表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊剣歴程  作者: kadochika
第05話:恋人、羽ばたく
31/145

5.閃光と爆音、噴煙

 ディナール・ファーゴは静かに怒っていた。娘を奪おうと、北のティガルケッソのバカ息子が南部に来ているのだという。一家の兵隊はとうの昔に出したが、出来ることならかの青二才を眼前に引きずり出し、立てなくなるまで鉄杭で尻を殴りつけてやりたい。

 それほどに――先代からは注意されてはいたが、それでも――、素直で健康に、かつ美しく育った自慢の娘がかわいかった。比喩抜きで、眼に入れても痛くは無いだろう。

 と、ふと扉をノックする音が聞こえる。


「お父さん?」

「おう」


 返事に応じて扉が開き、娘への愛情と忌々しい洟垂れ小僧への憎悪との間のせめぎあいは、前者が勝利を収めた。

 リューズ・ファーゴ。派手すぎず、しかし実の所は最高級の名品ばかりである調度が集まった彼の執務室に、彼の一人娘が入ってきた。彼女はファーゴ一家の首領の娘に生まれながら、そこらの芋虫と違って他者に見せびらかすような華美は求めなかった。せめてこれくらいはと、生地と仕立てだけは特別の物を使わせていたが、その飾り気の無さが却って、彼女自身の美貌や愛らしさといったものを際立たせていると考えては、親バカというものか。


「何か嫌なことでもあった?」

「あぁ、気にするな、ちょっとな……頭痛の種が増えただけだ」

「私以外に?」

「オムツつけてた頃ならともかく、お前をそんな風に思ったことはないよ」

「またまたぁ」


 親子の私語ではあったが、妻に似て鋭い直感に内心で冷や汗をかく。娘をかわいく思うあまり、間接的に彼女が彼の悩みとなっているのは事実だ。だが斯界の荒波をかき分けて父の座を継いだ彼は、それを表に出すことはなかった。ファーゴ一家の首領に狼狽は無い。


「ところで、さ……お父さん」

「……駄目だ。あの野郎に会うことだけはさせちゃあ、やれん」

「……昔は……三人で仲良くしてたのにね」


 リューズはそう呟くと、ソファに掛けて言葉を続けた。


「私と、イェノとカティシで……ちょっとケンカしても、すぐに仲直りしてた。今でも好きよ、二人のこと。私が好きな人のお嫁に行くのが、そんなに嫌?」

「嫌だとも……娘が洟垂れの嫁になるのを喜ぶ親がどこにいる」

「………………そうじゃ、ないんだけど……」

「お前の未来の旦那にはファーゴ一家を預けたいんだ。それがあんな野郎……どうしてもというなら、せめてあと五年は待て、その時いっぱしの野郎になってたら――」


 苦笑しながらそう言い聞かせていると、リューズが席を立った。


「私の気持ちは、変わらないから」


 娘は子供らしい――といっても、もう十八か――反抗を宣言すると、扉を開けて退室する。少し前まで何度もおむつを変えてやっていたと思っていたのだが、歳は取りたくないものだ。

 彼は久々に、自分が親心を碌に理解せずにいた頃を思い出していた。






 自動車は順調に住宅地を抜け、郊外の森の近くに停車していた。既にグリュクたちは自動車を降りて、イェノが偽装用の枝葉で飾りたてた幌を被せている。

 小鳥の声が散髪的に響き、寒空には申し訳程度に雲が漂う。少し離れた山の中腹には古い様式の城が見えた。由緒正しい名跡なのか単に時代がかった趣味なのか、グリュクには詳しいことは分からないが、イェノによればあれが目的地らしい。

 偽装幕の設置が終わるのを見計らって、イェノに尋ねる。


「そろそろ教えてくれ、目標っていうのはどういう素性の娘さんなんだ」

「……普通だよ。優しくて、素直な普通の娘だ」

「誤魔化すなよ。あんな砦みたいなお城に住んでる女の子なら、お姫様か、それに近い相手だろう」


 誉められたことではないが、魔女の知覚によって、彼が事実を言わないようにしているのは看破できた。


「すまねぇ。どうしても、彼女を連れ出すのに協力して欲しくてな……言い出せなかった。こいつは一昨年の写真だが……」


 少々語気を強めて問い詰めるように告げると、イェノは憔然と言葉を切り出し、懐から取り出した写真を見せてきた。いかめしい表情で佇む口髭の男より手前に、長い黒髪を額の中央で分けた、温和そうな少女が映っている。


