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霊剣歴程  作者: kadochika
第05話:恋人、羽ばたく
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4.黒い自動巨人

 推定二十トンもの重量を、五メートル前後の高さで十秒以上保持。魔女となって二週間ほどだが、最大規模での念動力場の発動は予想以上に神経を疲労させており、痛みが引くまでの間はあまり術を発動したくなかった。憶測に過ぎないが、襲撃者は人目の多い場所を避けており、目撃されたくないのか巻き添えを避けているのか、二度の襲撃はどちらも交通量の少ない路上でのことだった。そのためか、地下街では特に襲撃も無く通行することが出来、グリュクは安堵していた。

 百貨店の地下駐車場を横断した先の立ち入り禁止区画が、秘匿回廊への入り口になっていた。入り口は別段分かりづらいというほどでもなく、騎士団領から迷路のような洞窟を歩いて通った意味を訝るほどに簡単な越境だ。ついでに言えば、自動車で入れるような広大な通路が整備されていることも予想外だった。


「それについては、リヴリアという地域の特殊さを知ってないといけませんね」

(特殊か)

「特殊なの?」

「えーと……ちょっと長くなりますけど――」


 リンデルの話によれば、以下のようになる。

 まず、大戦前夜、この地にはリヴリアという国が存在した。そして大戦が終結し、リヴリアは南北に分割されることとなった。北リヴリアが魔女たちの、南リヴリアが王国の同盟国として独立することとなり、グリュクがリンデルに連れられて騎士団領から入国したのが北側だったということになるらしい。


「でも、これから行く南リヴリアだけは例外なんです、あそこだけは、北からに限ってであれば魔女の往来がある程度黙認されていて」

「何で?」

「雑な言い方でよければ、王国と連邦が啓蒙者に見つからないように取引する場所として。リヴリアはいわば、分断されながらも敵対する陣営同士を繋ぐパイプとして、連携しあっているんです。その代わり、南リヴリアは北リヴリア以外の地域から入国するのが、ほぼ不可能になってます」


挿絵(By みてみん)


「……素直に仲良くすれば良いと思うんだけどなぁ」

「無理でしょう……啓蒙者には逆らえませんよ」

「世の中ってややこしいな……」

「全く……糞忌々しい分断がなきゃ、もっとサックリで済むのにな」


 イェノがハンドルを握ったままぼやく。

 国境を越えるというこの秘匿回廊は、回廊とは名ばかりの巨大なトンネルだった。天井には巨大な双眼鏡のような換気装置が設置されており、この施設は秘匿と名づけられつつ、大きな資本による本格的な施工事業によって建設されたものなのだろう。ここを通して、殺しあう建前の二大陣営が、啓蒙者の目を逃れて取引を続けている訳だ。

 高さは十メートル程もあり、左右に至っては恐ろしいことに自動車が行き交える幅があった。グリュクの見立てでは、多少横幅が大きい車種でも余裕だろう。それを裏付けるように時折大型の輸送車とすれ違ったが、リンデルの言うように、南北二つのリヴリアは分断された状態にあって尚、両勢力の間を繋ぐパイプとして力強く機能しているようだ。

 グリュクは天井に等間隔で埋め込まれた橙色の電灯の光を浴びつつ、荷台から運転室の屋根の淵に手をかけて顔を出した。トンネルを通り抜ける埃の多く混じった風が、彼の鼻腔に独特の臭いを届けてきた。






 南北を隔てる壁が大増築を受ける前のことで、十年ほど前になる。

 公園の人目につきにくい一角で行われていた虐めを見咎めたイェノは、カティシと二人で棒切れを振り回して突撃し、少年たちを追い払った。陰湿な暴力を振るっていた彼らは悪態をつきながら、中々の勢いで視界から逃げ去っていった。


「クソ、あんのションベンどもが……」


 逃げつつも悪態だけは忘れない卑しい根性に憤慨しながら、尻をついて泣いていたリューズに駆け寄った。既にカティシが、ハンカチでリューズの涙をぬぐっている。彼女の父がこういった子供同士の諍いに口を出さないのをいいことに、児童たちは競ってリューズを虐げた。

 イェノとカティシとリューズは、親同士の関係もあったが仲が良く、時折リューズがこうして苛められると、二人が得物を振り回して加害者たちを追い払う、といった関係にあった。リューズがイェノたちと一緒に遊ぶことと同じくらいに一人遊びを好む性格だったことにも一因があるだろうが、代わってもっと、彼女が一方的な蹂躙を許さない気概を持つようになれば。

 いや、彼女は十分に強い。ただ、それ以上に優しいのだ。カティシがハンカチでその鼻までをくいくいと拭ってやると、リューズは涙で赤くなった顔で少々強引に笑い、二人に礼を言った。


