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霊剣歴程  作者: kadochika
第04話:英雄、荒ぶ
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6.或いはそれは、天の国から

 灰白色の巨人が三台、林床を埋め尽くす土色の落ち葉を舞い上げながら疾走していた。深みがかった赤い色をアクセントに、肩には紋章。本来ならば冬季用の森林迷彩で塗装が施される所だが、まずはその存在を知らしめることが第一義であると言わんばかりに、白い影となって脚部の車輪で走り続けている。既に偵察機が未確認と接触しており、機体の環境集音装置が小規模ながら爆発らしき音響の連続を捉えていた。

 視界が開け、峡谷の縁に出た。湖水上空に捉えた複数の機影は、一定高度を維持して旋回しつつ、湖面に秘蹟弾を叩き込みつづける飛行巨人とその周囲を飛び続ける偵察機だけだ。その偵察機はまだ予定の行動に移っていない。

 だが、ナヅホが指揮所に問い合わせる前に動きがあった。二機の偵察機の内一機が急上昇し、千メートル前後も高度を稼いだかと思うと、巨人に向かって急降下をかけた。巨人に衝突する前に偵察機は軌道を変え、その直前に機体から投射した物体だけが衝突コースを取って、破裂した。小さな炸裂音を立てて空中で大きく広がったそれは、捕縛網だった。

 高速で空中運動力も高いが質量の小さい魔女相手に効果を発揮する装備で、魔女であればこれで動きの鈍った所を機銃で殺傷するといった所だろうが、恐らく今回は純粋に捕獲を目的としているのだろう。続けて同様のシーケンスに突入したもう一機が網を投下すると、網目の細かさもあって巨人の姿が殆ど覆い隠されるほどになった。偵察機は向きを変えて基地方面へと飛び去っていく。

 巨人もさすがに秘蹟弾を発動するのはやめて引っかかった網を引き剥がしにかかるが、力任せで引きちぎれるような強度で作られた網ではない。網の総重量は各所の錘のために併せて一トン弱に達し、例えあれが本当にカリタスであろうと動きを鈍らせることが出来る筈だった。

 どの周波数での呼びかけにも応答が無く、偵察機を攻撃する素振りも無かった――とはいえ、すぐ近くにダムが存在する――ための措置で、あとは彼女たちの巨人分隊がアンカーで網を絡めとって引き摺り下ろすだけだ。幸い渓谷をせき止めたダム湖なので、さほど幅は広くない。五百メートル弱まで伸びるとはいえ開けた場所では心もとない機体の登攀用アンカーでも届くだろう。

 しかし、巨人は網を引きちぎれないと見るや、周囲の大気が歪むのが視認出来るほどの熱を発動し、二重に被せられた網を瞬時に溶融させて見せた。一部が溶融・変形して高熱を帯びた合金繊維の捕縛網が湖面に落ちて派手な水煙を上げると、巨人は再び秘蹟弾を湖水に向かって発動した。

 両手に把持していたと言う魔女はとっくに水死しているだろうに、投網を放ってきた偵察機や彼女たち現代の自動巨人を操る部隊などは眼中に無いかのような勢いさえ感じさせる。


「(……倒すしかないっていうことか)」


 所属不明の飛行型自動巨人が捕縛を逃れ、抵抗またはそれに類する行動を見せた場合、これを撃破する。

 その手筈に従って、偵察機と入れ替わるように飛来した四機の制空戦闘機が、機体に搭載された六連装の機関砲で連携攻撃を仕掛けた。

 彼らが巨人付近を通過すると、ナヅホたちも炸裂砲や対空速射砲で攻撃を加えた。少なくとも、英雄システィノヴォであればあのような妄執じみた戦いを機体に強いることは無い。あれは誰かがカリタスにあやかって作った偽者か何か、そのように思うことにして、ナヅホは機体を走らせながら操縦桿のトリガーを引いていた。

 化学反応によって超音速で噴進する炸裂弾が、弾道を修正して命中率を向上出来るように一定間隔で曳光弾を配した機関砲の弾丸の列が、空中で秘蹟弾を撃ち続ける巨人に殺到する。

 だが、これらは捕縛網から逃れた巨人の非常識なまでに強引な空中運動によって、全てが回避されてしまった。不審なことに今の所反撃は一切受けていないが、それでも機動間射撃を繰り返す。

