表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊剣歴程  作者: kadochika
第04話:英雄、荒ぶ
22/145

3.静穏あれかし

「すごいなぁ、これ中世の魔女検出盤だって」

「検出って……グリさんだって中世の民間審問の杜撰さは習ったんじゃないですか? 王国だってそういうのは教えてるって聞きますけど」

「教会でも習ったけど、こんなので魔女でもない人を魔女に仕立てあげてた時代があるのかって思うと、改めて感じるものがあるよ」


 グリュクが指した展示窓の向こうの物体は、いくつもの文字が規則正しく方眼状に並べられた板と、その上に乗せられた金貨だった。現代の王国では金貨は使われていないので、恐らく盤の作成当時の通貨(もしくはメッキを施されたレプリカ)なのだろう。盤上の聖別された金貨の上に二人以上の審問者が指を乗せて被疑者を念じることで、金貨が自動で盤上の文字と文字とを繋いで文章を作りだし、そこから真実が導き出されるのだという。

 ただし、実際には使用者に知覚出来ない筋肉の微細な動きで作動して間接的にその願望を反映するに過ぎないものであったために、啓蒙者に魔女検査への使用を禁止された、とも記してあった。

 この検出盤だけでなく、周囲には展示窓を隔てて様々な物品が展示されていた。風化を免れて現代まで生き残った希少な史的遺物や精巧な模型が、時代や用途で区別されつつもこうして陳列され、人目を待っている。


 金属の骨組に添って組み立てられた先史文明人の遺骨、古代南方帝国の大型櫂船の縮小再現模型、植物の茎を材料としていた最初期の紙。

 古典時代の黄金の計算装置の複製、都市国家の学者の手による鮮やかな図版を多用した博物誌の原本、当時の剣闘士が地方巡業の際に火山の大噴火を克明に記録していたという剣闘士団の会計日記。

 世界周航を成し遂げた偉大な探検家の戦利品、女王時代にベストセラーを記録した蓄音機、家畜の改良の歴史。

 最初の蒸気機関と最初の実用蒸気機関車に搭載された蒸気機関、美しい鉱物結晶の数々、スイッチを押すと帯電した球体が回転を始める仕組の電気理論の体験装置。

 偉大な生物学者に進化論へのヒントを与えたというマズラウス諸島の蝙蝠たちの地域差を解説する標本展示、医師の名を冠した史上初の速射機関砲。

 大型海生妖獣の消化器官から発見された(おびただ)しい数の寄生虫の浸薬標本、森林を例に取った生態系の模式図。

 啓蒙者の技術供与を受けて試作された歩兵用の軽量複合装甲、戦前の物理学者が推測した原子の構造模型、前大戦時に使用された暗号解読装置。

 年代測定技術の進歩で鉄器時代のものと同定された魔女のミイラと、初期の遠心分離機の実物展示。

 映像受信実験装置の第一号、飛行爆弾の概念模型、真空管装置を用いた次世代通信網の青写真……

 王国に於ける科学技術の歴史が並んでいると思えばいいだろう。ここはそうした場所だった。

 二人は乗車料金の返金を受けてから、駅が営業を再開するという夕刻までの時間を潰すために、近くの市立公園にあった科学史(かがくし)博覧館(はくらんかん)を歩き回っていた。煉瓦造りの重厚な建築で、内部も大理石やタイルが張り巡らされた美しい造りだ。入り口の預かり所に預けたため、グリュクは今は霊剣を帯びていない。

 複数階のそれぞれの東西に伸びた棟に分かれた展示室は中央の正方形の吹き抜け階段に繋がっており、吹き抜けに出ると博覧館の二階にまで達する高さの金属質の巨人が佇んでいた。博覧館は時に大規模な展示物を配置する必要もあって、一階層ごとの高さは一般家屋の比ではない。


「これも鎧の巨人……駅で見た灰色の奴や白いのの仲間なのかね」

「それにしちゃ、やたら大きいですけど」


 高さにしても、恐らく倍近い大きさがあった。吹き抜けから鑑賞する客への配慮か、手すりに備え付けられたプレートを読むと、カリタスとあった。

 探照灯や信号灯、索敵装置などが集まって装甲された頭部が精悍な人面を思わせる造形になっている。

 大戦末期の大型自動巨人であり、操縦者と強固に一体化することで魔女と同等の戦闘力を与えるという目的で製造された特殊な機体らしい。啓蒙者の協力を得て製造されたが、試作一号機が実験場に魔女部隊の強襲を受けて出撃、そのまま行方不明になったとある。霊剣が預かり所の簡易金庫の中にいるので、グリュクには要は古い機体であるという程度の印象しか与えなかったが。


