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霊剣歴程  作者: kadochika
第05話:恋人、羽ばたく
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6.男の戦い

 グリュクの魔法による爆発の音は、無事に城内へと進入したイェノとリンデルにも聞こえてきていた。彼の話では光と音に煙だけで、城壁を破壊するような力は皆無だというが、壁をいくつも隔てたこの位置でさえも、音だけでも相当な振動が来ていた。二人とて、事前に詳細を聞いていなければ爆撃と思い違えたかも知れない。

 経験があるというリンデルが前方を、イェノが後方を警戒しつつ、爆音くぐもる城の中を進んでいた。当初はリンデルは退路を確保することになっていたのだが、彼がイェノの潜入技術を不安視し、同行を提案してくれたのだ。帰り道の不安は少々増すが、心強い。

 尤も、城内には人の気配は殆ど無く、二人だけで進むのは容易だった。熟知と言うほどではないが、調度の配置以外は昔の記憶とさして変わらない。この十年で大規模な改築をしたのでもなければ、そこは元々の持ち主だった大戦以前の時代の騎士たちが指揮所として使用していた耐爆壕(たいばくごう)になっている筈であり、今の状況なら戦闘要員以外はそこに避難しているだろう。

 彼女も、何かの間違いでもない限りはそこにいるか、待っていればそこに来る。


「っ!」


 リンデルが、静かに手を上げてイェノを制止した。

 彼より年下のこの少年は、出国幇助業者に身を置いているだけはあって中々の立ち回りだった。戦闘のような事態でもこうなのかは分からないが、こうして身を隠しながら動き回ることに関する彼の判断はイェノの父に従う男たちの大多数より確かなもので、彼が止まる所、二度に一度は近くに誰かがいた。それらを迂回し、或るいは動いた隙を突き、身を隠しながら地下への階段に向かう。

 そこを、リンデルが再び制止する。イェノにも、扉の向こうから歩いてくる声と足音が聞こえていた。


「どういうことだ、城に直接当ててないだけじゃないのか?」

「ゾンドの言うとおりでした、奴が巨人で魔女を抑えに出たあとで無線を寄越してきたんですが、煙の密度こそヤバいものの、樹の一本も倒れちゃいないと……発煙筒を派手にした類の術のようです」


 靴底が床を叩く振動に伴って、聞き覚えのあるディナール・ファーゴの声と、恐らく彼の部下であろう男の声。グリュクに頼んだ見せ掛けの爆撃は流石にもう見破られたらしいが、それまでの間散々驚かしたせいか、それともイェノがリューズを連れ出そうとしていることについてか、ディナールの声は明らかに不機嫌だった。

 そして、扉が開く。イェノとリンデルは既に通路の角に身を隠しているが、足音がそちらとは反対の方向に向かった時、第三の声がイェノの耳に届いた。


「お父さん、待ってってば!」

「リューズ! お前は大人しく地下に――」


 ディナールを追いかける若い娘の声に、イェノは弾かれたように飛び出した。声に出ないリンデルの制止も振り切り、廊下へと姿を晒す。

 その足音に――もしかしたらその前にこちらに気づいていたのかも知れないと思える反応速度で――ディナールとその部下の男がこちらを振り向いた。


「小僧、やはり潜り込んでやがったか!」

「ボス、お下がりを」


 色眼鏡の男が懐から取り出した拳銃を構えつつ、ディナールを後ろに退かせようとする。だが彼はそれより先に強引に進み出て、イェノに気づいて歩み寄ろうとしていたリューズの手首を掴んで引き止めた。既に表情は殺気に満ちている。

 長い黒髪の娘はやや遅れてそれに気づいて振り返り、彼の名を呼んでくれた。

「イェノ!」


 変わりない、長く美しい黒髪に明るいブラウンの瞳。白いカーディガンから下がった控えめな装飾が髪と共に揺れ、イェノは出会えた歓喜もそのままにその名を呼んだ


「リューズ! 迎えに来た!」

「ちょっと、イェノさんっ!?」

「首領、ディナール・ファーゴ!」


 リンデルが制止してきたが、イェノは一歩進み出て声を上げた。父親が傍にいないのであれば構わずにリューズを説得するつもりだったが、いるのであれば彼と問答をする覚悟もしていた。


