1.地下道生物学序説
結婚を人生の墓場と呼びたければそうするがいい、何度でも。
あなたの子供が墓から生まれた亡者ということで問題なければだが。
――ある大文豪の著作より抜粋。
低温の湿った空気と上下左右を覆う硬い岩肌を、二条の光が照らし出している。光は時折揺れて、岩肌の変化を浮かび上がらせた。
音は、概ね規則的な堅い音。二つの単調な靴音のリズムが時に同調し、時に裏拍を取り合い、反響する。
岸壁の組成は恐らく堆積岩で、触れると表面はザラザラとした手触りに、荒々しい角度の凹凸が分かる。所々で螺旋状に溝の掘られた金属らしき棒が飛び出ていたり、朽ちるにはまだまだ時間がかかりそうな材木で方形に補強が施されたりしているのは、ここが人為によって掘削されたものだということを示していた。だが、照明は燭台のような金属の器具が時折岸壁に残っているだけで、皆無だ。照明は自前で準備することが前提なのだろう。既に三時間近く、こうして懐中電灯以外の光の無い洞窟を、少年に先導されて歩いていた。
「こんな長い洞窟、誰が掘ったんだろうね」
グリュクはそろそろ乏しくなってきた話題のストックの中から、奇跡的にまだ触れられていなかったものを発見し、呟いた。小さな電球の前方に放つ光以外に光源の無い暗闇の中では少々不明瞭だが、強く赤みがかった髪をした長身の青年で年齢は二十代前半、目尻の下がった深い色の碧眼が、少しばかり不安げに周囲に視線を漂わせていた。
その疑問に、前方を歩くリンデルが答えた。
「大戦時の地下壕だったり、もっと古い坑道の跡だったり、色々です。それを戦後に掘り広げて繋げたらこうなったってことで、そういう部分はいざって時には発破をかければ即座に閉鎖できるようになってるそうです。王国も連邦も、間諜の出入りに使いたいからか、手をつけてないみたいですけどね」
黒髪の少年は背丈はやや小柄ながら、足取りや説明に迷いがない。決して一本道ではない洞窟を、青年を伴って時に直進し、時に三叉路を迷わず進んでいった。
「それって崩れやすいんじゃないのか……」
「心配はいらないと思いますけどね。昔は壊し易さを重視してたんでそういうこともあったみたいですけど、それも国境線がもっと西にあった頃だそうですから」
(ふむ……無事連邦にたどり着いたらまずは地図を所望致す。国情がどう変わっているのか知りたい)
「(まぁ、地図を見せてもらうくらいなら返済中でも大丈夫かな)」
腰に帯びた剣が鞘の中から囁いた声に応じ、胸中で算段を立てる。
とある山中の祠に眠っていた所を、とある事件で青年と主従の契約を交わした、霊剣・銘ミルフィストラッセである。
その事件で魔女となったグリュクの精神にだけ、その声が聞こえていた。洞壁に反響して響く二人の声と異なり、彼の声だけは何の反響も伴っていない。魔女でないリンデルにはその声は聞こえておらず、彼のいる所ではグリュクは念じるような要領でこの相棒と言葉を交わしていた。
「……まぁ、今更心配しても仕方ないか」
道中そのような会話をかわしつつ、青年と少年、そして霊剣は声の反響する洞窟の中を進んでいった。
騎士団領にある抜け道の一つから、現在は北リヴリアに向けて歩いている最中だ。異なる陣営に属する二つの国家の間は大抵が数キロメートルから時に百キロメートルを越える幅の無人地帯となっており、地上からそこを通ろうとすればどちらかの陣営から拘束されて送還されるか――王国の陣営の国家の場合はそのあと死刑という場合も多い――、即座に殲滅されるかのどちらかなので、彼らはこうして地下を歩いて越境を行っている。