「リューズ・ファーゴ、南リヴリア最大の地下組織、ファーゴ一家の首領の娘だ」

「グリさん、帰りましょう」

「ちょおっ、待て待てェ!! そりゃ黙ってたのは悪かったが、何も帰ろうとするこたねーだろ!」

「近づくべき相手の素性を今になって地下組織の首領の娘だとか、そっちの方が有り得ませんよ……キャンセル料については所定の額をお支払いしますので!」


 不快感を隠そうともせずに場を離れようとする彼を懇願するように引き留めるイェノに、リンデルが言い返した。殴り合いになりかねない気配を感じてゆっくりと二人の所へ歩み寄るグリュクの方を向き、イェノが告げる。


「こいつを全額支払う! 相場の五倍はあるはずだ」

「う……」


 黒い手提げのケースの中から現れた連邦の通貨らしい紙幣の束に、グリュクは呻いて唾を飲み込んだ。 だが、リンデルがそんな彼を咎めるように告げる。


「グリさん、もっと安全な依頼が来た時にしましょう。ウチの業務は危険も承知とはいえ、何もリヴリアの地下組織とやり合うような話にまで首突っ込むことはありません!」

「重ねて頼むッ!! あいつは、俺が行くのを待ってんだ! これで不足なら、何とかして上積みも用意する! 今は、あいつを鳥篭の中から助け出すのに協力してくれねぇか! あいつは、もうすぐ警戒が厳重な都市部の家に帰っちまう……今しかねーんだ!」


 既に完全に降りる気でいるリンデルに対して、イェノはなおも食い下がって来た。自分一人での限界を知りつつそれでも諦めまいと他者に(すが)る、それは見苦しい執心とも取れるが、真摯な情熱と思うことも出来た。実際には鳥籠の喩えが適切なのかどうかは別としても。


「下手したら、南リヴリアの警察まで敵に回しますよ……可動橋を飛び越えたりで、既に目を付けられてるかも」

「魔女の力で他の連中を引きつけてくれるだけでいいんだ、お前さんは安全な所にいてくれりゃあいい」

(主よ、ここは吾人、この男に力を貸してやりたい。聞き入れてはくれぬか)

「(…………)」


 助言や指示であれば、今まで何度もあった。だが、ミルフィストラッセが頼みごとをしてくると言うのは、彼の主となって初めてのことだ。

 思い起こしてみれば、グリュクは軽度とはいえ、軍隊の包囲を抜け出したこともある。霊剣の助言とそこから流れ込んでくる戦いの記憶は、一ヶ月前は食い詰めた素人に過ぎなかったグリュクにその程度の立ち回りはやってのけられるようにする、その程度には大きな威力を持つのは確かだった。


「リンデル、やってみよう。君だって、この仕事で身のこなしや立ち回りには自信がある方だろ?」

「……そりゃあ、その辺の人を捕まえてくるよりは」

「リンデルには、俺とイェノの退路を確保しておいてもらう。時間を決めておいて、それまでに戻れなかったら一人でも北リヴリアに戻る。イェノはその前に、違約金としてリンデルに後金の半分を渡す。どうだろう」

「いいぜ、ただし額が額だ、後金は四分の一にしてくれ」

「……八分の三からなら受け取ります」

「うーし! そうなりゃ、あとは細かい打ち合わせだけだな!」


 僅かに逡巡してからリンデルが答えると、イェノは拳骨と掌を左右から突き合わせて鳴らした。先ほどまでのバツの悪い表情は微塵も残っていないことについて、図太いと表現するか切り替えが早いと表現するか、グリュクには決め兼ねた。


「ただし、俺が危険だと判断したらその時点で撤退する。素直に聞いてくれるか?」

「隠し事をしてた俺を庇ってくれたお前の指示なら、是非もねぇ」

(御辺というか、吾人の判断だがな……)


 不本意げに霊剣が呟いてくるが、まさか「この剣の指示に従います」などと、魔女ではない二人に言える筈もない。イェノはカバンから取り出した地図を広げ、城への道筋を説明し始めた。






 ディナール・ファーゴは爆発音に慌てることなく、状況を確認させた。先ほどから続くこの轟音は、爆撃だと思われた。廊下の窓からは閃光と煙が外の森に溢れているのを見ていたが、直前まで警戒していた者たちは何らかの部隊が展開した様子などは報告していなかったので、恐らくは魔女か妖族によるものだろう。妖族ならばほぼ確実に一家の情報網に引っ掛かるので、魔女か。

 リューズは城の地下倉庫に避難させ、城郭に居合わせたものを戦闘に備えて適切に配置させた。ここは冬の間だけの別荘であり、この時期ここに彼らがいることを知り、かつ今この城を襲っている爆発に結びつくのは、幼い頃に出入りしていたあの青二才以外には有り得ない。

 そしてたった今警備の隊長が、爆撃を行っているらしい魔女を捕捉したものの、制圧に向かった班が全員消息不明になった旨を報告してきた。爆発音は未だ続いており、こちらを挑発しているようにも思える。