「リューズ、今日は猫じじいのところに行こうか!」

「うん、行く!」


 カティシが街の名物老爺を尋ねることを提案すると、リューズは即答する。

 彼女は何処でもよいのだ。イェノとカティシがいれば、彼女は何処にでも行った。サーカスの楽屋裏で折の中の猛獣と鉢合わせ、荒れた私有地の森の奥にひっそり生えていたヒマワリの種を貪り、なけなしの小遣いをはたいて三段重ねのジェラートを注文し――そして最後は笑って家路に着くか、地下組織の首領である親と共に関係者に詫び回った。


「うーし、じゃあ手土産の餌買ってってやらないとな。いくらある?」


 イェノがそういうと、少女二人と共に手持ちの小銭を突き合わせ、老人の客たちに進呈する餌の代金に合計が足りるかどうかを討議し始めた。

 毎年夏と新年の二回、彼らの親たちが大人同士の難解な話し合いをしている短い間だけ、三人はこうして眩い時間を送ることが出来た。

 そして、一昨年に再会した時にリューズに求婚し、それ以来、イェノはファーゴ家の縄張りへの出入りを禁止された。渋る父を説得し、あとは父が糸を引いているらしい邪魔者の妨害を乗り越える手段、もしくは外部の協力者を探すだけだ。出国幇助業者の料金の意外な高額に出鼻を挫かれ、まずは機材を揃えて追っ手の目に付かない越境法を試行することから始めたのだった。

 妥協して依頼した出国幇助業者に魔女がいるとは、嬉しい誤算だったが。






 グリュクは具体的に、そこをどのような土地だと思い描いていた訳ではない。だが、


「こんな場所だとは思ってなかったぞッ!!」


 イェノに同行してから三度目の襲撃に全力で嘆息し、脚部の車輪の作用で素早く進路前方に回りこんできた自動巨人(じどうきょじん)を炸裂念動力場で弾き飛ばす。高さは五メートル近く、重量数トンに及ぼうかという巨体が住宅に激突したが、めり込むだけで建築の内部にまで倒れこまなかったのは堅牢な石造りの賜物だ。

 騎士団領で何度か間近に見ていたが、装甲をまとった不恰好な鎧の騎士といった風情の戦闘兵器だ。多くは脚部の車輪で高速走行が可能なようで、彼らを追尾している機種も例に漏れずにイェノのトラックに食い下がってきていた。機種は統一されているがウェンナハーメンで見たどちらとも異なり、黒い塗装の合間から覗く機械の光沢が印象を残す。

 負債返上の為とはいえ、再びこうして啓発教義の国へと戻って自己防衛のために魔法術を行使する羽目になるというのは、グリュクにとっては大いに徒労を感じる所だ。


「ぐ、グリさん頑張ってください!」

「何とか捌けッ、こいつらを撒いたら目的地に直行だ!!」

「ホントだなッ!?」


 あまり期待せずに呻きつつ、大型の打撃魔弾を発動する。車を減速させようと後ろから荷台の縁に腕で掴みかかってきた一台をそれで吹き飛ばすが、念動で民家に衝突した先ほどの機体とは違い、よろめきつつも体勢を立て直して再び追撃を開始している。グリュクは魔女の知覚を広げ、相手の次の出方を探った。

 南リヴリアに入国してすぐに包囲を受け、隙を突いて狭い路地裏に逃げ込んだ後はその場凌ぎで逃げ回り、一行は地の利があるらしい襲撃者たちに翻弄されていた。ビルが立ち並ぶ大通りは既になく、いつの間にかレンガや石造の一戸建てが不規則に密集した住宅地帯にまで迷い込んでいる。曲がり角の伝書ポストで車体が擦れ、薬局のマスコットの佇まいを脅かし、危うく猫を轢き潰しかけ、複雑な迷路を走り抜けた。


「イェノさん、こんなとこまで来ちゃって大丈夫なんですか!? 予定狂いまくりですよ!?」

「わーってるよッ、無問題! 昔は年に二度はここで遊んでたんだし、庭みたいなもんだ!」

「どこかの誰かみたいなこと言うなよ……」

(しつこいぞ御辺は……!)


 狭い市街地は車両の速度を制限し、そしてごく短い半径で旋回可能な自動巨人が有利になる場所だ。一台は脱落したらしいが、未だ周囲にはその自動巨人三台の気配がまとわり付き、イェノのトラックを包囲しようとする動きで迫りつつあった。四方に視線を巡らせ、活路を探す。


「何か……何かないか」

(あれなどはどうだ、主よ。川だ)


 霊剣の指し示した方向を見ると、そこに文字通りの活路が姿を見せていた。


「! ……イェノ、あれ!」

「あぁ!? ……あれか!!」

「え、何ですか!?」

「引き続き運転よろしく!」

「任されろッ!!」


 リンデルには悪いが説明は省き、自動巨人の射撃でタイヤや車体の重要な部分が破壊されるのを防ぎながら荷台に掴まった。それまでは闇雲に角を曲がるだけだったように思えたイェノの運転が一貫した方向を目指すようになり、遂には川沿いの道路へと飛び出す。すんでの所で衝突を回避したが、対向車線から走ってきた車がけたたましくクラクションを鳴らしていた。


