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霊剣歴程  作者: kadochika
第04話:英雄、荒ぶ
21/145

2.ウェンナハーメンの異端

 グリュクにとってここまでの大都市は数ヶ月ぶりで、まして王国外ともなれば人生初となる。十八歳まで辺境の教会で育った彼にとってはまだまだ新鮮でありながら、かといって全く経験が無い訳でも無い、少々複雑な印象を与えた。

 総石造りの歩道に、今は灯が消えているがそれに沿って電灯が列を成し、今は種が埋まっているであろうレンガの花壇がその間を埋めている。

 駅までの短い道すがらでも、通りに出れば電気式の信号機が点灯し、それによって人の群や自動車の列が制御を受けて、規則正しく蠢いているのが見えた。

 駅の前の広場には誰がモチーフなのかは分からない銅像や、劇場公演の巨大広告、鳩の群がる小さな噴水などがあった。少し視線を外せば細い路地に雑然とした露天が軒を連ね、笛を吹きつつ一人で骸骨の操り人形を動かす路上パフォーマンスに小さな人だかりが出来ている。

 擬古趣味で意匠を統一された喫茶スタンドで茶を啜りながら談笑する初老の夫婦、帯銃して歩哨に立つ壮年の警察官、神学校のきらびやかな制服に身を包んで他愛もない雑談にはしゃぐ少女たち……


「懐かしいとまでは言わないけど、久しぶりの雰囲気だなこういうの」

「こういう街にいたことあるんですか?」

「十八の時に故郷を出て……それからしばらく中部をうろうろしてたことがあって、その時少しの間だけ居着いたりしたことがあった」

「へー……」

(ふむふむ)

「(お前には話してないからな、言っとくけど)」

(良いではないか、思い出話に花を咲かせるのも、それは過去と現在とを改めて関連づけるということに繋がる。決して後ろ向きなばかりではない)

「(後ろ向きなことは否定しないのな……)」

(前を見失わない程度の懐古は有益なこともある、というまでのこと。行き過ぎた過去への拘泥は身を滅ぼすなり)

「(それって、昔の主人のことも指して言ってるのか)」

(やも知れぬ。知りたくば“思い出す”のだ。吾人に蓄えられた過去の主たちの記憶は、隠されてはおらぬ。吾人が御辺の心中を知るように、御辺も吾人のそれを、知ることが出来る)

「(日課の魔法術授業に加えて先人の思い出の覗き見……まぁ、分かった。必要な時にはやってみる)」


 流石に街中で使う訳にも行かず、街に入ってからは霊剣による魔法術講座は無かったが。

 そこまで霊剣と声を出さずに会話すると、リンデルが曲がって広い階段を上り、建物に入ったのが分かった。少し遅れていたので追いつこうとすると、少年も気づいたのか数歩戻って声を掛けてきた。


「グリさん、ここですよ。ウェンナハーメン駅」

「豪華だなぁ。今ってこんなお洒落な駅があるんだもんな」


 既に駅の外観は遠目に見ていたが、近くで見ると異国風の背の高い時計塔と窓ガラスに覆われた駅舎の美観がより鮮明になった。騎士団領は啓発教義連合けいはつきょうぎれんごうの東端の一つだからか、中部で見た駅と比べてかなり建築の趣が異なっている。洒脱さを感じるのは、グリュクの見慣れない文化の様式に基づいて形作られているせいもあるだろう。

 そういった駅舎の作りを見回していると、少年が苦言を呈してきた。


「グリさん、あんまり周囲を見回さないで自然に振る舞ってください……色々目立つんですから」

「あ、ごめん」


 謝りながら改札員に乗車券を渡すと、小さな鋏のような器具で乗車券に角ばった切れ込みが打たれた。改札員に目を合わさないように小さく礼を言いつつ、先に改札を抜けたリンデルに続く。

 そこそこの長身に、赤みの強い髪。帯剣しているのも併せ、隣の小ざっぱりした服装の黒髪の少年と比べると余計に際だっていた。マントの陰で腰に帯びた霊剣は然程目立っていないが、何か不審な行動をとれば銃を携えた歩哨に取り囲まれるかも知れない。