 そして姿勢を立て直した巨人が再び秘蹟弾を湖面に向かって放つべく生成した時、その背後に炸裂した威力が閃光と共に機体の部品を撒き散らした。


「それ以上領民の水源への狼藉は許さねぇ」


 ふと、集音装置の感知した音源が一つ。ネス兄、もとい、アスカルシード聖堂騎士だ。本来ならほぼ生身のいでたちではありえない速度で、戦闘機たちに混じって空中を飛行している。彼は身振りで戦闘機隊に何か指示すると急激に速度を上げて彼らを引き離し、既に一撃を加えた巨人に向かって空中を突進した。


『射撃止め!』


 同時に、部下に命じて巨人隊による対空射を中止する。

 神剣使いの飛行は戦闘機隊とは大きく異なりかなりの急加速・急制動が利くので、巨人の動きにも追随出来ているように見えた。だが、その放った秘蹟すら回避されているのか、時折両者の間に雷光のようなものが閃いては湖面に水柱が上がる。

 啓蒙者の製造した特殊中の特殊装備である神授聖剣を扱うには先天的な素質が必要で、現在空中に広がっているのは一握りの中の更に希少な資質だけが、過酷な試練を潜り抜けて得られる領域なのだ。自動巨人と戦闘機による陸空からの十字砲火を回避するような相手を大部隊を用いずに撃破しなくてはならないのであれば、もう彼に頼るほか無いだろう。


「フィーレ・フラウト!」


 神剣使いであっても、秘蹟の発動には誓文の発声を必要とした。その誓文に従い神授聖剣が空間から取り出したエネルギーが、強力な閃光を放つ光球の群れとなって巨人の周囲へと高速で漂い出た。

 ナヅホは機体の装置越しに誓文を聞いて即座に暗視グラスをかけた――恐らく気流で誓文が聞こえなかっただろう戦闘機隊は心配だが――が、太陽が無数に出現したような光輝で湖面が覆われた。恐らく巨人の感覚装置、もしくはその搭乗者の視覚を潰すつもりなのだろうが、恐らく基地まで届くであろう光は、下手をするとベルゲ軍の魔女も察知している。率直に言ってやりすぎだった。

 だが、巨人の機動が直線化する。

 そして、暗視グラスをしていても眩しいダム湖上空を神剣を携えた騎士が飛翔し、その一撃が遂に巨人を捕らえた。






 全身の服を侵して体温を奪う、水。水中は気温が安定していて存外に暖かいなどという話を聞いたことがあったが、朝から固形のものは紙一枚しか食べていないグリュクには、二月の水温はそう長く耐えられそうにも無かった。深度は恐らく、二十メートルを超える。

 ただ、顔の周囲だけは空気があったので窒息はせず、声を出すことも眼を開けていることも出来たためにその分の余裕はある。顎はがちがちと震えるにしても、先ほどからしつこいほどだった湖水に響く爆音も、今は止んでいた。湖上に何か変化があったのだろうか。


(主よ、魔弾の連射が止まった。息はあるな)


「お前が魔法術で溶存酸素とか言うのを集めてくれたおかげで、窒息死から凍死にランクアップ出来そうだけどな……」


 主観ではかなり長い時間水中にいたが、恐らく五分と経ってはいないのだろう。霊剣がグリュクを呼吸可能な状態に保っているので、同時に体温を保持する魔法術を使うことは出来なかった。


(投げやりになっている場合ではない。これよりこの術を解除し、本日三つ目の新術を発動する。心せよ)

「ああ……」

(……どんな術か興味は無いか?)

「いいから! この状況を打開する術なんだろ、早くしてくれ!?」

(心得た――)


 酸素の消費も忘れて強く要望すると、上方から強烈な光が差し込んだ。湖水の上層部分で大半を吸収されてなお、地上で浴びるそれに似た強さの光だ。


「上で何が起きてるんだ……」


 訝ると同時、今度は巨大な衝撃が再来し、グリュクのいるすぐ近くに泡の柱を打ち下ろしてきた。


(行くぞ! 唱えよ!!)

「飛ばしめ給え……!」


 衝撃に伴う爆音で体と鼓膜とに二重に苦痛を受けたが、霊剣は構わず術を発動し、神経から直接来る鈍痛でそれが三重に増す。そして浮遊感と共に体が上方への加速度を感じ、次の瞬間には、グリュクは眩く照らし出された湖上への復帰を果たしていた。

 水の抵抗を感じなくなるのが思ったより早かったが、霊剣が彼の体を泡の柱へと向けたためか。

 霊剣の制御で一気に湖面の上空二百メートルほどに上昇し、そこで停止した。地面を踏みしめたり何かに掴まるといった固定とは異なり、少々位置が揺らぐ感覚があったが確かに彼の体は空中の一定高度に留まっている。魔女の箒に同乗するよりも不確かな感覚だった。そしてやや遅れて、周囲に浮遊の感覚にも増して不思議な光景が広がっているのを意識する。

