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霊剣歴程  作者: kadochika
第04話:英雄、荒ぶ
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4.教義に反せぬ擬似的な

 特に夢を見るでもなく、目覚めた。窓の外を見れば、既に朝日は地平線から全身を現して瞼を貫いてくる。

 時計を見ると列車が出発してから十時間近くが経過しており、体を支える柔らかさと差し込む光を併せ、二週間前に乗った列車との圧倒的な差を改めて実感した。やや狭いとはいえ、他の参加者と体が触れ合うほどだったあの時とは天地の差だ。もっとも、あの時の列車行を共にした彼らの内の何人が生き残れたのかと思うと、陰鬱な記憶が甦ってもきたが。

 途中は殆ど寝ていたので記憶に無いが、各車に備わっている路線図によれば、ウェンナハーメンから北上しつつ、首都のヌーロディニアを目指すらしい。ほぼ中間に位置する辺りに国境線へと最も近接する点があり、恐らくそこが、リンデルの言っていた国境近くのダムなのだろう。


「グリさーん、起きてますかー」

「あ、今開ける」


 扉の向こうから呼びかけるリンデルに応え鍵を開けると、彼は個室に入ってきて、マグカップに注がれた温かい茶を渡してくれた。


「ありがとう。でもどうしたのこれ」

「ロビー車に給湯室があったんで、そこの人に頼んで火を借りました。ダム付近に着くのは食堂車が開く前ですんで」


 少年の心遣いに少し驚きながらも、マグカップを置くために壁に付いていた折り畳みの卓を開く。彼がその卓に無言で差し出してきた四つ折りの紙を手に取り、広げて内容を検めると、


『もうすぐ目指していたダム近くの駅に着きます。そこで降りて、しばらく歩いてから国境抜けです。くれぐれも誰かに気取られないように。読み終わったらこの紙は食べてください。消化しやすい種類なので大丈夫です』


 とある。


「え……!?」


 万が一にも密出国のことを知られないために筆談するのは分かるが、最後の一文で目を疑った。リンデルの表情を覗うと、立ったまま頷くだけだ。


「そりゃ腹減ってたけどこれは……」

「意外と癖になるかも知れませんよ」

「なるかッ」

(好き嫌いは良くないぞ主よ)

「(そういう問題じゃないだろ!!)」


 紙を食べるという概念は予想出来る範疇を大きく外れていた。確かに何かの拍子で出国についての密談を聞かれたりするのは困るし、筆談の跡が見つかってしまう可能性も無くはないだろう。だが……


「……窓の外に投げ捨てるっていうのは……」

(拾う者が出る可能性を少しでも減らしたいのであろう。紙一つ食すのにそこまで忌避することもあるまい)

「…………!」


 リンデルに至っては何も言わずに頷くだけなので仕方なく半ば自棄になって紙を口に入れて噛み締めると、消化しやすそうな柔らかい感触が悔しかった。






 到着まで一時間とかからないらしいので、グリュクは後部車両まで歩き、紙の後味に腹を立てながらも個室になっていない部分の窓から外の景色を覗いていた。


「(いよいよ出国だな……)」

(御辺の方から内心で語りかけてくるとは珍しい……これからは毎日紙を摂取すべきであるな)

「(……割と考える所もあるんだよ、実際に国境を越えるってのはどんなことなのかとか、向こうに着いた後の身の処し方とか)」

(出来れば旅を続けて経験と見聞を深めて欲しい所ではあるが……しばらく一所に腰を据えるのも悪くは無い。過去の主の経験を生かせば、さほど苦も無く人並みの生活は送れよう)

「(……まぁ、少なくともそれまではよろしく頼むってことで)」

(ようやく主従らしくなりつつあり、喜ばしい限りなり)

「(俺も出来る限りはやるけど、お前のヘマで拙いことになったらへし折るからなホントに)」

(任せておけ)


 霊剣が頷くと、寄りかかっていた窓が衝撃で揺れ、音と共に暗闇が訪れた。トンネルに入ったらしく、十秒ほどでそこを抜けると今度は視界の半分が湖で埋め尽くされた。同時にレールの継ぎ目で生じる音が鉄骨の隙間から抜けて床板越しに車体の振動を伝え、鉄橋を渡っていることを教えてきた。湖は直下にまで広がっており、左右には切り立った崖が聳えている。

 峡谷を流れる川を堰き止めて作られたダム湖なのだろう、西側を見れば 横たわる巨大な人造石の波頭が湖面の反射する陽光を受けて、水面より上にまで波模様を湛えている。

 そこで、異変が起きた。

 小さな衝撃がグリュクの居る車両を襲い、続けてやってきた大きな衝撃に揺さぶられ、危うく転びかけた。同時に金属同士が激しくこすれあう不快な音が車内に響き、振動に驚いた他の乗客が個室から顔を出していた。