「うわぁ……」


 グリュクが歩哨の一人と目を合わせないようにしてやや長い通路を歩いて歩廊に出ると、壮観が目に飛び込んできた。

 天井は二十メートルはあるだろうか、天井を所々開口してガラスで陽光を取り入れられるように作られた広大な舎屋の下に、幾つもの発着歩廊(ほろう)が整列していた。右手には奥から数えて六つの平行した歩廊、左手には櫛状に繋がったそれが三つ。それがいくつかの連絡橋で繋がれており、それぞれに一本か二本の路線が付属し、更にその幾つかには車体を鮮やかな色で塗られた列車が停止している。

 張り巡らされた電線に、広告収入を得ているのか無数の大型看板、各歩廊には路線の表示や時刻表に灰皿、更には簡素な売店まで備えており、常に人が寄って年配の女性販売員から何かを買い求めていた。

 思わず、体が動き出した。


「すごいぃ! これだよこれッ! 列車っていうのはホントはこういうのだよなー!?」

(おいッ! 御辺は子供かッ!?)

「いやー、これ、電気機関車っていうんだろ! 見たいと思ってたんだ、絵や玩具でしか見たことなくてさぁ痛いッ!?」


 余りの感動に興奮し、霊剣の罵倒も無視して早足で歩廊を進んでいると、追いついてきたリンデルに痛烈に耳をつままれた。


 騎士団領の有数の大都市であるウェンナハーメンでは、石炭や石油で動く列車の他に、車両上方に巡らせた架線から電力を得て稼働する電気機関車というものが普及しつつあった。軌道の他に発電所や送電網といった施設を整える必要があるため、騎士団領のような比較的狭い国土に経済力が集中している地域以外では未だに蒸気機関車が主流であることも多い。また実を言えば、彼は元々鉄道に興味があった。

 だが、そんなグリュクの感動も苛立ちの元にしかならなかったのだろう、少年は指の力を緩めず、静かに詰問してくる。


「グリさん……あんた一体いくつですか」

「うぐ、すみません……まともな列車に乗るのは初めてなんです……電気機関車を見るのも初めてなんです……ていうか自然に振舞えって言ったのに……」

(あな見苦しや……)


 グリュクが鉄道列車に乗るのは、実を言えば従士選抜会場への列車便が初めてだった。それ以前は目にはすれど乗ったことも、ここまで大きな発着場を目の当たりにしたことも無かった。建築の内部にここまで整然と並び、かつ天窓から陽光が降り注いでいる発着場などは連合全土でも数えるほどしかないのだが。

 先ほどリンデルに食事を世話になり、空腹が解消されていたこともあって高揚してしまっていた。

 列車の停止していない線の歩廊ではそれぞれ多くの旅客が様々ないでたちで所持物と共に佇んで次の便を待っていたが、見苦しく言い訳する長身の赤髪の男を叱る黒髪の少年に、微妙に視線が集まっている。


「いいから早く乗りますよ! 十二番線!」

「はぃ……」


 リンデルに腕を掴まれ、力なく階段を登った。階段の段差に鞘の先が何度もぶつかって霊剣が抗議してくるが、その時、天井付近からゴトリと音が響く。駅の放送設備において、構内放送のスイッチを入れた際にマイクの位置を直した音だろう。


『ウェンナハーメン駅発着場構内の皆様にお知らせ致します。これより構内に、堕落した教会に代わって新たに啓蒙者を代弁する兵団が到着しますので、ご注意ください』

「は……?」


 場内の複数の大型スピーカーから男の声で発せられたそのような内容が発着場構内に響き渡ると、利用客たちが訝る間もなく、複数の銃声が響き渡った。霊剣の呼びかけと同時に構内に魔女の知覚を走らせ、状況を確認する。連絡橋の上からは構内が一望出来たので、その状況が知覚にも有利に働いた。空腹のままであったらここまで即座に出来たかどうかは怪しいが。

 鋭い悲鳴が構内のそこかしこで上がる中、構内に感知したほぼ全てが人間――一部が恐らく籠に入れられた犬か何かだ――で、そこから戸惑っている感情や強い恐怖を除外する。すると確信的な想念に緊張の入り混じったものが複数、それと同じ地点に死角を向けると、銃を持った、ただし服装がまちまちで、明らかに歩哨ではない男たち。その足元にはそれぞれ、本来立っていた筈の歩哨たちが倒れていた。魔女の知覚を全面的に信じるなら、何人かは既に死亡している。