「イェノ、飛ばしてくれ! こいつらは何とかする!」

「中古にあんまり注文くれるなッ」


 グリュクが防ぎきれなかった弾丸や衝突で、既に車体は傷だらけだった。乗り込む彼らに体感できないだけで、既に致命的な損傷を受けて停止しつつあるのかも知れないが……

 後ろを見ると自動巨人たちが同じ道に飛び出し、自動車には出来ない器用な立ち回りで対向車との衝突を回避する。

 それを引き離すべく加速するイェノ、意趣に溢れた街灯や植樹がすぐ傍を流れて行き、そのまま陽光にきらめく川沿いを突進する。なおも追いすがる自動巨人たちの銃撃を防護障壁で防いでは、放棄して展開しなおした。


「護り給いて……!」


 強く術を念じ、一際大きな防護障壁を生成してそれを防ぐ。今までは直径は二メートルを超えないものしか出していなかったが、今度は車体の後方を完全に遮蔽する大きさだ。自動巨人の一台が接近し、機銃を背後に収納して両腕を広げ、障壁の縁を掴んだ。取り除けようと試みているらしいが、グリュクは周囲に無関係の他者や自動車が無いことを確認すると、


「爆ぜよ!!」


 一気に障壁を炸裂させた。鼓膜を引き裂きそうな爆音と共に炭素合金を凌駕する強度の外殻部分を構成する魔法物質が超音速で飛散し、散弾となって自動巨人たちを襲った。まず機体の腕で障壁排除しようとしていた一台が至近距離からの炸裂障壁で頭部と右腕を失いバランスを崩して転倒、それに巻き込む形でもう一台も擱坐して後方へと流されてゆく。残っているのはグリュクの意図に気づいて車体を横滑りさせ、僚機を盾に、かつその擱坐に巻き込まれない位置を取ったらしい一台だけだ。


「うわー……凄い」

(あやつ、出来る)

「いや、このまま逃げ切れる!」


 それぞれ別の対象に向かって感心しているリンデルと霊剣。彼らの乗る傷だらけのトラックと、黒い装甲の自動巨人、そして目標地点との距離を計算に入れて呟くと、イェノが左に向かって自動車を回頭させ、制服の男たち――警備係といった印象だが、警察かも知れない――の静止を無視して行く手を塞ぐ遮断機の桿を破壊し、川に架かった橋に突撃する。橋はやや勾配があるように見えたが、実際は違った。実際には無かった傾斜が、増加している。


「え……この橋って……可動橋!?」


 河川を往来する船舶への便宜のために、また交通制御の手段の一つとして、構造を変形させる橋の一種。中でも有名な、中心部で分割されて互いの基部の方向に跳ね上がる形式だ。

 彼らの乗る自動車は、それが正に跳ね上がっている最中に突っ込んでいることになるのだが、先ほど霊剣が経路としてそこを示した時には既に跳ね上げが始まっており、彼らの自動車が付近に到達した時には仰角は二十度近くついていた。徐々に増える傾斜に構わず、イェノは最大速度を維持して一気に駆け上がった。


「行くぞぉらぁぁぁぁぁ!!!」

「落ちるぅぅぅぅぅぅぅ!?」


 黒い自動巨人も食い下がって来ており、登坂性能の差なのか徐々に距離が縮まってくる。

 だが、グリュクたちの方が先んじて、空中に車体を投げ出した。既に可動橋の仰角は三十度を越えて開口部の距離が車体二つ分ほど開いていたが、車体はそこを放物線を描いて飛び越えて後輪で対岸の橋桁の淵を噛むと、猛烈な速度で三十五度を超える急勾配を下り始めた。軋るような音を立て、重力に負けた摩擦力がタイヤから悲鳴を上げる。


(すく)い……給えッ!!」


 車体が彼らもろとも傾斜した橋桁から路面に叩きつけられる前に、グリュクの念動力場が発動し、傷だらけのトラックはゆったりと路面に着地することに成功した。イェノが全力でブレーキを掛けていたので、着地した途端に前方に加速することは無い。開いた可動橋の上から自動車が一台降ってきて何事も無く着地したせいか、付近の人間が一様にこちらを凝視していたが。


「あの自動巨人は!」

「あれ」


 イェノに答えてグリュクが対岸を指差すと、対岸の道路を大きな黒い影が疾走している。深追いすることなく撤退してくれたらしい。リンデルは魂が抜け出たような表情で脱力していたが、呻く程度のことは出来るようだ。


「……た、助かった……」

「そうとなれば、急ぐぜ。ちと遠回りしちまった」


 イェノはそういうとアクセルを踏み込み、自動車を発進させ、そのまま先ほどと同様、近寄ってきた警備者らしい制服の男たちや遮断桿を蹴散らして入り組んだ市街の方へと進んだ。


(……器物破損、そして恐らく何らかの交通違反や危害未遂に順ずる法令で指名手配かも知れぬ)

「(……ここが王国側の国なのが幸いだよ)」


 日差しが出てそこそこに暖かくなっている筈なのだが、グリュクの心胆は冷えるばかりだった。

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