「何だ!?」

「誰か、鉄道員!」


 音の出所を探るまでも無く、車両の後部を見ると、赤熱した巨大なナイフのような物体が、車内に突き出ているのが分かった。


(注意せよ、魔女による攻撃やも知れぬ)

「(知れぬって、分からないのか!?)」

(それゆえ注意するよう申している)

「(そうかい……!)」


 呻いて相手の正体を見極めるべく、また出来るだけ多様な状況に即応できるよう、構える。他者の目があるため霊剣を抜くことはまだしていなかったが、成り行きによっては魔女と露見する覚悟も決めねばならないかも知れない。


『変換小体反応アリ』


 肉声のような、機械を通して発声したような、どちらとも取れる声が響き、そのナイフのような物体が揺れるように車体に開いた穴をこじ開け、車外に姿を消した。

 そして直後に、今度は手指のような、巨大な甲冑の籠手に見えるものがその開口部に先端をねじ込み、一気に左右に引き裂く。

 引き裂かれて変形した車体の損傷部分から陽光と風が入り込み、大きな影が姿を現した。そしてその姿には、見覚えがあった。


『破壊!!』


 更なる言葉と共にその巨大な姿が右腕をかざすと、その先に光が出現した。


(魔法物質の揮発光!)

「はあッ!!」


 霊剣の叫びと共に、グリュクと相手、それぞれが創製した魔法物質同士がエネルギーを炸裂させた。

 噴煙は走行に伴う風で即座に流れてゆき――最前車両の運転士からも最後尾に生じた破損は見えただろう、列車が急速に速度を落としているのが分かった――、反応障壁でカバーできなかった範囲の車体が吹き飛んでいるのが露になった。陽光と大気の入り込む範囲が広がったことで、影が明確になった。

 そこには、装甲に覆われた巨人が、台車部分だけになった車両の最後部に膝を立てるような姿勢で着座している。全体的な色の印象は黄土色で、反応障壁の爆発によるものか上半身の装甲――正確には装甲だと思える部分――の一部が損傷し、機械的な内部構造が覗いていた。


(これは……自動巨人の一種か!)

「多分、博覧館の吹き抜けで見た……あの大きい奴だ。何でこんな所にあるのか知らないけど、よく似てる」


 霊剣は博覧館では預かり所においてあったが、その後再び記憶を共有しているので、吹き抜けで見た巨人を彼も知っているはずだ。

 呟きつつも後ろを見ると、他の乗客は既に無かった。進行方向前方の車両に逃げ込んだらしい。他者の目がある所で魔法術を使いたくは無かったが、走行中の列車の中では多少逃げた所で炸裂魔弾とでも呼ぶべきあの光の威力からは逃れられなかっただろう。せめてあからさまに魔法術に聞こえないようにとただの叫び声を呪文にして反応障壁を展開したが、効果の程は疑わしい。


「何だありゃあ!?」

「……カリタス!?」


 黒い髪の釣り目の聖堂騎士と、後ろで一つ髪にしたナヅホが、急停止中の狭い通路で壁に手を突きながらもこちらに歩いてくるのが分かった。男の方はネスゲンとかいう名だったか、例の量産型の魔法剣――魔女に敵対する勢力の武器が「魔法」剣などと名づけられることは有り得ないので、恐らく正式名称は別にあるだろうが――を抜いて構えている。


『魔女……撃滅!!』


 それが魔女で言う呪文に当たるのだろうか、再び自動巨人の前に魔法物質の光球が出現し、そこから電流が放出されてグリュクに殺到した。


「ネス兄!」

「舐めんなァ!!」


 ナヅホの声にも構わず騎士が機器の付いた剣を巨人の方向へとかざすと、光球から迸る電流がその剣へと吸い込まれるように流れてゆき、小さく弾けるような音を立てた他には何事も無く、光球と同時に消滅した。余剰となって可視状態にあった電光の軌跡で辛うじてそう判断できたが、グリュクにとっては衝撃だった。魔女でない者が、魔女と同様の力を行使している。

 発動直前だった防御障壁をそのまま維持して次の攻撃に備えるが、球電を無効化した騎士は、そんな彼の事情など知るはずも無く、片膝を着いているグリュクを飛び越えて巨人へと斬り掛かって行った。


「おい真っ赤頭、いつまでもヘタってんじゃねぇ!」

(擬似魔法剣を用いた、教義に反せぬ擬似的な魔女。それが本来聖堂騎士と呼ばれる存在である。巨人に乗るなど、由来からすれば邪道なのだが……恐らく、球電化していた魔法物質のエネルギーを吸収する術を発動したのだ、あの剣を用いて)