(わたくし)、卑小なれどイェノ・ティガルケッソ! ご息女をこの身に預かりたく、馳せ参じました次第!」

「成らん……失せろッ!!!」


 怒髪を逆立て気迫と共に発せられたその拒絶の意思は、ともすればその威だけでこの城程度であれば燃やし尽くすのではないかと思わせる迫力があった。一国の地下経済を牛耳る一大地下組織を統率する男が放つ、正に鬼気と呼ぶべき風情だ。彼の部下である筈の後ろの色眼鏡の男でさえ、僅かに色をなしている。

 だが、


「お父さん……私、行きます」


 リューズは震えることなく父の横をすり抜け、しっかりとした足取りでイェノの元へと歩み寄ってきた。彼女の答えが、イェノの心を太陽よりも明るく暖かい光で満たす。


「リューズ……!?」

「決めてたことです、私の意志で!」

「…………ッ」


 娘と険しい表情で睨み合ったかと思うと、ディナールが全て終わったかのような表情で口を開いた。


「そうか……いつまでもお前を傍に置いておける訳じゃねぇとは……思ってたが」

「ボス!」

「構わねぇ……俺とて大人しい若造じゃあ、なかったしな……」


 色眼鏡の男が拳銃を少しだけ下げて呼びかけるが、それを制してディナールが語る。


「お父さん……ありがとうございます!」

「だが小僧ォ、手前は別だ!! 人様の娘をかっ攫って行こうってからにゃあ、ケツに弾ァ撃ち込まれる覚悟くらいはしてきただろうなァ!」

「!?」


 そう怒鳴りつつディナールが懐から取り出したのは、拳銃。先ほどまでの寂しげな表情から一転、再び憤怒の形相で睨みつけてくる。イェノはリューズの手を取り、リンデルに呼びかけると一目散に走り出した。


「リンデル、ずらかるぞ!!」

「国境までリューズを連れて逃げ切れたらそのまま手前にくれてやる! ただし途中で毛筋ほどにも傷つけたら魚の餌だ!」


 そして、発砲。流石にリューズが傍にいるからか、銃撃は天井を削ったのみに留まった。だが、囲まれてしまえば恐らく、そこで再びリューズと引き裂かれるだろう。リンデルもどう扱われるか。


「どういう展開ですかこれ!?」

「いいから走れ! あと、グリュクとも合流しねぇと……」

「イェノ、表にはゾンドさんが……巨人隊の隊長さんが!」

「そいつは俺の……ダチが抑えてる筈だ! その隊長サンは何とかしねぇと、魚の餌かな?」


 イェノは困惑しながらも先を行ってくれるリンデルに感謝しつつ、リューズの手をひいて走った。彼女の走力に合わせて動くのは少々歯がゆいところではあったが、それも守るべき者を得た代償と考えるならば。


「お安いもんだぜ……やってやらぁッ!」

「あ、イェノ……!?」


 イェノはリューズを両手に抱え上げると、出来るだけ優しく階段を駆け下りた。後ろから響く発砲音も、小さな祝砲と思えばいい。






 常人ならば致命的なタイミングで飛来した砲弾を、展開した障壁で防ぐ。

 高圧放電どころか、誘導魔弾や念動力場も、樹木が邪魔で巨人を捉えられないでいた。にも拘らず敵の黒い自動巨人の操縦者は、自動巨人の巨体を易々と操り、木々の隙間を縫って的確に弾丸や砲弾を届けてきていた。幸い直撃は全て防いでいたが……


「イェノはまだか……?」

(このままでは(どん)ずるまま……新術にて参る)


 霊剣が呟くと、最早馴染みつつある痛みが体を通り抜け、魔法術が発動した。光沢を消した金属のような質感のそれは、貫通魔弾に近い、短い釘のような形状をしていた。


(よし、唱えよ!)

「撃ち抜け!」


 新たな術だという魔弾はそこから巨人に向けて投射され、しかし外れて遥か手前の樹木に突き刺さる。霊剣は続けて何度もその短い鉄釘のような魔弾を発射したが、巨体に比して恐ろしいまでの運動力で森を動き回る自動巨人に当たることなく、樹木や土壌を抉って終わった。

 魔法術は、基本形の発動機序を把握してしまえばある程度組み合わせによるアレンジが可能だ。普通はありえないことだが、霊剣がグリュクの体を使って魔法術を発動することで、グリュクには霊剣の使用する術がある程度、彼にとって未知でも予測がつくようになっていた。そのため、霊剣の生み出した魔弾が爆発するものだとは見当が付いていたのだが、外れた魔弾は炸裂する気配がない。巨人に追い詰められつつある事態は全く好転しないまま、グリュクは叫んだ。