グリュクは王国で弾圧される魔女と同じ体質(というか、魔女そのもの)になってしまったために出国を目指しており、リンデルは彼を連邦側の国家へと案内するための出国幇助業者、逃がし屋だった。
三人(リンデルにとっては二人)は既に地理的には連邦側諸国の地下に差し掛かっており、あとはリンデルの誘導に従って地上に出るばかりなのだが……霊剣を除けば二人きりの道中で、黙ったままというのも間が持たないものではあった。
「ところで、随分前から周りは岩だけど、所々に土があってコケとかキノコとか生えてるよね……こんなどう見ても人が掘った洞窟で、誰が土を持ち込んだんだろう」
「うーん……理科はあんまり習わなかったんで分かりませんけど、そういう種類なんだと思ってました。僕がここの作りを教わった頃から普通にありましたし」
(ここは吾人が解説致そう)
「(……お前の解説だと難しい用語多いしなぁ)」
(どうせ過去の主たちの記憶も碌に思い出しておらぬのであろう、聞いておけ)
他に断る理由も思い浮かべられずにいると、ミルフィストラッセの講義が始まった。
(御辺もそうだが、魔女というものは、空間に無尽蔵に存在する魔力線からエネルギーを取り出し、魔法術を行使している。されど、妖族や妖獣などはそれより一歩踏み込んで、その線から取り出されたエネルギーを身体のエネルギーとしても活用しているのだ。概念としては熱に近いか。無論それだけでは生き永らえ得ぬゆえ、物質的な栄養を摂取する必要があるが……中には魔力線と少量の元素だけで成長可能なものもある。この人工の洞窟内に生育しているのは、そういった生態を持つ、分かりやすく表現すれば『妖コケ』『妖タケ』といった類の種であろう。胞子の状態で飛来し、成長しながら少しずつ岩石を分解して土に変え、苗床とし、それを足がかりに増殖する。
『魔力線合成』は単純なエネルギー効率では『光合成』に劣る故、これらの種は地上には蔓延っておらぬが、ここでならそうした光合成植物は発芽もままならぬからな。これらより大きな妖的植生が存在せぬのは、おそらく魔力線がコケや菌類しか養えぬ程度の量しか供給されぬからであろう)
「(……これを餌にする生き物もいるってことかな)」
(うむ、栄養的に恐らく、さほど大型のものはいまいが)
「(…………そのさほど大型でないのを餌にする大型の奴もいたりする?)」
(……おらぬ保証は無かろうが、正味の所は分からぬ)
そんな問答をしつつ十歩と歩かないうちに、何かの音が耳に届いた。硬い物体同士がぶつかり合う、短く甲高い音の連続だ。反響しているが、音の出所はすぐ近くのように思える。
「リンデル……何か聞こえないか?」
「……ツルハシの音かな? こんな所に何かを掘りに来る人なんてない筈ですけど……万一崩落でも起きたらどうするんだか」
「……ていうか、このまま真っ直ぐ先から聞こえてくるな」
「…………暫く一本道ですし、行ってみましょう」
二人は歩調を早めて音の出所へと急ぐと、その最も近い地点に見当をつけて電灯で照らし、グリュクは更に魔女の知覚をその音と総合した。
魔女の知覚は岩盤に加わる衝突のエネルギーを捉えており、それはくぐもった金属音と完全に同期している。
「岩盤の向こうで、誰かがこちらに向かってツルハシを振ってるのかな……岩盤は結構薄くなってる感じだ」
そして唐突に岩盤にひびが入り、次の更なる一撃で薄い岩盤は完全に破砕され、こちらと繋がった向こう側の空間から雄叫びが聞こえてきた。
「しゃあぁぁぁぁ!!」
身構えた二人の耳に最初に届いたのは、男の声だった。ガッツポーズを取りながら佇む男を、先ほどまでそこにあった薄い岩盤を照らしていた二人の懐中電灯が照らし、奇妙な光景を作り出していた。
