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霊剣歴程  作者: kadochika
第01話:霊剣、誘う
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3.襲来











 私物にも支給品一式にも時計はなかったが、日が沈んでくればそれも容易に知れた。ここは東部なので、時差を考えれば西部の都市圏や更に西の王都は恐らくまだ明るい時刻だろう。

 太陽は沈んだので、とっくに暗い。各々が指示通り、首から懐中電灯を下げていた。懐中電灯といっても、戦闘服などに吊り下げてスイッチなどの切り替えで信号などにも用いる様式で、平たい縦長の形状をしている。

 売り払えば多少の金にはなりそうなこうしたものを、食料と共に渡してしまって良いものかとも思ったが、そうしたことが起きても問題にならないよう、これほど深い頭部の森の奥地での訓練となっているのだろう。

 最後の食事から既に五時間以上は経っているだろう。一時間ごとに小休止を繰り返しながら歩いて来たことを反芻していると、前方に灯火が見えてくる。

 それが何なのか判明するより前に、先頭の騎士たちが後ろ向きに歩きながら笛を鳴らして、号令する。


「それでは、この地点で簡易キャンプの設営に入ります。志願者の皆さんは我々の指示に従い、設営に取り掛かってください」


 懐中電灯のカバーを持ち上げて前方を照らしている志願者をみて、グリュクも同様に前方を照らした。どうやら広い平地になっているようだ。昼に到着した場所より少々規模が大きい。

 後続の班も遠慮なく入ってくるので、立ち止ることなく先に従い、開けた場所を進んでゆく。

 やはり指示に従って班ごとに間隔をあけて待機していたが、グリュクは回りを照らすとテントや釜などがないことに気づいた。

 毛布を被って野宿をする覚悟を固めたところに、輸送車が5輌到着し、そこかしこで安堵の声が上がった。本来なら物資を積載した自動車(場合によっては馬車などだろうが)と共に行軍するのだろう。

 予告なしに訪れた転調に戸惑いつつも、疲れ、あるいは飽きていた志願者たちは騎士たちの指示を受け、灯火やテント、釜の準備に取り掛かっていった。

 合わせて野戦服も支給され、こちらも軽く歓声が上がった。恐らく新品などではないのだろうが、汗と垢に塗れた服を着替えられるだけでも福音というものだ。

 設営が終わり、食事――昼のものと少し内容を変えただけだったが、慣れきるまでは疲労と空腹もあって今少し感動できるだろう――、今後の予定についてレクチャーを受け、選抜の残り期間がさほど長くないこと(恐らく、背嚢の食料が尽きるまでこのまま歩き続ける)が匂わされて、最後に当番制で睡眠を取ることなどが告げられると、班を三分割した編成を決めた。

 くじ引きに敗れ、グリュクはあとニ時間起きていなくてはならないこととなった。


「………………」


 本来なら銃と兜、場所によっては胴鎧などを身につけて立つのだろうが、そういった役回りは随伴の騎士たちがやっているため、グリュクは野戦服に切り落とした太い枝を手斧で削って整えた短棍という、少々心もとない武装で騎士たちに習うように警備に当たっていた。


「(正確には警備の真似事だけどな……)」


 そういった事柄は正式に入団してから教えられることになるだろう。そもそも東部とはいえ、人に危害を加えられるほどの脅威的な妖獣などは先の大戦以来出現した記録に乏しく、例え何かの偶然で現れても啓蒙者の戦力が直々に誅滅してしまう。

 元々が妖族たちによって領域の奥地から連れてこられるものが多いため、彼らが申し込んできた(と、王国は主張している)休戦をこちらから破るような事態が来ない限りは死ぬ危険などは少ないだろう。