 そこには聖典の一節でも再現したかのように、光が溢れていた。地上と違って比較対象が少ないためにあまり距離感が掴めないが、それでも光り輝く小さな魔法物質の球体が、エネルギーを光に変換して輝いているのが分かった。ここまで大きな光量ではもうすぐ完全に蒸発してしまうだろうが。


「何だ、これ!?」


 霊剣が、下方の湖面の一角を指して疑問に答えた。


(よく見よ、恐らくあの擬似魔法剣を持った騎士の仕業であろう。奴が仕掛けたために、巨人も御辺を攻撃するのを中止したのだ)


 グリュクよりもかなり低い高度、湖面近くに人影が窺えた。遠目からではあまり細かい人相は分からないが、列車に乗り合わせたあの騎士だろうか。魔女の知覚を走らせれば、先ほどまで魔弾を撃ち込んできた飛行巨人や、遠くを旋回する四機の飛行機、峡谷の淵を走る三台の自動巨人も把握出来た。

 そして周囲の光が収まってくると、同じような高さで前方に漂っていた飛行巨人の姿が明らかになった。


(…………!?)

「何だ……あれ」


 黄土の色の自動巨人は、何があったかは分からないが(湖面近くに佇んでいる騎士の攻撃か)、胴体に大きな変化を生じていた。胴体前面を覆う装甲が殆ど丸々消えうせ、その下が露になっていた。自動巨人の構造には全くの素人だが、そこには、恐らく搭乗者なのだと思える姿が晒されている。


「何だよ…………あれは!?」

(……恐らくあの騎士の攻撃で胸部の装甲が損壊し、操縦座が外部に露出したのだろう)

「そうじゃないだろ!」

(吾人にも俄かには信じがたいのだ、察せよ)


 少なくとも、それは生きている人間の様相ではなかった。

 それは前後に長い操縦座にまたがって全身に甲冑のようなものを着込んでおり、首から下がどうなっているのかは定かではないが、兜の下のその顔は、肉と呼べそうなものは全て失った、骸骨かミイラとでも呼ぶべきものだ。眼窩(がんか)には何も収めず口元を覆っていた組織も無く、骨だけになった歯茎や顎の関節が剥き出しになった頬と、まだ使用に耐えそうに思える装着物とが、互いの落差を強調している。

 そのような明らかに死者と呼べそうな存在が、その場に居合わせたほぼ全員に目撃されていた。湖岸の断崖に構える自動巨人たちや周囲を旋回して再度の交戦に備える戦闘機隊、湖面近くにいる騎士からも、恐らく見えているのだろう。


「……あの巨人を操縦してたのは、死体でしたってことでいいのか……?」

(分からぬが、確かめたくはあるな。これより奴の目前へと近寄るが、構わぬか?)

「倒すにしても逃げるにしても、あいつを動けないようにはしないとな」

(よし……奴の運動力は尋常ではないが――)


 霊剣に応じると、彼が言葉を終える前に巨人が活動を再開した。先ほどのように一気に加速して接近し、両腕でグリュクを掴みにかかる。今度は冷静に神経加速の魔法術を、霊剣の維持していた飛行の術に割り込んで発動させ、彼と霊剣の精神を除いた全ての時間経過を遅らせた。そして、全力で巨人の左腕に霊剣の一撃を叩き込む。

 霊剣の硬度は尋常ではなく、神経加速によって常人に数倍する速度で装甲の失われた前腕の部分を攻撃したとはいえ、大部分が金属で出来ている筈の巨人の腕を苦も無く切断して見せた。普段へし折るなどと悪態をついてはいるが、次からは不用意にそう言うことは控えるべきかも知れない。

 加速を解除して霊剣が再び魔法術による飛行を再開すると、斬撃の反動でグリュクは上方、巨人は下方に抜け出た。霊剣はそのままグリュクの体を加速して飛ばし、巨人が反転してそれを追う形になる。


『損傷……変換小体反応継続! 殲滅!!』

「……さっきからよく分からない台詞を言ってるのは聞こえるけど……!」


 霊剣が術の制御に集中してくれているお陰で、グリュクは巨人が投射してくる多数の魔弾を回避しつつ、知覚を全開にして巨人の様子を探ることに専念できた。方向を目まぐるしく変えつつ、一貫してほぼ頭上に向かって落ちてゆくような感覚で、巨人の方を睨みながら集中した。自分の意図しない機動で空中を振り回されるのは爽快な気分ではないが、今は攻撃の機会を見定めることにした。