「もう下から十分見ただろうが……」

「このくらい良いでしょ、普段はこんな所まで来られないんだから……」

「こんな時ぐらいのんびり休みてぇよ」


 横から聞こえてきた会話の方向を見ると、そこには少女が立っていた。長い黒髪を後ろにまとめ、ひらひらした装飾を多用したワンピースを纏っている。いや、童顔なのもあってやたらと幼さが漂っているが、少女ではない。全体的な物腰で成人だと判断出来た。

 その後ろに、黒髪の男。グリュクと同程度の背丈にやや長い乱した黒髪の釣り目で、こちらは聖堂騎士団の制服を着ていたのを駅で見ていた記憶があった。今は私服のようだ。


「ん? もしかしてあなた、駅にいた赤髪の剣士さん?」

「え……」


 霊剣を預かり所に預けていなければ彼が思い出していただろうが、残念ながらその娘の顔は覚えていなかった。感情の流れを読む程度のグリュクの知覚の精度では、相手の精神の働きの細部までは窺い知れない。


「ナヅホ・オゼキ、白い巨人に乗ってた騎士よ。こっちの面倒臭そうにしてるのが、同じく聖堂騎士のネスゲン・アスカルシード」


 ナヅホ。言われてみれば、あの時黒髪の男と口論をしていた巨人の操縦者も、相手に同じ名で呼ばれていたか。装甲の向こうにいたのでは、顔など知りようも無いだろうが。

 自分も名乗るべきか迷っていると、彼女の隣の男が先にぼやいた。


「民間人にホイホイ素性をばらすな……」

「駅で民間人相手にホイホイ怒鳴りつけたのは誰よ。聖堂騎士団のイメージ低下に貢献しないで下さるんぐぁっ!?」


 口の端を吊り上げ反駁する彼女だったが、その途中であられもない声を上げて天井を仰ぎ見た。ネスゲンと呼ばれた男の太い腕が、彼女の後ろにまとめた髪をむずと掴んで後ろに引いている。


「ちょっ……とぉ!! 人前でやめてよ!? 女の髪を掴むとかどこまで有り得ないわけ!?」


 彼女は同じように自分の髪を掴んで男の手から引き抜きざまに振り返ると、表情を大いに崩して怒鳴った。彼はそれに似たような調子で、


「巨人乗りの癖にそんなに髪伸ばしてんのはお前くらいだろーが! 兜に収まりきらねーのを邪魔がるなら切れ!」

「そんなんだから誰とも長続きしないのよ甲斐性なし!!」

「大きなお世話だ、いつまでも妹面してんじゃねぇ!!」

「してないっていうかそっちこそいつまでも兄貴面しないでくれますー!?」


 目の前で開始された口論に気圧される。男はそれが先ほど会った口の悪い聖堂騎士だと分かった。何となくその場を去れないでいたが、それに遠慮する気配も無く、二人の口論は続いた。


「オホンン!!!!」


 いつの間にかそこにいた恰幅の良い警備員の咳払いで、彼を除いたその場の全員がそちらに振り向いてそのまま沈黙する。


「館内では静かに……!!」






 ウェンナハーメン科学史(かがくし)博覧館(はくらんかん)を出払い、二人は再び駅に来ていた。時刻は午後六時前、都市を彩る電力の光で、旅路の途中ではよく見えた月もここではやや存在感が霞んでいた。

 また、地価などとの兼ね合いもあって宿泊施設の相場が少々高い。夕刻以降の駅の再開を待っていると、窓口の係員によれば簡素な寝台を備えた夜行列車が安価に就業しているというので、リンデルはそれに乗り換えることを提案してきた。


「朝まで待っても良いんですけど早い方がいいし、宿代と乗車料金より夜行列車一本の方が安いみたいですから」

「そうだね……どの道建て替えてもらっておいて反対する理由はないし」


 佇む小豆色の夜行列車を前に構内を見回すが、既に昼時の事件の跡は無い。天窓を貫く陽光に替わって天井に設置された多数の水銀灯から人工の光線が降り注いでおり、更に歩廊に一定感覚で屹立する電灯が照明を強化している。夜の気温と相俟って、構内は昼とはまた違った雰囲気を醸し出していた。