 音声放送などを聴く限り、最近議院は強行派が優勢らしいが……


「なぁ、何か揺れね?」


 唐突に話しかけてきたのは同じ班の、確か、サージャンという名前だった。

 中肉中背、黒髪黒目の軽い雰囲気の男だ。

 行軍中に他愛もないことを少々喋り合った程度の仲だが、嫌な相手ではなかった。


「揺れ……?」

「遠くでズーンズーンて響く感じなんだが……しないか?」


 訊かれて、出来る限り耳を澄ます。さほど耳に自信がある訳ではない。


「……言われてみればそんな気もするかな」


 告げてふとあたりを見まわすと、騎士たちが少々慌しく言葉を交し合っている。

 何人かは騎士たちのテントの中の無線機に集まって、どこかと通話しているようだ。知る由もないが、出発地点のあの拠点だろうか。


「何か慌しいな。魔女どもが休戦協定でも破らかしたのかね」

「…………」


 気の効いた返答もできずに黙っていると、騎士の一人が周囲の志願者に指示を出してキャンプ地の中央に集まるよう広め始めた。慌しくも何とか全員が集まったのか、騎士の中で最も階級の高そうな男が拡声器で告げた。


「候補生の皆さん、急ですがお聞きください、現在推定ですが、大型妖獣がこのキャンプ地の方角に進行中という情報を得ました! 繰り返します――」


 王国よりはるか東の妖魔領域と呼ばれる、人類の住む生態系と異なる広大な異界的環境に生息する獣を妖獣と総称する。

 少々漠然とした分類であり、魚に似ていれば妖魚、鳥に似ていれば妖鳥とも呼ばれる。

 ただ、いずれも大型のものは各種建築物に匹敵する巨体であり、兵器で以ってしても未だ対抗は簡便ならざる存在だった。

 過去の大戦で人類側を苦しめた大きな要因の一つでもあり、この場の従士志願者の群れでどうにか出来る相手では絶対にない。

 常に何人かの騎士がやや離れて周辺を警戒しており、それで早期に発見されたのだろう。拡声器を通じた衝撃的な内容に、場が騒然とする。


「静かに!! 仮にも王国地上騎士団への入団を志した諸君が、この程度で慌てて貰っては困る! まさかここで我々だけで戦う訳はない!

 妖獣の相手は最寄の騎士団が急行します! 諸君は我々と共に、一刻も早くこの場から離脱します。各員、背嚢だけまとめて騎士の指示に従ってください!

 設備は一時放棄! それでは、指示に従い離脱準備開始!!」


 拡声器のスイッチを切ると、騎士は通信機のあるテントへ足早に歩いていった。

 輸送車の一台が動き始め、放棄する積荷の代わりに体調を崩した者、怪我をした極少数の者などを優先して積み込み、発進して行く。不測の事態を想定して輸送車に積んででもあったのか、騎士の中には榴弾砲を組み立てて照準を確認している者もいる。

 グリュクはサージャンたち他の班員と共にテントに戻り、背嚢をまとめると班を率いる騎士の指示に従った。


「最悪、覚悟しとくべきかもな……」

「食い詰めて歩かされて最後は化け物の餌かぁ」


 微かに諦念の混じったその呟きに冗談のつもりで返すと、サージャンが呻いた。


「さすがに洒落にならん……」


 体力の低いと判定されたものから優先して輸送車の後部に載せられてゆく。

 全部で三輌、残り二輌は騎士たちがこの場で持ち合わせていた数少ない武装のほぼ全てを載せて、妖獣に対して囮となるべく地響きのほうへ発進して行った。三輌では、詰めに詰めても百人程度しか運べなかった。


「乗れない志願者の方は申し訳ありませんが、しばらく徒歩で逃げてください! 安全地点で乗員を下ろしたら、すぐに回収に向かいます!」


 サージャンが恨めしげに鼻を鳴らす。


「だってよ。救援の手際次第じゃ見込みのあった奴から生贄になるらしい」

「……順番を逆にしたら尚更非道な話になるじゃないか」

「交代番で貧乏くじ、撤退で逆差別……そろそろ不幸の底も抜けて良さそうなもんだ」


 グリュクと違って本音らしく、表情はかなり険しい。

 言いあいつつも、二人とも速度は緩めず足早に進んだ。

 当然ながら、歩くことになった志願者たちの列には日没前の、不満と楽観の入り混じった雰囲気は全くない。

 何人か抜けた班と共に、腐葉土を蹴り、半ば走るような勢いの騎士たちに遅れまじと、不運な従士候補生たちはやや先ほどよりかなり近づいてきた地響きを背に、夜の山道を歩き続けた。

 追い風が吹いており、それだけがわずかな慰めだった。











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