「どーなってるんだよ、全然爆発しないぞ!」

(暫し待て。これで良い)

「良くないよッ!!」


 嘆きながらも、隙あらば飛来する幾つもの弾丸を回避しつつ、低木の枝葉を掻き分けて森を走る。変わることなく鋭い狙いに冷や汗をかきつつ。そして自動巨人が段差で跳躍して距離を稼ぎ、既に五十メートル以下に狭まっていたグリュクとの距離を半分以下に縮めた時。

 

(今だ!!)


 霊剣の合図と共に、巨人の周囲に破壊が巻き起こった。その四方の至近距離で生じた爆圧で、自動巨人の動きが一瞬だけその場に停止する。巨人に一発も当たっていなかった先ほどの魔弾が、着弾箇所で一斉に爆発したらしい。


(つんざ)けッ!!!」


 そこを逃さず、グリュクは最大出力で発動した高圧放電の術をぶつけた。大音響と共に誘導路を通った高圧電流が黒い自動巨人を直撃し、機体全体が一瞬、さながら雷鳴のそれに似た青白い閃光を放つ。装甲や大型の部品にとっては何でも無いだろうが、よほど念入りに防護されていなければ、巨人を制御している精密な機械部品くらいは破壊できる筈だ。呪文から電流の到達まで時間にすれば一秒の十分の一にも満たず、内部の搭乗者の生死を考える暇はなかった。

 同時に、巨人が左脇に抱えていた大型の大砲や右手で把持していた巨人サイズの銃が立て続けに爆発した。知識を持たないグリュクには詳しいことは分からなかったが、電圧で作動機構が暴走したか、火薬が反応したか。単体で放っていれば苦も無く躱されていたことだろうが、期せずして会心の一打となってしまったようだ。

 それで止めを刺されたか、黒い装甲に包まれた全高五メートルの巨体は前のめりになって倒れ込む。


「…………動き出さないよな」

(そのように見えるが……念の為に両脚部を破壊しておけ。どの道ここまで黒焦げにしてしまえば動けまいが)


 先ほどまでの爆音と巨人の駆動音が嘘のように、城周辺の森は静まり返っていた。散々爆音で脅かしたので、鳥獣が戻ってくるのは時間がかかるだろうが。爆風の破片や枝葉などでついたのだろう、違和感を感じて右の頬を拭うと、いささか大きめの傷が出来ていた。他にも大小の傷がそこかしこにある。

 グリュクが霊剣を構えて前傾して擱坐した巨人の脚部に近寄ると、その脇で胴体の装甲が硬い音を立てて急激に開放された。思わず飛びのきつつも観察すると、そこから何かが垂れ下がる。恐る恐る近づくと、気絶した操縦者が操縦座から垂れ下がっているのだと分かった。落ちずにいるのは座席の安全ベルトで固定されているためらしい。魔女の知覚で感じ取ると、生きている。


(うむ……まぁ、鉄兜を奪って催眠を掛けるのだ。機外に引きずり出して、操縦装置をあらかた壊しておけば良かろう)

「…………安らげ」


 霊剣の指示通りにベルトを切断し、引きずり出して強制催眠を施す。そして霊剣を抜いて操縦装置を破壊し、操縦者を――かなり若く、まだ三十歳にも届かないかも知れない――機体に寄りかかるように寝かせて、グリュクはリンデルやイェノたちがいる筈の城の方向を確認した。連れ出しに成功しようとしまいと、赤い狼煙が上がれば帰還の合図となる筈だった。それまでは、彼らを援護するために城の近くにいた方がいいだろう。グリュクは先ほどの遅れて爆発した魔弾の魔法術についての霊剣の講義を聞きながら、歩き出した。






 城の廊下を駆け抜け、行く手を塞ぐ者は蹴散らし……としたい所だったが、イェノたちは包囲されつつあった。一家の伝手を頼れない以上飛び道具などは用意できなかったのだが、何とか無理をしてボウガンでも調達すべきだったかも知れない。

 二階のテラスの両脇と中央から伸びた階段が一回へと繋がる、映画などではよくある作りの玄関ホールだ。出口までは十メートルも無いのだが、既に十人近い人数が出入り口の大扉を固めている。出口の死角に身を隠し、三人して立ち往生している形だ。

