛れもなく、弟のものだった。メイノは何とか口を動かし、弟の変貌を解釈できる理由を挙げる。幼い彼は、紙芝居師の親父が謳いあげる紙芝居の中の異形の英傑の活躍に、真剣に見入っていたものだった。
「見せたくはなかったけど……でも、俺なんかが居なくなっても悲しんでくれる人たちに嘘だけはつきたくなかった。ましてスパイだとか、そんなでたらめを信じて欲しくもない」
「……じゃあ、来年の夏至も冬至も……」
「一昨年の冬至がまともに顔を合わせた最後だな……ごめん」
もっとも素直に事態を飲み込んだらしい祖父の言葉に白い魔人は俯き、それまでが目の錯覚であったかのように、再びメイノの弟の姿を取った。今度の変化は音もない。せめて彼の言葉が本当であり、白い魔人によって一家がペテンにかけられている訳ではないことを、メイノは願った。
「……決めたのか」
「一緒にいると、今まで以上に迷惑しかかけられなくなる。親父、母さん、爺ちゃん、メイノ」
カイツはゆっくりと歩きながら、誰も微動だに出来ない台所を出て行く。
そこで我に返った家族全員が玄関までその後を追うと、玄関先に佇む弟の姿がメイノの目に映った。いつの間にか再び雪が降り始め、早くも足跡を埋め尽くそうとしていた。
「今までありがとう」
弟は顔を見せずにそう呟くと、手で顔に触れるような仕草を見せた。涙を拭いているのだろうか? 言葉が事実ならば、最も無念なのは彼の筈だ。降り落ちる雪の中に、メイノは飛び出した。
「カイツっ!!」
だが、彼は再び白い魔人の姿となり、爆音と共に彼女の叫びをかき消して急速に離陸する。
暖かく小さな爆風が残された家族四人の顔面を軽く叩き、魔人は勢いを強めてなお降り続ける舞雪の彼方へと消えていった。
複数の州や共和国、連邦市などから形成されるベルゲ連邦は広大な領土を持ち、東西で最大三時間の時差が存在する。そして南北の距離は東西のそれ以上に長く、熱帯雨林から寒冷な砂漠まで極めて多様な環境を有していた。特に東部は妖魔領域に隣接し、妖生物が境界を出入りしては時に貴重な資源となり、時に恐るべき敵となって国民の生活を脅かすことがあった。
連邦陸軍北東中部境界方面師団は、そのような妖魔領域との境界における異変をいち早く察知するための部隊を置いている。
クアンたちの小隊も、そうした部隊の一つだ。小高い丘を切り開き、小隊程度の規模の部隊が駐留できるような拠点として簡単に整備されていた。
小隊定数八十名のうち、攻撃魔法術を戦闘レベルで扱える者はわずかに三名。残りの隊員の術習熟度は箒で飛べる、火を起こして暖を取れるといった最低限のもので、殆どは支給の銃や分隊ごとの大型機関銃、榴弾砲などで戦闘に参加する。
彼らの場合はその即応すべき異変が起きるのは今しばらく先のことと考えられており、一応は戦闘も出来るといった状態で巨大な横穴を遠くから監視してその状況を記録するという任務を与えられていた。
崖に開いた横穴は、どこまで続いているのか明らかになっていない。ただ、その主が平均体長六メートル、体重十トンの巨大昆虫の群であることは知られており、学術分類による正式な名称はキアロス・ニュクスキエンシス、通称キアロスと呼ばれていた。この巨大な外骨格性の無脊椎動物は例に漏れず、本来は妖魔領域にその起源を持つ種だ。
蟻や白蟻、蜂といった真社会性昆虫に酷似した生態を持ち、産卵個体である女王を中心とした蟻の巣のような営巣が地下深くに広がっている。尋常な蟻の場合は平均体長がせいぜいで数センチメートル、地下数メートルにとどまるものだが、キアロスの兵士個体は前述の通り、平均体長六メートルに及ぶ。よって比例するように地下営巣の深度も数百倍から時には数千倍という大深度に達し、横幅は平均で平方キロメートル単位で広がる。兵士個体によって破砕された岩盤が巣の外側に運び出されて積み上げられたそれは時として貴金属や希土類を含むことから小さな産業構造の一部にさえなっていた。