「おい真っ赤頭の魔女ッ! 聞こえるか!!」

「へ!?」


 見ると、グリュクの飛行に追いつく形で、黒髪の騎士が追いすがってきていた。湖面の上に停止しているのは見ていたが、こうして実際に他人がほぼ身一つで空中を運動しているのを見ると、違和感や馬鹿馬鹿しさといったことを感じてしまうものらしい。

 彼の接近と共に魔弾の射撃が、まるで彼に当たらないように配慮したかのように止まったので、巨人の様子を窺いながらも速度を落としてコンタクトに応じた。


「聖堂騎士団、神剣受領者ネスゲン・アスカルシード。やっぱり魔女だったな、お前」


 こちらを鋭く睨みつつそう告げる騎士に、グリュクは内心肝を冷やした。魔女と判ってしまうのは――こうして飛んでいることからも――弁解の余地のない事実であるから仕方ないにしても、彼からも攻撃受けるとなれば、ただでは済むまい。


「そのままあの巨人の囮になれ。奴は俺が落とす」


 博覧館や列車の中で聞いた声とは異なる凄みの効いた重い声音が、目まぐるしく流れを変える気流を隔てても聞き取れた。

 危険を感じたのか、霊剣がグリュクの体と巨人との距離を離すと、騎士は速度を落とすと手首から先を破壊された巨人の左側に旋回し、体を滑り込ませながら魔法物質で薄く輝かせた剣を叩きつけた。だが今度は巨人も、屍のようにしか見えないあの操縦者が判断の主体なのだろうか、一瞬で機体を回転させて健在なままの右腕のブレードを展開し、同様の光を纏わせてそれを受け止めて来た。


『……神剣ノ鹵獲運用ヲ確認……』

「何!?」

『破壊!!』


 騎士は呻いて距離を取ったが、直後に巨人の周囲に出現した無数の小さな魔弾が弾けるように襲い掛かり、着弾した。音と光が炸裂し、騎士は大きく速度を落として引き離される。騎士は魔弾は全て障壁で防ぎきったようだが、巨人が始めてグリュク以外の対象を攻撃したことになるか。だが、巨人が騎士の方へと注意を向けた所に、隙が出来た。


(今だ!!)


 霊剣は合図と共にグリュクの体を猛烈に加速し、巨人を基準にした上方から操縦座に対して垂直に突撃させた。激突寸前に急減速をかけることで、何とか破壊された胸部装甲の減りへと踏みとどまり、巨人を操縦しているらしい鎧を纏った死者のやや上方から対面するような形となる。そして、微動だにしない亡骸に霊剣の切っ先を突きつけた。


(これより奴の正体を暴く!)

「ああ!」


 突きつけた霊剣の刃が急激に鋭く発光し、そこから無数の眩しく黄金色に輝く粒子が弾けるように生まれ出続けた。同時に、取り付いたグリュクを弾き飛ばそうとする巨人の腕の動きが止まる。粒子は奔流、奔流は怒涛となって周囲を覆い尽くし始め、グリュクと死者、そして操縦座を中心として巨人の周囲を高速で旋回し始めた。さながら、黄金の旋風の中にいるようだ。

 それは霊剣やグリュクが発動している術ではなく、そもそも霊剣がその特質の一つとして持っている機能であるらしく、霊剣が彼の体を使って魔法術を発動する時のような、神経を刺激して体の内側から何かを奪い去ってゆくような感覚は無かった。柔らかくも厳かな光が、ただ渦巻き、溢れている。

 そして、それを通して流れ込んでくるらしい記憶の奔流が、彼の意識を奪っていった。






 既に試験部隊は脱出を完了した模様だ。バタール・システィノヴォ上騎士が自らに課した使命は完了し、あとは自分も離脱するだけとなった。

 だが、既に周囲には多数の変換小体の反応が飛び交っている。魔女たちの攻撃は苛烈で、彼の撤退を許さない。西の飛行場から増援が駆けつけるのにも、まだ時間がかかりそうだった。無論、その飛行場が迎撃網を掻い潜った魔女たちに攻撃されていなければだが。

 神剣使いたちが妖族王侯の終結した南部戦線に集中して投入されている今、試験場上空にいるのはカリタスただ一機だった。ただ、既に魔女部隊の連携によって試験部隊にも被害が出ており、傍受した通信に拠れば、押さえ切れなかった一部が更に後方へと侵攻しているらしい。

 上方から、後方から、死角を突いて飛来しては呪弾を撃ち込んで離れる魔女を、努めて冷静に、秘蹟による散弾砲撃を見舞って一人一人撃墜してゆく。しかし既に空戦型らしい大型の妖獣まで空域に侵入して来ており、如何にカリタスといえどこれ以上持ちこたえるのは不可能かと思われた。


「いや……カリタスならば、まだ!」


 被りを振って呻くが、試験の時から感じていた根拠の無い自信に、流石に疑問を覚える。これは彼自身が抱いている自信なのだろうか? カリタスが実験的に搭載している秘蹟の発動装置と無関係であると言い切れるのか?