 事件の形跡は無いかと辺りを見回しても鈍色の自動巨人はおろか、歪んだレールや切断された送電線、運転席を破壊された車両なども消え去っており、当局の手際の良さを感じさせる。旅客も、通常夜間はどの程度賑わうものなのかは知らないが、それなりに盛況なのだと思われた。武力を掲げた異端による発着場の占拠がなければ、もっと多かったかも知れない。


「ていうか、やっと乗れるんだな……!」

「はしゃいだら今度こそ置いていきますからね」

「はい……」

(最早言及する気になれぬ)


 博覧館の預かり所から戻ってきた霊剣がくたびれたように呟くが、気にせず言う。グリュクも、料金の問題を抱えている間は乗車を尻込みしていた身なのではあるが。


「でも、出発までまだまだ時間があるんだろ? 逃げるもんじゃないけど、列車に備え付けられた寝台ってどんなものなのか興味があってさ」


 改めて人生二度目となる列車行に期待を膨らませつつ、列車の形を目に焼き付けるように歩廊を歩き、観察した。最初の列車体験は霊剣と出会う四日前の従士選抜会場への特別便だったから、他者の出費とは言えまともに乗車券を購入して客車に乗るのは本当に初めての経験になる。まして簡易とはいえ寝台を備えた夜行列車である。方形の断熱材を敷いただけで他の防寒要素は薄い毛布だけという列車経験が初めてのグリュクにとって、興味は尽きなかった。

 リンデルが彼に取ってくれた部屋は第二客車の六番、既に改札は済ませているので、そこで受け取った鍵を持って足早に列車に乗り込む。リンデルも後ろから付いてきた。 思ったよりも狭い通路を抜けて――すれ違う時は互いに横にならないと難しいだろう――鍵と番号の合う部屋の扉を開くと、そこは何やら壁にごてごてと物品が張り付いた小部屋だった。

 窓際のカーテン、肘掛を開くと椅子にもなるベッドと、洗面台、壁面に取り付けられた折り畳みの小さな卓。荷物は木張りの床に置くのかと天井近くの短いカーテンをどけると、通路の天井裏を利用した荷物棚があった。ベッドにはしっかり枕と毛布があり、車内の暖房もしっかとり効いている。照明は弱めの壁灯が一つ付けられているだけだったが、取り敢えずは荷物を置いて、リンデルに夕食について聞きに行った。あれから五時間近く、そろそろ空腹だった。

 霊剣は帯びたままだが、さほど客数が多い訳でもないので問題にはならないだろう。


「え、こんな狭いの!?」


 だが、聞き覚えのある声に、慌てて戻って扉を閉じた。


「文句抜かすな! 俺が経費で上等なもん食おうとしたらいちゃもん付けたのはお前だろうが!!」

「日々の食事は清貧を心がけるべきだけど、みすぼらしい寝床は心を荒ませるわ!」

「屁理屈こくんじゃねえ、夜行列車を使えば明日の訓練にも余裕で間に合うとか抜かしたのはどなた!?」

「あ、あれは……過ちを悔やむ者は許すべきよ!」

「……だからお言葉に甘えて日程変えりゃ良かったんだよ」

「騎士の二言は見苦しいと思うの」

「ガキくせぇ趣味の上にそんなだから嫁の貰い手がいねーんだよこの口答え女!」

「私を言い負かせなくなるといつもそれじゃん! 少しは気遣いとか寛容さを――」


 緩急を交えた黒髪の男女の口論が個室の前を通り過ぎるのを待って、再び扉を開いて廊下の様子を窺った。印象的な白いワンピースや駅と博覧館での一件で二人ともよく覚えていたが、娘の方はナヅホ・オゼキと名乗っていたか。どういった関係なのかは知らないが、両名共に聖堂騎士なのは本人の言でも明らかだ。


(まさか突然青い光を浴びせられて魔女と露見することは無かろうが、これ以上の接触は控えよ。吾らの出国が無事成るまでは危険を減らすに越したことは無い)

「(言われなくてもあんまり係わり合いになりたくないテンションだよあの二人は……)」


 霊剣の警告に頷くと、隣のリンデルの個室の様子を見るために部屋を出て、扉に鍵をかけて狭い通路を歩く。後ろの個室から聞こえてくる掛け合いは、もうどうでも良いと思うことにした。


「部屋も狭いー!!」

「もうお前は歩いて帰れ!?」

「えー、お客様がた、他の乗客の皆様から苦情がありまして――」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