「ここまでやるというのか、小僧が……」


 ディナールは語気さえ強めず、しかし静かに激昂していた。


「ボス、ゾンドが戻りました! 他の巨人は脱落しましたが、このままここを攻撃している魔女を叩くそうです。既に爺さんのガレージで武器を受け取った、城には絶対に当てない、と」

「…………任せるしかねぇか」


 苦りきってそう呟く声に、くぐもった爆音が混じる。






 色とりどりの閃光が煌き、緑の森を奇抜な色に染める。そして土壌や岩石、建築の外壁などに当たって爆音を立て、盛大に煙を立ち上らせた。


「弾けよ!」


 再び術を開放する。先ほどと同様に一つの呪文で無数の光輝が小鳥の群のように折れ線を描きながら殺到し、再び閃光と爆音、噴煙を撒き散らした。着弾地点に近づいて実態を見破りそうな味方でない気配は、煙に紛れて奇襲し、催眠の魔法術で無力化した。騎士たちのような丸い鉄兜を被られていたらそれも難しかった所だが、持ち合わせていないというだけか、それともグリュクの放っている魔弾が虚仮威しであることが既に見抜かれているのか。


「……どう思う?」

(気づいた者も居るやも知れぬが、この音響と噴煙。無視する訳にも行くまい。現に既に八名を無力化した)


 城の住人にとっては、爆撃との違いは分かりにくいだろう。この「爆撃」では森の樹木ですら多少の枝葉が散る程度の被害しか出ていないのだが、その事実が光と音と猛烈な煙とで誤魔化されているからだ。人体の至近距離で爆発しても目と耳を塞がれれば毛筋ほどの危害も与えられない閃光魔弾の魔法術では、そんなものだった。


(魔法術としては非常に平易、疲弊も微少。威嚇用としては全く有用、そして殆ど無害)

「城の中の人は相当驚いてるだろうから、無害じゃない気がするな……」


 霊剣が手本に発動した際にはあまりの派手さにグリュクも驚いたのだから、いかにこの地が連合の中でも例外的に魔女が弾圧されない南リヴリアとはいえ、城の人々の受けた衝撃は小さくは無いだろう。

 一旦偽の爆撃を中断し、色とりどりの煙に包まれた城郭を一瞥する。イェノの話では、城にはファーゴ一家の首領とその家族、そして少数の使用人や戦闘隊がいるだけだというが。

 グリュクは閃光と爆音で爆撃を受けていると錯覚させて城の戦闘要員を引っ張りだし、制圧していく。城の人々がそれに気を取られているうちに、イェノとリンデルが内部に突入して目標――リューズといったか――に接触する、という手筈だった。地下組織の首領とそれを護衛する傭兵たちを相手にリンデルとイェノだけという不安はあったが、それなりの成算があってのことと信じる他無い。

 城の中の人々と、既に昏倒させた傭兵たちに申し訳ない気持ちはあったが、今は虚仮脅しの魔弾を撃ち続けた。

 そこに、


(主よ!)

「ああ、見えてる!」


 知覚に引っかかった影が、獣道を切り裂き、噴煙を割って周囲を跳躍している。そしてそこから、大きなエネルギーが弾けてグリュクへと殺到した。


「護り給えッ!!」


 着弾寸前に防御し、爆発。引き裂くような爆音が土の耳栓の外から鼓膜をいたぶり、一瞬平衡感覚を失った。そこに追い討ちの如くに飛来した大口径の弾丸の連射も障壁で何とか凌ぎ、重力を疑似反転させて空中に逃れる。着弾煙の向こうに、黒い影が浮かんで見えなくなった。

 そして下方からこちらに向かって撃ち出された弾丸を闇雲な軌道で回避し、数百メートルは離れた木々の懐に潜り込んだ。


「強い……!? あいつ、可動橋まで追ってきてた巨人部隊の!」

(恐らく。複数の火器を使い分ける手際、只者ではない)


 鮮やかなまでの強襲で不意を突かれたためにあの黒い自動巨人と本当に同一だったのかどうかは分からないが、魔女の知覚には自動巨人に相当する規模の熱源が――周囲の樹木で知覚の精度はやや低下していたが、自動巨人は大きな熱源なので人間などよりは判別しやすい――一つ。グリュクは自動巨人を用いた戦闘に全く無知だが、それでも連続した隙のない射撃に、市街地で虎の子の一つだった反応障壁を見切ったあの黒い巨人を思い起こさずにはいられなかった。


「ミルフィストラッセ、何とか隙を探してくれ!」

(心得ている!)


 そして先程同様の攻撃が再開され、グリュクは樹木の幹を抉る威力の弾丸を防ぎつつ森の中を疾駆し――飛行の術はさほど慣れていないので、濫用すれば撃墜の恐れがある――、反撃の糸口を探った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