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霊剣歴程  作者: kadochika
第04話:英雄、荒ぶ
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7.昇華

『変換小体反応アリ……破壊……』


 光の粒子の奔流に包まれ、搭乗者と機体の記憶がグリュクと霊剣に伝わってきた。搭乗者の未練、使命感、敵愾心といったものが機体に増幅され、半世紀を経て天空から戻ってきたのだ。グリュクは歴史の一頁を盗み見た思いで、刃の先の亡骸を見下ろしていた。


(主よ、解き放つぞ! この怨念!!)

「やってみるか……!」

(本日第四の新術、いざつかまつる!)

「解き放てぇッ!!」


 呪文と共に霊剣の刃から更なる光が迸り、操縦座にまたがる死者を貫いた。物理的な破壊力は無いのか、亡骸やそれを包む鎧、その背後の設備が破壊される様子は無い。

 だが、グリュクの魔女の知覚には、油や黴のように染み付いた敵意を伴う執念が光の粒子によって分解され、共に巨人の後方の虚空へと消えていくのが見えるような気さえしていた。

 搭載されていた機構によって魔法物質化し機体に取り込まれていた搭乗者の執念が、同じ魔法物質の奔流によって分解され、急速に蒸発しているのだ。人の魂の熱に触れて、閉ざされた心の氷が溶かされるが如くに。


(悲しき英雄よ、既に争いは終わっている! 気付くのだ、聡明なる戦士ならば!!)

「もう戦わなくていいんだ!」


 グリュクは霊剣に続いてそう呼びかけると、霊剣の制御に協調して自分から魔力を振り絞った。既に体の節々を襲っていた痛みが更に拡大して激痛と呼んで差し支えない段階にまで高まっていたが、構わずに相棒に力を委ねた。

 周囲に滞留して光の粒子の渦の勢いは留まることなく、更に流量と速度を増した。それに包まれているグリュクと霊剣、巨人とその主人の亡骸までもが金色の粒子の色に染まりつつあり、最早猛威を振るった執念の凝固はそこにはない。

 そして光の渦はひときわ大きく膨張すると、爆音だけを立てて跡形も無く消え去った。 


「う!?」


 まだ光が網膜に焼きついていたが、周囲の景色は現実に戻っていた。ダム湖の上空だ。同時に落下感を感じ、グリュクは思わず呻いた。巨人は機能を停止したらしく、もはや動く素振りさえ見せない。だがそうなると、今まで機体を、そしてそれに取り付いたグリュクと霊剣を空中に押し留めていた力がどこから来ていたのか、嫌でも思い当たることとなる。

 消え去った怨念と共に動力を停止した巨人が、機体の推力を失い、天地を支配する重力に従い始めた。未練によって突き動かされていた亡骸とそれを乗せた無機の巨体が、ただの物質へと戻ったのだ。


(怨念は消え去った。これで最早この巨人に狙われることはあるまい)

「いや……ていうか落ちてるんだけど」

(飛行の術を――)

「無理だ……」


 沿岸の森で魔弾を使った戦闘を行い、更に最大出力での念動力場を展開、水中に落下してからは圧力操作を用いて呼吸を維持し、そして飛行、挙句の果てにはよく分からない光の粒子を放出しての怨念払いのようなことまでやってしまった。半ばその場の勢いで自分から魔力を振り絞ってしまったが、それで碌に動けなくなっていれば世話は無い。一日四種の新術は新記録だったが、だから何だというのか。

 濡れた服に吸われてはいるが全身から脂汗が吹き出ており、身体を巡る激痛で喋るのも一苦労だった。この上魔法術を発動するのは霊剣の側からも難しく、今ばかりは彼はただの扁平な金属塊に過ぎない。

 だが、男の声と共に突然横から吹き荒れた突風が、二人を弾き飛ばして巨人と離れた所で着水させた。着水点は巨人が水没して起こした大きな水柱から五十メートル以上離れており、全身の激痛で無力な状態のままに水の陥流に巻き込まれることは避けられた訳だ。