「(ある意味、俺とお前みたいな関係ってことか)」

(騎士自体は精鋭なれど、何の魔力も持たぬ人間に過ぎぬ。あの剣と共にあってこそ最大の戦力を発揮するという点では、然り)


 巨人は接近する騎士に対して、前腕に突き出した刃状の部品を赤熱させて迎え撃った。車体の外板を切り裂いてこじ開けた、あのナイフ状の部品だ。騎士もその剣を言葉と共に柔らかい光で包むと振りかぶり、その刃と斬り結んだ。

 彼はそのまま数トンはあるだろう巨人の腕の運動エネルギーにも負けることなく踏みとどまり、刃をずらして腕の下を潜ると剣を一閃する。それに従って胸部の装甲に傷が穿たれ、巨人の機体全体が反動で後退した。騎士の剣に込められた威力は巨人を両断してもおかしくは無かったが。恐らく巨人は障壁で直撃を防御したのだろう、装甲に浅く傷をつけるだけに終わった。


『変換小体反応アリ……』


 だが、小さく何事かを呟くと、巨人は何と離陸し、次の瞬間には後ろに大きく加速を掛けてその場から離脱し、素早く飛んで稜線の向こうへと消えてしまった。


「んだとォ!?」


 既に列車は鉄橋を抜け、隘路を貫いて敷設された軌道の上で停止していた。同乗していた鉄道員がこちらにやってきたり、他の者が乗客を避難させたりしているのが聞こえる。先ほどまでとはうって変わって、周囲は静かになっていた。


「クソ、あの未確認機……自動巨人がああ飛ぶなんてアリかよ!」

「……助かったのか」

(そのようであるな)


 歯噛みするように呻く騎士とは対照的に、グリュクは安堵していた。少なくとも、自己防衛のために魔法術を使って魔女と発覚する心配は、一先ず消えた訳だ。

 ただ、列車は既に停車している。最後部車両の後部は自動巨人の破壊行為とグリュクの反撃で大きく損傷しており、そこだけ車体上部が吹き飛んで車台だけといっていい有様となっていた。切り離すにしても、すぐには発進出来ないだろう。

 立ち上がるとリンデルと合流するために車両の損傷部分から飛び降り、彼の名を呼びながら前方の車両を目指した。

 途中で、既に馴染みつつあった黒髪の男女の姿が目に入る。


「ネス兄、あれ……カリタスだよ」

「確かにあいつはふよふよと飛んで見せやがったが……何で五十年前の自動巨人がこんな所に居るって話になるんだ。あれは水底でとっくに漁礁にでもなってる筈だろうが。増加試作機だって、二台とも正規に処分されてる」

「自動巨人であんな風に飛ぶとなると思い当たる機種は他にないし、ネスに……ネスゲンさんも博覧館で見たでしょう」

「だとしても、よく架線が切れなかったな……あんなのが車両後部に取り付いたら途中でぶっつり切れてそうなもんだが」


 車上に留まっている二人の騎士の会話を横目に通り過ぎると、霊剣が語りかけてきた。


(あの巨人の素性は分からぬが、発言から察するに、魔女や妖族を抹殺する装置の一種なのだろう。車両に他に魔女はおらぬゆえ、恐らくは御辺だけに狙いを定めていた筈だ)

「(……また襲ってくるって言いたいのか)」

(いかにも。ならば応戦して魔女と露見する可能性が高い鉄道より、このまま少年を伴って目標の地点を目指すべきである。幸い近いようではないか)

「(うーん……出来れば駅には着きたいなぁ。まだ紙以外の固形物食べてないんだけど)」

(それについてはそれ、国境までは十キロあるかどうか。狩猟採集で持たぬほどの遠距離ではなかろう)

「グリさん! どこ行ってたんですかもう……」


 グリュクは、再会したリンデルを人からやや離れた場所に連れ出し、霊剣の案をそのまま耳打ちした。彼は承諾し、列車とそれを取り囲む関係者や乗客たちの目を掻い潜って――鉄道員は聖堂騎士の二人と数を合わせても十名に満たず、また対応に追われていたのでその目を誤魔化すのは難しいことではなかった――森の中に抜け、ダムの近くの目標地点を目指すこととなったのだった。

 余談ながら、事件に応じて騎士団領の首都から急行してきた騎士団の列車では、黒髪の騎士の要請で乗客に対し、簡素な機器を用いた簡易審問が行われた。結果的に霊剣の提案は大いに功を奏したことになるが、三人がそれを知ることは無かった。

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