妖魔領域の生物としては例外的にさほど多量の魔力線を必要としない代謝構造を持つこともあり、妖魔種族の中では例外的に、領域から西に大きく離れたベルゲ連邦東部にまで進出してきている。クアンたちの小隊が監視している横穴は、そのキアロスたちの巣穴の出入り口の一つなのだ。
これが時折巨大な虫で溢れ出し、外骨格の怒濤と化した彼らは穀倉地帯を無慈悲に襲う。魔女といえども何もない空中に作物を育てることは出来ないので、その脅威から畑を守る必要が生じるのだ。時折偵察個体と呼ばれる感覚に優れた個体が巣の外に出て来るので、それを農業地域にたどり着かないように排除・阻止する役目もあり、こうして通年での監視が行われている。
今も一匹のキアロスの兵士個体が“採集個体”と呼ばれる摂食貯蔵専門の個体をつれて帰還し、破砕された植物でぱんぱんに膨れ上がったそれ――貯蔵嚢、つまり消化管由来の特殊器官だけが異常に発達しており、これを袋代わりにして兵士個体は採集を行う――を引きずり、巨大な巣穴へと運び込んでいるところだ。厚みが減ってやや透明になった貯蔵嚢は、中に貯め込んだ植物が透けて青青と見えていた。巣穴の周囲でこのように自然の植生を解体して巣穴に運び込んでいるだけであれば、彼らの出番などないのだが。
ちなみに、巣は広大で縦孔も多く、不可視波長に於いても視力を持つキアロスに対し、魔女部隊や機械化戦力では効果的な対抗が難しい。近代に入って何度かそれを試みて無視できない被害を出した記録がいくつかあり、それ以後は巣穴の内部を直に攻撃して巨大な害虫を全滅させる試みは行われていない。
「……? どうかしたのか?」
クアンは何か騒がしくなってきた小屋を見て、呟いた。
夏は暑く冬は寒い小さな監視施設、通称“小屋”。巣穴の入り口を監視する望遠鏡などが取り付けられてはいるが、基本的にはただの簡易住居だ。少数の人員が寝泊まり出来るだけの粗末なものだが、クアンを除く三人の観察当直が全員集まり、何かにざわめいている。
嫌な予感だ。小屋の中から二人が箒をひっつかんだまま走り出てくると、それを股に挟んだ離陸姿勢でクアンに叫んだ。
「クアン、“波”が来やがった! 喚起出動!」
「……ッ!」
彼は青ざめた。恐らく、地震計に“波”特有の変化があったのだろう。キアロスの大発生にはある程度の周期性が見いだされており、その時は予備役まで招集しての一大掃討作戦が実施される。
だが、通常は十一年ごとに起きるその周期において、最後の大発生が起きたのは四年前だ。
「早すぎるだろ!」
彼らが離陸すると、クアンも呻いて箒に跨った。大隊基地ならまだしも、比較的近い自治体や森でキアロスの老廃物などを調査している班などは危険がある。大発生が生じたからにはその轟音に気づかないということも考えにくいが、信号弾を見逃していないとも限らない。喚起出動とは周辺の市民に危険を警告するための行動を指す言葉で、小隊の半数が出払うのは“波”が来た時だけだ。
飛び立つ彼の背後で、小隊拠点から信号弾が上がり、数百羽はいそうな鳥類の使い魔が解き放たれた。大隊基地に向けたものの他に、基地経由で連絡していては間に合わない近隣の自治体や行動中の兵士などに避難・対応を呼びかけるなどの目的がある。
そして、彼らの監視していた横穴から、おびただしい数の巨大な昆虫が這いだしてきた。四年前の農作物に生じた被害は評価額八千万連邦統合通貨単位、地方自治体で生じた器物損壊の分も併せると十億を越える。境界師団が全力で食い止めてこれなのだから、今回もまた、これを大きく下回る被害で済むとは考えにくい。
土煙はとどまる所を知らずに広がり続け、森を覆っていった。既に何百匹が解き放たれただろうか、巣穴の入り口からキアロスの群が吐き出される勢いは衰えを見せない。
その重量を支える、節足動物らしからぬ丸太のような足。それが無数の虫の数の六倍だけ集まって立てる轟音と土煙は、ともすれば啓発教義の伝えるという終末の到来を思わせた。