 痛みを堪えて霊剣を鞘に収め、力を抜いて冷たい湖水に浮こうと試みる。力なく上方を見ると、突風を生み出してくれたらしい黒髪の騎士は、一瞬こちらを睨んだかと思うとこちらに剣を向けて小さく呟いた。


「ヴォルメ」


 その一言と同時に、周囲の湖水が熱を持った。それまでこちらから奪われるばかりだった熱の流れが逆転し、まるで服を着たまま風呂に浸かったような感覚に包まれた。突如出現した熱水に、冷水で冷えた肌が痛む。

 そのまま視線を彼に向けていると、宙にいた騎士は踵を返し、ダムの側へと飛んでいってしまった。既に戦闘機の機影は付近には無く、黄土色の巨人は湖水深くに沈む最中だ。


「……これもあの剣でやったのか」

(水温四十度弱……下がっていない所を見ると、相当大きな体積を均等に熱したらしい。総エネルギーで見れば、火球を撃ち出すものなどより余程強力である)


 水温が上がったのはありがたかったが、服が水を吸って重みを増しているのは変わらない。霊剣も、この状況ではただの腰の重りと化していた。


「(でも沈む……)」

(踏み留まれ、ここで死んでは何の甲斐も無い)

「(水の中で踏みとどまるもクソもあるか)」

『そのまま、動かないで!』


 聞こえてきた音声の方向に目をやると、灰白色の自動巨人が一台、湖面を進んでグリュクへと近づいてきた。人間で言えば腰まで浸かったような状態だ。何やら大きな風船のようなものが腰の周辺で幾つも膨らんでおり、これで浮力を維持しているらしい。


(……これは……吾らを捕縛しようということか)

「(もう何でもいいよ……沈む……)」

(良くはない、何とか術を――)

『要救護者一名確保』


 声と共に体に力が加わり、騎士団の紋章を肩に戴く巨人の腕に――要所で装甲されている上に関節部分も堅いカバーで覆われているため快適さとは程遠い――抱かれ、グリュクは水から逃れることが出来た。繰り出された右腕にゆっくりと掴まれると、巨人の腕はそのまま水平にまで持ち上がり、同時に左腕が水上へと差し出された。


『ここに座って。ちょっと固いけど岸まで我慢してね』


 左の上腕を背もたれに、水平になるよう曲げた前腕に足を投げ出す形で、巨人の腕に体を預けた。熱水から開放された服が再び体温を奪い始めたが、機関の熱が篭っているのか巨人の腕は温かかった。


「……その声は……ナヅホさんだっけ?」

『喋らなくていいわ』


 機械を通した女の声がそう告げると、胸部の装甲がシリンダーで持ち上がり、それで生じた風が顔を撫でた。今度は何やら機械の張り付いた丸い兜を被ったナヅホが、肉声を発した。顔の部分は露出しているので、彼女と分かった。


「一先ず、簡単だけど食事と、服を乾かさないとね。後のことは……まぁ、何とかしてあげたいけど……一応」

「……グリュクです。本当は名乗りあったりする関係じゃないって、ばれちゃったけど」

「まぁ、余力があるなら喋ってても構わないけど……っていうかこの湯気、あの人がやったのか」


 彼女は湯気の立ち上る湖面を軽く見渡して、そう呟いた。黒髪の騎士同様、博覧館や列車内で見た時とは全く違う雰囲気を纏っている。軍人ともなれば、そういうものなのかも知れないが。

 ナヅホはやや身を乗り出して、小さな袋に入っていた携帯用の非常食を渡してきてくれた。空腹と疲労と神経痛とで震える手で何とか包みの銀紙を開くと、中身はチョコレートだった。甘味を抜き取ったような少々忌まわしい思い出にまつわる栄養食を思い出したが、そんなこともなく、すぐに忘れて齧りついた。