 発砲から生じたどよめきが構内に渦巻いていたが、再びの放送と何度かの天井に向けての発砲でほとんど沈静化した。


『ご安心ください、“代弁者兵団”はこれに賛同する市民に危害を加えません。旅客の皆様は兵団員の指示に従う限り、例外を除き安全を保証致します』


 既に多くの男たちが、武器を露にして他の旅客へと向けていた。服装から判断して恐らく、旅客を装って構内で合図を待っていたのだろう。


「グリさん、どうしましょうこれ……」

「……人死にが出てるみたいだけど……」


 幾つかある連絡橋にも両端に二人ずつ素性を顕した武装者――兵団兵、とでも呼ぶべきだろうか――が立っており、橋の上から状況を監視しているらしい。発着場への出入り口は大小問わず全て、同じような兵団兵複数が固めていた。

 リンデルは戦闘に関しては恐らく素人の上に完全な丸腰、グリュクも魔女と露見する可能性を考えると派手な魔法術は使えず、他の旅客の犠牲を厭わなかったとしても対抗のしようがない。


(放送を信じるならば恐らく、異端によるテロリズムであろうな)

「(こんな時にかよ……)」


 啓発教義というものは教義がある程度厳格に定まっており、教義と異なること、また教義に対して批判的、ないし攻撃的な内容をそれと称して説く、広めるなどの行いを行う者は個人、組織を問わず、教会からは異端と呼ばれる。

 魔女同様に異端も審問の対象とされており、こちらは生化学的な手段で検出できない分テロリズムの温床となる可能性が高まるらしい。異端とされた全てが暴力を信条とする訳ではないが、中にはこうして銃器やそれを扱えるまでに訓練を施した要員を保有するまでに大規模化し、かつそれを用いた実力行使に出るものもあるということだろう。


(扱う獲物が農具から銃に替わっただけで、いつの世にも暴力で要求を聞かせようという輩はいた。重税に苦しんだ近世の農民と違って、此奴等は飢えているようには見えぬがな。恐らくこれだけでは終わるまい)


 霊剣の呟きと同時に、列車が構内へと突き進んでくる音が聞こえた。グリュクは事態を把握していない定時便が到着したのだと思っていたが、見れば進入してきた車輌は貨物列車だった。通過するかと思えたそれは、構内に入るや否や甲高いブレーキ音を響かせて、九番線の歩廊半ばで急速に停止した。


「……!?」

(あれは…………)


 到着した牽引車輌の後ろの積載車は五両、その全てに幌が掛かっていた。何人かの武装者がそこに駆け寄り車輌に積み荷を括りつけた鉄紐の鈎を外すと、幌の下の何かが騒音と共にゆっくりと突き上がった。


自動巨人(じどうきょじん)……!」


 幌が取り除かれて露になったその形を見て、リンデルが呟く。

 鈍色をしており、形状としてはもっとも近いのは人間か。金属や配管などでやや不格好に人間を模して形を作り、その上から平面を主体とした甲冑を被せると、似たような物になるかも知れない。

 ただし、高さは五メートル前後もあった。また、胴体部分には動力を生み出す機関が入っているのだろうか、前後に長かった。

 霊剣によれば、以前の大戦時から市街・不整地戦闘に於いて使用される兵器の一つで、搭乗者を一名以上必要とする――胴が前後に長い理由にはそれもあるらしい――という。そちらの方面には疎いグリュクはこれまではただの巨大な鎧という程度の認識しか持っていなかったが、低い駆動音を発しつづけながら一般的な民家ほどの高さもあるそれが路線に降り立つ姿は中々に威圧的だ。

 四体の鈍色の巨人がそれぞれに散開し、ある一体は電気機関車の電力源となっていた電線を、手に握った巨大な匕首のようなもので次々と切断していった。高圧電流が通っていた電線の切れ端が鈍い音を立てて千切れ、弱々しく火花を散らしながら鉄軌に垂れ下がる。

 発進しようとしていた十二番線の電気機関車は電流を遮断されてたちまち停止し、高速で走り寄ったもう一台が、先頭車両の運転席を同じく手に持っていた巨大な匕首(あいくち )で叩き潰した。グリュクたちのいる連絡橋からではよく分からなかったが、その周囲でどよめきが上がっている。


『既にご存知の向きもありましょうが、代弁者兵団の希望は聖伐の再開であります。妖魔たちの舌先に丸め込まれて矛を収めた臆病な教士たちに代わって、ここに悪を許さぬ戦士たちの新たな王国を建設するための準備にご協力ください』


 そう心がけているのか元からか、無機質な音声は続いた。どこから放送しているものか、妨害らしきものも入っていない所を見ると放送施設も完全に制圧されているのかも知れない。