髪はごく短く刈られており、彫りのやや深い角張った顔つきは精悍と呼んでよいだろう。背丈はグリュクよりやや低い程度、筋量は彼より多く、体重は向こうが勝るか。歳は同程度に見えるが、魔女の知覚を走らせてみた限りでは彼の同類ではない。
「…………お?」
男は光に気づいたのか、声を上げてこちらを見た。急な出来事で男の全身を照らすように電灯を向けてしまっていたが、害もなさそうなのでグリュクは電灯を下げ、彼の目に光を向けないようにした。
作業のためか服は汚れたつなぎ一つと樹脂で出来た安全兜に布手袋で、その後ろを見ると、着ていたであろう服や何かの籠らしい諸々の物品がやや離れて置かれている。
男はこちらを警戒しつつも、敵対的な姿勢は見せずに聞いてきた。
「お前ら………………誰だ?」
(あまり関わり合いになるべきではない、何とかやり過ごすのだ)
「…………ただの通りすがりの者です」
「馬鹿言え、こんな洞窟の深くで通りすがりとかあり得ないだろ!」
(もう少し上手い文句を考えられぬものか……)
「さては逃がし屋とその客だな? 騎士団領からだろ?」
「えーと……」
霊剣の提案通りに誤魔化したはずだが、あっさりと状況を特定されてしまった。この地下道に出入国以外に用のある者などいないのだろうが、だとすれば目の前のこの作業服の男も、そういった目的でツルハシを振るっていたのではないのか。
言い淀んでいると、男は両手を振って先を制してきた。
「いやいや、そんならいいんだ。お前等の元締めはティガルケッソ一家だろ、なら身内みたいなもんだ」
「……誰?」
「えーと、僕もよく知りませんで……」
「俺はイェノ、ティガルケッソ一家の者だ」
「あ、そうなんですか」
男は親指で自分を指差すと、名乗って言葉を続けた。その一家というのはリンデルと彼にとっては説明するまでも無い言葉のようで、リンデルの言葉に気を悪くした様子もない。
「お前ら、北リヴリアに行くんだろ?」
「えぇ……まぁ。ていうか、そもそもここで何してたんですか」
「え、密出国」
北リヴリアは、騎士団領に隣接する連邦側の国家であり、グリュクとリンデルの現在の目的地でもあった。このまま順調に抜ければ、そこへ出ることになる。それとは逆に連邦から王国へと越境しようとする奇特な部類なのだろうか、イェノと名乗った男が目的を告げると、リンデルは驚いて声を上げた。
「え、まさかこの岩盤を掘ってきたんですか!?」
よく見ればイェノの後ろには長い通路が続いており、広さは人が一人直立してツルハシを振るえるほどに広く、荒削りな表面が手堀であることを窺わせた。彼一人でこれを掘り進んできたのだとしたら、控えめに表現しても只事ではない。
イェノは汗にまみれた短い髪を照れるように掻くと、周りの機材や物品を軽く見回して呟いた。
「いやぁ……てっきりどっかに抜けたと思ったんだけどな。ここどこら辺?」
「……まだ連邦側の真下ですよ」
「うーん……やっぱ無理があるか。ダセぇとこ見せちゃったな、はっはっは」
(中々に気っ風の良い男。何日掛けたかは知らぬが、これだけの穴をツルハシ一つで掘り抜くとは、見通しの甘さを踏まえても見所がある)
よく分からない基準で安全兜の男を評する霊剣の言葉は無視して、グリュクは気になった点を指摘してみた。
「幇助業者を頼ればいいんじゃないのか」
「ちと割高だからな……向こうで動くのに備えて温存したかったのよ。ただでさえ目減りするもんだし」
「割高なんだ……」
リンデルに――より正確には彼の属する出国幇助業者に――支払う料金についての懸念が復活し、グリュクは誰にとでもなく唸った。リンデルが顔を背けた気がしたが、見なかったことにする。