 灰白色の巨人は、何処かにスクリューでも付いているのか、手足を振る素振りも無くゆっくりと湖岸に近づいて行く。


「……あの巨人、大戦末期に行方不明になった、私の尊敬する騎士が乗っていた機体なのよ」

「…………それが俺にお礼を言ってくれるのと……関係があるのかな」

「あれに誰が……何が乗っていたのかは、この機体にも望遠装置くらいあるから分かってた。あの耐加速装備は、見間違えようがないから。死んでも機体と一緒に魔女を倒そうとするほどの執念は流石と言えなくもないけど……でももう終戦から半世紀だし、ゆっくり休むべきでしょ。あれはあなたが魔術で眠りに就かせたように見えた」

「ああでもしないとどこまでも狙われそうだったんで……好意とかじゃないよ」

「それでも聖堂騎士として、非公式ながら感謝します。あなたが魔女だとしても」

「どういたしまして……ふぇきし!!」


 ふと始まったナヅホの話に付き合っていると、体を侵食し始めた寒気を我慢できず、思わずくしゃみが出る。衝撃で脳を始めとする神経が揺さぶられ、酷く痛んだ。

 巨人は岸壁の近くにたどり着くと右手の手首付近の部品から小さな錨のようなものを射出し、その先端が頂上付近へと勢いよく突き刺さった。そこで待機していた同じ形のもう二台がそれを手繰り、慎重に陸地へと引き上げた。






 既に彼が帰っていることを覚悟してリンデルとの合流地点に赴くと、やはりと言うべきか、誰もいなかった。待っていてくれはしないかと微かに期待はしていたのだが、冬とはいえ正午を主張するには少々日が傾き過ぎている。

 薄暗い常緑樹の森の中で、時折鳥の声が響く他は、風に枝葉がざわめく音だけだ。リンデルは申し渡した通りベルゲに戻ったのだろうが、こうなれば出国は失敗した訳で、グリュクの都合で双方が損を見たことになる。リンデルには背嚢まで預けていたのだが、彼はあれをどう扱っただろうか。


「……さすがに駄目か……」

(うむ……ここは何とかソーヴルまで戻るべきであろう)

「……ウェンナハーメンからここまで列車で十時間、そこから歩いて五日……」

(残念だが致し方あるまい)


 全身の痛みはやや引いていたが、目撃される可能性を考えると迂闊に魔法術で飛んで戻る訳にはいかない。ソーヴルからの距離と日数を指折り数えて体から力がぶすぶすと抜け出ていくのを感じ、しばし休むことにした。

 聖堂騎士のナヅホなど、本来ならばグリュクをその場で射殺しなければならないような立場の人々に助けられ、衣服が乾くまで操縦装置をロックした自動巨人に入れてもらい、内装のヒーターを全開にして暖を取ることまでしてしまった。

 その上それが済んだらまともに拘束されることも無く解放されてしまい、森に放り出されたグリュクは感謝と共に呆気なさすら感じていた。ソーヴルでは郡庁の役人が似たようなことをしてくれたが、自分の立場を差し置いて納得出来ないものを感じないでもない。

 と、肩に何かが当たる。木の実の類かと気にせずにいると、今度は手の甲に当たった。小石だった。飛んできた方向を魔女の知覚で探ると、背の高い草むらの向こう、そこに露出した地層に人間がしゃがめば潜れそうな穴が開いており、それを目でも追うと、更にその奥から見慣れた顔がこちらを見ていた。


「グリさん、早く!」

(何と……)


 抑えた声でこちらに呼びかける少年に向かって、グリュクは小走りに走っていき、国境の向こうへと抜ける長く複雑な通路へと繋がる穴の中で、何度も礼を言った。






 エギルレ基地では少々の混乱こそあったが、自動巨人隊と飛行隊、そして神剣騎士に諜報部隊から提出された情報を総合して、意見は概ね一つにまとまっていた。

 まず、事件の全容としては、大戦の亡霊とでも呼ぶべき自動巨人カリタスが、その特殊な機能の副作用によって死亡した搭乗者を乗せたまま行動を続けており、それが現代になって付近に現れた魔女の反応を追って、これを抹消するべく地上へと復帰したらしい……という結論となった。