 声がまた途切れると、何人かの男が周囲の同じ武装者に指示を出し、構内の旅客たちに銃を突きつけて七・八番線の歩廊に集め始めた。突入してきた貨物列車が停車しているのは九番線なので、線路を一つ隔てたすぐそこだった。グリュクとリンデルも、迂闊に反抗する訳にも行かずに従った。

 強制催眠の魔法術はその性質上武装した男たちと無関係の旅客とを選り分けて効果を発揮させられるほど器用な術ではないので、焦点を絞ってやや離れた武装者を一人ひとり地道に昏倒させる準備を整えた。無差別に全員を眠らせるという手も考えたが、グリュク自身と機体に守られて搭乗者に効果が及ばない自動巨人、そして発着場の外にいる武装者などだけが健在で残ることとなってしまう。魔法術は万能などではないとはいえ、歯がゆかった。

 後ろから銃を向けられて連絡橋を降りながら見やると、四台の自動巨人は電線を切断し終えて路線の前後の出入り口に向かって二手に分かれて行った。突入を防ぐためだろう。

 自動巨人たちは先ほどから走り回っているのに足が動いていないのだが、よく見るとどうやら、人間で言う足指の付け根と踵にあたる部分に車輪が備わっており、それで移動しているらしかった。

 そして二人が他の旅客の集められた歩廊まで辿り着くと、五両目の幌が取り去られた。中身の外見は円筒の形状に梯子を備えた、一見した所は普通のタンクで、それを見たリンデルが呟く。


「他には自動巨人を乗せてたのに、あれだけ普通ですね」


 騎士団領で一般的な鉄道輸送用タンクの様式は知らないが、確かに、動き出して両腕に抱えた機関砲や匕首で旅客たちに睨みを効かせない分親しみやすくはある。

 だがそんな感想も次の放送で取り消された。


『尚、当局の対応次第ではこのタンクを破壊し、内部の神経剤を散布致します。どうか構内の皆様、軽率な行いはお控えくださいませ。兵団員の指示に従い、行動をお願いします』


 歩廊上の集団に悲鳴じみたざわめきが広がった。位置からして、本当に神経剤が入っていたならば量にも拠るが全員、死ぬか重度の後遺症が残る筈だ。


「……神経剤って、神経ガスのことだよな」

(ある程度閉鎖されたこの発着場構内で散布され、防毒・解毒措置など取れぬ旅客たちがどうなるか。告げるまでも無かろう)


 既に武装者たちはどこに用意してあったのか、濾過フィルターを備えたマスクで顔面を覆っていた。脅迫者たちの顔が見えなくなり人間味が薄まったことで旅客たちの恐怖が増したのが、魔女の知覚でも理解できた。リンデルも、顔にこそあまり出していないようだが狼狽していた。


(主よ、ここは少年と別れ、彼奴等を倒すのみ。いかなる手段を使ってもだ)

「(……いきなりどうした)」

(常日頃の素性は知らぬが、生まれてよりそのような生態を持ち合わせたアヴァリリウスであればまだしも、彼奴等、最早畜生の以下のそのまた以下まで成り下がり果てたと言える。決して許してはおけぬ)

「(落ち着けよ……お前がどんなに優れた知恵を貸してくれても、魔女だってことを知られずに、周りの人にも被害を出さないで武力制圧をやるなんて無理だ。やるとしたら、俺の討ち死に前提で考えないと)」

(ぐぬう……)


 巨人には効果が無いとはいえ、ここはやはり一人一人昏倒させてゆくという手順を取るほかない。あとは、魔法術を使用する時に必ず取らなければならない発声の手順を、どこまで怪しまれずに出来るかということだが。

 今にも鞘から抜け出て飛んで行きそうな気配の霊剣を宥めつつ付近を窺うと、その時魔女の知覚に感があった。


(!!)