啓発教義諸国は、魔女の、もしくは魔女を支持する諸国に対して非常に排他的な、より直截に表現すれば絶滅政策を取っており、その降伏を認めず相手が滅びるまで戦争状態を継続する、という宣言を実行し続けていた。
表面上とはいえそのような状態にあるため、当然二つの陣営の間には公式には国交が存在しない。だが、にも関わらず両勢力の間でそれぞれの通貨を相場に応じて交換する事業というものが存在し、それを行うのは各国の闇業者であったり、高度に秘匿的な金融政策を打ち出した小さな経済立国であったりした。
そこを利用するのは秘密裏に出入国を行う人々やそれを助ける地下業者に限らず、或いは両勢力の間で密貿易を行う公式非公式の組織などだ。彼が言っている目減りというのも、恐らくはそうした所での取引によって起こるものを指しているのだろう。
「ま、掘っていくのは無理だと分かっただけでも収穫だな。ちょうどいいや、どっちが案内人よ?」
彼はそういうと、戸惑う二人の表情を見比べて尋ねてきた。それにリンデルがおずおずと手を挙げると、
「よーし、じゃあこれも何かの縁だ。ボるんでもなきゃ、お前ンとこに注文するわ、密出国。既に客もついてるみたいだし……」
「こんな洞窟の中で注文なんて初めてですよ……」
「普通はこんな洞窟の中で密入国案内の依頼とかしないから……」
リンデルと二人して悪態とも愚痴ともつかない言葉を並べていると、イェノは後ろに置かれていたランプやスコップを持ち上げて告げた。
「まあ、料金の話はお前の所で詳しく相談するとして……悪いんだが、ちょっとこの荷物、持つの手伝っちゃくれねーか? 頑張って一人で運び込んだはいいんだが、帰りも同じは億劫でよ」
「…………見所ねぇ」
(見解の相違なり)
「ん? 何だ?」
それを見て腰に下げた剣に対して呟くと、イェノは要領を得ない様子で疑問を発した。
「地上に俺のクルマがあるから、そこまでな。あ、お前の業者、どこでやってんのよ」
「普通そっちを先に気にかけるでしょ……あなたの一家の本拠地、ヒーベリーです」
ヒーベリーとは、これからその領地に出る北リヴリアの首都に近い小都市だ。霊剣に言われる前に脳裏に浮き上がってきた認識に少々驚きつつも、これが過去の霊剣の持ち主の記憶を思いだそうと努めていた成果だと、時間を要さず理解できた。もっとも、恐らく記憶は霊剣がエチェ近郊の祠で眠りに就く前で終わっているので、現在もそれが通用するのかどうかは分からない。何とかという名の地下組織は霊剣も知らないらしいのだから、通用しない公算の方が高いが。
「そーか、丁度いいな。だったら……」
そこでふと、足下を小さな影が走り、意識が警戒状態に切り替わる。光が少ないのでよく分からなかったが、恐らく大きなネズミ程度の小動物が走り抜けていったと思しい。魔女の知覚には敵意が掛からなかったので危険が小さいことは分かっており、また魔女となってからの道中で何度かあったことなのだが、やはりこの手の突発的に足下を脅かす生き物には、一瞬とはいえ肝を冷やす。霊剣との雑談で出た、洞窟内部で苔や菌糸の塊を食べる生き物の一種なのだろう。
ただ、異変はそれだけに留まらなかった。知覚に掛かった気配がやや離れてもう一つ、
「?」
そちらに懐中電灯を向けると、リンデルにイェノもそれに習って同じ方向に光条を差し向けた。人間のものではない足音のような音も、少し遅れたが認識できた。
光の合間に浮かび上がったのは、四つ足の動物らしい影。ただし体躯は今通り過ぎた小動物よりかなり大きく、体重にして人間二人分はあるのではないかと思える規模だ。それが、人間の全力疾走に並ぶ勢いで、狭い坑道を音を立てて疾走してくる。他の二人も驚いているのが、短い呻き声で知れた。