 イェノは殴り合いとなっても多少の自信はあったが、例え格闘に心得の無さそうなリンデルが協力してくれようと、リューズがいる状態では突破は難しいだろう。


「リューズさん、どこか別の出入り口は無いんですか」

「裏口に行くにはホールを横断しないと……みんなここの構造は私より知ってるから……」

「……クソッ」


 イェノが小さく罵言を吐くと、鉄扉が大きな音を立てた。


「……!?」


 突然のこともあって何の音かは判断が付かなかったが、扉の周囲で彼らの逃げ道を塞いでいた男たちが、驚きつつも散開してそちらを警戒する。既に一人が、恐らくディナールあたりに報告するために死角に隠れたこちらを素通りして城の奥へと走って行った。

 イェノの耳にもエンジンの音が入った。自動車だ。誰かが外で動かしているのだと思ったが、それはどうも、こちらに近づいてるようにも聞こえる。どこまで大きくなるのか疑問に思ったか否かというタイミングで激突音が炸裂し、鉄扉がひしゃげた。出来た隙間から僅かに外が見えたが、至近距離ならともかくこの距離では光が漏れてくるだけだ。残った男たちの内の一人が外部を確認しようと覗き込み、慌ててホールの方へと走って来る。直後の二度目の衝突で扉は突破され、自動車が城のホールに突入してくる。外は階段になっているはずだが、車はそれを乗り越えて門扉に体当たりを仕掛けたことになる。


「何だ……!?」

「な、何でこんな所にあんなごっつい車種が……」


 傍らのリンデルが、半ば呆れたように表現するそれは確かに自動車ではあったが、山岳地帯などで使用されるような、角ばった車体にタイヤに刻まれた凹凸の大きな形式だ。頑丈そうではあったが、流石に金属製の扉を正面からぶち破ってはフロント部分が破損していた。


「リューズ、イェノ! 乗りな!」

「カティシ!?」


 運転席の扉を開けて顔を出したのは、何とカティシだった。イェノは昔馴染みの意外な闖入に大いに驚きながらも、急いでその角張った車高の高い自動車に向かう。リューズに至っては昔から仲の良かったカティシの迎えだからか、彼に率先して駆け込んで行った。


「ど、どなた……」

「リンデル、こいつは大丈夫だ! あとはグリュクを回収すりゃいい! と、コラ! 離しやがれ!!」


 最も車から離れていたイェノの背後から、一人がその背に組み付く。必死でふりほどこうとするが、その間にも他の男たちが迫りつつあった。


「安らげ!」


 イェノに組み付いていた男が死んだように仰け反り、崩れ落ちる。聞き覚えのある声の方向を向くと、


「リンデル、イェノ!」

「グリさん!?」

「グリュク! 助かった!」


 突破された鉄扉の狭間に、赤い髪の青年が右手を構えていた。グリュクが、魔法で男を眠らせたのだ。恐らくカティシの自動車が扉を破って城へ突入したのをみていたのだろうが、期せずして迎えに行く手間が省けたことになる。


「……どういうことになってるのか教えて欲しいんだけど」

「説明は後だ、この車でずらかるぞ!」

「えー……」


 そうは言いつつも、青年も後部席へと走ってきた。その途中に一人が飛びかかってきたが、


「吹き飛べ!」


 魔女の青年は事も無げに呪文を発し、うっすらと光る塊を撃ち出して相手を反対側に吹き飛ばす。円盤状の魔法の弾に弾かれ五メートル以上後方へと転がって悶絶する仲間の姿に、無事な男たちも身じろぎした。


「安らげ!」


 そこにグリュクが先程と同じ呪文を唱えると、イェノたちを除いたホールにいる全員が、膝を折っては倒れてゆく。イェノたちについては、彼らの乗った自動車の外板が催眠電場を弾いているが、こうした室内で適切な防御手段を持たない相手には、強制催眠の魔法術は大きな効果を発揮する。


「おい、その魔女も仲間でいいんだな?」

「ああ、頼む。グリュク、助手席だ!」

「分かった」

「行くぞ!」


 グリュクが霊剣を車内に持ち込むのに難儀しつつも、全員が乗り込んだ。カティシがアクセルを踏み込むと、自動車は加速して鉄扉の隙間をすり抜け、乱暴に階段を下りていった。

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