「!!」


 魔女の持つ第六の知覚は、人間や動物ならばその体温や生体電流、呼吸に伴う微弱な大気の動きや化学物質の濃度勾配の変化、魔女や妖族であれば魔力線に反応する変換小体の活動なども加えてその存在を検出している。集中すれば人間の感情の流れ、熱や電気エネルギーの所在、物質の流れなども読みとることが出来るが、同じ魔女や妖族を相手には擦りガラスの向こう側のように霞んでしまう。更にその範囲と精度は反比例するが、闇夜でも蝙蝠のように相手の位置を特定したり、自然災害の予兆を感じ取ったりと、様々な応用が可能だ。

 グリュクのその感覚に現れたのは、三つの大きなエネルギーだった。発着場の外で、それが弾ぜた。


「(……少し違う)」


 同時に、鼓膜にも爆音が届いた。広大とは言え屋内である発着場の内側に響き渡り、周囲の旅客たちも耳を押さえていた。

 爆音の出所と魔女の知覚で感じた大きなエネルギーの出所は重なる。その方向を見やると、そこにいた鈍色の自動巨人の一体が崩折れるのが見え、その向こうからその威力の出所と思われる新たな影が現れた。


「新しい自動巨人……?」


 現れた影は、やはり巨大な金属細工に鎧を被せたような姿をしていた。先に現れた四台とは異なり色は明るく、主に灰白色で統一された全体の一部に、意匠のように明度の低い赤でアクセントが施されていた。そこから立ち昇る数条の硝煙と倒れた鈍色の巨人の破壊された機体で、外部から飛来した砲弾によってその爆音が引き起こされたのだろうと判る。鈍色の自動巨人に比べると全体的に幾分細身、動きは非常に軽やかで、かつ全体的に大きい。

 東の出入り口から高速で進入してきた一台は倒れた鈍色の自動人形を飛び越えてそのまま構内を滑り――この明るい色の巨人も足に車輪を内蔵していた――、小さな駆動音を立てつつ左右への反復、時には大きな跳躍を駆使して機関砲を小出しに発砲するもう一台の鈍色の巨人に接近し、何と上段蹴りで頭部を破壊し、その勢いで以って転倒させた。そしてそのまま倒れた鈍色の巨人の腕を取って関節を極め、少々耳障りなものが混じった大きな破断音を立ててそこから折り取ってみせた。続けざまに残った片側も同様に処理され、頭部と両腕を失った自動巨人が損傷部から小さな電流火花を散らし、無残な残骸を横たえていた。

 それを見たリンデルが驚いたように呟く。


「あ、あれ、聖堂騎士団の機体ですよ!?」

(何と……現代では彼らも巨人に乗るのか)


 現れたのは、ウェンナハーメンが所在する半独立国家“聖堂騎士団領ヌーロディニア”を領有する、聖堂騎士団と呼ばれる戦闘集団だった。負傷を覆った包帯をモチーフとする、白地に赤という象徴色が使用している自動巨人にも反映されているらしい。

 鈍色の自動巨人たちは全てが戦闘不能、もしくは操縦者を引きずり出されて無力化されており、既に三台の灰白色の自動巨人は生身の抵抗者の一掃に移っていた。


『武器を放棄して投降しろ!』


 スピーカーを搭載しているらしく、灰白色の巨人は代弁者兵団とやらにややノイズの混じった声で投降を呼びかけつつ、構内を巡って時には発砲した。

 周囲を見れば、聖堂騎士団の制服――自動巨人同様、灰白色に深い赤色をあしらっていた――に身を包んだ生身の団員たちも続々構内に増えてきており、負傷者の容態を看たり、無事な旅客を発着場の外へと誘導したりしていた。既に外にいた“兵団”の構成員も無力化されているのだろう、他には散発的な銃声が響く程度で、死者と構内に生じた施設の被害を除けば事態は平常へと復帰しつつあるらしい。


『皆さん、賊は全て駆逐しました! 聖堂騎士団の誘導に従って保護を受けてください!』

(娘の声であるな……時代は変わるものだ)

「(思い出話か)」

(否、感慨なり)


 どうでもいいことに反応した霊剣の屁理屈に溜息を付いていると、リンデルが辺りを見回しながら呟いた。


「何かあっけなかったですね……」

「あぁ……」

(犠牲が出てしまったことは悔やましいことだがな……吾人も、まだまだ手管が足りぬ)


 歩哨の男たちや運転士の犠牲についてはどうにか出来たというものでもないだろうが、言葉にしてしまうことと何かを決定付けてしまうようで、グリュクは言葉に出さなかった。なまじ魔女として幾つか戦いを重ねただけに、何も出来なかった、しなかった後悔に暫し身を浸していた。彼が早期に行動を起こしていたら他の乗客に危難が及んだのだとしても。