(新たな魔法術を使用致す。二人の前へ出よ)
返事はせず指示通りにリンデルとイェノの前へ出ると、霊剣を鞘から引き抜いて中段に構え、彼に身を任せた。全身を痛みに似た感覚が通り抜け、彼の全身の細胞中に存在する変換小体が霊剣の思念を受けて活性化し、空間に偏在する魔力の線から膨大なエネルギーを取り出していることを知らせてきた。
時間にして一秒にもならない合間だが、その間に霊剣が魔法術の構成を完了する。
「射抜け!」
そしてグリュクが呪文と唱えると、音もなく刃の向く先の数寸先に出現した光輝から電撃が迸った。
電流はその直前に形成された電気的な誘導路を通り、光と小さな炸裂音を伴って命中、獣の体を一瞬だけ輝かせる。獣は転倒し、惰性で五メートルほど岩肌を舐め、前に出ていたグリュクから一メートルとない距離で完全に停止した。肉の焼け焦げる臭いが鼻を突く。
(……成程、猪に似ている。先ほどの小動物を捕食するようになったものであろうな)
「……グリさん、もしかしていつもこんな風に食料を調達してたんですか……」
「この術は初めて使った」
怪訝そうに疑問を発するリンデルにそう答えると、グリュクは周囲を確認してから霊剣を鞘へと仕舞った。
記憶に間違いがなければ、今の魔法術は前日に亡霊の操る機械の巨人が何度か使って見せたものだろう。巨人の術を参考にしたのか霊剣が元から知っていたのかは分からないが、殺傷を目的とした戦闘的な術であることは、恐らく疑いない。各種の魔弾では炸裂の際に天井の岩盤を崩す恐れがあり、強制催眠は即効性に欠けるとなれば、確かに悪くない選択肢ではあるだろうが。
(出力を絞れば、催眠よりも速効性を持つ非殺傷制圧手段ともなる。難度が上がるが、その際は対象の体重を鑑みて出力を加減するのだ)
「(説得力ないぞこれじゃ……)」
電灯に照らされつつ、焼けた動物組織の臭いを発する猪のような妖獣の死骸を見て、グリュクは霊剣にぼやいた。動物学には素人だが、こんな所で生態系の一員として生を営んでいるのであれば、妖獣だろう。
「……魔女なのか、お前」
「あぁ……珍しいのかな」
「そうか、王国にいたんだよな……連邦側でも西の方は、そんなに魔女はいねーんだ。昔の戦争で教会側になったり、魔女側に戻ったり……王国でも習ったかもな。
で、そんなんだから、連邦に帰属した今も魔女が少ないのさ。王国の税金や啓発教義は嫌いだが、魔女も気持ち悪い、なんて人種も未だに多いからな。場所次第だが審問が無いだけマシって程度かも知れねぇ」
「……国境を抜けても、もっと東に行った方がいいのかな」
彼の説明にグリュクはそう相槌を打つと、ランプを二つ受け取り、リンデルは礫を掻き出すのに使ったらしい大きなスコップを持たされた。一方イェノは近くに置いておいたらしい礫を運び出すための手押し車に、残った荷を乗せ始めた。
「(何かお前の話と違うぞ)」
(審問がなければ、まずは安泰と呼んで良かろうが。まぁ半世紀分情報にギャップがある点についてはそもそもが不可抗力によるものであって――)
「(はいはい…………)」
「あ、そうだ。これも頼む」
「……?」
イェノがそう言って再び渡してきた荷物は、問題なく手押し車に乗りそうな量だ。リンデルにも追加の荷物が渡されており、車には殆ど何も乗っていない状態だ。
「おい、車に乗る分まで持たなきゃいけないのか……?」
「まだ乗るでしょ、その手押し車」
二人の指摘に、彼は照れたように右の掌で後頭部に触れると、
「え、いやこいつ、イノシシみたいだからさ……持って帰って捌いて鍋にでも……」
「ふざけんな!!」
グリュクとリンデルは全く同時に同内容で、妖獣の死体を手押し車に乗せようと屈みこんでいたイェノを非難した。