 カリタスについて情報は啓蒙者に軽率に問い合わせる訳にも行かず、あくまで情報の断片を繋ぎ合わせてそう看做せるといった程度のものではあったが、これを元に更に基地司令部は判断を下し、事件を単なる演習中の事故と発表した。これだけでも平時においてスキャンダルを求める世論とマスコミには食いつかれたのだが、啓蒙者批判に繋がりかねない真相の発表は危険が大きく、何より高度二万メートルを五十年漂っていた大戦の英雄が領内に――護国の切っ先たる聖堂騎士団の領土にである――いた魔女を攻撃したなどという全容は、一見すれば荒唐無稽であったり、各所に波及する責任問題であったりしたため、そのような内容になったようだ。最終的に事態は、装備や演習計画の責任者数名の一定期間減給という結果で落ち着いたのだった。

 尚、後日彼らには、減給分より少々多い額の特別手当が特別業務慰労という名目で支払われている。


 そして事件から二日、工兵部隊の繰り出した引き揚げ船によるカリタスの回収作業が完了した。システィノヴォ上騎士の遺体は操縦座に無く、捜索が行われたが結局は所在不明で、恐らく湖底の泥の中に沈み込んでしまったものと考えられた。五十年前に試験場が存在した渓流を沈めたこのダムが、彼の墓標となったのだ。

 椅子に腰掛け格納庫に安置されたカリタスを眺めながら、ナヅホはそんな、感慨のようなものを弄んでいた。野晒しにする訳にもいかないので、比較的空間に余裕があった自動巨人の格納庫に、腰を突いて前のめりになる格好で着座している状態になっている。本格的な機体の調査は西部のより大規模な基地に極秘で移送して行う予定なので、それまでは周囲に散らばるタグを付けられた細かな破片たちと同様、このままだ。


「やっぱりここにいやがったか……」


 振り向くと、ネスゲンがやって来ていた。聖堂騎士団の制服に身を包んではいるが、相変わらずその弁えるべき繊細さや気遣いとは無縁な男だ。

 既に夜は遅く、防犯上の理由で照明が灯されてはいるものの、巨人格納庫には少数の待機人員しかいない。窓の向こうの小部屋で控えている警備員を除けば、格納庫には二人だけだった。


「明日は派手になるぞ。早めに寝とけ」

「何、心配してくれてるの」

「まー……ありゃあお前には少々刺激が強かっただろうしな」

「……ありがとう」


 予想外に素直な台詞を言う彼に、彼女も思わず礼を言った。

 明日はネスゲンの他、事件当日は南で模擬戦に参加していた数人を含めて十数名の神剣騎士がエギルレ基地に集結し、彼らを仮想の敵とした大規模な演習が始まるのだ。参加人数が一万近くに達するので、この騒動でも延期されずに決行となっていた。本来であれば、ナヅホやネスゲンも準備模擬戦の段階で参加しておきたかったのだが。


「でも、もう大丈夫だよ。今は平時だけど……もし戦うべき時が来たら、あの人の遺志を受け継いで戦うのは今の私たちだから。過去の人のことで、いつまでも思い煩ったりはしない」


 言いはしたものの、それを自らに徹底出来るかと言えば、そうも思えないのではあるが。


「……そうだな。お前もちったぁ成長してるってことか」

「どこのこと言ってんのよ!!」

「バッ、椅子投げんな!?」


 ただ、一時過去を顧みたとしても、それに恥じ入る必要はないだろう。時には過去に思い悩むとしても、それが終われば鬱々と未来を憂い、そして大抵はそんな暇も無く現在に忙殺されている。例え望んだとしても、いつまでも過去だけに執着することなど、そう簡単に出来はしない。

 ナヅホは思索を放り捨て――異変に気づいて慌てて待機室から出てきた警備員もこの際だ、気にしない――、拾った椅子を再びネスゲン目掛けて投げつけた。

これにて第4話の完結となります。

ここまでお読み下さりありがとうございました。


遂にロボ出してしまって一部の方にはご心配おかけしたかも知れませんが、基本的には剣士と霊剣の旅ですので、そこから逸脱するようなことはありません。


ともあれ、もしよろしければ、次回もお付き合い頂ければ幸いです。

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