「グリさん、発着場は一旦閉鎖するそうですから、早く出ましょう」

「あ、あぁ……」


 リンデルの声に気づいて頷くと、突然魔女の知覚している範囲に大きな憎悪が飛び込んできた。その出所を見ると、先ほど腕を引き千切られた鈍色の自動巨人が立ち上がり、胴体の防護殻を開いて操縦席を曝け出していた。

 席に座って左右の操縦桿を握り締めているのは、まだ若さを残した頑強そうな骨格の男だった。頭から血を流しつつ――頭部を守る防護具すらしていないのだから当然だろうが――、怒気に赤らんだ顔で、構内に勧告をして廻っていた騎士団の巨人の一台を睨んでいる。


「啓蒙者に取り入るクズ犬どもがぁ!」


 叫ぶ声は、意外にも武装者たちが放送で流していたものと同じだった。あらかじめ録音しておいたのか機体の中から喋っていたのかは分からないが、どちらにせよ当初の余裕の溢れる声色は失われていた。

 そしてそのまま無事な両脚を作動させて機体を突進させ、鈍色の巨人は丁度背を向けていた灰白色の自動巨人に体当たりを仕掛ける。金属の装甲が急激に変形して生じた重く甲高い音が炸裂し、鈍色の自動巨人は大きく吹き飛んだ。


「……グリさんっ!?」


 リンデルがこちらを見て非難するように小さく叫ぶが、被りを振る。魔法術で鈍色の巨人を退けたのはグリュクではない。

 吹き飛んだ鈍色の自動巨人は操縦者を吐き出し、反対側の歩廊に激突して止まった。見れば、操縦者は落ちて転がった拍子にレールに頭を打って、気絶しているらしい。


「無力化が甘ぇぞ、ナヅホ!」


 そこに飛び込んできた白い影は、歩廊に仁王立ちして灰白色の自動巨人に語りかけていた。やや長く伸びた黒い髪を野性味を感じさせなくも無いスタイルで整えた男で、年齢はまだ若く、グリュクとさほど違いはしないだろう。聖堂騎士団の制服を着ており、機械の混じったような鍔の大きな両刃の剣――剣という表現には疑問が残るが、さりとて他に適切そうな表現が見当たらない――を肩に担いでいた。

 その同僚か何かなのだろうか、自動巨人の操縦者もスピーカーを通して言い返していた。聞き間違いでなければ、ナヅホと呼ばれていたか。


『あのままでも反撃で鎮圧していましたッ!』

「非殺傷制圧をやるなら、ちゃんと移動機構までぶっ壊しとかなきゃ意味が無ぇっつってんだ!」

『他にも敵がいたんですから無理言わんでください!』

「黙れーッ! 巨人を授かって五年と経ってねーヒヨっ子の癖しやがってからに……おいコラ、そこのでかい真っ赤頭とチビ、見世物じゃねーぞ! 民間人はとっとと平和を享受しに行け!」

「は、はい……」


 口論を中止したかと思うと、黒髪の騎士は不意にこちらを睨んで乱暴な言葉を投げつけてきた。グリュクは少年を引き連れて歩廊を後にすべく、騎士たちの誘導に従って路線の敷地上に設けられていた非常用の歩道を歩いて発着場の外に出た。

 騎士の言葉は意味だけ取れば“もう安心です”ということなのだろうが、リンデルなどは隠すことなく腹を立てている。


「何だよあいつ……」

「でもすごいな、自動巨人って、多分十トン以上はあるだろ。それを横殴りに急角度で吹き飛ばしたのはあの剣の効果なのか」

(あれが古来よりの聖堂騎士なり。現代では巨人に乗る者もいるようだが、本来はああいった者だけを聖堂騎士と呼んでいた。量産型の擬似魔法剣を使って、魔女と同等の戦闘力を持つに至った精鋭中の精鋭である)

「(えらく口が悪いけど)」

(精鋭中の精鋭である)

「(まぁ……実力はあるのかな)」


 発着場の外は騎士団や警察関係者がひしめいていたが、その隙間を縫って、無事に脱出することが出来た。既に腕章を巻いた新聞記者やマイクを握ったラジオ放送のクルー、野次馬なども来ており、そういった人々がやや難易度を上げていたが。


『繰り返します、聖堂騎士団及びウェンナハーメン警察は、ウェンナハーメン駅発着場を現場検証のために一時閉鎖致します。返金を開始しておりますので、旅客の皆様は駅窓口にて乗車券をご提示下さい』


 改札を抜けると、復活したらしい駅内放送が、淀みない女の声でそう告げた。

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