 そもそも、このカリタスは今までの自動巨人とは駆動系の概念からして異なる、全くの新設計機だった。内燃原動機からの動力伝達で直接機体を動かす従来の巨人と異なり、啓蒙者の製造した演算機関の作用によって複数の秘蹟を同時に発動し、それで四肢の駆動すらを行っているのだ。

 各部の部品も啓蒙者の製造によるものが多く、人類製と呼べるのは装甲と骨格くらいの物で、本質は殆どが得体の知れないも同然の機械。実の所、機体から操縦者に対して、何かを働きかける機能でも存在しているのではないか。

 そこで突然、機体の動きが止まった。回避機動の最中を押さえられ、急制動で体が締め付けられる。今まで何度か経験した、魔女たちの戦術結界だ。外部から見れば恐らく、黒い文字で描かれた巨大な立体魔法陣に捉えられ、蜘蛛の巣にかかった蝶のごとき有様だっただろう。特殊な立体構造の各点に位置するように配置に付いた魔女が複数で発動する、厄介な代物だ。

 部隊であれば捕縛を逃れた僚機による援護を期待できるが、一機では明確な対策も取れない。何とか集中を強めて機体を揺り動かし、秘蹟による推進の出力を上げて脱出を試みた。


「カリタス、抜け出て見せろォ……!!」


 叫ぶと共に眼前の計測ゲージの幾つかが光って異常を示し、数字を揺らした。それはカリタスの出力が、設計側で安全を保証できる限界の値を越えて向上していることを示していた。

 急上昇した出力と強化された機体強度は魔法陣をあっけなく決壊させ、そのまま機体を中心に全方位に対して秘蹟の槍を無数に撃ち出し、防御を貫いて魔女たちを肉片と化す。

 行ける。続いて稜線の向こうから飛来した複数の大型の誘導呪弾を同規模の秘蹟で一挙に撃墜すると、残りの魔女たちを駆逐するべく、更に出力を上げて秘蹟を放つべく集中した。

 しかし、そこまでだった。


『戦術退避モード、滞空展開』


 機体に搭載された機能がガラス盤の表示で告げると、突然カリタスは上方に加速を開始し、強烈な下方への加速度が体に襲い掛かった。

 秘蹟によって各種電磁波や素粒子を透過、或いは完全に吸収する力場を展開し、高高度へと機体を遷移させる機能。戦術的劣勢を高い強度で検出すると――つまり自軍が大幅に不利になると、自動的に発動して搭乗者を保護するもので、戦闘員の生命を最重視する啓蒙者の作った機械らしい機能だ。戦闘突入直前に試験していたのもこの機能の一部だったが、今は完全に邪魔物だった。


「止せ、カリタス! 私もお前もまだ戦える、戻れ!!」


 必死に操縦を取り戻そうとするが、表示板には現状の周辺環境に関する表示のほかは、現在機体が取っている自動行動の意味を解説する文章しか表示されていなかった。脱出機能も不具合を起こし、復旧する様子が無い。

 そしてそれ以来、王国の上空二万メートル近くを滞留したまま、既に二日が経過した。戦術退避が発動したまま、救助も手が届かずに孤立無援となった彼を空に縛り付けていた。啓蒙者の製造した動力源で動くこの機体は、その気になれば機体が物質的な限界を迎えるまでこうしていることが出来るだろう。

 だが、この戦術退避モードは何らかの原因で暴走しているらしく、搭乗者である彼が飲めず食えずで餓死寸前となった今でさえ、それを解除するつもりは無いらしい。とんだ欠陥品だった。

 今にして思えばこのカリタスというのは、秘蹟を武器として使える巨人というよりは、搭乗者と巨人を併せて魔女と同等の存在とする装置と呼んだ方が正しいのかも知れない。確かめる術は無いが、恐らくカリタスの性能に対して当初の彼が自信が溢れていたのも、自分の精神が機体の機能と半ば一体化して変性していたからではないのか。

 薄れ行く意識の中で、バタール・システィノヴォはそんなことを考えていた。

 それにしても、魔女だけは……この身が塵に成り果てようとも、魔女だけは倒さねば。戦え、我が乗機。悪鬼と交わり群成す、あのあばずれどもから守るべき故郷があるのだ。変換小体の……魔女の反応は……どこだ……?

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